太陽
「離れろ、銘苅再会!邪魔をするな!」
「いやだよーん。てか、本名呼ばないでよ!年下なんだから気ぃ遣ってよね!?満咲!」
二人とも、自分が引く気は無いらしい。
武器同士がぶつかり合う音が鳴り響いた。その音と同時に距離を取った二人は、武器の先端をお互いに向けた。
「《深淵灰弾》!」
「《胡蝶虚弾》!」
詩乃の杖から灰色の弾が、満咲の槍から白い弾が放たれた。それらが衝突し、煙が蔓延していく。
「今のうちに畳み掛けるわよ!」
「おうよ!《魔力魔撃=土》!」
参華の合図に合わせて、零が先陣を切った。
オレンジ色のオーラを纏った剣が、満咲の足元をかすめる。苛立った顔で避けた満咲が、煙の中から見えた。
「まだまだ……!《日天》!」
次は陽斗。斧を振り上げて、満咲の体制を崩した。
「《勇者霊魂》!」
崩れたところに、亥李の剣が振り下ろされる。
槍で防ごうとしているけれど、間に合わない。肩の部分の制服が破け、頭から血が流れていた。
「《青光回》……」
「回復の隙なんてあげないよ!満咲!」
詩乃の声だ。煙が晴れた先で、杖を構えている。
「《瑠璃光線》!」
鋭いレーザーが、満咲を捉えた。
回復魔法が途中で途切れた。避けていた満咲の顔に、余裕が無かったような気がする。
なら今だ。私も、技を出さなければ!
「《有為転変》!」
そう叫びつつ、満咲の肩に向かって拳を繰り出した。
満咲が私をぎろりと睨んだ。だけれど、抵抗出来てない。
受け身の体制になってはいるけれど、詩乃の魔法を避けながらだから、私の攻撃を槍で防げない。
手応えありだ。
「にゃあああああ!」
つい出てしまった叫び声と共に、六連発の拳の後、左足で遠くへ蹴り飛ばした。
激突した教会の柱が、静かに崩れ去っていく。いつも綺麗で、昔から人形みたいな満咲の顔に、今は泥が着いていた。
「まだまだ回復させねーぞ!《空虚泡沫》!」
そう言って、盾を構えて突撃したのは亥李だった。戦略や技術も何も無く、ただ満咲に向かって剣でハチャメチャに切りつける。
満咲の顔に切り傷が出来てきた。
「ああ……ああ、もう!」
突然、満咲が凄い勢いで槍で薙ぎ払った。亥李が慌てて盾でガードし、後ろに下がる。
「邪魔しないでよッ!《針蝶夢槍》!」
さっきの技だ。槍が四方八方に増え、その輪が皆の元へ広がっていく。
しかも、《盧生之夢》が全部にかかっているおまけ付き。
「うにゃああああああ!《朝有紅顔》!」
《肉体烈火》と《盧生之夢》を両方とも拳にかけ、槍を消しに走った。
やばい。魔力が、そろそろ切れそうだ……
「甘いわね、有」
瀕死で、魔法もばんばん繰り出してて、皆に攻撃されて辛いはずなのに。
なんでこの人は、いつもこの冷静さが消えないんだ。
「何……!?」
「貴方だけなのよ?私の魔法を防げるのは。なら、貴方から倒しにかかるのは当然でしょう?」
そう言って、満咲は私に走り寄ってくると、針山のように連続で槍で突いてきた。
ただでさえ魔力切れでフラフラするというのに。《盧生之夢》を展開しながら避けるのが、かなり厳しい……!
「ナリ!大丈夫か!?」
「待って零!槍に触れたら……!」
だめだ。間に合わない!
