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にゃんと奇妙な人生か!  作者: 朝那月貴
アストリアスの悪夢
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アストリアスの悪夢Ⅲ

 結晶から離れると、一気にこの世界が夢なのだと実感した。


 周りに浮かぶ結晶。アメジストの原石のような、暗く光る紫色の世界。


 さっきまで見ていたのが現実だと知ると、なんだかそうとしか考えられなくなってしまった。


「この現実世界を知っているのは、あなただけではありません。当然、あなたの他に私の試験を合格した人もそうですし……女王アストリアスでさえ知っている」


 ホープ=ドリームは、私のことも他所にそう言った。


「有。不思議には思いませんでしたか?今までの話を聞いて……なぜ、ソルンボルと、あなたが現実だと思っていた世界は、地続きであるにも関わらず、二つ存在するのかと。いわば、隣の家に引っ越したようなものです。なぜ、二つ存在する必要があったのか」


「それは、確かに……とある事件っていうのが、関係しているのかなって思ってましたけど……」


「ご名答です。その()()()()()は、ある人物の嘆きによって生まれ……夢の世界を二分しました。そして今も、その人物は世界を壊す為に、全てを捧げている」


 世界を壊す為。何となくそうではないかと思っていたが、やっぱりと言った感じだった。


 彼女の言っていた「世界を壊す」というのは、比喩ではないのだろう。

 夢の世界である以上、現実世界を壊すよりも簡単に、この世界は壊れてしまう。


「今から、その事件についてお話しします。私達三姉妹は、彼女の名を借りて……アストリアスの悪夢と、呼んでいます」


 声に合わせて、蝶達が一斉に羽ばたいた。

 白い蝶達は何匹かで一つの形を作り、人形劇のように赤ちゃんの姿を見せた。あの有名な魚の童話みたいだ。


「私達三姉妹は、最初にソルンボルに連れてくる人間として……生まれて間もなく亡くなった赤ん坊を選びました。なぜなら、最も現実世界を知らず……最も、哀れだったからです」


 それが、山川和葉の娘、ゆりだったという訳だ。

 なぜだか、取り替え子の伝説を思い出した。


「彼女は、親を知らなかった。家族を知らなかった。愛を知らなかった。だから、私達が育てました。

 現実世界で、およそ一ヶ月の間……私達三姉妹は、夢の世界で十七歳になるまで、彼女を育て上げました」


 蝶達が飛び回って、三人のシルエットが赤ちゃんの周りに立った。

 やがてその赤ちゃんが大きくなり、女性の形になった。この人が、アストリアスなのだろう。


「彼女が育つにつれて、この世界の住人も増やしました。友達が必要でしょうから。

 中には、元々彼女の母親だった人も居ましたが……彼女には知らせませんでした。彼女はこの世界を、本当の世界だと思っていたからです」


 当たり前だ。生まれた時からの記憶は、ソルンボルの記憶しかないのだ。


 目の前の世界が現実世界でないだなんて、普通だったら思わないだろう。


「やがて、十七歳になり……彼女を自律させるよう、意志は決定されました。そこで私達は、彼女に全ての真実を伝えたのです。先程、あなたが知ったように」


「そんなの、酷じゃ……」


「いいえ。彼女が自律する為には、まずこの世界のことを知らなければなりませんでした。その経験を経て、自分でどうするか決めなければ……滑稽な人形からは抜け出せません」


 滑稽な人形。

 そう聞いて、自分の胸にナイフが刺さったような気がした。


 多分、私もまだまだ滑稽な人形なんだろう。

 自分で自分の道をどうするか決めること。ベルの言っていた自由は、これも指していたのだろうか。


「しかし……彼女の精神は、脆弱だった。真実を聞いて、彼女は全てのやる気を失った。生きること、死すること、全ての活力を見失い……泡沫(うたかた)のように、波にさらわれるだけの存在となった」


 まるで残念がっているように、ホープ=ドリームは言った。


 だけれど、その反応は当然だ。今まで見てきた全てが、虚構の夢だったんだ。


 自分が見ている人も、自分を見る人も、全て人形。歴史も今見ている景色も未来も全て、夢で出来た幻。


 そんなことを聞いたら、私だってそうなってしまいそうだ。


「それで、何を思ったのか……彼女は、母親に会いに行きました。太陽神ティラー……いえ、それも作り物なので、人形と呼べば正しいでしょうか。人形を崇める少女、プライヤに」


