恵麻の夢
「あー……参華?私お酒飲めないんだけど」
ナリは、次々につまみと酒を口に入れる参華に、声をかけた。花坂酒場の中には酒臭い匂いが充満していた。ナリは思わず鼻を覆ってしまったが、参華は構わず飲み続けた。亥李と陽斗は、ナリが顔をしかめる度に、同情するように頷いた。
「あれ?そうだっけ?あそっか、まだ17歳だもんね!アルハラは良くない、うん。なら1人で飲むぞー!陽斗も亥李も付き合ってくんないし!かあーっ、この1杯のために生きてるぅー!」
更に追加注文したビールを飲み干し、勢いよくジョッキを置いた。零は先程からずっと黙っていたが、ナリの耳元で「悪い、俺外いるから」と言って、歯を噛み締めるようにして出ていった。
「え、あ、あれ?うん……」
ナリが困惑しながらも零の背中を見送る中、亥李がジョッキに入った冷たい水を飲んでから、ナリの方を見て聞いた。
「んで、お前ら、何しに来たんだ?わざわざここに来たってことは、なんかあったんだろ?」
ナリは、美波と買い物に行った時、氷結の女王を見つけ、そのせいで町に雪が降っていると理解したことを、3人に話した。最初は3人はあまり真面目に聞いてはいなかったが、途中から、亥李と陽斗は驚いたように目を見開き、参華は机の上に寝てしまった。
「……は?氷結の女王?あの?」
亥李はナリにもう一度確認した。信じられないようだった。
「うん、あの。私たちが倒せなかったやつ」
「あれが雪を降らせて……いや、そんなのどうやって止めたら……」
陽斗が考え込んだ。その間も、参華は寝息を立てて寝ていた。
「私達が倒さないと、山風町はいつまでも冬のまま……いや、最悪、私たちが凍え死ぬほど寒くなるかもしれない。この事実に気付いたのは私達だけなんだよ。だから、今から行こうと思って、ここに来たの。そうメッセージ送んなかった?零が」
そう言われ、亥李と陽斗がすぐにメッセージを確認した。そして慌てながら、
「ご、ごめんなナリ!参華の相手してて……!」
「ごめんナリ!スマホ見てなかったよ……」
と、亥李と陽斗が口々に謝った。
「とにかく、今から行くよ。行ける?」
「ああ、行けるぜ!なあ、陽斗?」
「もちろん。この前助けてもらった恩を返さなきゃね。そういえば、他の人は?声掛けた?」
「いや、ここにいる人以外は……詩乃と千里は連絡がつかないし、美波は昨日、氷結の女王を見つけた後にどっか行っちゃって……」
「いないのか。いてくれると楽だったんだけど……とりあえず、ご馳走様でした!これ、参華に頼んでいいのかな?」
陽斗が厨房の方に声をかけ、亥李に聞いた。亥李は呆れたように、「いいだろ」と肩をすくめて言った。
3人は、会計を参華に無断で頼み、外で待っている零の元へ寄った。零は先程より元気そうだった。外にはもう雪が降っており、昨日よりも寒く、冷たく、そして多くの雪が降っていた。
「零!」
「おう、終わったか。これじゃあ電車止まってるかもな……なるべく早く、歩いていこう」
零のその言葉を合図に、ナリ、零、陽斗、亥李の4人は、中ヶ丘駅のある西の方へと向かった。
「俺……SNSで、この雪と寒さはくまるんの人形が冷凍庫に閉じ込められた恨みだって、聞いたんだけど」
道中、陽斗がそう言った。零はそれを聞いて、凛の言葉を思い出した。
「それ、俺も聞いた。凛から」
「凛ちゃん?いたんだ」
「ああ、お前が昨日帰ってくる前にな。小さな男の子が、妹のくまるんの人形を冷凍庫に突っ込んだら、その男の子が凍えて砕けて……で、他の人の冷凍庫にも入ってた写真があった、ってさ」
「そうそれ。俺はそれが原因だと思ってたけど……違うの?」
