ウィル=フレンドシップの試練Ⅱ
「この中から……本物の美波の夢を見つけ出す……!?」
流石、友情を司る精霊といったところか。
私と美波の友情なら、こんなの簡単!
……だなんて言ってみたいけど、正直全く区別がつかない。
もし、私が間違って本物の夢を壊してしまったら?
想像もしたくない。何も知らない美波の世界が、一瞬で終わってしまう。
だから、慎重に選び抜きたいのに。こんなに違いが無いなら、もう勘で選ぶしかない。
「一、二、三……全部で三十個か」
当たる確率は三十分の一。約三パーセントで、正解を引く。
でも、そんな一か八かみたいなこと、考えることが大好きなこの精霊がさせたいとは思えない。
だから、勘は最終手段にして……今度は一つ一つ、覗いてみよう。何か見落としている違いがあるかもしれない。
「…………だめだ、全く違いが分からない……」
美波は同じような部屋で、同じ見た目の私を見つめている。
看病してくれているのかな。そんなにまで優しい人を、私はどこまで守れるだろう。
「美波ー!美波、聞こえるなら返事してー!」
手を伸ばしたくても、声を聞かせたくても、私は彼女の夢の世界に存在しない。
美波の世界の中で、私は人形なのだ。精霊達に操られている人形が、私の意志で、勝手に動くはずがない。
ベルが羨ましい。意志が持たされない悲しい世界で、どうやったら意志を持つ人形になれるの?
「簡単なのだから、早く決めてくれないか。非効率じゃないか」
後ろから、ウィル=フレンドシップの声が聞こえた。
「でも……こんなに差がない中正解を見つけるだなんて、無茶な……!」
「よく考え、よく友情を信じ、よく意志を決定せよ。人間なのだから出来るだろう?人間は葦である以前に考えるモノなのだ。少しは、その頭を働かせてみせよ」
人間は考える葦である。私でも知ってる、有名な言葉だ。
ただ、そうは言われても……って感じだけれど。
よく考え、よく友情を信じ、よく意志を決定せよ……?
友情を信じるって、具体的にどうすればいいんだろう。
美波が信じるのなら分かる。美波は、私に銃のトリガーを預けている状態なのだ。
でも、私?私が、美波との友情を信じる?
そもそも、友情ってどれのことを指すんだろう。
本人のこと?間にある何かのこと?間にある透明なものって、よく分からない。
うーん、それよりも……私のイメージだと、友情は、相手をどれだけ信じているかの量。その量が多ければ多いほど、私はその人を信じていることになる。
じゃあつまり、美波をどれだけ信じているかを、信じてみろってこと?
美波をどれだけ信じているか……?
「……あれ?」
そういえば、結晶から見えるこの世界は、どれも似たような動きをしているけど……動きがあまりない。
看病してくれているんだと思って何も考えていなかったけど……それって、美波っぽくない。
美波なら、頭を撫でたり、どうするか零達に話に行ったりするはずだ。
心配で仕方なくて、慌ただしく動いちゃう。美波はそういう人だ。
「美波もただ心配してるだけだし……そもそも、千里や零、亥李がいないのは、おかしい気がする」
そう。美波しかこの場にいないのが、変だ。
零や亥李は、私のことを心配して来てくれると思う。
零は同居人として、亥李は仲間として……私が目覚めるのを待ってくれるはずだ。
これで、零が待ってくれていなかったら悲しいけれど。
参華や詩乃も、少し離れたところで待機して、たまに様子を見に来ると思う。相手が右ならこっちは左、たまに様子を聞くって人達だから。
