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にゃんと奇妙な人生か!  作者: 朝那月貴
アストリアスの悪夢
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おはよう、満咲

 雨のように、瓦礫が天井から降り注いでいた。


 瓦礫は岩に変わり、砂に変わり、そして消滅していく。

 私の魔法は、現在進行形で教会を消し去っていた。


「なぜ、急に教会を壊そう等と……!」


「よそ見してる場合?満咲!」


 参華が地上で、ニヤリと笑みを浮かべるのが見えた。

 彼女の槍は満咲の脇腹を捉え、隙だらけの満咲を突こうとしている。


「《槍の不滅花(カサブランカ咲き)》!」


 そのまま、満咲が槍で何度も突いた。

 あまりの速さに、槍が見えない程だ。まだあのスピードで突く力を残していたなんて。


「何を今更……!」


「隙だらけだぜ!幸野満咲!」


 参華の突きを躱した先で、零が剣を構えていた。


 死角から攻めていたから、気付かなかったのだろう。

 驚いた顔をして、満咲が零を睨んだ。


「《魔力魔撃(エナジー)》!」


 スカートの裾に大きな剣筋が入った。

 花びらの鎧が、蝶のように飛んでいく。満咲のドレスの右側は、もうほとんど羽ばたいていってしまった。


「こんなもの、すぐに魔法で直せる!今更攻め込んだってもう遅い!だというのに、何故、山門有の言うことを……!」


「――だってさ。千里」


「だって。詩乃」


 ドレスを直そうと下を向いた満咲を、二人の杖が捉えた。

 合図するなら今だ。


「千里!詩乃!お願い!」


「はいよー!ちょっと避けてな!」


 そう言って二人は頷くと、溜めていた魔法を、一気に満咲へと発射した。


「《空谷跫音(アンノウン)》ッ!」

「《瑠璃光線(リユニオンレイ)》ッ!」


 千里が白くて太いビームを、詩乃がそれに巻き付くように瑠璃色のレーザーを放っていく。


 最大火力まで溜めた魔法だ。ただでさえ崩れかけている教会を内側から破壊してしまう程、巨大で高火力な攻撃になっていた。


「なっ……!?」


 迫り来る魔法からの逃げ場を目で探している。けれど、満咲の視界の中には、もうあの巨大なビームから逃げられるような場所は無い。


「――いいや、まだだ!《盧生之(ドリームド・ドリー)(ムズ)》ッ!」


 満咲がそう叫んで、魔法のかかった槍を前に突き出した。

 さっきまでよりも余裕が無くなっている。わざわざ、禁忌の魔法を唱えるだなんて。


 千里と詩乃のビームが、満咲の槍と衝突する。

 火花が散り、雷のような衝撃が辺りに走った。満咲も千里達の魔法も拮抗しているけれど、じりじりと、千里達の魔法が追い詰めていく。


「負けるものか……私だって、この世界の主人公なんだ!」


 満咲がそう叫んだ途端、一気に千里達が押し返されてしまった。


 その一瞬の隙をつき、満咲は四方八方に槍を召喚した。

 何本あるのか数え切れない。いくつかは、空中で真っ逆さまに落ちている私の方にも向いていた。


「《蝶夢槍神(オーディン)》ッ!」


 第一段階で展開していた、八本の槍が向かってくるのとは全然違う。


 ヤマアラシのように、槍は満咲を中心にしてこちらへと向かってきていた。しかもどれも、《盧生之(ドリームド・ドリー)(ムズ)》がかかっている。


 私達を倒すと同時に、ビームも消すつもりだ。

 勿論、この崩れかかった教会でさえも。


「皆っ……!」


 思わず声が出た。私はなんとか回避出来るけれど、皆はあれに掠りでもしたら……


「大丈夫だ!ナリ!」


 零の声が地上から聞こえた。サムズアップポーズで、こっちを見ている。


「俺達を信じろッ!」


 零がそう叫んで、私の目を見て頷いた。


 信じろってつまり、私が守らなくても、大丈夫ってこと?


 そんな筈はない。あの魔法を何とか出来るのは、私しかいないんだ。


「槍が来るよ!構えて!千里くん!詩乃ちゃん!」


「も、もう無理……歩けない……」


「エラ!ねえちょっと、しっかりしてよ!エラ!」


 千里も詩乃も、もう限界だ。

 魔力切れを起こしているし、頼みのエラの魔法も解けた。詩乃の変身はもう使えない。


 それなのに、信じる……?


「……いや」


 いや、違う。

 地上にいるのは、私の守るべき人形なんかじゃない。私の愛すべき人形なんかじゃない。


 私の、大切な仲間だ。私が信じるべき仲間達だ。


 ここで信じなきゃ何になる。私は今まで、何を見てきた?


 私が今まで見てきたのは、守らなきゃいけない人形達じゃなくて、頼れる仲間達だろう!?


