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にゃんと奇妙な人生か!  作者: 朝那月貴
アストリアスの悪夢
155/159

幸野満咲

「はぁ……はぁ……はぁ……」


 気が付けば、私は肩で息をしていた。


 膝は震え、指は軽い痙攣を起こしている。

 でもこれで、私は満咲に勝ったんだ。


 満咲の方を見た。太陽神ティラーの像の下で、土煙に囲まれながら血を吐いている。

 まだまだ立ち上がりそうにはなかった。


「皆!大丈夫?」


 美波が慌てて駆け寄ってきた。美波だって魔法を大量に使って疲れているだろうに、私達の心配をしてくれるなんて。


「足がもがれた時はどうなることかと思ったが……いやー、なんとかなって良かった!なあ、ナリ?」


 亥李が何でもないような顔で笑った。

 思わず目を逸らしてしまう。この人、本当に気付いていないのかな。


「本当に、ナリには感謝してるのよ。あそこでナリが魔法を使ってくれなかったら、私達皆倒されてた。ありがとね、ナリ」


「遠谷参華の言う通りだよ。ところで、猫」


 千里も近付いてきた。純粋で真っ直ぐな好奇心の目が、私を見つめてくる。


「あの魔法、何?」


 やっぱり、聞かれちゃうか。それ。


 千里なら聞いてくると思ってた。たとえ、他の皆が気付いていない振りをしてくれていたのだとしても。


「な!あれ、なんだったんだ?お前、魔法苦手じゃなかったか?いつの間にかあんなに凄い回復魔法習得しちまってさ!俺らにも教えてくれよ!そしたら、次のバトルの時も…………いてっ!」


「亥李、ちょっと黙ってて」


 陽斗が軽く亥李を叩いた。

 亥李は何が駄目なのか分かっていないらしい。頭の上にハテナマークが見えた。


 皆、私が話し出すのを待っている。私に注目が集まっていく。

 長い沈黙が流れた。なんだか逆に、話しづらい。


「…………あの」


 胸がドキドキする。綿だけが詰まっている体に、心臓の機能がちゃんとあることには、驚きだけれど。


「夢……見てたんだ」


「夢?交通事故にあった時に?」


 詩乃が寄ってきた。丁度、満咲と私の間に立つようにして、話しかけてくる。


「そう。その時にね……三賢者様に会ったんだ。それで、さっきの魔法を知ったの」


「三賢者って……あの、ブランキャシアの時にいた?」


「うん。王家に伝わる禁忌の魔法。三つあって、今のが――」


 そう言いかけた、その時。


「《運命変転》!」

「《運命変転》ッ!」


 突然、詩乃と亥李が大声で叫んだ。何事かと思っていると、直後に、何か鋭い痛みが、右肩を襲った。


 亥李が、しまったというような顔をしていた。

 亥李の剣が宙を舞っていた。


 見ると、右肩から血が流れている。ぬめりつくようなドロっとした血が、腕を這っていく。


 肩には、太くて白い槍が、堂々と突き刺さっていた。


「ううっ……!」


 い、痛い……!