「違うんじゃねえの?凛もそう言ってたし。そう投稿してたのは捨て垢……IDは初期設定、名前は「EMSM」らしいぜ。怪しいよな。それに、人形を冷凍庫に入れるだけなら誰でも出来るしな。なんでこんな噂が流れたのかは知らねえけど……凛は、この事件のことを「スノー・ベアーズ・クイーン」って言ってたな」
「零の妹……名前、凛だっけ?まだ高校生なんだよな?すごい情報収集能力だな。FPSの時の俺のチームにも来て欲しいわ……」
亥李が嘆くようにそう言った。
「まあな。オカ研の副部長らしいし」
零は雪を手で触りつつ、少し自慢するかのように言った。
(EMSM?変な名前……)
それを聞いて、ナリは静かに考えていた。
一方、旧中ヶ丘流通では。
「……ったく、勝手に来たのは良いが……こやつ、どうすればいいんじゃ」
氷結の女王は、虚ろな目をして雪遊びをする美波を見て、そう呟いた。他にも人がいたが、その中には恵麻もいた。
「雪で他人を洗脳するのは少し面倒じゃのお……それに、妾自身の魔力も衰えてしまったわ。町に雪を降らせるだけで1日使うとは。あのブランキャシア王、バレアレスめ……少し妾がブランキャシアに雪を降らせただけで、妾を封じようとするなんて。常識を逸しておる。あー、久しぶりに運動すると肩にくるわ……」
肩を回し、ゴキゴキという音を聞きながら、氷結の女王は恵麻を見た。恵麻はスマートフォンの画面を眺め、画面をスライドさせていた。
画面には、氷漬けにされているくまるんの写真と共に、「次は私」という文字が映し出され、それを一緒に、SNSに投稿していた。
「スマート……フォン、と言ったか?この世界には便利なものがあるのお。ソルンボルでは情報発信の最先端はチラシじゃったというのに……まあ、それで噂話が流れておるおかげで、妾は心置き無く雪を降らせられるというわけじゃ。そして、妾のこの世界での悲願も……」
そう呟きつつ、彼女はまた雪雲を作り出す為、魔法の媒体である剣を取り出した。剣は全て氷で出来ており、雪の結晶の文様が形作られていた。
「《寂雪悲雨》」
剣に向かってそう唱え、それを天に掲げた。剣の先から白い光が現れ、中ヶ丘流通の扉を出て、空へと真っ直ぐに向かった。そして、雲の中で光は弾け、雲から雪が降り注いだ。
「ベトレイアル……裏切り、という意味じゃったか。妾を裏切る者がおらんと良いのだがな……」
そう呟いて、恵麻を見た。恵麻は氷結の女王の目線に近づくと、近くに寄ってきた。
「恵麻。あの女、お前の知り合いか?お前を見た時、なんだか驚いておったようじゃぞ」
氷結の女王は、美波を指さしてそう言った。恵麻は首を横に振った。
「私は知りません。ただ、あの子は私が知っている、ある人物によく似ています」
「ほお?ある人物とな?」
「はい。私が、この会社でパートとして働いていた頃のことです」
「おや、そうなのか。氷に包まれていた時代、ということじゃな?前にお前が教えてくれたな」
氷結の女王がそう言うと、彼女は頷いた。そして恵麻は、死んだ那月を最初に見つけた時のことを思い出していた。
「……はあ、まさかスマホを忘れるなんて。あの小早川のせいだわ。小早川がスマホ見てくるから、うっかり休憩室に忘れてきたじゃない。社長に許可は……事後承諾でいいわね」
ある冬の日。恵麻はそう呟きながら、周りをキョロキョロと見回すと、静かに、扉を開けた。扉はゆっくりと開いた。
中は薄暗く、古い蛍光灯の光だけが廊下を照らしていた。彼女は足音を立てずに休憩室の前まで行くと、そっと扉を開けた。恵麻のスマートフォンが、椅子の上に置いてあった。安堵のため息をついた恵麻は、ゆっくり自分のスマートフォンを手に取った。ロック画面には彼女の息子の星也、そして夫の写真が映し出されており、午後7時半を指していた。
