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にゃんと奇妙な人生か!  作者: 朝那月貴
山風町の笛吹き
33/159

決裂

「あの人に近付いちゃダメって……なんでダメなのさ、詩乃」


 千里が詩乃を睨みつけた。詩乃は震え上がりながらも、握りこぶしを作った。決心を鈍らせない為に。


「千里……稲子谷奏太がなんて言われてるか知ってる?「誘拐の笛吹き男」だよ。最近言われてる誘拐事件の犯人だって」


 詩乃の言葉を聞いて、零とナリは驚いた。2人はそのことを知らなかった。


「知ってるよ。ローカルニュースはチェックしてる。山風町の、小学生くらいの子が誘拐されてるって事件でしょ?犯人は分からないけど、その子供たちと最後に会ったのが、稲子谷奏太だったんだっけ」


「そうだよ、千里。だから危ないっての」


「大丈夫だよ。僕は転生者だ。僕の魔法さえあれば、自分の身ぐらい守れる」


「そういうのが危ないっての!」


 詩乃が大声を上げた。誰もが驚いて詩乃を見た。下から、「詩乃ちゃ〜ん、大丈夫〜?」という母親の間抜けな声が聞こえた。


「……詩乃」


 千里が、恐る恐る声をかけた。詩乃は立ち上がって、ドアノブに手をかけた。


「詩乃、どこ行くの?」


「……ナリ。千里のこと、よろしく。めるはそれだけ言いに来ただけだから。千里がめるの忠告を聞かないなら、それでいいよ。じゃ」


 詩乃は扉を勢いよく開け、走り去ってしまった。ナリが「あ、ちょっと!詩乃!」と慌てて追いかけた。部屋には、零と千里が残った。


「……詩乃が……メルヴィナが怒ったところは、初めて見たな」


 零は、呆気に取られていた。それは、千里も同様だった。


「僕もだよ。なんで詩乃は怒ったのかな……僕は、ただ知りたいだけなのに。子供扱いしないで欲しいんだけど」


「それが、詩乃的には駄目なんだろうよ」


 零がそう言って、クッキーをつまんだ。千里は、不貞腐れながらも「……ねえ、月島零」 と、聞いた。


「もし月島零が詩乃と同じ立場だとして、君は僕を止めるの?」


「……止めるな」


「なんで?なんで僕は、稲子谷奏太と会っちゃ駄目なの?」


「あいつは、誘拐犯の犯人って言われてんだろ?なら近付いちゃ駄目だな。攫われる可能性がある」


「僕は魔術師だ。魔法で自分の身くらい守れる」


「魔法が封じられたらどうすんだよ?」


 千里はそれを聞いて、言葉に詰まった。零は小さな子を見るように笑った。


「魔法が封じられたら?杖を没収されたら?そもそも誘拐された後は殺される可能性だってある。大人はそういう危険性を理解して、危ないことには近付かねえんだよ。分かったか?」


「……でも、僕は……」


「僕は?」


 零に聞かれ、千里は黙り込んだ。そして。


「……ごめん。帰って」


 と、呟いた。零はやれやれとため息をつき、荷物を持って階段を降りた。



 同じ頃。


「詩乃!待って!」


 ナリは慌てて詩乃を追いかけた。炎天直下の道路で、詩乃とナリは立ち止まった。


「……ナリ」


「戻りなよ。私、詩乃が怒ったところ、初めて見た。千里も、凄く驚いてたよ。きっと今頃反省して……」


「それはないよ、ナリ」


 詩乃はナリの方を向いて、ナリの目を真っ直ぐ見つめた。コスプレイヤーだと名乗る彼女の目は、くりくりとした可愛らしい目だった。


「めるは、千里がなんで稲子谷奏太に会いたいのか知ってるの。その上で止めたんだよ。でも、それを素直に聞かない時点で、千里の心はもう決まってる。千里は、なんて言われようとも稲子谷奏太に会いに行くよ」


 ナリは、少し驚いたように詩乃を見た。


「な、なんで……」


「千里が、知りたいから。千里は……アルケミスは、知りたいことがあったら、知るまで終わらないよ。アッシュやクリス、める、そしてナリを質問攻めにするのもそれのせい。千里は、知らないことが多すぎたから」


「……詩乃は、千里がなんでそう思うのか、知ってるの?」


 詩乃はそう聞かれ、少し悩んだ後に、言った。


「知ってる。前に皆で零の家に集まった時の帰り道、めるは千里と死因を話し合った。それで知ったの。千里は幼い頃から病院にいて、ずっと治療を受けてたって」


 ナリは、驚いて声も出なかった。


「ずっと学校に行ったことがなかったの。同い年の人と、勉強したり、話したり、笑ったり、遊んだり……そういうことが出来なくて、ずっと両親と先生と看護師に囲まれて過ごしてたの。ナリは、そういう状況にいたこと、ある?」