 布と綿で出来ている身体の癖に、痛みだけは随分とリアルに脳に伝えてくる。


 刺さった箇所を見るだけで、失神しそうだ。


 亥李がすぐに盾で守りに来た。地面に落ちた剣を回収し、すぐに満咲に向けている。


「ナリ!大丈夫か!?」


 零がすぐさま私の前で剣を構えた。やっぱり皆、優しいなぁ。優しさの虚しさが、痛みに変わっていく。


「うん、大丈夫……ごめん零、この槍、抜いてくれる?」


「そんなことしたら、お前……!」


「大丈夫。槍が刺さってたら、戦えないし」


 零が躊躇った顔をした。でも最終的に、後腐れの無いくらい勢いよくその槍を抜いてくれた。


 やっぱり、槍が栓になっていたみたいだ。槍を抜いたところから、勢いよく血が流れている。


 痛い……これは、神経もやられてしまったかも……


「ナリ!ごめん、あたしのせいで……!《精霊回復(フェアリーヒール)》!」


 詩乃がすぐさま魔法で回復してくれた。


 どうやら、詩乃は《運命変転》を使って回避したみたいだ。

 だけれど逆に槍が私に当たってしまって、焦っているようだ。一人称が素に戻っている。


「ううん、平気……ありがとう、詩乃。詩乃が無事で良かったよ。あのままだったら、詩乃の心臓に直撃してた」


「そう思って咄嗟に回避したら、今度はナリに……!」


「そうだよ。志学亥李が剣で槍の軌道を逸らさなかったら、今頃ナリの顔を貫いていた」


 千里が杖を構えてそう言った。本当に、この人は落ち込んでいる人に対して容赦が無い。

 詩乃が無事だったのだから、それで良かったのに。


「それより、構えて。そろそろ、あいつが目覚めるよ」


 皆が一斉に満咲の方を見た。


 皆が満咲の方に気を取られているうちに、せめて傷口を埋めておこう。


 今のままじゃ、右腕は使い物にならない。

 さっき皆にやってみたみたいに、途切れた神経を想像して、間を補強するように……


「《胡蝶之(ドリーム・フォアリ)(アル)》」


 小声で魔法を唱えた。神経を繋ぎ、穴を埋めていく。


 良かった、なんとか繋がった。人形の体だからだろう、構造が割と簡単だったみたいだ。

 糸で人形のちぎれた腕と身体を繋ぐように、修復していく。


「……魔法を見せびらかして、何が楽しいの?山門有」


 満咲の声だ。どうやら、私が回復していたことも、気付いていたらしい。


「楽しくなんてないよ。この魔法は、三賢者から貰った、最悪のご褒美だ」


「全くね。ああ、それにしても惜しかった。銘苅再会と有を処理出来ていれば、随分楽に戦えたのに」


 満咲が槍を支えにして立ち上がった。よく見ると、地面には何かの芽が、満咲を中心にして広がっていた。


「私は……幸野満咲。永遠に、咲き満ちる幸福。それが、この世界で両親から貰った名前。その教えを、私は守る」


 芽が成長し、花を付けていく。白くて、大輪の花。

 ああ、百合だ。カサブランカだ。


「私は、こんな所で負ける訳にはいかないの」


 カサブランカが咲き乱れていく。その一部の花びらが、空中に舞い上がった。


 風に運ばれ、ふわりと空中に浮かび上がった彼女に、花びらの鎧を着せていく。柔らかそうだけど鋼鉄のように硬くて、鋭い鎧だ。


 槍にもほうき星のような装飾が施されていく。花びらなのにやはり鋭く、硬そうだ。


 白くて美しい鋼のドレスに身を包み、一段と太くて鋭くなった槍を振り回して、彼女は言った。


「どんな時でも、咲き満ちよ!」


 満咲の叫び声と同時に、ぶわりと地面の花びらが乱れた。


 ジェット機みたいに、満咲がこっちに飛んで向かってくる。

 花びらで出来た背中の大きなリボンが、激しい勢いで揺れていた。


「やっぱり、あるのかよ……第二形態!」


 亥李が盾を構え直した。


「どうするのよ!?中々厄介そうだけど!?」


「第二形態に入ったからって、さっきのダメージが残ってないなんてことは無い!はず!」


「いや、そこは断言しろよ……」


 零も剣を構えている。緑色のオーラを剣に纏っていた。


「とりあえず、千里!シールドを俺の盾に貼れ!で、美波はそのサポート!」


「分かった。《異形》」


 千里が軽くそう唱えると、あっという間に身長が縮み、獣人族の姿になった。

 相変わらず、ミニチュアダックスフンドみたいで耳が可愛い。


「《水晶堅盾(クリスタルシールド)》!だわん!」


「千里くん、可愛いしクールだね!《軽減防御(プロテクション)》!」


 亥李の大きな盾に五角形の結晶がくっついて、大きな一つの盾を作り出していく。

 まるで、サッカーボールを切り開いたみたいだ。


 その上に美波の魔法がかかり、盾の強度が強化されていく。


「《逆転時計(プレ・クロック)》!」


 満咲が近付いてきた。

 一本の槍を上に、もう一本を下に、更には剣で秒針を示して、ぐるぐると反時計回りに回しながら迫ってくる。


「今だ!《魔力魔(エナ)》……!?」


 零がそう叫んで脇から切ろうとしたけれど、間に合わない。

 そのまま、誰も干渉する間もなく、盾と槍が激突した。


「くっ……威力とスピードが早くなってる……わん!」


「耐えろ、千里!」


 結晶が猛攻で剥がれていく。空中に舞って消えていくから、まるで星屑のようだ。


「千里!あれ、借りるぞ!」


「あれ……ってなに!?」


 魔法を貼り直していて手が回らない千里の代わりに、私がそれを見た。

 

