全員集結
これは、ブランキャシアでのこと。
7月9日の建国記念の日、ケルベロスアイと精霊人は、国を創ったとされる3人の賢者が塔から歩いてくる道に参列していた。人々は、ブランキャシア王国の旗であるカサブランカの旗を血気盛んに振り、数人の下僕を連れて現れた3人の賢者を出迎えていた。ある者は、その懐かしい下僕の姿に涙していた。
「凄い歓声!何人いるのかな……」
ナリが小さな旗を振りながらそう言うと、アッシュが答えた。
「ざっと1万はいるだろうな。あそこの、黒のローブを着ているのが、愛と勇気を司るラヴ=ブレイヴ様。東方にある愛と勇気の塔が1番下僕が多いんだってよ。だから、ほら、久しぶりに愚かな家族に会えたからか、涙流してる人も多いだろ?」
アッシュの言う通り、ラヴ=ブレイヴの近くにいる下僕達を見て、涙を流している人は多かった。しかしラヴ=ブレイヴはそれに対してあまり関心を示さず、黒馬に乗って、近くに寄ってきた白い鳩に触れているようだった。
「その後ろにいらっしゃるのが、ホープ=ドリーム様。優しそうだけど、いつも何考えてるか分からないって、ラヴ=ブレイヴ様が仰っていたみたいだよ?どういう仲なんだろうね……」
ナリの左隣にいたフィーネが、ラヴ=ブレイヴの20メートル後ろにいる灰色のローブを着た賢者を指さした。灰色の馬に乗り、近くに現れる蝶をじっと見つめていた。
「どういう仲……んー、トモダチ?」
「馬鹿だなあ、ナリ!」
ナリの前にいたダンバーが笑顔で振り向いてそう言った。
「トモダチ程度の仲じゃないだろ、あれは!そうだな、兄弟か姉妹、ってところじゃないか?3人とも精霊だって噂もあるぞ!そういうのはクリスの方が詳しそうだが……」
ダンバーが、ホープ=ドリームの後ろにいる、白いローブを被った賢者を見た。白馬に乗り、黄色い花が、風で賢者の近くに飛んで来ていた。ナリ達も自然とそちらを見た。
「あの方はウィル=フレンドシップ様。ほら、口までローブがかかって見えないだろ?顔を見せないその姿、実にミステリアスだな!あ、見ろよ!ラヴ=ブレイヴ様は目がほとんど見えないし、ホープ=ドリーム様は目まで隠れている。それに加えて、御三方はそれぞれ白い鳥、蝶、黄色の花に愛されてるって訳だ。精霊説、ちょっとありそうだろ?」
「ちょっとこじつけじゃないか?」
「こじつけなんかじゃねえぜ、実際にそう言っている人は多い。こういうのは、他の意見も聞かねえとな!」
ダンバーがそう言って、はっはっはと笑った。そんな中、後ろから出てきたクリスがダンバーの隣に来て、肩に手を置いた。
「ちょっとダンバー、精霊の話するなら私も混ぜてよ。私も、あのお3方は精霊……しかも、姉妹だと思ってる。男兄弟には見えないわよね。いや、そんなこと言ってる場合じゃないか。皆、あれ見て」
クリスが、3賢者が向かう場所を見た。一気に歓声が上がる。白のドレス、白のヴェールを着て、銀のティアラを被った女性が、こちらを見ていた。白い城のテラスで、花束を抱えていた。
「女王、アストリアス様よ」
クリスが言った。3人の賢者はアストリアスに向け膝をつき、アストリアスはそれを、じっと見ていた。虚ろな目だ。ナリは、アストリアスを見てそう思った。
「……誰かいるにゃ……」
ナリは、自分の部屋となった空き部屋で、鏡を見てそう思った。
元々ナリは猫状態だったので、自分の部屋はいらないと言っていたが、人間の状態になれるようになったので、自分の部屋を要求した。零は最初は嫌がったが、ナリが2時間説得したのに呆れて、1階のリビングの隣にある「凛が泊まりに来た時用の部屋」を貸してくれた。その奥には、零が片付けた小さな物置があり、そこにある窓から月が見えて、ナリは気に入っていた。
「……いやお前、何してんの」
零がキッチンからそう言った。
「ほら、零、私とおにゃじ格好で、おにゃじ動きをする猫がいるんだにゃ。一体あの猫はにゃんにゃんだろうにゃ……」
ナリの目には鏡の縁は写っていなかった。ただ、来客用のベッドと物置に置いてあったタンス、茶色の折りたたみ式の机と、零が小学生の時に使っていたという回転式の椅子が後ろにあった。そしてその前には、全身が黒く、口から下、腹、尻尾の先が白い猫が写っていた。
「……それ、お前だぞ?」
「え?私?そんにゃ訳……」
もう一度見た。そこで、ナリは目の前の猫が、自分だと気付いた。
「……ほんとだにゃ」
「お前さあ、遊んでないで手伝ってくんね?今日来客いっぱい来るんだからさ。えーっと、残りのコップはどこに……」
零がブツブツ言いながら食器棚を開けた。ナリもしぶしぶ、《異形》で獣人族になってキッチンに向かった。
「集団誘拐事件解決か 山風町」という見出しの元、ホワイト教で大量の死体と失踪者を発見し、そして犯人と思われる毒島安寿、本名毒島典明を逮捕した、というローカルニュースが、新聞に掲載された。美波が警察の対応をしたが、美波はナリ達の意向も受け、自分達が立役者だとは名乗らなかった。そのため、謎のヒーローが現れた、と言う人も少なくなかった。
そして、そのニュースも過去のものへとなってきた、1週間後。ナリ達は、1度ケルベロスアイと精霊人で集まろうと話し合った。朝日を通じて知り合った詩乃は、毒りんご事件の数日後、トビー商店で零と再会した。お互いに、ここにいれば会えると考えていたようだった。詩乃と千里は、今のダンバーとクリスと面識があるようだった。
