謎の笛吹き
「ええ!?ニール!?零、なんで分かったの!?」
ナリは奏太と零の顔を見比べながら聞いた。それを見て千里が、「なんで分からなかったのか検討もつかないんだけど」と、ナリを煽るように見下した。
「はあ!?うっさいわ犬!」
「やっぱり猫はここが悪いんだね。まともな反論ができないじゃないか」
千里が自分の頭を指さした。ナリは蒸気機関のように顔が火照り、地団駄を踏んだ。零はため息をつき、ナリの方を向いて、「落ち着けよ」と言った。
「単純に、この曲聞いたことあんだよ。精霊人のこと歌ってただろ?」
零が奏太に聞くと、「ああ」と反応した。
「あの場にいた人なんだね。そうだよ、僕は精霊人のことを歌ったことがある。君は、一体……」
奏太がそう聞いた。零は、未だ睨み合っているナリと千里の肩を掴み、
「俺は月島零。元々精霊人のアッシュだったぜ。で、こっちの世間知らずが虎前千里、元精霊人のアルケミス。こっちの単純バカがケルベロスアイのナリ。今もナリだ」
と、奏太に説明した。それを聞いた千里とナリが零を睨んだ。
「ああ!精霊人のアッシュとアルケミス、ケルベロスアイのナリか。そうか、それは当然聞いたことがあるね。ケルベロスアイも歌ったことがあるけど、君達はその時居なかったかな」
奏太はそれを聞き、自分で納得させるように説明した。睨み合っていたナリと千里は、怪しむかのようにゆっくりと奏太の方を見た。
「……前は敬語だったよね。なんで今はタメ口なのさ」
千里が怪しむように聞いた。奏太は「ああ、」と一息おいて、
「だって君達、まだ子供だろう?昔は僕と君達の年齢は変わらなそうだったけど、今ははっきり違うじゃないか」
と、あっけらかんと言った。千里は「マイペースだなあ」と呟いたが、ナリと零は(千里もだけどな)と同時に突っ込んだ。
「さて……僕は次の場所に行くとするよ。悪いけど、僕はこれで」
奏太が立ち上がった。千里が鋭く、「次、いつ来るの?」と尋ねた。それを見た奏太は、ニッコリと笑った。
「次は……明日の夜に来るよ。千里……だっけ。いい名前だね。次は、君の聞きたい曲を、演奏するとするよ」
彼は、聞きたい、をゆっくりと、強く言った。それが、零は気になって仕方なかった。千里はその言葉を全て理解したように、頷いた。奏太はそれを見て、「いい子だ」と呟き、去っていった。
「……なんじゃありゃ。よくわかんねえ奴だな」
零が呟くと、ナリは千里に、「ねえ千里、さっきの、どういうこと?」と聞いた。だが、その言葉に返事もせず、千里は零とナリの方を向いた。
「こんな猛暑日だ、僕の家に来なよ。大丈夫、呼んでもいいはず」
そして、千里は1人で歩き出した。零とナリは顔を見合せ、千里に付いていった。
千里の家は、小綺麗な3階建ての一軒家だった。
「ただいま」
千里がぶっきらぼうに言った。奥から「おかえり〜」という女の人の声が聞こえる。女の人が出てくる様子はなかったが、千里が「友達呼んだ」と声をかけると、すぐに出てきた。エプロン姿の、若い女性だった。
「あらあら!随分と大人なのね……」
彼女がそう呟くと、零とナリは「初めまして」と言って一礼した。
「ふふふ、初めまして!千里がいつもお世話になっております。千里の母の一乃です。千里くん、どこで知り合ったの?」
「詩乃と仲良いから、僕もそれで。僕の部屋に連れてくね」
「あらいいわね!後で4つ、お茶とお菓子持ってくから、先に上がってて!」
千里は近くにある階段に足をかけ、止まった。
「え?4つ?」
「あら、聞いてないの?今詩乃ちゃん来てるわよ〜」
その言葉を聞いて、千里は零とナリを見た。「ふーん……ありがとう」と母親に言うと、階段を上がった。ナリと零は疑問に思いつつも、ついていこうとした。
「ごめんなさいねえ、無愛想な子で!前はあんなんじゃなかったんだけど、最近はあんな感じで……思春期ってやつなのかしらねぇ〜」
母親はのんびりとした声で零とナリを呼び止め、そう教えてくれた。千里が階段の途中で立ち止まった。
(まあ……十中八九転生した頃から変わったんだろうな)
零はそう考えつつ「へえ、前はどんな感じだったんですか?」と、普通を装って聞いた。
「前はねえ、もっとやんちゃっ子で元気いっぱいだったんだけど……今は真逆みたいね」
それを聞いた千里が、階段の上から「母さん、昔の話しないで」と、苛立ったように言った。