その誰も居ないなんて、ちょっと変だ。
それに、仮に誰も居ないのが正しいとしても、千里がいるはずだ。
本人は何も言わないけど、千里は「誰かがベッドの上で倒れている」ということに少しトラウマがある。
あの人自身がそうだったから。
亥李が倒れていた時、あんなにもずっと看病していたんだ。私だろうと、それは変わらないはずだ。
……変わったらどうしよう。
いや、千里なら多分誰だろうとそこにいる、はず。あんまり仲良いとは言えないけど。
とにかく、だ。この映像は、どこかおかしい。
「なんだ?アイの顔を見ても何も言わんぞ?」
さも平然とした顔で、ウィル=フレンドシップは言った。
いや、実際平然なのかもしれない。慌てたり騒いだりする原因って、感情なんだ。
「あの……この結晶って、ホープ=ドリーム様から借りたんですよね?どうやって借りたんですか?」
「どうやって、とは?」
そう聞かれると、急に圧迫感が生まれるからやめて欲しい。
感情がない分相手が何を考えているのか読めなくて、威圧的に感じる。
「その……なんて言って借りたのかな、と」
「貸してくれと頼んだから借りた。それだけだぞ」
この精霊の目を見ても嘘かどうか全く分からないから、とりあえずその問題は放置して。
貸してくれって頼まれて、あの精霊が貸すだろうか。
精霊達はすこぶる仲が悪い。
きっとそんなことは無いだろうけど、相手に自分の管理しているものを渡したら、壊してしまう可能性も無いわけじゃない。
そんな中で、この夢の世界で最も大事なものを、そう易々と渡すだろうか?
「ウィル=フレンドシップ様。教えてくれてありがとうございます。これで、信じ切ることが出来ました」
「ふむ。何をだ?」
「自分の、意志を!」
私はそう叫ぶと、そのまま大きく振りかぶった。
「《有七種技》が一つ!《有象無象》!」
勢いよく飛びかかり、浮かんでいる結晶に向けて、《盧生之夢》のかかった拳を振り下ろした。
私と皆の友情を邪魔するものは、全部消えてしまえ。
次の結晶の位置を確かめながら、私は全て壊していった。
そして、その瞬間は訪れる。
目の前にあった全ての結晶が、偽物として塵と化し、そのまま消えていった。
時間はあまりかからなかったけど、とても疲れた。長時間魔法を使ったこともあるけれど、沢山考えて、沢山決断したからだろうか。
「本物の夢含め、全て破壊した。それが、ユーの答えか?」
ウィル=フレンドシップが、疲労困憊の私の背中に、そう声をかけた。
「違います。この中に、最初から美波の夢はなかった。ウィル=フレンドシップ様は、嘘を吐いていたんです。仲の悪いホープ=ドリーム様にウィル=フレンドシップ様が頼むとは思えませんし、ホープ=ドリーム様が貸すとも思えませんから」
「ふむ、なるほど。アイは嘘など吐くような能力は持っていないが……どう説明する?」
「いや、それ嘘ですよね。言葉を使えるってことは、嘘を吐けるってことですよね?」
私がそう言うと、ウィル=フレンドシップはすっかり黙ってしまった。
しまった、間違えてしまっただろうか。
もしかして実は本物の夢が紛れてて、私は美波の夢を壊してしまっただろうか。
早く。早く、正解だって言って欲しい。
「山門有。よくぞアイの嘘を見抜いた」
しばらくして、ウィル=フレンドシップが重たい口を開いた。
そして。
「意志は決定された!山門有、アイはユーの話を尊重する!」
や……やった!
