吟遊詩人ニール
近くの駐車場で、零が苦戦しながら車を止める間、ナリは窓からひょっとこりと顔を出した。耳と尻尾の影がぴょこぴょこと動き、それが炎天下の道路に写った。ナリは慌てて顔を引っ込め、「《異形》」と唱えて人間の姿になった。そして、まっすぐ公園の方を見た。
公園には、千里を含む子供達が、一人の男を囲っていた。その男は愛おしそうに子供達を見つめ、縦笛を吹いていた。明るく、どこか勇気づけられる曲だった。だが、どこか悲しい雰囲気を漂わせ、男は吹いていた。
「あの曲、どっかで聞いたことある気がする……」
ナリがそう呟くと、零はやっとの思いで車を止め、エンジンを切った。
「お前もか。俺もどっかで聞いた気がすんだよな……ソルンボルの時か……?」
零もそう呟く。2人で車を降り、公園に向かった。
公園では、演奏が終わり、子供達が拍手を送っていた。男は恥ずかしそうに頭をかき、「ありがとう。リクエストはあるかい?」と聞いていた。
千里は拍手はしていなかったが、最近の流行りの曲を吹いてくれとせがまれていた男をじっと見て、その場から立ち去ろうともせずに、演奏される曲を聴いていた。
「よっ、千里。宿題すんじゃなかったのか?」
零が千里の頭を手でつかみ、グラグラと揺らした。千里は迷惑そうに零とナリを見上げ、「やめてくれない?」と言った。
「普通に聞いてるだけだけど。近所でやってたから」
「へえ、この辺に住んでたんだな」
零が周りを見回した。閑静な住宅街で、一軒家の多い所だった。
「おや、お客さんが増えたね。君のお兄さんとお姉さんなのかな?」
男は零とナリがいることに気付き、千里の方を見た。千里は不貞腐れながら、「違う」と言った。
「違うのか。それじゃあお友達?」
「それで合ってるけど、なんとなく気に入らない……」
千里がそう言うと、男は笑って、「木陰に移動しようか。暑くなってきたね」と話した。子供達はゆっくりと歩く彼を囲み、歩いていった。彼は木陰のベンチに座ると、子供達を一人一人見回した。
「さて、なにか聞きたい曲はあるかな?」
男は目の前にいる子供達に笑って聞いた。子供達は彼を囲み、「さっきの曲がいい!」と楽しそうに言った。
「さっきの曲?楽しかったかい?」
「うん!」
それを聞くと、彼は嬉しそうに微笑んだ。
「よかった。それ、僕が考えた曲なんだよ」
そう彼が言うと、子供達は全員「すごーい!」「もう1回聞かせて!」と騒いだ。「分かったよ」と彼は笑って笛を取り出すと、もう一度先程の曲を吹いた。
(やっぱり、聞いたことあるような……)
ナリがそう思っている中、零の頭の中で、その曲はある光景を思い起こさせていた。流れるようにゆっくりと、しかし早いその曲を、零は冒険者ギルドで聞いていたのだ。精霊人で回復酒を飲みに、ブランキャシア城下町の冒険者ギルドと統合した酒場に行った時のことだった。
「はあ……なんで酒場に来る羽目に……」
夜、アルケミスがため息をついて、中が明るい冒険者ギルドの扉を開けた。クリスがワクワクして中に入るのが、目に見てわかった。
「しょうがないじゃーん?だってー、今日は情報収集!ケルベロスアイとも最近会わないし、どこ行きゃいいか分かんないもーん!やっぱ、情報収集と言ったら酒場でしょ!ね、アッシュ!」
メルヴィナがそう言った。アッシュは何も考えずに、ただ「おう」と反応した。
「あれれー?アッシュくんどうしたのかなー?もしかしてお酒が飲めないの気にしてるのかなー?」
メルヴィナがアッシュの目の前に回り込み、ニヤニヤと笑った。「そんなんじゃねえよ」と、アッシュは迷惑そうに手で払い除けた。
中に入ると、酒場で大きな笛の音が聞こえた。広い冒険者ギルドの中で人が流れを作り、酒場の方へと向かっていく。
「あれ?受付嬢さん、この笛って……」
クリスが受付嬢に聞くと、彼女は笑って、「今日は、吟遊詩人さんが来られてますよ」と言った。
「へえ、いいじゃんいいじゃん!聞きながらご飯食べよ?どうせこの時間は皆める達の話聞いてくれないし!」
メルヴィナがスキップしながら向かった。仕方なく、他の3人も流れに沿って向かう。
酒場のテーブルの木製の椅子に座り、彼は縦笛を奏でた。その音は、広い冒険者ギルドの中でもよく通った。人々が集まってきたのを見ると、彼は笑って、近くにあったリュートを手に取った。
「お!リュートかあ。吟遊詩人さん、名前は?」
クリスが野次を入れた。彼は困ったように笑い、「ニールと申します」と礼をした。人々は拍手を送り、彼の演奏を待った。
「それでは、流行りの冒険者の物語を……」
ニールは、ゆっくりと、しかし早く、流れるように曲を演奏し始めた。
