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にゃんと奇妙な人生か!  作者: 朝那月貴
スノー・ベアーズ・クイーン
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夏が来る

 雪が、止んだ。

 吹雪は消え、雲は晴れ、辺りには静寂が訪れた。

 氷結の女王は、ナリの《朝有紅顔》を食らって、床に倒れ伏した。ナリ達はそれを見てやっと、疲れたような顔をして、膝をついた。美波と零に関しては、立つこともままならないようだった。

 恵麻はその様子を、星也と共に見ていた。恵麻は、確実に自分の主となるであろうと思っていた氷結の女王が倒れ、言葉も出ないようだった。

 そして、視界の隅に、過呼吸気味の美波を見つけた。恵麻はそれに気付くと、ふと我に返った。


「ママ!ぼくもおねーちゃんみたいになりたい!」


 そう言って顔をほころばせる星也を連れ、休憩室へと小走りで向かった。



「……はあ……っ、美波!」


 雪が晴れた数秒後、ナリはやっとの思いで立ち上がり、美波の近くに寄った。陽斗は《魔源収納(マナシェルター)》の中に斧をしまうと、立ち上がって息を荒くしている零の元へと向かった。亥李も零の元へ向かいつつ、遠くに飛ばした剣の鎖を引いた。

 鎖は、軽い感覚で返ってきた。鎖が取れてしまったようだ。亥李は這ってそれを回収し、《魔源収納(マナシェルター)》に無理矢理入れ込むと、その場に仰向けになって倒れた。


「美波……大丈夫?」


 ナリがそう言いながら美波の背中をさすった。少し落ち着いた美波は、「ナリちゃん、お願い」と言って肩を借りると、氷結の女王の元へと向かった。

 その時。


「……あっつ!」


 亥李が寝込みながら叫んだ。その言葉に、ナリ達は入口から、生暖かい風が吹いていることに気付いた。


「まさか……外の雪も気温も、全部元通りになったのか……?」


 陽斗が上着を脱ぎながら呟いた。仲間達も上着を脱ぎ始める。


「ナリちゃん……それ、ずっと着てくれてたんだね」


 美波が、ナリが脱いだカーディガンを見て、嬉しそうに呟いた。


「美波がくれたからにゃ、ずっと着てたにゃ!それで、氷結の女王は……」


 ナリが美波を連れて氷結の女王に近付くと、氷結の女王が、目を覚ました。氷結の女王の四肢の先が溶けかけていた。

 氷結の女王は動かなかった。顔も少し溶け、頬には水滴が伝っていた。


「……なんじゃ。無様だと笑いに来たか?」


 それは、とても低く、弱々しい声だった。はっ、と鼻で笑った彼女のまつ毛には、水滴が溜まっていた。氷結の女王はその顔をナリと美波に見せないよう、必死に逸らした。


「無様だと思って欲しいなら、そうするけどにゃ」


「いいや。そんなこと望む訳なかろう。面白い猫じゃな、最期に見れてよかった……」


「……氷結の女王。最期って……」


 美波が聞くと、氷結の女王は目をつぶった。そして、悲しそうに笑った。もう彼女の体は、水へと化し始めていた。


「……そのままの意味じゃ。熱いと溶けてしまうから、この町を冬に染めあげようとしたのに……こうやって討伐され、冬は終わりを告げ、夏が来た。それのどこに、妾が生きていられる理由がある?」


「生きていられる、理由……」


「普通の人間には分からんじゃろう。じゃが、妾達氷結の魔女は、熱い地域では生きることが出来ぬ。魚が、陸では生きていけないようにな。なぜこの場所に来たのかは分からぬが……妾は、負けたんじゃ。お主らからも、死からも」


 彼女はそれを、愛おしそうに言った。


「ああ……封印からやっと目覚めたと思ったら、今度は本当に死ぬなんて。信じたくなどないが、これが現実か……結局、妾が生きている間に、妾の願いの1つも、叶えることが出来んかった……」


