ダーザイン
「なんで……こんな、ところに……」
皆が起きていないのを確認してから、家を出たはずだ。
気配で分かる。あの時、誰も起きていなかった。
なのに、なんでここに?
「抜け駆けなんてずるいぜ?ナリ!ラスボス退治くらい、俺達も誘ってくれよ!」
驚いている私を他所に、亥李が盾を構えて、私を庇った。
ドヤ顔で私を見ているけれど、正直私は、突っ込む気にもならなかった。
「ナリちゃん、今治すからね!ごめんね、痛い思いさせちゃって」
美波が私の元に近寄って、腕に《青光回復》をかけた。飛び散った血が身体の中に戻り、腕がくっついていく。
「いや……私が、独りで満咲を倒すって決めて……」
「独りがなんだって?ナリ!」
立ち尽くしている満咲に向かって、陽斗が斧を振り上げた。
満咲が槍の柄で受ける。陽斗は悔しそうな顔で、引き下がってきた。
「二回目の女王様退治だけど、中々比べ物にならないね。こいつは面白くなりそうだ」
そう言う陽斗の顔は、スリル満点なものに挑戦する時の、楽しそうな顔だった。
「ああ、もう!どうして皆止まってくれないのかしら!?」
そう言って現れたのは、槍を振り回して風を切る参華だった。
「だってよ、ナリがピンチだったんだぜ?そりゃ、零も走るよな」
「槍使いとは戦いたくないって何度も言ったじゃない!間合い詰めるの大変なのよ!?」
そう言いつつも、参華は好戦的に槍を振り回し、満咲に切っ先を向けていた。戦う気満々みたいだ。
「なんで、皆……私が勝手に始めた戦いなのに……」
「ほら、言うじゃん?『仲間を助けるのに特別な才能や理由は要らない』って」
「それ、僕のセリフなんだけど」
「ありゃ、バレちった?」
最後に現れたのは、詩乃と千里だった。
それぞれの宝石が装着された杖を満咲に向け、ニヤリと笑い合っている。まるで、勝算があるみたいに。
「まあどっちにしたって、ナリを助けるって決めたら助けるんだよ、める達は。ね?零」
詩乃が精霊のエラを杖から召喚しつつ、言った。
零は相変わらず、私を庇うように、刃を満咲に向けている。
「なんで……私、助けてなんて、一度も……」
「猫は、自分の死期を悟ると、飼い主の元から姿を消すらしいぜ?静かな場所で回復しようとしてるのもあるだろうけど……見せたくないのかもな。自分が死ぬ所を」
よく見ると、零の手元が震えていた。
でもそれを誤魔化すように、零は剣を握り直していた。
「死ぬなんて言うなよ。俺はお前の飼い主なんだぞ?誰がそんなこと、認めるもんか。お前を独りで死にはさせない。お前が死んだ時と同じみたいに、独りで後悔するなんて、俺はさせない。
寂しさは分け合おう。後悔は背負い合おう。虚しさは慰め合おう。俺は、お前と明日を迎えたいんだ」
零はそう言って、私の方を見て、にっこりと笑った。
暗くて寂しいこの世界に、一筋の光明が差したような気がした。
「ナリ。一緒に帰ろう」
ああ。やっぱり、この人はずるいな。
人形の戯言だと分かっていても、どうしても心が救われてしまう。
私は、この人の猫になる為に、生まれてきたんだ。
「…………うん!」
溢れる涙を堪えて、誰にも見えないように顔を伏せた。
この涙が偽物であるとしても。皆が人形であるとしても。この世界が夢であるとしても。
この思いは、本物だ。
「……何よ、それ。仲間との絆を演出して、何を勝ち誇っているの?」
そう思っていると、亥李の盾の向こうで、満咲が歯を食いしばって呟いた。
槍を握る手に力が入っている。悔しいと言うよりも、冷めきった怒りが原因な気がした。
「有。あなたがどれだけ目を背けていても、真実はあなたの前に現れるのよ。何も知らない木偶の坊には戻れない。なのに、なんであなたは仲間と居るの?」
悲痛な叫びだった。仲間を求めている声だった。
寂しくて、離れていって欲しくない。そんな声だ。
分かるよ。満咲にとって、私は唯一の仲間だったもの。
何もかもいないこの世界で、唯一全てを共有した仲だもんね。
でも、ごめん。