 白い蝶達が、また変化した。

 二人目の少女をかたどり、姿を見せる。これが、プライヤ……つまり、福島愛だろう。


「何を見たのかは、私には知りえません。ただ一つ言えるのは、そこで何かを知り、彼女はついに暴走したということです。彼女は、女王として国を統治する為ではなく、世界を壊す為に、活動し始めました」


 白い蝶の姿が、アストリアスだけになった。

 蝶が次々に彼女の体の外へ飛び散り、何重もの円を描いていく。暴走した時は、こんな感じだったのだろうか。


「それを止めに、私達三姉妹は城に駆けつけましたが……もう既に、彼女は計画を実行していた。私達は事実を隠蔽する為に、彼女を失踪したということにし、彼女の友達に探させました。真実を知られないことが、私達の目的でした」


「え?で、でも、私達がイゲタ洞窟に行く時に……」


 今の話はおかしい。アストリアスを探せと言う割には、イゲタ洞窟に行く時に、私とダンバー……つまり、私と亥李を襲ってきたじゃないか。


「ええ、襲いました。彼女は、イゲタ洞窟にいましたから。彼女はイゲタ洞窟で鬼宿しのベルを捕え、何かあった時の保険にしていたようです」


 やっぱり、あの時襲ってきた排除せよ軍団は、三姉妹の差し金だったのか。

 意志は決定された。聞きなれない言葉だが、ホープ=ドリームが度々言っていたから、ウィル=フレンドシップのセリフなのだろう。


「あなた方に真相を知られてはならない。その為に、暴走したではなく失踪したと説明し、友人達に彼女を止めさせようとしたのに……彼女のあの日の精神状態では、誰かに真実を伝える恐れがあった。

 そこで、私達は話し合い……一番彼女に近付いた冒険者達を排除するよう、意志が決定されました。結局、排除は出来ませんでしたが」


 さも残念そうに言うあたり、この精霊には感情というものが微塵もないらしい。


「私達があなたを排除しようとした、運命の日……彼女はイゲタ洞窟で、一つの魔法を使いました。それは、この世界の管理者だけが知る魔法で……創造主となれる魔法です。彼女にも、私達が教えました」


 話のスケールの大きさに、思わず辟易してしまう。

 だがホープ=ドリームは顔色一つ変えず、その呪文の名を言った。


「夢を壊す魔法。《盧生之(ドリームド・ドリー)(ムズ)》です」


 ホープ=ドリームがそう言った次の瞬間、近くの壁に大きな亀裂が入った。


 ホープ=ドリームは名前を口にしただけで、唱えてはいない。けれども、その力がどんな力かは、すぐに分かった。


「本来は、この世界の管理者である彼女が、この世界の住人としての立場から、世界を管理する為の魔法だった。しかし、彼女はこの魔法を、世界を破壊する為に用い……結果、この世界は終わりを迎えました」


 かつて、千里が言っていた。私達が転生した理由は、王家に伝わる魔法にあるのではないかと。


 正解じゃないか。よくやったと、千里に伝えたかった。


「私達は、彼女を止めることが出来なかった。巻き込まれた多くの友人達は、訳も分からず放り出されていた。

 意志は決定されました。ソルンボルの時のように、夢の世界を作り上げ、全員をそこに引き戻そうと」


 そうして出来上がったのが、私達が現実だと思っていた世界。


「地続き」という言葉の意味が、ようやく分かった。


 要は、三賢者は虚無感を長引かせていたということだ。


 それも、親切心で。


「現実世界を模倣したのは、単に、新しい世界観を作る時間が無かったからです。いずれそうなりうる姿の人形に魂を入れることは、人形を一から作り上げるより容易だった。既製品を手に入れるよりも、一から作る方が手間がかかる、といった方が良いでしょうか」


