さよなら
時計の針が、ぴったり十二時で止まった。
デジタル時計だから、音とかは無いけれど。もしこれが鳩時計や古時計なら、十二回綺麗に音が鳴るはずだ。
そしてそのまま、時計は動くのを止めた。
電池切れ――だなんて、現実的にはもう考えられない。
私は知っている。これが電池で動くものじゃないことも。
そもそも、電池も時計も、夢だということも。
煽っているのだろう。お前の時間はもう、ここから永久に動かないのだと。
お前を縛る時間すら、虚構なのだと。
最悪な目覚めだ。皆を起こしていなければいいのだけれど。
時計が止まったなんて、誰にも気付いて欲しくない。
そう思って周りを見回してみると、皆リビングで、満足気な顔で寝ていた。
作戦会議と同時進行という形で始まった夕飯は、結局、ただの楽しいお食事会に終わった。
ピザを食べながら、この一週間であったこと、面白かったことを話して、いつもみたいに笑いあって、はしゃいで…………
気が付くと皆うちに泊まることになり、皆そのままリビングで寝てしまっていた。
「満咲は……今なら、会える」
皆を起こさないよう、小声で呟いた。
私にもたれかかっていた美波を起こさないよう、《異形化》で猫になり、そっと円を抜け出す。
行こう。これ以上、辛い思いをする前に。
夕飯の最中、何度もトイレに行って、気持ち悪さと戦い続けた。
ブランキャシアで三賢者を巡っていた時は、大丈夫だと思っていた。
でも、皆の眩しい笑顔を見る度、自分が嘘をついているのが、皆が隣にいないのが、辛くなる。
私に向かって笑いかけているのが、皆の模倣をした人形だなんて。考えたくもないのに、一瞬布と綿の皆が頭をよぎる。
もう、終わりにしたい。
「カタッ……」
不意に、後ろから物音がした。夢だと分かっていても、ビックリしてしまう。
見ると、棚の上に飾っていた写真立てが落ちかけていた。慌てて《異形化》で獣人族の姿になり、キャッチする。
「これは……」
色々あったせいで、この写真すら懐かしく感じてしまう。
皆で旅行に行った時の、最後の集合写真だ。朝焼けに包まれて、皆の笑顔が浮かんでいる。
「…………ッ」
だめだ。これを見ると、涙が出てきてしまう。
なんでだろう。なんでこんなに涙が……
ふと、背後にいる皆を確認した。良かった、まだ寝ているみたいだ。
ああ。なんで皆を見るだけで、こんなに視界がぼやけていくんだろう。
陽斗。楽しい思い出、ちゃんと出来た?
あの日言っていたよね。楽しい思い出を作っていくって。自分のこの人生が負の連鎖だなんて、思わないようにするって。
どう?人生、楽しかった?
昔の辛い思い出を、今の人生で塗り替えられた?
私ね。陽斗のその優しさと大人っぽさが、憧れだったんだ。皆のことをよく見ていて、的確なアドバイスをくれて、出来たら褒めてくれて。
私、嫌だよ。陽斗との思い出が全部無くなっちゃうのも。陽斗に嘘ついて、永遠に辛い人生送るのも。
私、今までずっと、楽しかったのに。
ねえ、美波。本当だったら、これから寒い冬が来るね。
私、美波の寒さを吹き飛ばせるほど、可愛くなれたのかな。
もう私は、隣にいるだけで辛いんだよ。
あなたの顔を見る度に、寂しさと辛さが心の中に入り込むんだよ。
美波が私のこと好きでいてくれて、すごく嬉しかったんだ。
優しくて、明るくて。私の頭を撫でる手が、いつも温かくて優しい。そんな美波が、大好きだったんだ。
だからね、美波。私、美波のこと、ずっと好きでいたいんだ。
千里。結局お前は、最後まで生意気でムカつく奴だった。
でも、誰よりも努力家で、誰よりも知ろうとしていて、誰よりも心配性だったの、知ってたよ。
気付いてないと思うけどさ。私、認めてたんだ。千里の賢さ。獣人族のほとんどが肉体派なのに対して魔法を極めた、その覚悟と行動力。
だから、言いたくないんだ。それら全て、夢だったって。千里は三賢者に、ぬか喜びさせられてたって。
一番の努力家に、努力は絶対報われないなんて、言えないんだよ。
詩乃。私達のムードメーカーで、一緒にいるといつも元気を貰えたよ。
でも繊細で打たれ弱いって知ってたら、旅行の時の事件は起こらなかったのかな。
私ね。あれから、本当の詩乃を見ようと思って頑張ってたんだ。
軽い言葉の中に、実は重すぎるほど優しさが込められていて。
私達が助けたいと願えば願う程、短所とも言える詩乃の自己肯定感が助けを拒んでしまっていて。
誰かに気付いて欲しいけど、皆のことにはすぐ気付いて助けてくれる。それが本当の詩乃なんだよね。
ごめんね。今気付いても、意味が無かったんだ。
生きている時に出会いたかった。生きている時に気付きたかった。
ごめん、詩乃。生きている時に、会えなくて。
亥李。誕生日会の時、私達のこと忘れちゃって、ビックリしたよ。
でもそれは、亥李が「特別な才能」のことで悩んで、必死に頑張ってたからなんだよね?