私は、あなたの親でも、仲間でもない。
「ある人が言ったんだ。自由とは、自分の正義を貫いた先にあるものだと。正義とは、何かを大切にしたいと思う気持ちだと。自分の正義を貫くのか、皆に合わせて生きていくのか、私がどちらを選ぶか楽しみだと」
「……!」
誰が言ったのか、思い当たる人がいるらしい。
涙を拭い、立ち上がった。そして、満咲の目を見て、言った。
「私は、皆に幸せになって欲しい。だから、皆と居るの。それが私の正義。それが私の自由」
「そんなの……自分を誤魔化しているだけよ。嘘を吐かないで、有。あなたは、敵だけれど……私の、味方でしょう?」
「ううん、違うよ」
取れた腕がくっついているか確認し、グローブをちゃんとはめ直した。
私の青い宝石が、綺麗に光を反射していた。
「私は、この世界の主人公なんだ。私の仲間は、私の仲間達だけ。黒幕を倒して、全てを終わらせるの」
それが、満咲が初めて槍を落とした瞬間だった。
すぐに拾い直した彼女が、私達の顔を一人一人見つめた。そして。
「……仲間が何?正義が何?自由が何?」
壊れた機械みたいに、涙を浮かべて呟いた。
「私は黒幕なんかじゃない。私は、この世界の主人公。私は強い。仲間なんて要らない。全てを壊すのは、私なのよ」
「違うよ。全てを終わらせるのは、私だ」
私がそう言った次の瞬間、急に地面が揺れだした。
「地震……!?」
「いや、違う……皆、耐えろ!」
皆の声が、散り散りになって飛んでいく。
揺れは立つことが出来ない程強くなって、世界を破壊していく。
「違う。違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う!!違う!全部!何もかも違う!」
満咲の言葉が激しくなる程、揺れは強さを増していく。
揺れがピークを迎えた頃には、もう玉座の間は崩壊していた。
代わりに風景を埋めつくしたのは、崩壊しかけた教会だった。
太陽神ティラーの銅像が、正面に見えた。ブランキャシア城下町の教会だ。プライヤが祈っていた、あの。
「私は最強。私は虚構。私は太陽。私は独り。私は女王。私は捨て子。私は主人公。私は最後の敵。私は神。私は祈り子。私は破壊者。私は再生者。私は最強。私は独り。私は最強!」
あっはははははと笑う声が、教会に反響した。
「かかってらっしゃい、山門有。仲間なんて必要無い。生きる希望が消え去る程に、あなたを殺してあげる」
そう叫んだ満咲が、槍を地面に突き刺した。
地割れがこっちにまで広がっていく。魔法の光が裂け目の中から溢れ、こちらに向かってくる。
一瞬眩い光がこちらを睨んだかと思うと、裂け目から無数の白い槍が現れ、天に向かって突き出した。
まるで、槍の弾丸みたいだ。
「《水晶堅盾》!」
「《軽減防御》!」
千里と美波が魔法を展開してくれたお陰で、少し槍が防げた。
あとは自分で裂け目のある場所を避けつつ、ランダムに飛んでくる槍をなるべく足で交わした。
そのまま槍は天井まで到達すると、雨みたいに私達の元へと落ちてきた。
「《胡蝶夢雨》ッ!!」
流石、満咲の技だ。豪快で、範囲が広くて、繊細。
だけれど、あなたに私は殺せない。
「望むところにゃ!幸野満咲!」
《有象無象》の時のように足と手をなるべく地面まで近付け、そのまま飛び上がった。
天井まで辿り着くと、《有無創天》の勢いで天井を蹴り、クルクルと勢いよく前に回転した。
回転の前進力で、満咲にどんどん近付いていく。そのまま満咲に向かって、かかとを頭に落とした。
槍の柄と私の足が激突する。突っぱねられた勢いで飛び上がり、満咲の顔目掛けて、《肉体烈火》を倍増した拳を叩きつけた。
青い火花が手元から散っているのが、横から見えた。
「《曷有加焉》ッ!!」
私の拳と満咲の槍が、赤と青の火花を散らして衝突する。
衝撃波が教会に広がっていった。
次回は2月7日です。
ちなみに、ダーザインは「現存在」と訳される、ハイデガーの思想です。詳しくは『存在と時間』を読んでください。