 白い蝶が飛散し、また結晶の姿へと戻っていった。

 お話はこれでおしまい、ということだろうか。


 めでたくもなんでもない、悪意のない悪意の物語だった。


「これが、あなた達が転生し、もう一度現実世界へと戻ってきたと考えていた事象の、真実。アストリアスの悪夢の全貌です。

 彼女が何を考え、なぜこのような事をしたかは分かりかねますが……少なくとも私達は、彼女を箱庭に長らく封じることには成功しました。しかし」


 ホープ=ドリームは淡々とした口調で、話を続けていった。


 本当に、この精霊にはアストリアスが破壊しようとした理由が分からないのだろうか。


 自分が見ていたもの全てが虚無の夢で、母親すら箱庭の中にいる。


 あの時感じた、満咲の必死さ。世界を壊すことへの、余裕のなさ。


 その原因は、きっとこの、虚無感だったんだ。


 虚無感を振り払おうとした結果、あの必死さが生まれたんだ。


 今初めて、満咲に共感した。


「この世界も、限界を迎えようとしています。度重なる彼女の攻撃を受け、亀裂が生じている。

 あなたも何度か、経験があるかと思いますが……突如として意識を失い、その後何時間かして別の場所で起き上がる現象。

 あなたの呼ぶ「夢遊病」は、彼女が《盧生之(ドリームド・ドリー)(ムズ)》によって友人達全員の意識を閉じ、私がその後復活させていることに起因します」


「…………え?じゃあ、「夢遊病」になった時に、さっきまで動いてたって言われるのは……」


「あなた達の魂は、「夢遊病」の最中は輪廻転生の円環へと戻っている。その為、記憶を保てる状態にありません。

 一方で、あなた達の人形の方は、魂のない人形へと化すことになりますから……独りでに、本来の人形の役目通りに、動き始めるのです。残念ながら、「夢遊病」中は私も手に余っていたので、管轄外でして……

 例えば、「夢遊病」中のあなたの魂は、輪廻転生を待つ物言わぬ魂へと化し、人形は猫としての生活を始めるのです。辻褄が合うよう、「夢遊病」後の人形達には「さっきまで動いていた」と伝えるよう操っています」


「夢遊病」も、元を正せば、この世界の真実が原因だったのか。


 一体どこまで、私達はこの世界の真実と関わりあっているんだろう。


「ですが、その人形達も……独りでに、意識を持ち始めた。鬼宿しのベルが、自らこの世界の真実に気付いたのです。人形であったはずの彼に、魂のようなものが宿ってしまったのです」


「それが、主人公の話……?」


「ええ。彼は、あなた達転生者を……いえ、魂を持つ者を、そう読んでいました。本来であれば、そう気付くことは無かった。ですが、人形が独りでに動き始めた今、私達はこの世界に限界を感じています」


 そう言って、ホープ=ドリームが私に近付いてきた。


「夢の世界の中に異空間が生まれてしまったのも、想定外でした。稲子谷奏太の件もそうですし……

 人形に終わるはずだった鍵本立花が、自らの意思で、ベルを使って異空間を作ることは予想していませんでした。

 異空間を一つ一つ私が消すことは、今や困難を極めています。私が管理しきれなくなった今、限界は近いのです」


 私を見下ろしているホープ=ドリームの顔は、やはり見えない。

 だが少しだけ、ローブの中に隠れる目が見えた気がした。


 私達と変わらない、美しい人間の黒い瞳だった。


「意志は決定され、もう覆すことは出来ません。私達は、この世界を終わらせる。

 ただ、それが女王によるものであってはなりません。この世界は、女王の箱庭であると同時に、あなた達の箱庭でもある。あなた達の世界を閉じるのは、あなた達によるものでないとなりません。決して、外部の手によるものであってはならないのです」


「でも、私達って言っても沢山いるし、そもそもそんな手段……」


「手段などどうでもよろしいのです。重要なのは、あなた達の手によって、全てのことに決着をつけること。

 元々、夢の世界の住人にして管理者という立場であり、あなた達に「夢遊病」を引き起こした彼女を、全ての黒幕にするのは、当然ではないですか?」


 全く同意出来ない。


 全ての黒幕は満咲じゃなくてあなた達じゃないですか、なんて言いたかったが、とてもじゃないけど言えなかった。


「つまり……?」


「有。いえ、ケルベロスアイのナリ。あなたの引き受ける、最後の依頼です。引き受けて頂けますよね?」


 そう言うと、ホープ=ドリームは、一呼吸置いてから、私に告げた。


「女王アストリアス。あなたの知る、幸野満咲。

 彼女を、討ち取りなさい」

次回は10月25日です。


千里が王家秘伝の魔法について触れているのは、第16話「深まる謎」、第111話「運命の曲がり道」です。


盧生の夢は「邯鄲の夢」「一炊の夢」ともいい、盧生という青年が邯鄲という町で出世がかなうという枕を借りて寝たところ、よい妻をめとって栄耀栄華を極めた夢を見ましたが、起きてみたらまだ粟(一炊)すら炊けていなかった、という故事成語です。そこから、人の世の栄華、人生の儚いことをたとえています。(goo辞書より一部接続詞などを改変)

ドリームド・ドリームズは、『レ・ミゼラブル』の劇中曲「I dreamed a dream」(ゆめやぶれて)から取っています。

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