表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
にゃんと奇妙な人生か!  作者: 朝那月貴
山風町の笛吹き
36/159

奏太の夢

「全てを知りたい、か。大人な君が望みそうな事だね」


 奏太は、笑って立ち上がった。千里は不貞腐れたように、口を尖らせて言った。


「何か問題でもある訳?僕は至って真面目なんだけど」


「いいや。僕は君の願いを尊重する。問題なんてないよ。ただ、君らしくて良い。それだけだ。自分らしさを忘れないのは、大人として当然だからね」


 奏太はそう言って、「さて」と立ち上がった。


「願いは聞いた。あとは、君を連れて、魔法の国に行くだけだね。着いてきて」


 奏太は、遠くに見える山の方へと歩いていった。千里も後ろについて行った。


「……ねえ」


 千里が、街灯に次々と照らされ続ける奏太の影を踏みながら、聞いた。


「ん?なんだい?」


「なんで稲子谷奏太は、魔法の国に行けるの?というか、なんで行くの?稲子谷奏太は、何を願って行くの?」


 奏太はそれを聞いて、苦笑いをした。そして。


「……復讐みたいなものさ。僕は復讐をするために、魔法の国に行くんだ」


 奏太は物悲しそうに、呟いた。


「復讐?何に?」


「…………僕の人生を、陳腐なプライドで捨てた大人と……見ないふりをして、僕たちを腫れ物扱いした大人に、ね」


 奏太は笛を取りだし、立ち止まった。1つ吹くと、それは悲しい音がした。


「ここから先、聞きたい?あまり話したくないところではあるんだけどさ」


 奏太は振り向き、そう聞いた。だが、千里は間髪入れずに言った。

 

「話してよ。知ることが出来るチャンスを、みすみす逃したくない」


 奏太はまた、「君らしいね」と笑って歩き出し、話し始めた。


「…………僕の、昔の名前は……清原智子(きよはらさとこ)。音楽だけが取り柄だった。ずっと幼い女の子だった」


「女だったんだ」


「うん。僕は……いや、私は、ピアノを3歳の時からずっと習ったんだ。お母さんは、私に、ピアノで上手くなるよう願った。「お母さんの夢を叶えてね」って。だから、小さい頃からずっと、有名かつ厳格な先生に習ったんだ。先生やお母さんに褒められるのが嬉しくて、私は毎日のように練習したよ。どれだけ苦しくて、どれだけ厳しくても」


 千里はそれを聞いて、どこかで聞いたことのある感じだ、と思った。誰へと向けたわけでもなく、舌打ちするように顔を歪ませた。奏太はその顔を見向きもせずに、続けた。


「先生がたまに言ってくれる「智子ちゃん、頑張ったね」っていう言葉。練習で曲を通しで弾いた時、お母さんが言ってくれる「智子、あなたはお母さんの誇りよ」っていう言葉。それのどれもが嬉しくて、大人の中に混じって、難しい曲を沢山弾いて……コンクールで1位をもぎ取るのが、とても楽しかった。「神童」とか言われたっけな」


 奏太は、あはは、と女性らしく笑った。


「それでさ。お母さんと先生は、私を音大に進めて、プロのピアニストにさせるつもりだったんだ。私もそのつもりだった。中学も高校も、勉強なんてしないでずっと弾いてたよ。でも……」


「でも?」


 奏太の言葉が詰まった。その詰まりを解消するためか、空虚な笑みを浮かべた。そして。


「私……高校3年の春に、弾けなくなっちゃったんだ」


 奏太はそう呟いた。その顔は、懐かしくもありながら、苦々しく思っているように見えた。


「先生もお母さんも、皆「神童の清原智子」を求めてたんだ。難しい曲が弾けるのは当たり前で、そんなことで私が喜んでいても褒める範疇にない。皆、私が色々な大会に出て、全部1位になって、国内外の超有名オケでピアノコンチェルトを弾いて、それを全て成功させて……それを、皆願ってた」