「皆!頑張って!!」


 私は、自分のやるべきことをやるんだ!


「その言葉、待っていたぜ!ナリ!」


 空中で体制を変えながら落ちていくから、どんどん地上に近付いていく。


 だからだろうか。満咲の槍の合間を抜けた亥李の姿が、はっきりと見えた。


「どりゃあ!」


 満咲も、まさか自分の攻撃をくぐり抜けて中に入り込まれると思っていなかったのだろう。


 突然視界外から現れた亥李に、全く対応出来ていない。ビームを壊して、狂ったように笑う満咲の右肩に、亥李は剣を突き刺した。


「お前、いつから……!?」


「右手だけ生きてりゃ、攻撃なんてチョロいもんなんだよ!そうだな、《名前のない攻撃》なんてどうだ?」


 亥李が剣を抜いた。血は付いていなかったけれど、代わりに、右半分の花びらが全て飛んでいってしまった。


「だが、私を刺しに来ている場合か……?遠くで倒れていたお前の仲間は、もうこの世には……!」


「最初から、俺達死人はこの世には居ちゃいけなかったんだよなー、これが。残念、俺の盾は頑丈なんでね」


 亥李がニヤリと笑う。ビームが消えたその先には、美波が亥李の盾を構え、千里と詩乃を守っていた。


「なぜだ!?槍には、あの魔法が……!」


「あの魔法が、どんな魔法かは分からないけど……!亥李くんが貸してくれた盾周辺に防御魔法を重ねたら、いけるって思ったの!なんて言ったって、この盾は、朝日くんお手製の、光を集める盾だもの!」


 美波はそう叫んで、盾をまた構え直した。


「《軽減防御(プロテクション)》!」


 美波がまた魔法を唱えた。

 満咲の魔法で消されてしまったところを、茶色い光が集まって、修復していく。

 いや、修復されているんじゃない。空いた穴を、魔法で塞いでいるんだ。


「ナリちゃん!私達のこと、気にしなくて大丈夫だから!」


「そうだ!ナリ、お前はお前の役割に集中しろ!」


 零の声が聞こえた。そうだ、零と参華と陽斗は?


 満咲の槍は、亥李が刺した時に止まった。

 見ると、零の剣と参華の槍が、もはや持つことも叶わない程に消されてしまっていた。

 自分の武器で弾いたようだ。とりあえず無事で良かった。


 でも、陽斗は?


「やっと来た。そのまま、動かないでくれよ?」


 見つけた――と思った次の瞬間、陽斗は斧を中心に自分をぐるりと回転させると、満咲の目の前に躍り出た。


 地に足をつけ、足の筋肉を使って踏ん張る彼。そのまま、彼は斧を振り上げ、満咲のドレスを切りつけた。


「なっ……!」


「《日天》ッ!」


 振り上がった斧を空中で手放すと、陽斗はそのままジャンプし、空中で斧を掴み直した。

 そして、重力の勢いを使って、彼は斧を振り下ろした。


 満咲の蝶は全て羽ばたき、第一段階の時と同じになった。これで、もうあの速さは使えない。


 そろそろ、仕掛ける時が来た。地上まで、あと少しだ。


「何を企んでいるのか知らないが……ナリ!その愚かな仲間達!これで終わりだ!」


 満咲も声を張り上げる。槍を真上に掲げ、私目掛けて解き放つ。


 その周りには、やはり無数の槍が鎮座していた。

 発射されたそれらは、私の所まで飛んできたかと思うと、重力で方向転換し、地面へと降っていく。


「《偽城花星(ブランキャシア)》!」


 槍が発射されては降り注ぐその姿は、城から花火が打ち上がる景色と似ていた。

 まるで、建国記念日に見たあの景色みたいに。


「皆!これまで、本当にありがとう!後は私に任せて!」


 手を伸ばした。槍が、私の目の前まで迫ってきている。


 でも、槍が私の腕をもいでしまっても構わない。

 皆が、私のおねがいを聞いてくれた。満咲の鎧を穿いでくれた。


 あとは、私の出番だ。


「ねえ、満咲!戦いが始まってから、この世界は随分壊れてしまったよね!」


「そうでしょうとも!あなたがさっき、この世界を壊して……」


「見てみなよ!周りの景色を!」


「周りの、景色……?」


 私だけじゃない。

 千里と詩乃がビームを放ち、それから身を守ろうと満咲が槍を解き放ったことで、この教会はもう、元の原型が全くないと言っていい程、壊れてしまっていた。


 地面だけ残っていることが、救いだとでも言うべきか。

 積み上がった瓦礫は、砂と共に消えてしまっていた。


 本来なら永遠にも感じられるであろう大理石の床は、いつの間にか、小さな面積だけを残して消えてしまっていた。


 床の先を見ても何も無い。空を見ても何も無い。壁を見ても何も無い。

 これが、私が見た虚無の世界。


 黒とも闇とも言えない、全てがないという世界。

 満咲だって、知っているでしょう?


