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にゃんと奇妙な人生か!  作者: 朝那月貴
アストリアスの悪夢
152/159

ダーザイン

「なんで……こんな、ところに……」


 皆が起きていないのを確認してから、家を出たはずだ。

 気配で分かる。あの時、誰も起きていなかった。


 なのに、なんでここに?


「抜け駆けなんてずるいぜ?ナリ!ラスボス退治くらい、俺達も誘ってくれよ!」


 驚いている私を他所に、亥李が盾を構えて、私を庇った。

 ドヤ顔で私を見ているけれど、正直私は、突っ込む気にもならなかった。


「ナリちゃん、今治すからね!ごめんね、痛い思いさせちゃって」


 美波が私の元に近寄って、腕に《青光回復(ブルーヒール)》をかけた。飛び散った血が身体の中に戻り、腕がくっついていく。


「いや……私が、独りで満咲を倒すって決めて……」


「独りがなんだって?ナリ!」


 立ち尽くしている満咲に向かって、陽斗が斧を振り上げた。

 満咲が槍の柄で受ける。陽斗は悔しそうな顔で、引き下がってきた。


「二回目の女王様退治だけど、中々比べ物にならないね。こいつは面白くなりそうだ」


 そう言う陽斗の顔は、スリル満点なものに挑戦する時の、楽しそうな顔だった。


「ああ、もう!どうして皆止まってくれないのかしら!?」


 そう言って現れたのは、槍を振り回して風を切る参華だった。


「だってよ、ナリがピンチだったんだぜ?そりゃ、零も走るよな」


「槍使いとは戦いたくないって何度も言ったじゃない!間合い詰めるの大変なのよ!?」


 そう言いつつも、参華は好戦的に槍を振り回し、満咲に切っ先を向けていた。戦う気満々みたいだ。


「なんで、皆……私が勝手に始めた戦いなのに……」


「ほら、言うじゃん?『仲間を助けるのに特別な才能や理由は要らない』って」


「それ、僕のセリフなんだけど」


「ありゃ、バレちった?」


 最後に現れたのは、詩乃と千里だった。

 それぞれの宝石が装着された杖を満咲に向け、ニヤリと笑い合っている。まるで、勝算があるみたいに。


「まあどっちにしたって、ナリを助けるって決めたら助けるんだよ、める達は。ね?零」


 詩乃が精霊のエラを杖から召喚しつつ、言った。

 零は相変わらず、私を庇うように、刃を満咲に向けている。


「なんで……私、助けてなんて、一度も……」


「猫は、自分の死期を悟ると、飼い主の元から姿を消すらしいぜ?静かな場所で回復しようとしてるのもあるだろうけど……見せたくないのかもな。自分が死ぬ所を」


 よく見ると、零の手元が震えていた。

 でもそれを誤魔化すように、零は剣を握り直していた。


「死ぬなんて言うなよ。俺はお前の飼い主なんだぞ?誰がそんなこと、認めるもんか。お前を独りで死にはさせない。お前が死んだ時と同じみたいに、独りで後悔するなんて、俺はさせない。

 寂しさは分け合おう。後悔は背負い合おう。虚しさは慰め合おう。俺は、お前と明日を迎えたいんだ」


 零はそう言って、私の方を見て、にっこりと笑った。

 暗くて寂しいこの世界に、一筋の光明が差したような気がした。


「ナリ。一緒に帰ろう」


 ああ。やっぱり、この人はずるいな。

 人形の戯言だと分かっていても、どうしても心が救われてしまう。


 私は、この人の猫になる為に、生まれてきたんだ。


「…………うん!」


 溢れる涙を堪えて、誰にも見えないように顔を伏せた。


 この涙が偽物であるとしても。皆が人形であるとしても。この世界が夢であるとしても。


 この思いは、本物だ。


「……何よ、それ。仲間との絆を演出して、何を勝ち誇っているの?」


 そう思っていると、亥李の盾の向こうで、満咲が歯を食いしばって呟いた。

 槍を握る手に力が入っている。悔しいと言うよりも、冷めきった怒りが原因な気がした。


「有。あなたがどれだけ目を背けていても、真実はあなたの前に現れるのよ。何も知らない木偶の坊には戻れない。なのに、なんであなたは仲間と居るの?」


 悲痛な叫びだった。仲間を求めている声だった。

 寂しくて、離れていって欲しくない。そんな声だ。


 分かるよ。満咲にとって、私は唯一の仲間だったもの。

 何もかもいないこの世界で、唯一全てを共有した仲だもんね。


 でも、ごめん。

 私は、あなたの親でも、仲間でもない。


「ある人が言ったんだ。自由とは、自分の正義を貫いた先にあるものだと。正義とは、何かを大切にしたいと思う気持ちだと。自分の正義を貫くのか、皆に合わせて生きていくのか、私がどちらを選ぶか楽しみだと」


