ただ、あなたに会いたかった
前々回の「ウィル=フレンドシップの試練Ⅱ」にて、陽斗が何をしているかというのを書き忘れました。これはナリちゃんの記憶違いではなく作者のミスです。陽斗ファンの皆様、そして陽斗、本当にごめんなさい。
代わりに出番増やしました。
リビングに行くと、残りの皆もそこにいた。
「ナリ!良かった、目覚めたんだな!」
「ああ、良かった……心配させて、もう!」
亥李と参華が、安心したような顔をして私を見た。
怖かったのかな。心からの笑顔で、私を見てくる。
「千里、そんなに嬉しいなら声かければいいじゃないか」
「う、うるさい……僕は大人だから泣かないもん……!」
「まだコーヒー飲めない癖に。ナリ、おかえり。良かったよ、戻ってきてくれて」
陽斗がそう言って、優しい笑顔を浮かべた。
千里がジャケットの裾で涙を拭いているから、物凄く動きづらそうだ。
それでも動かないでいるあたり、陽斗の優しさか、千里の純粋さの表れか。
「よーし、これで全員揃ったねー?やーっと満咲を倒しにいけるじゃん!ナリ、遅いよ!」
詩乃が立ち上がって、サムズアップポーズを作った。
あんまり心配していなさそう……なのが、詩乃は逆に、心配していた裏返しなのかな。
「まあ、行くならもう少し後だけどな。この時間は満咲は現れないし。だよな?詩乃」
「まーねー。ナリが倒れてる間、めると参華で色々満咲のこと調べてたんだよ。ほらほら、見て!」
そう言って亥李と詩乃が持ってきたのは、山風町の地図だった。
近くにあった零のコップを、とある家の上に置いた。
ここは確か、満咲の家だ。
「この一週間ねー、めると参華で交代しながら、満咲のこと、つけてたんだよね。亥李と陽斗が伝令兼情報収集兼作戦係、零美波千里が看病って感じで。で、それで色々分かったんだけど」
なんというか、思っていた通りの配置だ。
私が意志と友情の試練で信じた友情は、正しかったらしい。良かった、当たって。
「まず、愛が言っていた『満咲が神出鬼没』ってのは正しいみたい。実際何度か探していて見失ったし、家にも高校にもいない時間があるし。んで、愛から色々聞いたんだけど」
詩乃がそう言って、陽斗に手でパスを回した。
「愛さんは親子の絆で、女王様の居場所が分かるのは、前に言っていたよね。それで教えて貰ったのは、まず、彼女は、気配だけ感じる時間と、誰にでも見える時間の両方を交互に繰り返していること。気配だけの時間は、愛さんにしか居場所が分からない」
多分、《浮世如夢》の効果だ。
それを使って、満咲は世界と世界の間を移動して、誰にも気配を悟られないようにしている。
そんなに魔法をポンポンと使えるなんて、普通じゃ体力的に考えられないけど……女王様は多分、何かしらのトリックを使って魔法を使い続けてるんだ。
例えば、この身体は人形で、体力なんて概念は夢だって思い込むとか。
「で、気配だけの時間と誰にでも見える時間は、いつもまちまちなんだけど……寝るタイミングと起きるタイミングだけは、誰にでも見える時間だってことが分かった」
「参華と一緒に、その時間に部屋覗いてみたんだけどさ。部屋の中に姿鏡があって、そこから魔力反応があったんだよね。だから、寝ている間はその姿鏡の中にでも篭ってるんじゃないかな。なーんでそれが、誰にでも見える時間なのかはさっぱりだけど」
多分、《胡蝶之夢》を使って出来るものは、誰の夢にも存在するものだけなんだろう。だから、全員に見える姿鏡に、寝床を作った。
そして、あまり他の人の夢にいると、異物として見られてしまうから、自分の夢に帰って寝ている。
自分の夢なら、誰にも異物と判断されないから。
多分、こんな感じの理由だ。
「で、何時からが満咲が姿鏡で寝る時間なんだ?」
「夜の十一時から、朝の七時。ナリが復活してからまだちょっとしか経ってないし、明日の夜とかがいいかな?とか思ってたんだよね」
零と詩乃が、時々私の顔を心配そうに見ながら言った。
「わ、私のことは気にしなくても……」
「そんなこと言わないの、ナリちゃん!まだ病み上がりなんだから、しっかり休んで!」
美波が優しい笑顔で、私の肩に手を当てた。
「そうだよ、ナリ。君は覚えていないかもしれないけど、車に轢かれて吹き飛んだんだ。もう少し安静にしていた方がいい。死地をさまよったんだから」
陽斗がそう言った後、すぐに「おっと、ごめん」と口元を抑えた。
死地をさまよったなんて、別に言っていいのに。実際、私は今だってさまよっているようなものだ。
「それに、僕は明日も学校だし。明後日は休みだけどさ、皆もそろそろ大学始まるんでしょ?なら、明日の夜に決着でいいんじゃないの」
千里がそう言って、何事も無かったかのような顔をして、リビングのソファを陣取った。