「ダンバーはね、志学亥李って名前の男の人だよ。25歳、1番年上なんじゃないかな?働いては……まあ……で、クリスは、遠谷参華っていう、大学院1年生だって言ってたかな、学生だよ。普段バイトしてて、暇な時に亥李と飲んでるって。いいなー、めるも飲みたいなあ……」
「……飲めばいいじゃねえか」
「める18だよ?川鞍大学1年生、零よりも年下!羨ましいよねー……」
「いや、それはない」
「はいはい、昔から零は酒場に行くのすら無理だったねー。あ、める達と同じ川鞍大学だったはず!呼んでこよっか?」
「ああ、頼む。俺んち、後でDM送るから。今度連れて来てくれ」
「うんうん!新しいめるのフォロワー、ご招待〜」
そうやって、詩乃と零は連絡先を交換した。もちろん、その後朝日に「……僕の家を待ち合わせ場所にしないでください」と言われた。
そして、今日がその、全員集まる日だった。
「亥李と参華……どんな感じなのかにゃー。案外変わってたりして。特に亥李」
「さあ、どうだろうな。ナリ、クッキー出して」
「はいにゃー」
そんなことを言いながら準備をしていると、外から「ねえねえ!ここかな、零の家!」という大きな声が聞こえてきた。
「……チャイムなる前からうっせえな、詩乃」
「うん、あの声は多分詩乃にゃ……」
その後、チャイムが鳴った。零がインターホンに出ると、
「めるだよー?千里と一緒に来たよーん!」
「……虎前千里だよ」
という声が聞こえた。千里は明らかに疲れていた。
中に入ってくると、詩乃は「わー!ここに2人で住んでるの?広いじゃん!」と言って、テレビの前のソファに座ったり、ダイニングテーブルに付属しているイスに座ったりと、忙しなく動いていた。
「なあ詩乃、もう少し落ち着いてくれないか……?」
「いいじゃん零!一体零はナリと一緒に暮らしてどんなことを考えているのやら……ふふふ!」
「考えてねえし、考えてたとしてもお前には絶対教えない」
「えー、ケチー!」
零がため息をついた。
(私と暮らして考えること……え、ないの?感情死んでるの?え、嘘、零?)
ナリは同居人の考えが非常に気になったが、無視する振りをして、お湯が湧くのを待っていた。
「あ、零、これつまらないものだけど」
千里はというと、お菓子を用意していた零の元へ向かい、千里の家の近くで売っていた小分けのラスクを差し出した。
「お、サンキュー!後で出すわ」
零がそのラスクを取り出して皿に並べた、その時。
また、チャイムが鳴った。今度は静かだった。
「はーい、あ、美波!陽斗!上がって上がって!」
ナリがインターホンに出て、しばらくして美波と陽斗がやってきた。
「ごめんね、少し遅れちゃった。これ、どうぞ」
「悪いね、電車の乗り継ぎが悪くて。それと、心配かけてすまなかった。今は元気だよ」
美波と陽斗が、陽斗の家の近くにあるケーキ屋の苺のホールのタルトを持ってきた。
「わ、すげえな……どうやって出そうか……」
「おー!美味しそうにゃー!」
ナリと零が、苺タルトの入った箱を覗き込んだ。苺タルトはゼラチンでキラキラと光り輝き、みずみずしかった。
「だろう?俺の家の近くにあったんだ、今度また持ってくるよ。ところで、そこにいるのは……」
「どもー!レイヤーやってまーす、メルヴィナこと相沢詩乃でーす!」
「その従弟の、虎前千里。前は、アルケミスって名前だった」
「ああ、聞いた聞いた!詩乃ちゃんと千里くん!私は土屋美波!大学生で、元、フィーネだよ!」
「俺は日下部陽斗。一応会社経営してるけど、美波と同い年で、大学に通ってたりしてる。まあ、その会社経営も、今は程々だけど。元ブレインだ」
「へー、すごいじゃん、日下部陽斗」
「なんだその言い方……まあね」
千里の言葉に、陽斗は苦笑いした。
「ねえ、今日ダンバーやクリスも来るんでしょ?いつ来るの?」
「もう来ると思うよー?ただまあ、あの遊び人と酒飲みだしなー……」
美波と詩乃が話していた直後、チャイムの音が、零の家で響いた。お菓子とタルトを切り終わった零が、インターホンに出た。
「はい、どちら様で……」
「俺だ!」
零はそのしたり顔の男性の声を聞いて、数秒固まった。横から詩乃が現れ、インターホンに映る2人の姿を見て、「あ、亥李と参華だー!来て来てー!」と代わりに言った。
しばらくして、緑と青のチェックの服を着た、零や陽斗より身長が高い男性と、茶色や青多めのボーイッシュな服を着た、美波と同じぐらいの身長の女性が、玄関から現れた。
「おいアッシュ!確かに改変はしたが、そこは「ブルーノ」……」
「どうも!遅くなってごめんなさいね、中々このバカが動かなくて」
男のセリフを、女が遮った。そして、彼女は言った。
「私は参華!遠谷参華。23歳、大学院1年生よ。バイトしまくってるけどね。前はクリスだったわ。よろしく!」
遮られたショックを抑えつつ、男は言った。
「俺は志学亥李。珍しい名前だよな、でも今は俺全然勉強してねえ!ずっとネトゲしてるしな!その名も「Bullet of Ragnarok」!」
「ちょっと亥李、前の名前」
「ん?あ、悪い!俺の前の名前は、ダンバーだ!よろしくな!」
亥李はそう言って、ニッコリと笑った。
次回は5月14日です。