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にゃんと奇妙な人生か!  作者: 朝那月貴
アストリアスの悪夢
156/159

虚っぽの現実

「全員……八つ裂きにしてくれる!」


 満咲は少し後ろに引いた後、太くて巨大な槍を床に突き刺した。

 地面を裂くような地鳴りが響く。こちらに向かって来ているみたいだ。


 やがて、床から無数の槍が上に突き出してきた。満咲が持っている槍と同じ、白くて太い槍だ。


「《自由針筵(バタフライエフェクト)》!」


 満咲が叫ぶと同時に、その槍達が全て蝶へと変化した。

 鋼鉄の刃を羽に備えた蝶は、その羽を羽ばたかせて、円形を成して飛んでいく。


 恐らく、あれにかすりでもしたら、槍を喰らった時と同じように怪我をするのだろう。

 場合によっては、消えてしまうのかも。


「……《盧生之(ドリームド・ドリー)(ムズ)》ッ!」


 右足に魔法をかけて、助走をかけてスライディングで突撃した。

 一部の蝶は消えているけれど、まだそれでも、全体の半分にも満たない。


「もう一回……!」


「ナリ!猫になれ!」


 亥李の声だ。焦っている声で、こっちに近寄ってくる。

 言われるがまま、《異形》で猫の姿になった。


 その瞬間、足元から無数の蝶が現れた。満咲が優先的に私を狙ったらしい。一箇所に集中している。


 《異形》で身長が縮んだお陰で、空中に放り出されたから、間一髪それらを避けることが出来た。


 でも、このまま蝶達は私に向かって飛んでくる。

 対して私は、重力に従って蝶の中心へ真っ逆さまだ。


「うわっ――」


「どりゃあああああああああ!」


 そう思ったその瞬間、私の首元は力強いゴツゴツした手に引っ張られた。

 されるがままに上へと投げ飛ばされていく。見ると、亥李が盾で地面から生えてくる蝶を防ぎ、私を守ってくれていた。


 だけれど、盾も夢の一部。《盧生之(ドリームド・ドリー)(ムズ)》によって、盾はどんどん削られていく。


「亥李!」


「させないわよッ……!」


 参華が走り出すのが見えた。その先は、槍を引き抜きこちらに鬼の形相で向かってくる、満咲だった。


 そうだ。魔術師と戦う時の基本。

 魔法を止めたければ、本人を殴ればいい。


 慌てて《異形》で獣人族の姿に戻った。参華が槍を構えたタイミングに合わせて、空中でくるくると回転し、体制を整える。


「消させはしない!《槍の不滅花(カサブランカ咲き)》!」


 風を纏い、参華が槍を突き出す。そのまま何度も突き、ブーケのように槍を繰り出していく。


「望むところだ!《胡蝶刺突(ドロップアウト)》!」


 満咲も槍を参華に向かって突き出した。太くて白い槍が、参華の槍を弾きながら、何度も突き出されていく。


 だけれど、満咲はそれで手一杯のはず。参華の槍より満咲の槍は重くて扱いにくそうだから、参華の突きよりスピードが少し遅い。


 よし、今だ!


「《有備無患》!」


 くるくると回転し続け、やがて大理石の柱に足が当たった。

 そこを足台にして、満咲の方へ飛んでいく。


「山門有……!?」


 満咲が、不意をつかれた表情で私を見た。

 一瞬の後、前に突き出した拳が満咲の頬に激突する。私の手も痛いってことは、満咲はもっと痛いはずだ。


 ふらふらとよろける満咲の耽美な頬には、青い痣が出来ていた。


「亥李くん!」


 後ろから、美波の悲鳴が聞こえてきた。


 満咲の魔法は解けたらしい。地面から伸びていた、あの蝶で出来た触手は消えて無くなっている。


 でも、亥李が私の代わりに受けてくれたダメージは尋常じゃない。

 盾のほとんどは損傷して使い物にならなくなり、亥李自身も、所々擦りむいたように肉体が消えている。


 美波が駆け寄って支えているけれど、立ち上がるのも大変そうだ。


「《赤光回復(レッドヒール)》!」


 美波がロザリオを亥李にかざした。傷は治っているけれど、やっぱり、破壊された部分はそのまま治っていない。


 私が、なんとか助けなければ……!