分かるよ。私、偽有を壊すか壊さないか決めろって言われて、物凄く悩んで、頑張って決めたから。
亥李も知ってるんでしょ?後悔ばかりの人生だからって言って、今と切り離そうとしたって、出来ないこと。
前を歩こうとした瞬間に、見たくもない過去が背中を追いかけてくるってこと。
だから、受け入れられたんだよね。自分のこと。
でもね。私、知ってるよ。亥李は「特別な才能」に溢れてる人だって。
亥李は気付いてないと思うけど、物凄く自分に厳しいんだよ。他人を許すハードルは低いのに、自分を許すハードルは物凄く高い。
気付いてあげてよ。亥李は頭良くて、剣と盾の達人で、明るくて、優しくて、皆の想像の遥か上を行く人だってこと。
一番を目指して、空まで跳べる人なんだってこと。
そうじゃなきゃ、辛いだけだよ。ただでさえ夢の世界なのに、何も自分のことを許さないなんてさ。
参華。私、参華のこと、本当に凄いと思うんだ。
「過去を踏み締めて、今を生きていく」って、立花の前で宣言したこと。
そう簡単に出来ることじゃないって、私、分かったんだ。
過去なんて忘れたくて、見なかったことにしたくて。
でも後ろをいつまでもついてきて、今では私のことをいつまでも煽ってくる。
「お前は永遠に過去の中でしか生きられない」ってさ。
もし参華がこの真実を知ったら、今を生きる為に三賢者に協力するのかな。
私みたいに、死んでからずっと止まってしまった過去の夢を続けようとは、しないだろうな。
参華はサバサバしてて、誰よりも正義感のある人だから。現実に生きることを、正義とするだろうな。
私、参華みたいに強くなりたかった。
間違っていることを正しくする力が、皆を幸せにする力が、欲しかった。
そして、零。
私ね。ブランキャシアで、やっと自分の気持ちに気付いたよ。
あなたのことを頼りたい。でも、あなたに頼られたい。
私のことを知って欲しい。でも、弱いところは見て欲しくない。強くて可愛いままの私でいたい。
あなたの全てを知りたい。強いところも、弱いところも。
優しくて明るくて、頭を撫でてくれる手が少し筋肉質だけど柔らかくて優しい。
私、零に撫でられたいんだ。 「よく頑張ったな」って、笑顔で言って欲しいんだ。
でもね。一番、零には知って欲しくないの。この真実を。
零がこの真実を知ったら、絶対悲しむから。
辛い思いをして、孤独だって思ってしまうから。
私の世界ではそうでなくても。あなたの中で、私は隣にいたいから。
だからね。私、満咲を倒しに行く。三賢者の依頼を達成して、全てを終わらせる。
皆が全てを知る前に。皆の幸せが壊れる前に。
「ごめんね……写真、持っていくよ」
そっと、写真立てから写真を抜いて、ポケットの中に入れた。
お守りだ。私の、いつか消えゆく思い出だ。
「さよなら、私の大切な皆」
物音を立てないよう、静かに扉を開けた。
さよなら、私の最愛の操り人形達。
大好きだったよ。皆のこと。
だから終わらせてくるね。この世界を。
あけましておめでとうございます!
本年も『にゃんと奇妙な人生か!』をよろしくお願いします!
次回は1月10日です。
おまけという名の解説→https://ncode.syosetu.com/n1889ha/16