(良かった、ちゃんとあった……はあ……あの小早川め。社長の姪っ子なんですって?だからって皆にチヤホヤされて……私につっかかって来て、なんなの?アピールなの?本当に、あんなやつがこの場所に居なければ……)
恵麻はそう考えつつ、扉を閉めた。そして、まだ社長室にいるであろう社長の元へと、静かに向かった。
途中、更衣室を見つけた。他にもなにか忘れ物をしているかもしれない、そう思った彼女は、そっと中に入った。
中には誰もいなかった。恵麻は自分のロッカーを開けた。中から取るものがないことを確認すると、彼女は、まだ那月の靴が更衣室にあることに気付いた。
(あれ……靴?忘れていったのかしら?まあ、あんまり気にしなくていいか……いや、万が一冷凍コンテナの中で閉じ込められてたら困るわね。責任が私に来るじゃない)
恵麻は那月に腹を立てながら、冷凍コンテナの方へと向かった。そして、ガタガタ、という、鍵のかかった扉を、内側から開けようとする音が聞こえた。
(……いや、まさか……でも、確かにあの時、小早川に帰るって言ったはず……返事はなかったけど……いや、まさか……!)
恵麻はそこで、ようやく事の顛末を知った。
「こばっ……!」
そこまで言いかけて、恵麻は気付いた。
(このまま、放置していれば……もし、私が何もせずに、このまま置いておけば……)
ゆっくり、ゆっくりと後ろに歩みを進めた。
(私は今、ここにいてはいけない。だから、助けてしまっては、私がここにいたことがバレてしまう。だから、しょうがないでしょう?私がここから離れるのは。
そうよ。私は、決して間違ったことはしていない。小早川が勝手に冷凍コンテナの中にいただけ。私は何も悪くないの。私はいつも通り働いただけ)
恵麻はスカートを翻し、足早に去っていった。また、冷凍コンテナの扉を開けようとする、ガタガタという音が聞こえた。
(小早川が悪いのよ。私は何も悪くない。小早川がバイトに来なければ、こんなことにならなかった。小早川が働かなければ、幸せに暮らしていたのよ。彼女も、私も。
小早川が、皆に認められてしまったから……最初の時のように、他の皆とぎくしゃくして、私としか仲良く出来なくていたら……皆が、私のことを放っておいて、小早川を認めていなかったら、こんなことにならなかったのよ!)
恵麻は、更衣室と休憩室の扉をきっちりと閉め、誰にも見られずに、会社を出た。
次の日、社長は、氷漬けになっている那月を発見した。その場に恵麻も居合わせた。肌が一様に白くなっており、体温は氷のように冷たかった。
恵麻は、それを見て泣いた。だが、心の中で、ほくそ笑んでいた自分がいたことを、恵麻は自覚していた。
「……それのせいで、ここは冷凍設備があるにも関わらず、封鎖されておったんじゃろ?お前の責任を被って」
氷結の女王がそう言うと、恵麻は頷いた。困ったように恵麻に近付く、星也の姿もあった。
「その小早川那月とやらに似ているとな……ふうむ……ところで、少し思ったんじゃが」
「はい、何でしょうか」
「恵麻。お前、妾が雪を降らせて心を奪うより前から、心が無くなっておったんじゃのう。だから大して効かなかったんじゃな?行く場所……ここの位置は分かっても、妾が心を奪うことは出来なんだ。まあ、話のわかるやつでよかったが」
「……そうかもしれません。あの時に、私は寒さに心を奪われたのかもしれませんね」
恵麻はそう言って、にっこりと笑った。それを見て氷結の女王も、楽しそうに笑った。
「さて。そこの奴らは、どうかのう?」
氷結の女王は、中ヶ丘流通の入口に立つナリを見て、そう呟いた。
次回は6月14日です。
6月11日現在、プロローグ1、2話を大幅に変更したので、是非そっちも読んでください。