「ふふふ、あんな感じにね。前は「かあちゃーん、俺遊びに行ってくっからー!」ってよく遊びに行ってたんだけどねえ。今じゃインドアになっちゃって、ずーっと本読んで……あ、引き止めてごめんなさい!ほら、行って行って!千里くんに怒られちゃうわ!」
母親は、笑顔で零とナリに言った。左手がパタパタと動き、「ごゆっくりね!」と奥に向かっていった。
「……いい母親だな」
零は、母親が居なくなったのを見届けてから、階段の上にいる千里にそう言った。少し羨ましそうに、悲しそうに立ち止まって千里の母親を見つめるナリも、小走りで上に上がった。
「昔のように話しかけると、少し驚かれるんだけどね。良い母親だと思う。今の僕と詩乃を受け入れてくれたし。さて、ついたよ」
千里が部屋の前で立ち止まった。千里がドアノブに手をかけると、「驚かせてやろうぜ」と笑い、零がそのノブを握って、先に開けた。「あっ、零」と千里が止めるのも気にせずに。
「えっ……れ、零!?」
中には、男の子らしい青を基調とした勉強机と、水色と白のストライプのベッド、そして部屋の中心にはミニテーブルが置かれていた。中には詩乃がいた。
床に直に座ってスマートフォンをいじっていた詩乃だったが、零が部屋を開けたのを見ると、驚いたような顔をして立ち上がった。零をじっと見つめる彼女の右手は、《魔源収納》のストラップに届いていた。その目は睨みつけているようにも見えた。
(ん?なんだ、あいつの目……)
零がそう不思議に思っていると「やっほー、詩乃!」とナリが零の隣から声を発した。その隣から、千里も「詩乃、来るなら来るって言ってよ」と言った。その声がどこか、安心したように聞こえた。
「な、なーんだ、ナリも一緒かあ!びっくりしたよ、まさか千里の家で会うなんて!どうしたの?」
詩乃が、何かを誤魔化すかのように笑った。零にはそう思えて仕方がなかった。だが、それを表には出さず、
「ナリを迎えに行った帰り道に千里と会ったから、じゃあ中に行こうって言われて」
と話した。
「あー!そうじゃん、ナリ避妊手術だっけ?どうだった?お腹開いたんでしょ?触らせてよ!」
「触らないでよ?もう思い出したくない……」
ナリが避妊手術を受けた時のことを思い出し、落ち込んだ。詩乃の手はナリの腹まで届かんとしていたが、その言葉を聞いて、詩乃は意地悪に笑い、さらに手を伸ばした。ナリの腹に人差し指が触れたところで、ナリは咄嗟に《異形》をし、獣人族状態になって、詩乃に思い切り威嚇した。詩乃はそれを見て、驚きながら手を引っ込めた。
「ケチー。じゃあ、いつか触らせてね?」
「嫌だにゃ」
ナリがそっぽを向くと、千里の母親が階段を上がる音がした。ナリは慌てて、「《異形》」と唱え人間の姿に戻り、怯えるように正座をした。
「あらあら、楽しんでいるところごめんなさいね!」
母親が扉を開け、テーブルの上にトレーを置いた。冷たい麦茶とクッキーをテーブルの上に並べ、「それじゃあごゆっくり〜」と言って出ていった。ナリは、ふう、と安心したようにため息をついた。
「良かったー、バレないで……」
「叔母さんいい人だから、ナリの秘密知ってても、きっと黙ってくれるよ。ね、千里?」
「母さんにビビりながら話しかける人が、何を言ってるのさ」
「うう……あの笑顔で怒られてみなよ、心に来るって……そういや、さっき来た時叔母さんから、「千里くん、部屋にいない?宿題やるって言ってたんだけど……」って言われたんだけどさ、何してたの?零とナリに会ってたの?」
詩乃がクッキーを頬張りながら聞いた。
「いや、2人に会ったのはたまたまだよ。外に笛吹きがいて……」
千里は麦茶を飲んでから、そう答えた。笛吹き、という言葉を聞いて、詩乃は顔を強ばらせた。
「笛吹きって……前に言ってたあの人?あの、笛を吹いて子供達と遊んでるっていう……」
「うん。昔、僕達が歌われた時と同じ曲を吹いていたよ。いつも笛を吹いているから、どうやって生計を立てて暮らしてるのか、凄い気になるけど」
詩乃はそれを聞いて、困ったように千里を見つめた。そして。
「千里。これは、めるから……いいや、メルヴィナからの忠告。その笛吹きには近付かない方がいいよ。千里は純粋だから分からないかもしれないけど、そのうち絶対わかる。あの人がやってる事は、危険だって。頼むから、千里。あの男に近付かないで」
と、いつもよりも低い声で言った。その詩乃の表情を、零は見たことがなかった。
第3章「山風町の笛吹き」はハーメルンの笛吹き男をモデルにしています。
次回は7月19日です。