 千里は、黙っていた。自分がもし同じ状況なら、間違いなく辛いだろう、と彼は考えていた。


「私、皆の期待に応えられなくなっちゃったんだ。どんどん弾けなくなって、最終的にピアノの椅子に座ることすら出来なくなった。当然、お母さんも先生も、怒ったよ。「コンクールの練習はどうした」「コンチェルトを練習しなさい」「ピアノを今すぐ弾きなさい」ってさ。でも、どうにも出来なかった。私は何をすればいいのか分からなかった。なんで弾けなくなったのか、分からなかった」


「…………褒められなかったから」


 千里は、やっと口を開いた。


(僕も……母さんの()()()がなくて、褒められなくなったら……きっと、大人にはならなかった)


 彼のその言葉には、彼自身の思いが秘められていた。

 奏太は、千里の言葉を聞いて、悲しそうに微笑んだ。


「うん。今なら分かるよ。私は、皆に褒められたくて、ずっとやってたんだって。君より年上なのに、子供だよね」


「立派な理由だと思う。お母さんと先生に褒められたかったって」


 千里がそう言うと、奏太は意外そうな顔をして、立ち止まった。そして、「ありがとう」と、諦めたような顔をした。


「それで、弾けなくなったから当然、出演依頼も無くなっていってさ。お母さんは激怒だったよ。「私の夢を叶えて欲しかったのに」って」


「夢?」


「うん。夢。お母さんの、大事な大事な夢」


 奏太は、一つ一つの言葉を噛み締めるように、言った。それはまるで、悔しさで歯ぎしりをしているようだった。


「お母さんは、目立ちたかったんだ。「神童の母」として。お母さんが昔、自分がピアノを弾いていた時、「神童」になれなかったから」


 千里は、驚いて声が出なかった。奏太は千里を見て、「私の家ではね」と付け足した。


「だからさ。お母さんにとって、演奏出来ない私は要らなかったんだ。その時……というか、今でも私は、ピアノを前にすると……すると…………っ」


 奏太の体には、鳥肌が立っていた。体はどこか震え、声も上ずっていた。奏太は必死に、右腕を掴んでいた。「……はは」と、空虚な笑みが零れていた。奏太の視界には、ピアノの椅子に座った時と同じ光景が浮かんでいた。千里が困ったように奏太の顔を覗き込むと、それは、小さな女の子のように、ポロポロと涙を流していた。


「失望したようなお母さんの目と、怒りに溢れている先生の声が……お客さんの期待に満ちた目が、頑張っても褒めてくれない皆の声が……私の隣にあるような気がして……無理だった。気が付いたら…………」


「気がついたら?」


「……首を吊ってた。それで……ニールになったんだ」


 奏太はそう言って、「恥ずかしいところを見せたね」と虚しく笑った。歩き出した奏太を見て、呆気に取られながらも、千里はついて行った。


「これが、稲子谷奏太が復讐する相手。清原智子の人生を、陳腐なプライドで捨てた大人」


「じゃあ、見ないふりをして腫れ物扱いした大人は?」


 千里が尋ねると、奏太は「君は本当に興味津々だね」と笑った。その笑顔は、虫のたかる街灯に照らされて、悲しげに見えた。


「私は転生して、男の体になった。前の人生を捨てられるのならって、喜んで男になったよ。あんな人生、もう嫌だからね。僕は周りにニールと呼ばれていたから、そのままそれを名乗った。ブランキャシア城下町の、市民街の奥に、僕はいた」


「市民街の奥?それって、トビー商店があるあたり?」


「いや、もっと奥だよ。トビー商店は大きな通りの端にあるけど、僕が住んでいたのは、その大きな通りの脇道。現代風に言うなら、スラムの子だった」


 千里がアルケミスとしてブランキャシアにいた頃、彼は、奏太の言う「大きな通りの脇道」を見たことがなかった。実際には、その存在に気が付かなかった。トビー商店の周りは、ブランキャシア城の影に隠れた古い家が集まっていたが、その通りは、あまり大きいとは言えなかった。


「スラム?そんな所あった?」


「あったよ。大人と子供が入り混じる、家のない人の住処。ブランキャシア城から流れ着くごみを漁って暮らしてたよ、皆。僕もそうだった。僕はブランキャシア人だったけど、テッポウ共和国の人やイザベラ王国の人もいたかな。人種も国もバラバラで、皆仲がよかった」


