決裂
「あの人に近付いちゃダメって……なんでダメなのさ、詩乃」
千里が詩乃を睨みつけた。詩乃は震え上がりながらも、握りこぶしを作った。決心を鈍らせない為に。
「千里……稲子谷奏太がなんて言われてるか知ってる?「誘拐の笛吹き男」だよ。最近言われてる誘拐事件の犯人だって」
詩乃の言葉を聞いて、零とナリは驚いた。2人はそのことを知らなかった。
「知ってるよ。ローカルニュースはチェックしてる。山風町の、小学生くらいの子が誘拐されてるって事件でしょ?犯人は分からないけど、その子供たちと最後に会ったのが、稲子谷奏太だったんだっけ」
「そうだよ、千里。だから危ないっての」
「大丈夫だよ。僕は転生者だ。僕の魔法さえあれば、自分の身ぐらい守れる」
「そういうのが危ないっての!」
詩乃が大声を上げた。誰もが驚いて詩乃を見た。下から、「詩乃ちゃ〜ん、大丈夫〜?」という母親の間抜けな声が聞こえた。
「……詩乃」
千里が、恐る恐る声をかけた。詩乃は立ち上がって、ドアノブに手をかけた。
「詩乃、どこ行くの?」
「……ナリ。千里のこと、よろしく。めるはそれだけ言いに来ただけだから。千里がめるの忠告を聞かないなら、それでいいよ。じゃ」
詩乃は扉を勢いよく開け、走り去ってしまった。ナリが「あ、ちょっと!詩乃!」と慌てて追いかけた。部屋には、零と千里が残った。
「……詩乃が……メルヴィナが怒ったところは、初めて見たな」
零は、呆気に取られていた。それは、千里も同様だった。
「僕もだよ。なんで詩乃は怒ったのかな……僕は、ただ知りたいだけなのに。子供扱いしないで欲しいんだけど」
「それが、詩乃的には駄目なんだろうよ」
零がそう言って、クッキーをつまんだ。千里は、不貞腐れながらも「……ねえ、月島零」 と、聞いた。
「もし月島零が詩乃と同じ立場だとして、君は僕を止めるの?」
「……止めるな」
「なんで?なんで僕は、稲子谷奏太と会っちゃ駄目なの?」
「あいつは、誘拐犯の犯人って言われてんだろ?なら近付いちゃ駄目だな。攫われる可能性がある」
「僕は魔術師だ。魔法で自分の身くらい守れる」
「魔法が封じられたらどうすんだよ?」
千里はそれを聞いて、言葉に詰まった。零は小さな子を見るように笑った。
「魔法が封じられたら?杖を没収されたら?そもそも誘拐された後は殺される可能性だってある。大人はそういう危険性を理解して、危ないことには近付かねえんだよ。分かったか?」
「……でも、僕は……」
「僕は?」
零に聞かれ、千里は黙り込んだ。そして。
「……ごめん。帰って」
と、呟いた。零はやれやれとため息をつき、荷物を持って階段を降りた。
同じ頃。
「詩乃!待って!」
ナリは慌てて詩乃を追いかけた。炎天直下の道路で、詩乃とナリは立ち止まった。
「……ナリ」
「戻りなよ。私、詩乃が怒ったところ、初めて見た。千里も、凄く驚いてたよ。きっと今頃反省して……」
「それはないよ、ナリ」
詩乃はナリの方を向いて、ナリの目を真っ直ぐ見つめた。コスプレイヤーだと名乗る彼女の目は、くりくりとした可愛らしい目だった。
「めるは、千里がなんで稲子谷奏太に会いたいのか知ってるの。その上で止めたんだよ。でも、それを素直に聞かない時点で、千里の心はもう決まってる。千里は、なんて言われようとも稲子谷奏太に会いに行くよ」
ナリは、少し驚いたように詩乃を見た。
「な、なんで……」
「千里が、知りたいから。千里は……アルケミスは、知りたいことがあったら、知るまで終わらないよ。アッシュやクリス、める、そしてナリを質問攻めにするのもそれのせい。千里は、知らないことが多すぎたから」
「……詩乃は、千里がなんでそう思うのか、知ってるの?」
詩乃はそう聞かれ、少し悩んだ後に、言った。
「知ってる。前に皆で零の家に集まった時の帰り道、めるは千里と死因を話し合った。それで知ったの。千里は幼い頃から病院にいて、ずっと治療を受けてたって」
ナリは、驚いて声も出なかった。
「ずっと学校に行ったことがなかったの。同い年の人と、勉強したり、話したり、笑ったり、遊んだり……そういうことが出来なくて、ずっと両親と先生と看護師に囲まれて過ごしてたの。ナリは、そういう状況にいたこと、ある?」
ナリが首を横に振った。詩乃は苦笑いした。
「めるも。だから、何もかも知りたいって思うのは、普通なのかな……院内学級には行ってたらしいけど、ずっと入院してたのは千里だけだったんだって」
