謎多き世界
「……いや、僕達がそこの家を出たのは5時なんだよ。それで、今7時でしょ?その間の記憶が無いから、5時から7時までここで倒れていたと考えるのは、理にかなってると思うんだけど。僕達は倒れるまで歩いてたの?」
千里が慌てたように聞いた。千里が冷や汗をかいているのを見るのは、零は初めてだった。
「ええ、多分……ごめんなさい、人の行動をあまり見ていなくて……」
OLは優しそうな顔をして、千里を見た。
「い、いや……ありがとうございます……」
零がやっとの思いで声を出した。OLは安心したように頷き、「それでは」と言って、去っていった。
「……月島零。今の、どう思う?」
千里が顔を強ばらせて、零を見た。
「いや……俺には、なにがなんだか……というか、お前にもこの気絶が起きるんだな……ナリもそうだったし……」
千里はそれを聞いて、考え事をするように左手の拳を口に近付けた。
「それには僕も驚いた。あの猫もなのか……ソルンボルからの転生者だけがこの症状を受けていると仮定すると……考えられるのは3つ。僕達が何かに取り憑かれている、もしくは夢遊病になっている。それか、僕達が時間を勘違いしている。そして……」
そこで、千里は言い淀んだ。零が千里の顔をのぞき込む。
「おい、どうした?千里」
「……いや、この可能性はないか。可能性は2つだけだったよ。悪いね、月島零。とりあえず、皆に連絡して。出来るでしょ?」
千里にそう言われ、零はスマートフォンを取り出した。時計は19時23分を示していた。SNSでグループにメッセージを送った。
「千里と一緒にいたら突然気絶したんだけど、この中で同じ症状になってる奴いるか?俺たちは7時に倒れたって、周りに言われたんだが……」
道の端で返事を待っていると、それはすぐに来た。亥李からだった。
「それって、5時から7時だよな?俺もだ!」
「家で初実況配信してたら、気がついたらゲームが進んでて……」
「配信中に俺が倒れたらしいんだけど、倒れたのは7時だってよ」
「俺はその間の記憶ないから、5時から倒れたと思ったんだがな……」
亥李が4回に分けてメッセージを送ってきた。それを覗き込んだ千里が、「配信ってなに?」と聞いてきた。零は「生放送だよ」と話した。「生……放送……?」と千里が呟いていたが、零は説明が面倒になって、メッセージを眺めた。
「俺もだよ。外で売り込みしてたらこれだから、困ったもんだよね。営業担当の人に帰れって言われて、今家なんだけど」
陽斗からだった。次に「める☆コミケ参加しますっ!☆」というアカウント名の人物が、「めるもめるも!衣装合わせしてたら気絶しちゃった!」とメッセージを送ってきた。詩乃だった。
「皆もなの?私もそうだったんだけど、私は家に1人でいたんだ。ナリちゃん大丈夫かな?」
美波がそうメッセージを送った。零は少し安心したように、「ナリは今病院だから大丈夫だ。避妊手術」と書いた。美波からすぐさま、「それなら良かった!」というメッセージと共に、くまるんの「ぐっど」と書かれたスタンプが届いた。
「へえ……皆も同じ症状が……」
千里が感心したように零のスマートフォンを見つめた。
「私もよ」
「バイトしてたら倒れたって言われて、早退させられたんだから。給料減ったらどうしよ」
そして最後に、参華からメッセージが届いた。その後に亥李から「ドンマイ」というスタンプが送られてきた。
「俺達には記憶が無いのに、周りの人には、俺達はいつも通りに過ごしてて7時に突然倒れたってことになってる、ってことか?」
そのまま、亥李からメッセージが来た。それに反応して詩乃が、ホシレンジャーの黄色のスタンプを送り、
「じゃなーい?意味わかんないねー!」
とメッセージを送ってきた。
「月島零。さっき僕が言ってたやつ送って」
千里がそういうので、「はいはい」と呟いて、零はスマートフォンに打ち込んだ。
「千里曰く、俺達転生者が取り憑かれてるか夢遊病になってる、時間を勘違いしている、の2つの可能性があるってよ」
それを送った後、詩乃から「なるほどねー、さっすが千里!」とグループにメッセージが届き、その後に零と詩乃の個人チャットに、「千里におばさんが約束の時間に帰ってこないって言ってるって伝えて」とメッセージが来た。
「おい千里、詩乃からおばさんが怒ってるって」