 ナリが首を横に振った。詩乃は苦笑いした。


「めるも。だから、何もかも知りたいって思うのは、普通なのかな……院内学級には行ってたらしいけど、ずっと入院してたのは千里だけだったんだって」


「……なんというか……私には想像もつかないけど……だからって、千里が危ないことに首を突っ込んでいい理由じゃない」


 ナリがそう言うと、詩乃はうんうんと頷いた。そして、駅の方面に足を向け、言った。


「ナリ。零に伝えておいて。めるが連絡したら、必ず出ること。じゃあね」


 詩乃はそれから、ナリに手を振って去っていった。丁度その頃、零が外に出てきた。


「……零」


 ナリが呼びかけると、零もどうしていいのか分からないようで、


「……千里に追い出されちまった。帰ろうか。お前も疲れただろ?手術受けて」


 と車のキーを見せびらかした。

 ナリと零はそのまま車の中に黙って乗り込んだ。ナリは誰もいないのを確認して、「《異形》」と唱え、猫の姿になった。日に照らされるダッシュボードの上に飛び乗った。香箱をつくり、気持ちよさそうに座った。


「何してんだ?」


 零はエンジンをかけ、空気の籠った車の中に冷房をつけた。


「ひにゃたぼっこにゃー……帰ったら寝ていいかにゃ?」


「おう。あ、昨日亥李から荷物が来て、「Ballet of Ragnarok」とか色んなゲームが入ったダンボールが来たぜ」


 それを聞いたナリが、「まじでかにゃ!?」と聞き返した。「おう」と言って、零は車を走らせた。道路には車が多く走っており、太陽の光が道路で照り返していた。


「千里と1つやったぜ。結構楽しかった」


「にゃんと……でも明日やるにゃー……」


「今日やんねえのか?」


「眠くてそれどころじゃにゃいにゃ……あ、零、詩乃から伝言にゃ。次詩乃から電話が来たら、絶対に出ろってにゃ」


「お?おう、分かった……」


「はにゃー……ぽかぽかして気持ちいいにゃ……」


 ナリの毛が日に照らされ、黒い毛と白い毛が等しく輝いていた。零はそれを見て撫でたいと思ったが、ナリの獣人族の時の顔を思い出し、我慢した。

 しばらくして、太陽が雲に隠れてしまった。ナリはうつらうつらと眠りかけていたが、日光に照らされなかったのに気付き、はっと目覚めた。もう少しで零の家だった。


「あ、あにゃ……ここ、どこにゃ?」


 ナリが伸びをして、座って顔を洗った。「危ないから立つなよ」と、軽く注意した。


「ここは……中ヶ丘駅を過ぎた辺りだな」


 零がそう教え、カーブを曲がった。すると、雲行きが急激に怪しくなり、ポツポツと雨が降ってきた。それは、いきなり強くなった。夕立だ。


「おわ!俺今日洗濯干したまんまじゃね……?」


 フロントガラスを叩きつける雨は、とても美しかった。だがとてもうるさく、ナリは慌てて助手席に飛び降り、座った。

 スピードを出しすぎない程度に慌てて帰ると、家の前には参華がいた。参華は玄関の屋根の中に入り、車を見て手を振った。


「またかよ」


「にゃにが?」


「いや、昨日千里があんな感じで家の前にいて……」


 車を駐めている間、ナリは零から鍵を渡され、玄関に走って向かった。


「あ!もしかして、ナリ?可愛いじゃない!猫の時も!」


「かわ……とりあえず入るにゃー。《異形》!」


 ナリはそう唱えたが、ナリが変身することは無かった。ナリは諦めたように俯いた。


「……参華ー……鍵渡すから開けてにゃー……疲れたにゃー……」


 ナリが鍵を渡すと、参華は笑って「亥李みたい。寝ないでよ?今日はあいつの代わりにニュースを持ってきたんだから!」と、扉を開けた。

 ナリは一目散に2階に駆け上がり、ベランダに向かった。ベランダには洗濯物はなかった。安心して、ナリは1階に下りた。零も家の中に入り、手を洗っていた。


「ここに1人で来たのは初めてねー……あ、それでね?電話でも良かったんだけど、ついでだから寄っちゃったの」


 零が、2人分の麦茶をコップに注ぎ入れた。そして、猫用の水入れに水を入れると、ナリはそれを舌を使って飲み始めた。麦茶を渡された参華はそれを見て、「なんでお茶じゃないの?」と零に尋ねた。


「猫の時はあれに水を入れてくれって。まあ、せっかく買い揃えた猫グッズが腐らなくてよかったけどな。普段人間と同じもの食ってるし。んで?参華は結局何しに来たんだ?」


 零に聞かれ、参華は思い出したように手を打った。そして。


「じゃじゃーん!ようやく予約取れたわよ。2週間後だから、覚えておいてね。懇親会の旅行!」


 と、パンフレットを並べ、誇るように笑った。そこは、リゾート地として有名な県で、海と山に囲まれた、自然溢れる場所だった。

次回は7月23日です。

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