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にゃんと奇妙な人生か!  作者: 朝那月貴
アストリアスの悪夢
143/159

ラヴ=ブレイヴの試練

 愛と勇気の塔の近くまでやってきた。


 昔、この近くまで精霊人はやってきたことがあるらしい。精霊の巣を求めてやってきたらしいけど、殆どそれは真実に近かった。


 三賢者の正体が、この世界を生み出した精霊なのだから。


「そういえば……ラヴ=ブレイヴ様の試練は悪趣味だって、ホープ=ドリーム様が……」


 機械みたいなあの精霊が悪趣味だと思うって、相当なことだと思うけれど。


 実際、ここの試練を合格する人は無いに等しいらしい。多くの人が挑戦したけれど、皆試練に失敗して、ラヴ=ブレイヴの下僕になったそうだ。


 多分、お目通り願うには、その試練を突破するしかないだろう。


「い……行くしか、ない!」


 そうだ。試練がなんだ。


 私は、皆に会いに行くんだ。


 鉄で出来た灰色の扉を、ぐんぐん押していった。


 重々しい扉を開けていくと、急に明るい光が目に飛び込んできた。


 眩しくて、思わず目を瞑った。

 光に慣れた頃に見てみると、中は人工的なライトで照らされていた。


 中はダンスホールのようだった。中心に踊る場所があり、脇には影となる為の席が並べられている。

 席はもう既に埋め尽くされていた。人の姿は見当たらないけれど、気配はなんとなく感じる。


 見られている感覚を覚えながら、奥に進む。

 ダンスホールの中心には、誰かの後ろ姿があった。もしかして、ラヴ=ブレイヴだろうか。


「あの、ラ――」


 いや、違う。ラヴ=ブレイヴじゃない。


 私はあの後ろ姿を、何度も見ていたはずだ。


「…………ナリ?」


 自分の意志があって、それでいて優しくて。

 気遣い上手だけど、自分の声には一切気を遣えない不器用さんで。

 正直者で、私の我儘に文句を言うけど、いつも最後は叶えてくれて。

 私が甘えてしまう、あの姿。


「零…………?」


 なぜだろう。不意に、涙が出てきてしまった。


 流れ星のように、静かにすとんと落ちる涙。とめどなく流れるそれは、私の視界を歪めて、零の姿を上手く見せてくれなかった。


「うおっ!ナリ、大丈夫か!?そんなに泣いて……なんかあったか?」


 ああ。零の声だ。


 私が求めていた、ずっと聞きたいと思っていた声。


 私は、この声を聞く為に、ここまで耐えてきたんだ。


「ううん……なんでもない。ちょっと、会えたのが嬉しくて……」


「え?お、俺に?変な奴だな、毎日会ってるだろ?」


「うん……そうだね、そうだった……」


 そうだ。私は、毎日零と会っている。


 なのに今更、こんなに会うのが嬉しいだなんて。

 一体、私は何を考えているんだろう?


「それにしても、無事で良かった。ほら、車に轢かれてただろ?正直、死んだんじゃないかと皆で心配してたんだが……そうやってピンピンしてるなら、大丈夫ってことだよな?」


「うん。大丈夫だにゃ。どこも痛くないし……」


 私がそう言った次の瞬間、零は急に、私を強く抱き締めた。


「にゃあ!?れ、零!?」


「良かった……無事で、本当に……」


 零がそう言って、私の耳元で安堵のため息をついた。

 暖かくて、安心するような吐息だった。


 頭を撫でる手が、大きくて暖かいと前から思っていた。


 それを今、私は全身で感じている。

 零の身体が、大きくて、力強くて、暖かい。


 零の心臓の音が、私の胸越しに伝わってくる。

 凄く早かった。零の鼓動も、私の鼓動も。


 熱すぎて、ほっぺたが溶けてしまいそうだ。


「零!あの、凄く嬉しいんだけど、その……!」


 零を引き離そうとした私の手を、零が大きな手で掴んだ。


 そのまま、私の口に、もう片方の手を当てた。


「俺と一曲、踊らないか?」


 恥ずかしがり屋な癖に、こういう時だけ大胆なんだよ、もう。この人は。


「あ、う、うん……」


 まだ、顔の赤みが収まらない。


 ダンスをするってことは、もっと顔を見られるということだ。


 ああ、もう。恥ずかしくてしょうがない。

 零には、もっと自信満々な顔を見て欲しい。


 ……いや。これは、恥ずかしいって感情なんだろうか?