「ニールは人間だっけ」


「そうだよ。ごみを漁ったり、大きな通りの通行人に乞食をしたり、ごみから見つけた笛を吹いたり。結構楽しかった。でもね」


 奏太は、憎しみの思いで歩き始めた。その足は早く、千里は小走りで追いかけた。2人は街中を抜け、山道を歩いていった。夜の山道は暗く、明かりも少ない中、2人は青い葉を踏んで登っていった。


「ブランキャシアの大人は、皆僕達を蔑んだ。スラムに住んでる大人は、そいつらを批判してたけどね。見ないふりして、臭い物に蓋をするみたいに、全部消し去ろうとして……放火されたりもした」


「放火……?」


 千里が呟いた。アルケミスであった頃、彼は放火事件のことなど聞いたことがなかった。

 奏太は千里の様子を少し見てから、山道をまた歩き始めた。人の気配のない中、奏太は人間用の山道を抜け、獣道へと向かっていった。梟の鳴き声が、山の中に木霊した。


「僕はあいつらが嫌いだった。スラムに住んでた大人みたいに、僕も批判した。「大人は馬鹿な奴らばっかりだ。あいつらみたいに、何でも知ってる振りして、何も知らねえんだ。だから、おれらみたいなのを信じれなくて、消そうとするんだ」って、スラムの大人が言っていたことをそのまま復唱して、僕より小さな子に教えてたよ。それを歌ったこともあったかな。吟遊詩人を始めたての頃は。誰も聞いてくれなかったけど」


「吟遊詩人……なんで誰も聞かなかったの?」


「簡単だよ、信じたくないからさ。面白半分で聞いている人はいたけどね」


「ふーん……ねえ、なんで吟遊詩人始めたの?」


 千里が聞いた。奏太の足元から、枝の折れる音がした。木々で遮られた月明かりは、お互いの顔すらまともに目視できないほどの、弱々しい光だった。


「それは、単純にお金が欲しかったから。僕は演奏する以外能がなかったんだ。ピアノは相変わらず弾けなかったけどね。ごみを漁って出てきた笛で、まずはお金を稼いだ。あまり稼ぎは良くなかったけど、食事とか我慢して、それで中古のリュートを買ったんだ。楽器店の人になんとか値切ってね」


 奏太は「よっと」と呟いて、一際明るい場所に真っ直ぐと向かった。千里もそれを追いかけた。息は荒くなり、2人の額には汗が流れていた。その場所は、木が少ないせいか、月明かりによく照らされていた。


「僕は、大人の在り方について歌いたかった。でも売れないからさ、在り来りな吟遊詩人になったよ。そうやって、大人になった」


「……ここは……」


 千里は周りを見回した。人の歩く道から随分と離れてしまっていた。奏太は立ち止まって、振り向いた。


「僕は、復讐するためにその後を生きてきたよ。そして、転生して、この場所を見つけた。この場所こそ、魔法の国への入口なんだ」


 奏太は笛を取り出すと、光の集まる場所に向かって、ピーヒョロヒョロと吹き出した。そして、音を確認すると、なにかの曲を吹き始めた。その曲はどこか悲しくて、そして怒りに満ちた曲だった。

 そして、それを吹き終わった頃。月光の集まる場所が、突然キラキラと輝き出した。月の光がうねりを持って変形し、そこには光り輝く扉が出来上がっていた。


「なっ……!」


「…………《飾り気のない(ラプソディ・オブ)狂詩曲(・ゲート)》」


 奏太は、そう呟いた。千里はその魔法を聞いたことがなかった。


「な、なにそれ……」


「ご覧の通り、魔法の国へと行くための曲だよ。僕が専門としているのは、魔法でも精霊との契約でもない。吟遊だ。ソルンボルではメジャーじゃなかったけどね」


 奏太はゆっくりと扉を開けた。扉の奥から子供の声が聞こえた。太陽の光に照らされた草の匂いがして、蝶の舞う影が見えた。千里は、立ち尽くした。


「それじゃあ……ようこそ、魔法の国へ」


 千里が奏太に背中を押され、扉の中に入っていった。奏太の笑みは、千里には見えなかった。

オリンピック感動しますね。今年は特にスケボーと柔道に感動させられます。陸上好きなので楽しみです。

次回は8月2日です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