 零が指差したのは、散っていった星屑だった。


「《散塵魔撃(コスモエナジー)》!」


 零がそう魔法を唱えると、掲げた剣の先からオーラが宙を舞った。

 そのまま周りの結晶を集めると、オーラは盾の向こう側にいる満咲に向かって、外側から結晶を打ち放った。


 土煙が上がり、満咲が離れる。一度亥李達も魔法を解き、体制を整えた。


「――いや、まだだ!」


 陽斗が叫んだ。見ると、満咲は私達の方に槍を構えている。

 魔法の力でどんどんその槍は増えていき、空中に浮かんで、私達一人一人を捉えていた。


「《偽城花星(ブランキャシア)》!」


 満咲の合図に合わせて、槍が一斉にこっちに向かってくる。

 逃げ場は無い。盾で防ごうにも、この距離と速度では展開が間に合わない。


「武器で弾いて防ぐしか……!」

「させない!」


 陽斗の言葉を遮ったことを、謝る余裕はない。


 まだ感覚がおぼつかない右手を突き出し、皆の前に出る。

 正面から見ると、槍の先端が光を反射していて、逆に綺麗だ。万華鏡を見ているみたい。


 だがあれに触れてしまったら、あれが突き刺さってしまったら、私は一瞬で消えてしまう。血飛沫をあげて。


 肩に槍が刺さった痛みを思い出した。

 あんなに不安で、痛くて、怖い思いは、もう二度としたくない。そして、もう二度と、誰にもして欲しくない。


 たとえ、皆が禁忌の魔法を知ることになっても。


「《盧生之(ドリームド・ドリー)(ムズ)》ッ!」


 太くて、虚構のように黒いビームが、槍に向かって飛んでいく。


 それは槍を打ち消し、真っ直ぐに満咲の方へ飛んでいった。


「《胡蝶之(ドリーム・フォアリ)(アル)》」


 満咲が魔法で打ち消したのが見えた。

 水素爆発のように、一気に煙が立ち込めていく。


「……思い出したわん」


 珍しく、千里の声が震えていた。

 私が放った魔法を見て、彼は言った。


「僕が読めなかった、禁忌の魔法。この世にある全てのものを、破壊する……《盧生之(ドリームド・ドリー)(ムズ)》。それを、猫が……?」


 黙って頷いた。

 頭が上下するのに合わせて、目眩がした。そろそろ、本当に魔力が切れてしまう。


「だ、大丈夫!?ナリちゃん!」


 美波が慌てて支えに来てくれた。やっぱり、この人は誰よりも優しい。


「……失望した?」


 口元が震えている千里に、そう尋ねた。

 魔力が無いせいで覇気がないからだろう。なんだか私のセリフは、儚く聞こえてしまった。


「ううん、いや」


 だけれど千里は、そんな私を背に、杖を構えた。


「女王様を倒すんだ。むしろ、頼もしいぐらいだね」


 大人になったなぁ、この人も。

 前なら、世界を壊す魔法を使うなんて許せないって言われても、仕方がなかったのに。


 いつの間にか、気を遣われるようになってしまった。


「もう、大丈夫。ありがとう、美波」


「本当に?大丈夫?」


「うん、大丈夫」


 実際は大丈夫なんかではない。でも、大丈夫にしなきゃいけないんだ。


 満咲の本気を受けられるのは、私だけなんだ。

次回は2月28日です。


あと3話で終わる予定です。多分。恐らく。


あと明日(2月22日)は猫の日であり、山門有(転生前)の誕生日です!おめでとう有!

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