「大丈夫。恥ずかしがらずとも、俺とお前の二人しかいないんだから。遠慮すんなって」


「で、でも……私、ダンスとかやったことなくて……」


「大丈夫だって。運動得意だろ?俺にエスコートされてれば、大丈夫」


 慣れた手つきで、零が私の手を取った。


 いつの間にか、音楽が鳴り始めていた。音楽には詳しくないけれど、多分これはワルツだ。


「ワン、ツー、スリー、ワン、ツー、スリー……お、そうそう。やっぱ、リズム感あるから上手いな、ナリ」


「いや、今まで本当にやったことないから、零にやっとついていけるかどうかで……にゃあ!?」


 ああ、ほらやっぱり。

 零の足を踏んでしまった。


「ご、ごめんにゃ……零」


「気にすんなって。最初は皆そんな感じだから」


 また、零がリズム通りに私をエスコートし始めた。


 零に従って踊っていれば、多分、踊りきってしまうのだろう。


 普段から頼りがいのある人だと思っていた。むしろ、私を頼って欲しいと思っていた。


 だから、十さんの時に頼ってくれて、とても嬉しかった。


 でも、結局こうやって私をリードしてしまうのだから、彼に私は、頼るしかないのだろう。


 ずるいよ、零。

 あなたに頼りたいって、思っちゃうじゃん。


「ねえ……なんで、ここまで来てくれたんだにゃ?こんな、遠いところに……」


「そりゃ、迎えに来たからだよ。皆、お前が帰ってくるのを待ってる。お前の元気な顔、見せてやろうぜ」


「……踊り終わったら?」


「なんだよ、不安そうな顔して。大丈夫、永遠に続く訳じゃないから――」


「ごめん、零。我儘、言っていいかにゃ」


 なぜだろう。零と同じように、会いたかった皆なのに。

 今は、その誰とも会いたくない。


 今は、零と二人きりでいたい。


「もう一曲……踊らせて」


 零はそれを聞いて、一瞬、動きを止めた。

 きょとんとした顔で、けれどどこか、嬉しそうな顔をして。


 その後すぐに、いつもみたいに優しい笑顔を浮かべ、零は言った。


「ああ。お前が望む限り、永遠に」


「永遠に?私がずっと一緒に踊ってって言ったら、ずっと一緒に踊ってくれるのかにゃ?」


「もちろん。二人きりで、ずっと踊り続けよう。他の奴らのことなんて忘れて、二人きりで」


 ああ、零。私、そう言うのなら、ずっと踊り続けたい。


 時間なんて忘れて、永遠に踊り続けたい。


 ずっと、あなたと二人きりでいたい。


 もう二度と、あなたと離れたくない。


 どうか、この時間が永遠に続きますように。

 疲れなんて忘れて、永遠に踊っていられますように。


 この、夢みたいな時間が、終わりませんように。


「…………夢?」


 ああ。そっか。


「ん?どうかしたか?それより次の曲は、どんな曲がいい?」


 零。私、やっと分かったよ。


 むしろ、なんで気が付かなかったんだろう。

 今まで何度も、その兆候はあったのに。


「零……その前に、ひとつ聞いていい?」


「ん?どうした?」


 あなたのことを失いたくなくて、離れたくなくて。


 会えるのが嬉しくて、出来るなら二人きりでいたくて。


 あなたと出会う時間が、永遠に続いていればいいと思ってしまって。


 あなたに頼って欲しくて、でも頼りたくて。


 あなたには、私の可愛いところだけ見ていて欲しくて。


 恥ずかしがっているところや、自信の無いところなんて、知って欲しくなくて。


 弱みなんて知らないで欲しくて。

 でも、私の弱いところを知って、寄り添って欲しくて。


 私の全てを知って欲しいのに、私の全てを知って欲しくなくて。


 私があなたにどう思われているのか、知りたくて。

 でも、そんなこと出来ないって分かってて。


 だからせめて、あなたの前では可愛い私になりたくて。


 零。それがなんて言うものか、やっと分かったよ。


「ねえ、零」


 私は、あなたのことが好きだったんだ。


「零は、本当の零じゃないんでしょ?ラヴ=ブレイヴ様が作り上げた、夢なんでしょ?」


 この手に触れるあなたの頬が、人形でなければよかったのに。


「え?な、なんで……」


「私ね。この世界の真実を聞いてから、ずっと……本当の零に会いたかったの。あなたの世界にしかいないあなたに、会いたかったの」


 だめ。涙よ、流れてくるな。


 これじゃあまるで、零には絶対に会えないみたいじゃないか。


「でもね。知ってるよ、私。ラヴ=ブレイヴ様が、もう二度と会えない大切な人に、会わせてくれるって。それって、本物じゃないんでしょ?あなたは、私が愛している人を映し出す、幻影なんでしょ?」


 なるほど、悪趣味。

 言っている意味がようやく分かった。


 こんな形で、自分の感情を知りたくなかった。


「あーあ。バレちゃった」


 音楽がピタリと止んだ。


 零の姿が、次第にメタモルフォーゼしていく。

 そこに居たのは、零よりも15cmほど身長が低い、灰色のローブの女性だった。


「合格おめでとう、有。あなたが初めてよ。アタシの試練に合格したの」


 やはり、彼女はラヴ=ブレイヴだった。


「ああ、可哀想な有。あの意地悪で小賢しい妹の知恵ね?自分で愛する人を否定しなければならないなんて、なんて可哀想」


 ラヴ=ブレイヴは私の顔を覗き込み、物珍しい顔をした。


「甘美な夢を見ていれば、傷つかずに済んだのに」


 そうしていたら、どれほど楽で、どれほど苦しまずに済んだだろう。

次回は11月22日です。いい夫婦の日ですね。

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