「……!」


 誰が言ったのか、思い当たる人がいるらしい。

 涙を拭い、立ち上がった。そして、満咲の目を見て、言った。


「私は、皆に幸せになって欲しい。だから、皆と居るの。それが私の正義。それが私の自由」


「そんなの……自分を誤魔化しているだけよ。嘘を吐かないで、有。あなたは、敵だけれど……私の、味方でしょう?」


「ううん、違うよ」


 取れた腕がくっついているか確認し、グローブをちゃんとはめ直した。

 私の青い宝石が、綺麗に光を反射していた。


「私は、この世界の主人公なんだ。私の仲間は、私の仲間達だけ。黒幕を倒して、全てを終わらせるの」


 それが、満咲が初めて槍を落とした瞬間だった。


 すぐに拾い直した彼女が、私達の顔を一人一人見つめた。そして。


「……仲間が何?正義が何?自由が何?」


 壊れた機械みたいに、涙を浮かべて呟いた。


「私は黒幕なんかじゃない。私は、この世界の主人公。私は強い。仲間なんて要らない。全てを壊すのは、私なのよ」


「違うよ。全てを終わらせるのは、私だ」


 私がそう言った次の瞬間、急に地面が揺れだした。


「地震……!?」

「いや、違う……皆、耐えろ!」


 皆の声が、散り散りになって飛んでいく。

 揺れは立つことが出来ない程強くなって、世界を破壊していく。


「違う。違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う!!違う!全部!何もかも違う!」


 満咲の言葉が激しくなる程、揺れは強さを増していく。

 揺れがピークを迎えた頃には、もう玉座の間は崩壊していた。


 代わりに風景を埋めつくしたのは、崩壊しかけた教会だった。

 太陽神ティラーの銅像が、正面に見えた。ブランキャシア城下町の教会だ。プライヤが祈っていた、あの。


「私は最強。私は虚構。私は太陽。私は独り。私は女王。私は捨て子。私は主人公。私は最後の敵。私は神。私は祈り子。私は破壊者。私は再生者。私は最強。私は独り。私は最強!」


  あっはははははと笑う声が、教会に反響した。


「かかってらっしゃい、山門有。仲間なんて必要無い。生きる希望が消え去る程に、あなたを殺してあげる」


 そう叫んだ満咲が、槍を地面に突き刺した。


 地割れがこっちにまで広がっていく。魔法の光が裂け目の中から溢れ、こちらに向かってくる。


 一瞬眩い光がこちらを睨んだかと思うと、裂け目から無数の白い槍が現れ、天に向かって突き出した。


 まるで、槍の弾丸みたいだ。


「《水晶堅盾(クリスタルシールド)》!」

「《軽減防御(プロテクション)》!」


 千里と美波が魔法を展開してくれたお陰で、少し槍が防げた。

 あとは自分で裂け目のある場所を避けつつ、ランダムに飛んでくる槍をなるべく足で交わした。


 そのまま槍は天井まで到達すると、雨みたいに私達の元へと落ちてきた。


「《胡蝶夢雨(セイクリッドレイン)》ッ!!」


 流石、満咲の技だ。豪快で、範囲が広くて、繊細。

 だけれど、あなたに私は殺せない。


「望むところにゃ!幸野満咲!」


 《有象無象》の時のように足と手をなるべく地面まで近付け、そのまま飛び上がった。


 天井まで辿り着くと、《有無創天》の勢いで天井を蹴り、クルクルと勢いよく前に回転した。


 回転の前進力で、満咲にどんどん近付いていく。そのまま満咲に向かって、かかとを頭に落とした。


 槍の柄と私の足が激突する。突っぱねられた勢いで飛び上がり、満咲の顔目掛けて、《肉体烈火(マッスルハッスル)》を倍増した拳を叩きつけた。


 青い火花が手元から散っているのが、横から見えた。


「《曷有加焉(ダーザイン)》ッ!!」


 私の拳と満咲の槍が、赤と青の火花を散らして衝突する。


 衝撃波が教会に広がっていった。

次回は2月7日です。


ちなみに、ダーザインは「現存在」と訳される、ハイデガーの思想です。詳しくは『存在と時間』を読んでください。

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