「精霊の楽園を探す珍しきギルドあり。
名は精霊人といい、ダンジョンを渡り歩くギルドなり」
ニールは目をつぶり、そう歌い始めた。
「俺達のことだ!」
アッシュは少し嬉しくて、流れに乗ってつい酒を頼んでしまう所を、慌てて自制した。
「1人、学者肌の人間クリス。
1人、精霊と会話する人間メルヴィナ。
1人、魔法を使う珍しき獣人族アルケミス。
1人、3人を守る混血種アッシュ。
彼らはブランキャシアを旅し、精霊の謎を追い求むる。
クーリエの迷い森を突破し、精霊の足跡を見れり。
レッドウッド火山を突破し、赤の鋼鉄を持ち帰れり。
ササハリ鉱山を突破し、月の鋼鉄を持ち帰れり。
ガルリー廃城跡を突破し、ガルリーの黄金の鳥を持ち帰れり。
己を強きとさせ、人々を守らんとすなり。
その強き力と強き心を、精霊への好奇心へ変えたらん。
いつか精霊の巣に立つ日まで……」
ニールはそうやって、明るく勇気づけられる曲に乗せ、歌を歌った。人々はそれが終わると、拍手をしてチップを渡した。
「すげえ……俺達が歌われちゃったよ。嬉しいな、こうやって言われると!」
アッシュがそう言って精霊人の方を振り向くと、クリスとメルヴィナの2人は固まって声も出ないようだった。アルケミスは2人を見てため息をつき、チップを渡しに行った。
「ありがとう。僕は精霊人のアルケミスだ」
アルケミスがそう言ってチップを渡すと、人々は驚きと共に、拍手をした。冒険者にとって、吟遊詩人に歌われるのは夢の1つでもあり、そのチームが酒場にいるというのは、あまり珍しくはない状況だった。吟遊詩人に歌われるほどの有名なチームが近くにいると、冒険者達は決まって拍手をした。
「これは奇遇ですね。僕が歌った人が目の前にいるなんて」
「本当は僕以外にもいるんだけどね。ちょっと、アッシュ、クリス、メル。興奮してないでこっち来てよ」
アルケミスが後ろを振り向いた。冒険者達もそちらを向く。3人は緊張しながらも、堂々とニールのところに向かい、チップを渡した。
「ありがとうございます。どうでしたか?」
ニールがクリスにそう聞くと、クリスはサムズアップポーズをして、「とてもいい感じだったわ!ありがと!」とニールに言うと、集まった冒険者達に振り向き、「今夜は1杯奢るわよー!乾杯といきましょう!」と、大声で叫んだ。冒険者達が「うおおおおおお!」と沸き上がった。
「うっそだろクリス!?ただでさえ金欠だってのに!」
アッシュがクリスを止めようとするが、クリスはもう既に回復酒をジョッキ1杯分頼んでしまっていた。
「諦めなよ。そもそも金欠なのは、僕達がまともなクエストを受けずに武器や防具を作ってるからでしょ。特にアッシュが」
アルケミスがアッシュを諭し、「あ、オレンジジュース1つね」と店員に頼んだ。アッシュもため息をつき、「ジンジャーエール1つ」と同じ店員に頼んだ。他の店員も、他の客が頼んでしまった酒を用意するのに手一杯だった。
「ニールもどう?回復酒1杯、める達が奢っちゃうんだから!」
メルヴィナにそう言われ、ニールも笑って「では、遠慮なく」と、回復酒を注文した。
「よーし!皆持ったわね!それではー?」
クリス近くの机と椅子に足をかけ、ジョッキを掲げた。他の精霊人やニール、冒険者達もそれぞれの飲み物を掲げる。
「かんぱーい!」
冒険者達の声が、冒険者ギルドの中に響いた。受付嬢は困ったように笑い、「クリスさんは、次から「学者肌の酒豪」って歌われちゃいますね……」と呟いた。
零はそれを思い出し、演奏中にも関わらず、「あっ!」と叫んでしまった。男は演奏をやめ、驚いたように零を見つめた。子供達やナリ、千里も零を見た。
「あ、悪い、続けてくれ……」
少し恥ずかしがりながら、零が小さな声で言った。男は微笑ましそうに零を見つめ、もう一度演奏し始めた。青い葉が風で揺れ、男の膝にゆっくりと舞い落ちた。
そして、男は演奏し終わると、「遊びに行っておいで」と子供達に言った。子供達はその声に純朴に従い、公園の遊具に走っていった。その場には、男と零、ナリと千里が残った。
「さて……お兄さん、何に気付いたのかな?」
男は笛を膝に置き、零を見上げた。
「……さっきの曲……吟遊詩人ニールの歌だよな?」
それを聞いた男は、驚いたように目を見開いた。そして、懐かしそうに笑った。
「……正解だよ。まさかソルンボルの時の人と会えるなんてね。僕は元ニール、今は……稲子谷奏太って名前だよ」
ナリはその名前を聞いて、「ええ!?」と驚きの声を上げた。千里は特に驚いていないようだった。
次回は7月16日です。