「えっ?」
私の声で止まった零の手に、一本の槍が突き刺さった。
手、腕、肩。血が吹き出し、槍がその周囲を消していく。
零だけじゃない。皆が、皆が、皆が……
世界が白黒に変わっていく。全てがスローに見えてくる。
鳴り響く胸の鼓動が、私を責め立てるゴングの音みたいで、とてもうるさいて聞いていられない。
お前は、結局皆を守れないって、言われているような気がする。
満咲の口元が見えた。ほんのり笑みを零した彼女の顔が、私の頭の中をグルグルしていく。
雪みたいな何かが、視界をよぎった。
「うわああああああああ!」
突き出された槍の隙間を突いて、拳を満咲に振るった。
満咲の胸にヒットした拳を、すぐに引っ込める。目の先で、零が体制を崩して膝をついていた。
「零!」
「はっはは……大丈夫、じゃあねぇな……」
零が苦笑いを浮かべ、消えてしまった右肩を見た。縮れた布のように、断面はギザギザで焼け焦げたようだった。
「痛いとかじゃなくて、まず最初に、無くなったことへの衝撃が来るんだな……お前って、すげぇんだな」
声が震えている。満咲は遠くで魔法を唱え、回復を始めていた。
「させないッ!皆を……詩乃を、返してよ!」
千里の声が教会の中に響いた。あんなに震えていて、あんなに怒っている千里の声は、聞いたことがなかった。
美波と千里は遠くにいたから、詩乃が守ったらしい。詩乃のドレスは溶け、片足が無くなっていた。美波が駆け寄って、涙を浮かべつつ魔法を唱えている。
「《空谷跫音》ッ!」
白くて太いビームが、満咲へと向かっていった。
槍の先端で魔法を弾き返している。しばらく時間が稼げそうだ。
「太陽神ティラーよ……皆をどうか、救ってください……!」
涙声だった。満咲に対して怖がっているような、そんな目だった。
陽の光に照らされて、美波のロザリオがきらりと輝いた。
その光がロザリオから天井へと向かうと、金のオーロラが円形に展開され、そこからキラキラとした光が降り注いだ。
「《幸陽慈雨》」
噂には聞いていた。太陽神ティラーの神官が使う、最強の回復魔法。
それがこれなのだろう。太陽の光のように、優しく皆を包み込む。
だが、やっぱり所詮は回復魔法だ。止血や痛み止め、切り傷を塞ぐことはしてくれるけれど、無くなった腕や足は元に戻してくれない。
……そうだ。無いものを作ってくれる、夢みたいな魔法があった。そしてそれを、私は知っている。
神様がくれる祝福の光のように、その魔法を天井へ弾き飛ばした。上から、美波の魔法を補強していく。
「《胡蝶之夢》」
ああ、もう魔力が……
「ナリ!」
目眩がして倒れてしまった私を、零が片手で受け止めた。
もう「心の中で詠唱」だなんて言っている余裕は無い。皆にも、隠せなくなってきた。
「ナリちゃん、その魔法……」
美波が不安そうな、怖がっているような顔で私を見た。
皆の腕や足も元に戻ってきている。ちぎれてしまった人形の手足を糸で繋いだみたいに。
陽斗が手を動かしているのが見えた。良かった、神経が繋がったみたいだ。
血管や神経がどんな風になっているのか想像出来なかったけれど、何とかなったらしい。
「《魔力回復》」
美波は何も言わずに、美波の持っている魔力を私に分けてくれた。
もう私は、美波の知っているナリには戻れなくなってしまった。
魔法を使えなかったはずの拳闘士が、いつの間にか誰も知らない最強魔法を唱えて、皆を救っている。
ねえ、そんな怯えた顔しないでよ。
認めたくないの。私は、美波の太陽にはなれないって。
あなたを照らせば照らすほど、あなたから遠い存在に、あなたを傷つける存在になるなんて、知りたくないの。
「はあぁー!もう、心臓まで槍が届くかと思ったわよ!」
重い空気を和らげたのは、参華の声だった。
肩を回しながら、満咲の方へ歩いていく。戦況は、千里の魔力が尽きかけたせいで劣勢になっていた。
「うちの仲間達を、よくもボロボロにしやがって!《槍の不滅花》!」
そう叫んだ参華は、槍をくるくると回転させつつ、満咲の足元へ近付いた。