「いつの間に、こんな小さく……!?いや、このくらい、また作り直せば……!」


「させるものか!今、この時を待っていたんだ!」


 手を伸ばした。

 魔法を前に出すんだ。()()世界を作り出す為に。


「《胡蝶之(ドリーム・フォアリ)(アル)》!」


 真四角な空間を、作り出せ。私の記憶の中にある、あの場所を。


「急に魔法を使ってきたかと思えば、こんな妙なものに使って、一体何を……!?」


 満咲が構えた。だけれど、すぐに様子が分かっていく。


 黒と名前が付いているのに、緑色に見える板が、目の前に飾られている。

 そこに書かれた白いチョークの文字が、目に飛び込んできた。「七月十六日」だった。


「何……何、これは……」


 満咲が怯えた声で、後ずさろうとする。その途中で、何かが手に触れた。


 新しい木製の感覚。冷たくて気持ち悪い程の金属製の釘が、四つ付いていた。


 ほんの少しの力を込めただけで引けるそれは、直ぐに何かに引っかかった。後ろにあった同じ材質の物に、手が当たっていた。


 満咲には見慣れないそれは、やはり、彼女にはよく似合っていた。


「夏休みの予定、どうする?」


「えてか、もう宿題やってんの?夏休み入ってからでいいだろ?」


 あの日の男の子の声が、部屋の中に響いた。


「どうなってるの……!?ここは、風ノ宮高校の……!」


「初めて話したのもさ、ここだったよね」


 椅子から立ち上がった私にも、目を白黒して彼女は見ていた。


 当然だ。この瞬間に、私はあの時の姿に……

 そう、山門有の姿になっていたのだから。


「ここは、あの日の教室だよ。満咲」


 蝉の声が、外から聞こえてきた。

 夏休みのあの気怠い暑さが、部屋の中を襲っていた。


「おかしい……ここは、夢の中で……いや、実はそうじゃなかった……!?でも、こんな感覚は……!」


「ごめんね、満咲」


 教壇に立つと、私はチョークを取って、黒板に文字を書いた。


 胡蝶之夢の文字だった。


「私達の勝ちだ」


 教壇を蹴飛ばし、満咲の方に吹き飛ばした。


 満咲が慌てて構える。私が教壇の上から、飛び上がったのも知らずに。


「《朝有紅顔》!」


 満咲の制服に、私の拳が当たる。私の攻撃で吹き飛ばされた満咲の上に、教壇が迫ってきていた。


「やはり、これは夢!なら、私の傷も……!」


「夢じゃないよ。現実だ」


 教壇を砕いたその槍に向かって、チョークを投げつけた。

 それを弾いたその瞬間に、拳を構える。


「《子虚烏有》!」


 拳を振る勢いで、左足を軸にして一回転し、右足を振り下ろした。

 満咲の背中に入った。いい音が鳴る。

 

 しめた。まだ、現実か夢か分からなくて混乱している。

 そのせいで、魔法が咄嗟に出てこないんだ。


「《有為転変》!」


 そのまま、六回殴りつける。満咲はやはり混乱しているからか、対抗することが出来ていない。


 左足で蹴り、一回転する。その瞬間に、私は獣人族のナリの姿に戻った。


「《有終之美》ッ!」


 そのまま足で踏ん張り、《朝有紅顔》を満咲の顔に叩きつけた。

 彼女の額から血が流れている。治す余裕も無くなったようだ。


 現実だなんて思ってしまったら、無限の魔力なんて湧き上がって来ないでしょう?


「私は、主人公なんだ!私の邪魔をする奴は、全員消してやる!」


 彼女が力無く槍を振るった。それを避けつつ、椅子の背もたれを使って空を飛ぶ。


 《有備無患》の要領で、低い天井に足をつけ、クルクルと満咲に向かって回転した。


「ここは、夢でも現実でもない。私が望んだ夢物語だ」


 満咲と目が合った。不可思議な物を見たせいで、訳が分からなくなって混乱している目。

 助けを求める、子供のような目。


 私も経験があるから分かる。

 心細くて、虚しいんだよね。誰かに助けて欲しいんだよね。


 でもごめん。それは無理だ。


「《曷有加焉(ダーザイン)》ッ!」


 満咲の頭を割る勢いで、蹴りを入れていく。

 最後の《盧生之(ドリームド・ドリー)(ムズ)》が、世界に亀裂を入れていく。


 教室が、パックリと割れた。


「なんで、こんな……!」


「おはよう、満咲」


 大理石の床に、満咲が倒れ伏していく。

 差し伸べられた手は、取れなかった。

次回は3月21日です。


今日はホワイトデーですね。昔書いたホワイトデーの番外編も是非どうぞ。

https://ncode.syosetu.com/n1889ha/12

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