つまり、試練を突破したってことだ。良かった、間違えていなかったみたいだ。
「あ……ありがとうございます!」
「実力を認めたまでだ。考えることとは、嘘を吐けること。本人がどうするかはともかく、それは一つの能力だ。その事実をよくぞ見抜いた。賞賛に値する」
そう言われると、なんだか嬉しい気がする。
こんなに話を聞いてくれたんだ。私の話も聞いてくれて、きっと、私の意志を――
「ただし、ユーの世界に関する願望はアイは尊重しない。正しき夢の世界に帰り、アストリアスを打ち倒してこい」
ああ、もう、やっぱり。
どうせ言うんじゃないかと思っていた。姉がそうなら、妹もそうなのか。
「あの、なんでなんですか?試練を突破して、話を聞いてくれるって言って……なんで、私の意志を尊重してくれないんですか?」
「第一に。確認だが、ユーが意志だと呼んでいるものは、アストリアスを倒した後も夢の世界を続けることだな?」
「はい、だから……!」
「それは願望であり、意志とは言わない。ユーはその意志を遂げる為に何の行動をした?アイ達に頼みに行くことだろう?願望は感情だ。アイの管轄ではない。
それを意志だと言うのであれば、頼む以外でその為に自ら何をするのか、説明せよ」
上手く言い返せない。頼む以外は、確かになにも考えていなかった。
「第二に。ユーの意志を聞くことは出来るが、実行することは出来ぬ。それは二番目の姉上の仕事ゆえ」
「あの、じゃあ御三方で話し合いをする訳にはいかないんですか?」
「断る。姉上はアイのことを嫌っているし、またアイも嫌っているのでな」
本当に、仲が悪いったらありゃしない。
せめて仲が良かったら、こんなに苦労することも、辛い思いをすることもないのに。
「第三に。一度決まった意志を覆すことは出来ぬ。意志とは一貫性を持つもの。世界の法則を決めた意志など、誰も覆せない」
じゃあつまり、最初から無駄だったってこと?
確かに、ホープ=ドリームは徒労だと言った。
でもそれは、説得出来ないという理由ではなくて、世界のルールは誰も変えられないからだったの?
「話は以上だ。帰って、女王の討伐をしてくるんだな」
なんだか、段々怒りが湧いてきた。こんなに頑張ったのに、誰も話を聞こうとしないじゃないか。
「もう……もう、もう!なんなんですか、ずっと私の話を聞かないで!わざわざ試練を突破させて、話を聞くって言っておいて……仲が悪いとか、そっちの都合のいい理由で最初から断るつもりだったじゃないですか!」
「ああ、そうだ。姉上は徒労だと言ったのだろう?まさに、その通りだ。人間の一意見など、ほとんど参考にはしない」
ああ、もう!本当にその言い方が腹が立つ!
「真実は教える癖に、自分の都合ばっかり優先して!考えさせようとする癖に、世界のことに関しては考えずに行動させようとして!そんなに意志のない人形が欲しいのなら、ご自分で作ればいいじゃないですか!!」
洞窟のような内部なのに、私の怒声はあまり響かなかった。
きっと、夢としての偽りの機能が止まっているのだろう。本当にイライラする真実だ。
「ふむ、なるほど」
私の興奮が冷めるのを待っていたのか、ウィル=フレンドシップが話し出すまで、少し時間がかかった。
「ユーが不満を持つ点は理解した。その上で、一つ尋ねる」
「なんですか、今更……!」
「ユーが言っていることも己の都合であることに、ユーはいつ気付くのだ?」
「……え?」
何を言っているんだ、この精霊は。
終わらないで欲しいと願っていないのは、三賢者達だけだ。
少なくとも私はそう思うし、他の皆がもし真実を知れば、終わらないで欲しいと思うに違いない。
だから、これは私の都合じゃない。皆の正義だ。
「山門有、やはりそれは願望というのだ。意志とは、高潔で、孤独で、真理の為に己を捨てるものだ。我々の都合と言うが、アイ達は自らが司るものと、それに相対するものに従っているだけ。ユーと違って、それは願望では無い」
「そんなことないです!私だって、終わらないのが絶対に正しいって思って……!」
「いいや、違う。それは立場によるものということだ」
ウィル=フレンドシップはそう言って、私に向かって杖を向けた。
まるで、進むべき道を示しているみたいに。
「今一度考えてみよ。幸せとは何か。永遠の眠りは正しいのか。夢の世界が、何の為にあったのか」
次回は12月13日です。
途中に出てきた「人間は考える葦である」はブレーズ・パスカルの『パンセ』中の名言です。
話が段々哲学的になっていますが、多分それは私が大学で哲学を学んでいるからです。難しい話になってきましたが少々お付き合い下さい。