「……なんというか……私には想像もつかないけど……だからって、千里が危ないことに首を突っ込んでいい理由じゃない」
ナリがそう言うと、詩乃はうんうんと頷いた。そして、駅の方面に足を向け、言った。
「ナリ。零に伝えておいて。めるが連絡したら、必ず出ること。じゃあね」
詩乃はそれから、ナリに手を振って去っていった。丁度その頃、零が外に出てきた。
「……零」
ナリが呼びかけると、零もどうしていいのか分からないようで、
「……千里に追い出されちまった。帰ろうか。お前も疲れただろ?手術受けて」
と車のキーを見せびらかした。
ナリと零はそのまま車の中に黙って乗り込んだ。ナリは誰もいないのを確認して、「《異形》」と唱え、猫の姿になった。日に照らされるダッシュボードの上に飛び乗った。香箱をつくり、気持ちよさそうに座った。
「何してんだ?」
零はエンジンをかけ、空気の籠った車の中に冷房をつけた。
「ひにゃたぼっこにゃー……帰ったら寝ていいかにゃ?」
「おう。あ、昨日亥李から荷物が来て、「Ballet of Ragnarok」とか色んなゲームが入ったダンボールが来たぜ」
それを聞いたナリが、「まじでかにゃ!?」と聞き返した。「おう」と言って、零は車を走らせた。道路には車が多く走っており、太陽の光が道路で照り返していた。
「千里と1つやったぜ。結構楽しかった」
「にゃんと……でも明日やるにゃー……」
「今日やんねえのか?」
「眠くてそれどころじゃにゃいにゃ……あ、零、詩乃から伝言にゃ。次詩乃から電話が来たら、絶対に出ろってにゃ」
「お?おう、分かった……」
「はにゃー……ぽかぽかして気持ちいいにゃ……」
ナリの毛が日に照らされ、黒い毛と白い毛が等しく輝いていた。零はそれを見て撫でたいと思ったが、ナリの獣人族の時の顔を思い出し、我慢した。
しばらくして、太陽が雲に隠れてしまった。ナリはうつらうつらと眠りかけていたが、日光に照らされなかったのに気付き、はっと目覚めた。もう少しで零の家だった。
「あ、あにゃ……ここ、どこにゃ?」
ナリが伸びをして、座って顔を洗った。「危ないから立つなよ」と、軽く注意した。
「ここは……中ヶ丘駅を過ぎた辺りだな」
零がそう教え、カーブを曲がった。すると、雲行きが急激に怪しくなり、ポツポツと雨が降ってきた。それは、いきなり強くなった。夕立だ。
「おわ!俺今日洗濯干したまんまじゃね……?」
フロントガラスを叩きつける雨は、とても美しかった。だがとてもうるさく、ナリは慌てて助手席に飛び降り、座った。
スピードを出しすぎない程度に慌てて帰ると、家の前には参華がいた。参華は玄関の屋根の中に入り、車を見て手を振った。
「またかよ」
「にゃにが?」
「いや、昨日千里があんな感じで家の前にいて……」
車を駐めている間、ナリは零から鍵を渡され、玄関に走って向かった。
「あ!もしかして、ナリ?可愛いじゃない!猫の時も!」
「かわ……とりあえず入るにゃー。《異形》!」
ナリはそう唱えたが、ナリが変身することは無かった。ナリは諦めたように俯いた。
「……参華ー……鍵渡すから開けてにゃー……疲れたにゃー……」
ナリが鍵を渡すと、参華は笑って「亥李みたい。寝ないでよ?今日はあいつの代わりにニュースを持ってきたんだから!」と、扉を開けた。
ナリは一目散に2階に駆け上がり、ベランダに向かった。ベランダには洗濯物はなかった。安心して、ナリは1階に下りた。零も家の中に入り、手を洗っていた。
「ここに1人で来たのは初めてねー……あ、それでね?電話でも良かったんだけど、ついでだから寄っちゃったの」
零が、2人分の麦茶をコップに注ぎ入れた。そして、猫用の水入れに水を入れると、ナリはそれを舌を使って飲み始めた。麦茶を渡された参華はそれを見て、「なんでお茶じゃないの?」と零に尋ねた。
「猫の時はあれに水を入れてくれって。まあ、せっかく買い揃えた猫グッズが腐らなくてよかったけどな。普段人間と同じもの食ってるし。んで?参華は結局何しに来たんだ?」
零に聞かれ、参華は思い出したように手を打った。そして。
「じゃじゃーん!ようやく予約取れたわよ。2週間後だから、覚えておいてね。懇親会の旅行!」
と、パンフレットを並べ、誇るように笑った。そこは、リゾート地として有名な県で、海と山に囲まれた、自然溢れる場所だった。
次回は7月23日です。