そして、風の勢いそのままに満咲に向かって槍を突き刺した。風がある分、間合いが少し伸びている。
「次から次へと……!ゾンビみたいに現れやがって!」
「ゾンビで結構!私達は、皆一回死んでいるのよ!」
槍を何度も高速で突き、満咲に鋭い傷を与えていく。
まるで、槍のブーケだ。
「全くだな!そろそろ、あれを使う時が来たか……!」
「何ィ!?零、あれとは一体なんなんだ!?」
「亥李!リアクションしてる暇あるなら美波達フォローに行ってよ!」
もしかしたら真面目なのかもしれない亥李と、それを宥める陽斗を無視しつつ、零は剣を片手に持つと、誰もいない場所を次々と目で追った。
いや、「誰もいない」のではない。あれは戦場の跡だ。
特に、零が《魔力魔撃》を打った場所。
「甦れ……満咲、勝負だ!《白兎赤烏》!」
その言葉を合図に、戦いの痕跡とも呼べるものが、思念となって現れた。
零の《魔力魔撃》だけじゃなくて、私達皆の攻撃だ。それらが思念体となって、満咲の方へ飛んでいく。
戦いの記憶がそのまま形になって、技を受けた本人に戻っていくみたいだ。
思念体の攻撃に、満咲が膝をついた。今がチャンスだ。
「うっ……!か、回復を……!」
「させない!」
Uの字を書いて満咲の元へ走った。零の思念体に夢中になっていて、私の姿が見えていないんだ。
「《有七種技》が七つ目!《有終之美》!」
そう叫びながら繰り出したのは、《肉体烈火》と《盧生之夢》の両方をかけた拳。
満咲の頬にヒットしたその拳は、柔らかい満咲の肌に赤いアザを作り、遠くの方へと吹き飛ばした。
そのまま走って満咲に近寄る。ダッシュで右手を構え、そのまま前に突き出した。
満咲が槍で受け止めようとするけれど、私の狙いはそこじゃない。勢いに任せて右足を軸に一回転し、左足で槍を蹴り落とした。
満咲の腕が、痛みで震えていた。
そのまま着地し、六連発の拳をヒットさせた。槍でガード出来ない分、拳が傷口に当たる。
脇腹を左足で蹴り、最後にとっておきの拳をお見舞いした。
「有、お前は……!」
「この勝負、私の勝ちだ!満咲!」
渾身の拳が満咲のみぞおちに入った。
勢いを殺せず、満咲が太陽神ティラーの像に激突する。パラパラと大理石が崩れ、満咲の上にかぶさった。
満咲が、血を吐いていた。
ハッピーバレンタイン!
今年は何も用意してませんが、2年前に投稿したバレンタインの番外編(https://ncode.syosetu.com/n1889ha/12)もぜひご覧ください。
次回は2月21日です。
【皆の最終奥義を少しだけ解説するコーナー】
零《白兎赤烏》…白兎赤烏とは時間を表す四字熟語で、白居易の漢詩に登場するらしいです(goo辞書より)。実はこの四字熟語は「只、狼は優しくありたかった」編の没タイトルです。立場的に赤は零のことなのに、本人は白兎(月を表す為)なのでやめました。
美波《幸陽慈雨》…言わずもがな《寂雪悲雨》のオマージュです。太陽神を信仰する美波の最終奥義なので、攻撃魔法にするか悩みましたが、まあ回復役の最強魔法は回復魔法の方がいいよなーと現在に至りました。
ちなみに、前になんとなくテレビを見ていたら「推しをどう形容する? 」みたいな特集があったので考えていたのですが、私の場合は「推しは太陽」です。嬉しくない時もあるけれど、どんな時でも私を照らしてくれる上に、私にとって太陽は必要なものだからです。あと太陽の笑顔って言うし。美波にとって、ナリは太陽そのものだったでしょう。
亥李《空虚泡沫》…本来最終奥義になる予定だった技。ラグナロクは神々の戦争のことです。彼の好きなバレラグの名前にもあります。ちなみに、原案によると「全てが空虚だと悟った亥李が、やけになって盾を構えながら敵に突っ込む。なんやかんやこれが一番強い。」らしいです。我ながら皮肉が効きすぎて怖いよ。
参華《槍の不滅花》…カサブランカが、話全体としてモチーフの一部だったので。あんまり裏話は無いです。「花ならカサブランカしかないっしょ!」ってノリで決めました。