さっきまで泣いていた癖に……なんて、普段の私だったら言うだろうけど。
千里の涙も私が見ている千里も、全て人形だと思うと、涙が出てくる。だから、言わないことにした。
「じゃ、今日はナリ復活記念!夕飯豪勢に食べましょ!勿論お酒もありで!」
「さんせー!零!ご飯作ってよ!」
「却下。疲れたし、なんか頼もうぜ」
「っていってもよ、今夜の七時だぜ?そんなすぐに来るかね」
「亥李が何かクーポン持ってたりしないの?」
「いや持ってねーし。引きこもり舐めんなよ?」
「ただのニートじゃん」
「うぐっ!千里に言われると普通に傷付く……!」
皆が楽しそうに、DMのクーポンを探し出した。
ああ、やっぱりいいな。この景色も、この中に自分がいるって分かっていることも。
でも、やっぱり私は混じれない。自分の今の立場も、仲間との絆も、存在そのものも、全部夢幻だって知っているから。
純粋な気持ちに、どうしても魔が差してしまう。
「大丈夫?ナリ」
優しい陽斗の声で、我に返った。
「あ、う、ううん!大丈夫!」
「そう?俺には大丈夫なように見えなかったけど……俺達を見て、なんか諦めてない?ぼんやり遠くを見るみたいな感じで……」
図星だ。
流石は学生社長、見る目がある。
「そんなことないよ!うん、まだちょっと疲れが残ってるだけだから!轢かれる前と変わらないよ、うん」
「なんだか、自分に言い聞かせてるみたいだったけど……ところでさ、語尾、どうしたの?」
「ご………語尾?」
「ほら、前は獣人族の姿だと、絶対『にゃん』とか『にゃ』って言ってたじゃない?言わないから、なんか変な病気にでもなったのかなって」
確かに……と言いたいところだけれど、正直私は、その答えを多分知っている。
この世界の真実を知ってしまうと、二度と滑稽な人形には戻れなくなってしまう。
そして、獣人族の姿も猫の姿も、結局は人形だ。
知るということを、無かったことには出来ないんだ。
「うーん……寝てる間に、夢の中に置いてきちゃったのかも……」
「語尾を?そんなことある?」
「まあ、気にしなくても大丈夫だよ。語尾が無くても私は私!元気だし心配しないで!」
「うーん……無理はしないでくれよ?」
「大丈夫だって!ありがとね、心配してくれて」
無理なのは私じゃない。私の言い訳だ。
自分の中身を誤魔化して、隠して、嘘ついて。
陽斗には物凄く申し訳ない。信じてくれて、本当に助かった。
もし、満咲を倒した後も世界が続いていくのなら、この言い訳を私は永遠にしていかなければならない。
陽斗にだけじゃない。零にだって、仲間にだって、私は嘘をつき続けなければならない。
皆の幸せを守る前に、私が壊れてしまいそうだ。
「ナリちゃん!ナリちゃんの快気祝いなんだし、ナリちゃんの好きなピザ頼みなよ!」
美波がそう言って、テーブルの向かい側からメニューを見せてきた。結局クーポンは無かったらしい。
「えっとじゃあ……この、アンチョビの……」
正直、なんでも良かった。
何を食べても、何でもない夢なのだ。
夢なら太らないから便利だって美波は言うかもしれないけど、私はそうは思えない。
体力をつけようと本能で思う程、味のしない砂を食べると思うと吐き気がする。
何をしたって、虚しいだけだ。
「うんうん!この、アンチョビとオリーブのピザね」
スマートフォンの画面に何かを打ち込む、美波の横顔。
容姿端麗で、お人形さんみたいな綺麗な顔。
「え?ど、どうしたの?ナリちゃん」
この美波の身体だって、虚しいだけの夢なんだ。
私は今、美波の頬に触れている。温かくて、柔らかい肌だ。
でも、ここにいるのは美波じゃない。美波の形をした人形だ。私が触れているのは、美波の頬を模倣した綿の塊だ。
本当の美波は、私が絶対に行けない場所にいる。今も、ただ私を見て心配している。
その世界に、本当の私は居ないのに。
「やっぱり、どこか具合悪いの?ねえ、どうしたの?大丈夫?」
この世界にいるのは私だけ。隣にいる美波の世界に私はいなくて、私の世界に美波はいない。
肌に触れた感触も、優しい顔も、どうしたのって言ってくれる声も、全部夢。全部お人形のおままごと。
どんなに手を伸ばしても、私は美波に触れられない。
「なん……でもない……」
「何でもなくないよ!ねえ、どうして泣いてるの?」
ごめん、美波。我慢の出来ない、我儘な悪い子で。
皆の幸せを願ってる。でもその度に、私の心が壊れていく気がする。
私には、虚しい永遠の夢の中で幸せになるなんて、無理だ。
「ただ、あなたに会いたかっただけ……」
不思議そうな顔をして、美波が私の目を見ていた。
ごめんね、美波。私は美波と、永遠に会えないんだよ。
遠い遠い現実世界が、夢であればよかったのに。
良いお年をお迎えください!
次回は2025年1月3日です。
おまけという名の解説→次回までには