「願い?それって……」


 美波が聞くと、氷結の女王は目を開け、涙目で美波を見た。


「……ティラーの使者よ。お主は、妾の為に、一緒に生きてくれるか?」


 ナリが驚いたように氷結の女王を見た。氷結の女王は、構わず続けた。


「妾と共に、雪遊びをしてくれるか?妾と共に、雪合戦をしてくれるか?妾のそばに居てくれるか?妾の元を、離れないでくれるか……?」


「…………!」


 美波は少し経ってから、申し訳なさそうに、首を横に振った。

 氷結の女王はそれを見て、はっはっは、と目をつぶり、低く笑った。そして。


「それで良い。妾の願いは、誰にも叶えることが出来ぬのだから」


 そう、悲しそうに笑って、彼女は完全に溶けてしまった。



 氷結の女王が溶けて、何分経ったか分からなくなってしまった頃。

 恵麻が、缶コーヒーを手に持って戻ってきた。そして、まだ息を荒くしている美波の前に、それを出した。


「……溝口、さん……」


 美波がそれを手に取った。コーヒーを顎でしゃくったのを見て、美波はそれを飲んだ。夏に丁度いい、冷たいコーヒーだった。


「……あなた、小早川那月……よね?」


 美波の動きが止まった。美波の目が、恵麻に釘付けになった。星也がとことこと歩いてきて、恵麻の服の裾を握った。それを見て顔がほころんだ美波は、真剣な顔をして、恵麻を見据えた。


「……信じるかどうかは溝口さん次第です、溝口さん。私は、前の名前はフィーネ。その前の名前は、小早川那月、でした」


「……私は、あなたに向かって名乗っていない。それに、あなた、星也のこと知ってるでしょう。会社の人に星也のことを話したのは、あなただけよ」


 恵麻は、ため息をついた。そして。


「……小早川さん。あなたは、自分が死んだことについて、誰かを恨んだの?

 ……いいえ。これじゃあ伝わらないわね……小早川さん。あなたを閉じ込めたのは私なの。きっと、それはあなたも気付いている。ねえ、私のことを恨んでる?」


 と、冷酷に聞いた。美波はナリから離れ、自分一人で立つと、恵麻の目をまっすぐ見た。


「……恨んでません。責めたりもしません。悪いのは、きっと私なんです。でも……溝口さん。私のこと、嫌って閉めたんですか?」


 それを聞いて、恵麻は辛そうに、ため息をついた。


「……それ、聞きたい?」

「はい。ずっと、気になっていましたから」


 美波の真剣なその言葉が、恵麻を強引に決意させた。恵麻はまた、ため息をついた。


「……小早川さん。いいえ、小早川那月。私、あなたのこと嫌いだったの。知っていた?」


「……なんとなく、そんな気はしていました」


 美波のその言葉を聞いて、恵麻は、知っていたんだ、と呟いた。そして、ゆっくりと呟いた。


「……嫌いだから閉めたんじゃなかった。本当に、外にいるんだと思って、扉を閉めた。でも……その日はスマホを忘れて、こっそり会社に来たら……あなたがまだ、帰っていないことに気付いた。私が閉じこめてしまって、その事に誰も気付いてないことにも気付いた。でも……私はそれより前からずっと、あなたの事が嫌いで……だから……助けなかった」


「……なんで、私は嫌われていたんですか?」


「……そこは、分からなかったの?」


「はい。私は、溝口さんのこと、大好きだったのに……」


「…………その好意が、嫌いだったのよ」


 恵麻は、美波の目を、まっすぐ見れていなかった。美波は黙って恵麻の目を見つめた。


「あなたがいたせいで、私は見て貰えなくなった。あなたが来る前まで、私が皆のアイドルだったのに。それでも、あなたが私のところにやってきて。私と一緒にいて、私の前で皆にチヤホヤされて……嫌がらせなの?、って最初は思ったわ。でも……あなた、気付いていなかったのね」