「《胡蝶之(ドリーム・フォアリ)(アル)》…………!?」


 くらり。


 そこまで唱えたところで、急に目眩がしてきた。

 世界がひっくり返っていく。地面の感覚が消えていく。

 まるで、虚構の中に取り残された気分だ。


「ナリ!」


 零が背中を支えてくれるまで、目眩が止まらなかった。

 大きな手だ。ラヴ=ブレイヴ様の試練で手を取った時と同じ、力強くて、暖かい手。


 目が慣れてきたようで、やっと、元の景色が見えてきた。崩れかかった天井から、パラパラと砂が落ちてきている。


「無理すんな、ナリ!さっきから魔法使いまくってるから……!」


 そう。この世界では、魔力イコール体力。


 だからつまり、私の身体にも限界が来ているということ。


 結局、私は満咲みたいに「体力という概念すらも夢なのだから無尽蔵にある」とは考えられなかった。


 どれ程の長い間、そうやって考え続けていたら、虚しさを味わい続けていたら、私は満咲のように魔法を打ち続けられるのだろうか。


 あるいは、私ではもう太刀打ちできないものなのか。


 満咲はほとんど生まれた時から夢の世界にいた。だから、夢以外で体力がどんなものなのかは分かっていない。


 最初から分かっていないものに対して、夢だと思うのは簡単なのかもしれない。私達が、幽霊を見たら夢だと思うように。


 それなら、私では天と地がひっくり返っても満咲には届かない。果たして、どうするべきなのか……


「千里!あんたもほら、魔力回復しに下がった方がいいんじゃない!?」


「うるさい、詩乃……うう、クラクラする。あと《空谷跫音(アンノウン)》が一回分くらいしか……」


 千里と詩乃も、そろそろ限界が近いみたいだ。

 詩乃に至っては、魔力で繋げていた彼女のドレスも、満咲の槍を庇った後に魔力が尽きかけたせいで、維持がゆるくなっている。


 早く、結末を迎えなくてはならない。皆限界に近いんだ。

 でも、一体どうしたら……


「ナリ!」


「にゃあ!?」


 零の声で我に返った。どうやら、また意識が飛んでいたみたいだ。

 足に地面の感覚が無い。また誰かに投げ飛ばされたのか……なんて考えていると、膝の裏に何か硬い感触があった。


「チッ!ああもう、外した!」


 駄々っ子のように癇癪をこねる満咲の顔が見える。

 満咲の攻撃が来ていたのか。じゃあ、どうやって私はそれを避けて……?


「大丈夫か!?さっきからボーッとして……!」


 頭上から零の声が聞こえた。なんとなく予想はついていたけれど、やっぱり今の体勢は、もしかして……


「れ、零!」


「ん?なんだよ!?今ちょっと忙しいんだ!」


 満咲の次の攻撃が来ている。何度も何度も、私を零ごと突き刺そうとしているようだ。


「逃げるな!ちょこまかと……!」


「意外とお前の槍は隙だらけなんだな!お陰で避けやすくて助かったぜ!満咲!」


 挑発しているけれど、出来れば私の話を聞いて欲しい。

 それと……!


