当てを探して
零に言われ、しぶしぶ手を洗ったナリは、獣人族の姿に《異形》し、食卓に着いていた。
零が用意したカレーは、前の日よりも分量が少なかった。だが、前の日よりもスパイスが効いており、コクがあって美味しかった。
「……で、氷結の女王がここにいるって、どういう事だよ?」
零はカレーに入っているじゃがいもを食べながら、そう聞いた。
「……中ヶ丘駅の近くに、中ヶ丘流通って所があってにゃ、帰りに美波が、そこに向かう女の人に付いていって、そしたら居た、って感じだにゃ。雪を降らせる、って言ってたから、多分そのせいで山風町が寒くなってるにゃ」
ナリがスプーンを猫のように器用に舐め、そのスプーンで零を指した。
「確か、氷結の女王ってあれだよな?コオニユ洞窟の主で、その近くは異様に寒くなるとか……逆だったか?寒いところに氷結の女王がいんのか?」
「それはちょっと分からないけど……問題は、氷結の女王が、今回の事件の犯人だってことにゃ。つまり……そいつを倒さないとどうにもならないから……転生してる人が倒さなきゃいけないにゃ。そして、その事実に気付いているのは、私と零だけにゃ」
「……つまり?」
ナリは机を叩き、零を驚かせて、いつもより低い声で言った。カレーの皿が、一瞬宙に浮いた。
「……私達が……氷結の女王を倒さなきゃ、山風町に夏は戻らないにゃ……!」
零は、しばらくカレーを食べる手が止まってしまった。
「……嘘だろ?」
「本当だにゃ。皆にも頼んだとして、最大で8人。それで、氷結の女王を倒さなきゃいけないにゃ」
「いやいやいや!氷結の女王ってめちゃくちゃ強いって言われてたんだぞ!?お前らもコオニユ洞窟挑みに行ってあっさり帰ってったじゃねえか!」
「しょうがないにゃん、迷ったんだし!でも、倒し方とあいつがいる場所の把握方法は分かってるから大丈夫にゃ!」
「そりゃあそうだが……え?マジでか?ソルンボルでも倒した奴はいないって言われてたのにか?」
「マジだにゃ。このまま放置しておくと、氷結の女王が山風町を全部凍らせてしまうかもしれないにゃ」
「それはまずいな……え?マジで?」
零は勢いよく、コップにある水を飲み干した。ナリは食べ終わり、食器を台所へと運んでいた。
零はそれを見て、自分のカレーが残っていることに気付いた。慌てて食べ、スマートフォンに触って、前の日に作ったSNSグループに連絡した。
「山風町が寒いのは氷結の女王が雪を降らせてるかららしい」
そう言ったが、既読の文字は見えなかった。しょうがなく、零とナリは次の日に行くことを決め、その日は寝ることにした。この日の最高気温は、10度を指していた。
だが、次の日の朝。
「ナリ……誰っからも連絡来ねえ」
零は、呆れたように、そして焦るように、ナリにスマートフォンの画面を見せた。既読の文字は、5人中2人しかついていなかった。
「既読スルー2人に未読3人……もうこっちから声掛けに行くしかないんじゃないかにゃ?」
「ああ。ってか、美波はどうしたんだよ?昨日一緒に行ったんだろ?同じタイミングで気付いたんだから、氷結の女王討伐に乗り出そうとしてもおかしくないだろ」
「あー、それはだにゃ……」
ナリは、前の日に美波が走り去っていったことを話した。
「お前さあ……美波はお前より年上だけど、1人の女性なんだぞ?もう少し気ぃ遣ってやれよ」
零が肩をすくめ、呆れたように言った。
「気は遣ったつもりにゃ。でも……寒いって言ってたから、カーディガン渡したら、どっかに走っていっちゃってにゃ……」
「それは……寒いんじゃなくて、他の何かのサインなんじゃねえの?」
零にそう言われ、ナリはやっと思い出した。コオニユ洞窟で、美波でもあるフィーネに言われた言葉だった。
「私が寒そうにしてたら、言ってね。「可愛いナリちゃんがついてるよ」って、私の手を握って」
「私、そう言われちゃったら、コートを着るよりも、体が暖かくなるからね!」
それを思い出し、やっとナリは、自分が美波にとって、とても酷いことをしていた、と気が付いた。
「……美波、探さなきゃにゃ!零!まずは朝日の所にゃ!詩乃や千里がいるかもしれないにゃ!」
「ん?どうしたよ、急に。まあいいか、朝日のところな?オーケー、行くか」
零はスマートフォンを閉じ、玄関へと向かった。ナリは《異形》で人間状態となり、キャスケットを手に取ると、零に小走りでついていった。 ナリの両手両足にはグローブとブーツが、零のズボンのベルト通しには《魔源収納》の結晶が括り付けられていた。
そうして2人は、トビー商店へと向かった。外は凍えるように寒く、2月のようだった。零の育てていた向日葵は完全に茶色くなり、霜が降りた地面に花弁が落ちていた。零はそれを、悲しそうに見ていた。