 そう呟くと、彼女は自虐的に笑った。ゆっくりと、優しく星也を撫でた。


「あーあ……あなたって、本当に優しい子。私ってば、なんで一緒にいたいと思わなかったのかしら。卑屈になって、恨んで、嫌って……あまりにも身勝手ね」


 そして、恵麻は美波の目をようやく真っ直ぐに見た。不思議そうに見つめる星也の目が、彼女には痛かった。


「ごめんなさい。謝って許してもらえるだなんて思ってない。でも、言わせて。本当に、ごめんなさい」


 恵麻は、深く頭を下げた。真似をして頭を下げる星也を止めて、恵麻は最後に、美波の顔を見て、「那月さん」と呼んだ。



 恵麻は自首をすると言って中ヶ丘流通に残ろうとしたが、それを美波は許さなかった。


「お母さんが居なくなるのは、この歳の子には可哀想です」


 美波のその言葉を、ナリは何気なく聞いていた。

 そして、帰り道。恵麻と星也は駅に向かったが、疲れて《異形》が出来ないナリと、角がまだ縮まらない零を放っておく訳にはいかなかったので、他は歩いて帰ることにした。

 美波を陽斗が背負い、それ以外の3人は歩いていた。道路の端にはまだ雪が残っていたが、外は熱帯夜を取り戻していた。


「ごめんね、陽斗くん。大丈夫?」

「大丈夫だよ。気にしないで」


 美波と陽斗がそう会話をしてから、しばらくして。


「ナリちゃん……あの時、あの言葉を掛けてくれて、ありがとう。あれがなかったら、私……」


 美波が、ナリの方を向いて、そう言った。


「いいんだにゃ。そもそも、私が美波のこと、何も気付いてあげられなかったのがいけなかったんだにゃ。美波が寒がっているのに、何が1番いいのか」


「気付けないよ、昔のことだし……思い出してくれてありがとう、ナリちゃん」


 その会話を聞いていた零が、亥李に「何の話だ?」と聞いた。


「さあ?女同士の秘密、ってやつじゃねえの?」


 亥李がそう答えて笑った。それに反応して、


「美波の氷が溶けた時のことだにゃ。ね、美波?」 


 と言って、美波の方を見た。美波は、ぐっすりと眠ってしまっていた。その顔は可愛らしいものだった。


「……寝ちゃったようだね」


 陽斗が、耳元から聞こえる寝息を聞いて、そう笑った。

 それを見て、安心したかのように、4人は家路を急いだ。



 夢を、見ている。

 中ヶ丘流通のコンテナの中で、小早川那月が働いている。それを、遠くで見ている夢だ。


「那月さん!」


 溝口さんが、リフトに乗っている彼女に声をかけてくれた。くまるんのストラップのついた鍵でリフトのエンジンを切り、溝口さんの元に降りて、一緒に歩き始めていた。


「溝口さん!今日これ、行きません?」


 ビールのジョッキを持つような仕草で、溝口さんに声をかけている。


「あら、いいわね。家族に連絡しないと……」

「あ!せっかくだし、旦那さんも星也くんも呼びましょうよ!どうですか?」


 那月が、楽しそうに提案している。溝口さんも、笑顔で頷いている。

 そして2人は、一緒に外へと出ていった。時間は、6時半を指していた。


 パチン、という電気の消える音で分かった。これは、私が望んだ世界だ。


 溝口さんと仲が良くて、仕事終わりだと声をかけてくれて、一緒に帰って、飲みに行く。それが、私の望んだ世界。

 結局これは、叶わなかった。私が高望みしてしまったのだろうか。他人のことを考えなかったのが悪かったのだろうか。


「…………じゃあね。小早川、那月」


 私は、コンテナの外にいる私に声をかけた。小早川那月の楽しそうな笑い声が聞こえてきた。



「…………っ!」


 美波が次に目を覚ましたのは、夏の日差しが差し込む、彼女の部屋だった。くまるんの人形に囲まれたベッドの上に、彼女はいた。

 起き上がってみると、近くのテーブルにナリの置き手紙があることに気付いた。「陽斗から聞いて勝手に入りました。ごめんね ナリ」という文面だった。

 近くには、つい最近買ったくまるんの人形があった。ツンツンとした目で、美波をじっと見つめている。


「……ナリちゃんに、あげなきゃね。くまるんの人形!」


 美波は、そう言って、笑った。ナリの喜ぶ顔が、彼女の脳裏に浮かんだ。

スノー・ベアーズ・クイーン編終了です。

次回は6月28日です。

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