「恥ずかしいから、お、下ろしてー!」


「悪ぃ!今ちょっと出来ない!下ろしたらお前、また倒れそうだし……満咲の猛攻も、おっと!避け続けなきゃいけねえ!」


 確かに、零の背後から大理石を砕く地響きが聞こえてくる。


「それよりも!亥李はまだダウン中!美波が面倒を見てる!千里と詩乃は魔力が尽きかけてて、陽斗と参華は!?」


「ごめん!ちょっと、満咲のスピードに合わせられなくて……狙いを定められたら、俺の斧でダメージ与えられると思うんだけど……!」


「あの子の槍、衝撃波でも扱ってるの!?さっきから、後衛達を守るのに手一杯なんだけど!」


 陽斗と参華はそう叫んで、二人いっぺんに突撃した。

 零を追いかける満咲に向かって、槍で突き、斧で斬りかかる。


 だけれど、陽斗の言う通り満咲が速すぎる。斧は空を切り、槍は満咲のリボンの先を引き裂いた。


「どうする!?ナリ!このままじゃ、魔力切れとダメージソースゼロでこっちが不利だ!あいつ、第二段階になって急に速くなったし……!」


 その通りだ。それに、私の魔力ももう尽きかけている。

 満咲の《盧生之(ドリームド・ドリー)(ムズ)》を防げたとしても、多分あと一回か二回。満咲は無限に魔法を使える分、勝利は厳しいだろう。

 そのまま、全員消されるのがオチだ。


 せめて、満咲のあの無尽蔵な魔力を、第二形態の時間を、奪うことが出来たなら……


「ん……?」


 そうだ。さっき自分で納得したじゃないか。

 満咲の魔力が無限なのは、夢だと思うことへの虚しさを感じる時間が、長かったからだって。


 もしくは、満咲がほとんど生まれた時からこの夢の世界にいるせいで、体力という現実を知らないからだって。

 知らない分、夢だと思い込みやすいんだって。


 でもその割に、満咲には痛みに苦しんでいる時間もあった。


 私が殴った後の痣も、流した血を拭っていたのも、零の攻撃の後に何よりも回復を優先したのも。

 全て、痛かったからじゃないだろうか。


 痛みなんて、夢での虚構だと思い込めばいいのに。

 それでも彼女は、痛がっていた。刺された肩を気にしていた。腕が使えなくなることを恐れていた。


 つまり満咲は、知っている。

 この世界が虚構であるということと同時に、この感覚が現実的なものであることを。


 なら、現実に引き戻してしまえばいい。

 この世界を、満咲の現実にしてしまえばいい。


「零!皆!」


 《盧生之(ドリームド・ドリー)(ムズ)》が二回しか使えないんじゃない。

 この二回を、チャンスにすればいい。


「あのドレスの鎧は満咲が魔法で作った重ね着!中はさっきまで戦ってた制服なんだ!」


「え!?うん、それで?」


「攻撃して、その姿にまで戻して!!」


 ただ聞いただけでは全く意味の分からない指示。

 だけれど皆、頷いてくれている。


「任せなさい!陽斗、私は追いかけるからあんたは狙ってなさい!」


「分かった。任せて!」


 参華と陽斗が目配せして、二手に別れた。

 参華の攻撃はやはり当たっていないけれど、それでもドレスのリボンをボロボロに引き裂いている。


「だってさ、千里。今の話聞いてた?」


「聞いてた。僕らの出番なんでしょ?」


 千里と詩乃も、杖を支えに立ち上がってくれている。


「僕らだって、最後まで足掻かなきゃね」


「かっこいー。ナリ!魔法打つタイミングは任せたよ!」


 遠くの方を見ると、亥李が立ち上がろうとしている所を、美波がなんとか支えていた。


 さっき私が唱えた《胡蝶之(ドリーム・フォアリ)(アル)》は、私が狙いを定める前に倒れたせいで、中途半端にかかったらしい。

 右手だけは完治していた。


「亥李くん、大丈夫?ごめんね、私の力じゃ、もう治せなくて……!」


「体の欠損とか、病気とか老化は、元々回復魔法じゃどうにもならなかったしな……よし、ナリ!今の作戦、引き受けた!」


「わ、私も……!皆のこと、治療するから!」


 亥李も美波も、もうボロボロだというのに。まだ、私に力を貸してくれる。


「零!私のこと、思いっきり上にぶん投げて!それで、満咲に思念体で攻撃して!」


「おうよ!頼んだぞ、ナリ!」


 その言葉を合図に、零が私から手を離した。

 彼が手に取った両手剣の腹に乗り、体制を整える。


「発射ぁ!」


 天井に向かって、思いっきり零が私を投げ飛ばした。

 その途中でくるくると回転し、技の準備に入る。


「行くぜ……!《白兎赤烏(メモラブルエナジー)》!」


 地上では、零が戦いの痕跡を思念体化して、満咲にぶつけていた。

 やっぱり、痛いんだ。動きが鈍くなった。


 今がチャンスだ!


「《曷有加焉(ダーザイン)》ッ!」


 かかと落としの要領で、天井を蹴った。

 一回目の《盧生之(ドリームド・ドリー)(ムズ)》が込められた、渾身の蹴りだ。


 天井にはヒビが入り、裂け目が世界を割っていく。やがて、そこから天井は全て崩れ落ち、灰となって消えていった。


 それを支えていた柱にも、もう用はない。

 天井から伝播して、魔法が柱を消していく。


「山門有!?何をして……!?」


 満咲の動きが止まった。それもそのはずだ。こんなことに貴重な一回を使うだなんて、思わなかったんだろう。


 だけれど、今度はもう、後悔しない。

 もう誰にも、私の人生を縛らせやしない。


 どうせ、誰かに壊されるんだ。それなら。


「この世界を、壊すんだ!」


 私は、満咲を目覚めさせるんだ!

最終話ギリギリですが、次週は合宿に行くのでお休みします。

というわけで、次回は3月14日です。


ちなみに、先週「あと3話」と言いましたね。あれは嘘です。

でも多分あと3話で終わると思います。

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