零がそう教えると、「そう。15なんだから、このぐらいに歩いててもいいのにね」と、素っ気なく言った。
「とりあえず、その可能性があるってことを頭に置いておいた方が良さそうだね」
陽斗がそうメッセージを送り、グループでの話は終わった。
「夢遊病……夢遊病なあ。そんな事あるのか?」
零がスマートフォンをしまい、駅の方に歩き始めた。千里もそれに小走りでついて行った。
「僕達が本当に夢遊病かはともかく、現実には存在するんだよ。実感は湧かないけどね。全く、最近こんなことばかりだ。僕達の記憶の繋がりや転生といい、この前の雪といい……超常現象があまりにも起きすぎてる。それでも、それの理屈は分からない。僕達が前は認識しなかっただけで、前にも……僕達が最初に転生する前にも、こんなことが起きていたのか?この世界は超常現象ばかり起きる世界だった?なんで僕達は、それを知らなかったんだ?」
千里は顎に手を当て、じっくりと考え始めた。歩みはゆっくりになり、零と距離が空いてしまった。零は立ち止まって、千里を待った。千里は待ってくれている零に構わず歩くので、零は歩みを遅くした。
「……いやー、考えても分かんねえな……案外、俺達が「まさか!」って思うところに、答えがあったりしてな」
零が冗談で笑うと、千里はそれを本気にしているようで、
「そうだとしたら、とても悔しいね。僕には考えが及ばないような、遠くて近い場所に答えがあるとしたら。僕には知識がなくて、そこまで辿り着けなかった、ということだ」
と言って、立ち止まった。千里の顔には、三日月に照らされ青白く光る、冷や汗が流れていた。
「……やっぱり、行くしかないか。あの人の所に」
千里がそう呟いたのを、零は聞けなかったようだった。
「どうしたー、大丈夫かー?」
零がそう声をかけて、千里は我に返った。そして小走りで零について行き、駅に向かった。
次の日。
「こんにちはー、ナリを迎えに来ましたー」
零はナリを迎えに、動物病院に来ていた。
看護師に抱かれ、不貞腐れたナリが現れた。腹には縫い跡があり、ナリの白い腹に分かりやすく見えていた。
「ナリちゃん、すっごく頑張りましたよ!」
看護師の笑顔に反して、ナリは零をじっと睨みつけ、「ナー」と呟いた。その声の意味がわかる零は、やれやれと安心したようにため息をついた。そして、看護師からナリを受け取ると、零はすぐにキャリーの中に突っ込んだ。
「はい、ありがとうございました。大丈夫でしたか?」
「はい!無事に摘出出来ましたよ!ナリちゃんはもう大人だから先生は心配していたんですが、中には子供もいないし、大丈夫でした!」
看護師が会計をしながら笑った。零はナリがキャリーの中でがたがたと動いているのが面白くて、笑みを浮かべた。
機械的に会計を済ませ、動物病院を出た。車の助手席にナリのキャリーを乗せ、蓋を開けてやった。蓋から首を出したナリは、怒りを顕にしたように飛び上がり、冷房をつける零の左腕を引っ掻いた。
「うわっ!お前、何すんだよ急に!」
「にゃにすんだよ、じゃにゃいにゃ!にゃんで避妊手術のこと教えてくんにゃかったんだにゃ!酷い目にあったにゃ!おにゃか切り開かれて……」
「しょうがねえじゃねえか、突然妊娠したらお前も俺も困るんだぜ?」
「確かにそれはそうだけどにゃ……私も猫を飼ってた時、避妊手術させてたしにゃ」
「へえ?お前猫飼ってたんだな」
ナリは《異形》で獣人族の姿になり、助手席のキャリーを後部座席に放り投げて、助手席に座った。零が聞くと、ナリは少し誇らしげに、
「そうだにゃ!ノエルって言って、私みたいな感じの猫だったにゃ。あの子はペットショップで飼ったはずだけど……懐かしいにゃー……」
と、胸を張って言った。零がそれを聞き流しつつ、何気なく外を見た。すると。
「……笛の音?」
零の耳に、ピーヒョロヒョロの音が届いた。それは車の窓越しでも大きく、ナリの耳にも届いていた。
「ほんとだ、笛だにゃ。なんかこの感じ……ちょっと懐かしい……ソルンボルの時に聞いたこの感じ……零!行ってみようにゃ!」
ナリの声に、零は同意して頷き、ハンドルを切った。笛の音は、近くの公園から聞こえていた。
そこには、縦笛を吹く若い男が、子供達に囲まれていた。その子供達の中に、千里も混ざっていた。
次回は7月12日です。