そしてトビー商店に辿り着くと、そこに居たのは朝日だけだった。朝日はナリと零を見ると、はあ、とため息をついた。
「あの、今日誰もいないんで、帰ってください。他のお客様にも迷惑です」
朝日はナリと零の目も見ずに、そう言った。
「朝日……俺たち、今日普通に来たんだけど……」
「そもそも朝日と私達以外誰もいないじゃん」
零とナリが言ったが、朝日は呆れたように呟いた。
「なら前回冷やかしに来たのはなんだったんですか。その前も、精霊人のメルヴィナと精霊人のアルケミスとずっと話してて、結局買い物した時間10分だけだったし。本当にそういうのやめてください」
「あー……それは悪かったって……んで、詩乃と千里、今日来たか?」
それを聞いて、朝日はそっぽを向いてしまった。
「ああああー!ごめん!ごめん朝日!悪かった!悪かったから!そっち向かないで!」
零が慌てて近づくと、朝日は頬を赤らませ、膨らませていた。
「い、ま、せ、ん。ったく、本当に帰ってください」
零が朝日をなだめる中、ナリは呆れて、床に置いてあるグローブとブーツがあるカゴの中を、座って漁っていた。そして、「ねえ朝日、属性武器とかないの?」と、カゴを指さして聞いた。朝日がやっと頬をしぼませて、ナリの方を向いた。零は少し悔しそうに、ナリの方を見た。
「ありません。残念ながら、そういう技術はここにはないんです。精霊使いが精霊と契約する宝石はありますよ。しかし、逆に言えば、属性を武器に出すことが出来るものは、それしかありません。精霊使い以外は、契約……つまり、属性の魔法を使うことができないんです」
「じゃあ、今までどうやってたの?」
「ケルベロスアイのナリ。僕はソルンボルの時、言いましたよね。なにか新しい武器が欲しいなら、素材を持ってこいと。素材にもよりますが、大体は魔物の毛皮、ダンジョンで取れた鉄、宝箱に眠る金などが主です。そういうのは、属性が元々あったんですよ。だから属性武器が作れたんです。今は普通の鉄しかないですから、属性武器なんて作れません。諦めてください」
ナリはそれを聞いて、「ちぇーっ」と口を尖らせ、立ち上がった。
「零、もう行こうか。詩乃も千里も居ないらしいし、属性武器も作れないらしいし」
そう言って、1階へと向かおうとした。キャスケットを被り、零と朝日の方を一瞬見た。
「ほんっともう、冷やかしはやめてください。あとケルベロスアイのナリ、キャスケット返してください」
朝日が少し怒ったように言った。
「ごめん、今度返す!でもほら、今それどころじゃないしさ。じゃあね!零、行くよ!」
「ああ。悪いな朝日、今度ちゃんと来るから」
零もナリの方へ小走りで向かった。その零の背中に、朝日は静かに言った。冷めたような声だった。
「今使っている鉄は、属性魔法……あなたや精霊人のアルケミスが覚えているような、《氷風白煙》なんかの魔法を使えば、一時的に属性魔法にすることができます。何をしようとしているのかは知りませんが、お気をつけて」
零は後ろを振り返り、「ありがとな」と言って、サムズアップポーズを取り、ナリを追いかけた。
次に向かったのは、花坂酒場だった。参華が「大体ここに居る」と言ったのを、2人が思い出したのだ。
零の家の最寄り駅に電車で戻り、駅前の花坂酒場に向かった。中に入ると、黒い前掛けエプロンをした店員が、カウンターの前にあるテーブルだけに、せっせとビールジョッキを運んでいた。他に客はおらず、カウンターと掘りごたつ、そしてテーブルの全ての席を使って、酒を飲んでいた人物がいた。その人物を、ナリと零は知っていた。
「ひっく、あーっ、おかわりーっ!!かあーっ、安い酒でも美味けりゃよし!よっしっ、店員さん!次、麦焼酎ね!」
「ありがとうございまーす!」と大声を上げた店員が奥に向かう中、彼女は立ち上がり、ジョッキに入ったビールを飲み干していた。
「あーあ、完全に出来てるよ、これ。どうするの」
「知らねえよ!この後送り届けんの俺なんだぞ!?気が楽そうでいいよな、陽斗!」
「いや、俺参華の家知らないしさ……」
普通に席に座り、彼女が頼んだであろう枝豆をポリポリと食べる男2人は、さほど酔っていないように、ナリと零は見えた。
「……なにしてんの、亥李、陽斗」
ナリが呆れたように声をかけると、その2人が反応するよりも先に反応する人物がいた。参華だった。
「あっ、ナリ!零!2人とも飲んでいきなよ!まじうっまー!」
顔と首を真っ赤にして、追加された麦焼酎を煽る参華が、輝かしい笑顔で騒いだ。亥李と陽斗は、ため息をついて唐揚げを食べていた。
次回は6月11日です。
番外編→https://ncode.syosetu.com/n1889ha/




