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にゃんと奇妙な人生か!  作者: 朝那月貴
アストリアスの悪夢
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アストリアスの悪夢Ⅱ

 それがどういうことか、私にはさっぱり分からなかった。


 一言一言、確かめるように口の中で繰り返していく。


 私の世界で。

 私の魂以外のもの全ては。

 人形である。


 ……やはり、意味が分からない。


「私の……世界って……?」


 目の前にいるホープ=ドリームを見ても、目が合わなかった。

 感情的に訴えても、どうやら効かないらしい。


「あなたは、寝ていて夢を見ている時、他人と同じ夢を共有いたしますか?」


「えっと……いや、たまには同じ夢を見ることも……」


「いいえ、有り得ません。たとえ同じ夢を見ていたとしても、それは()()()()()()()で、他人と同じ夢を、別の視点から見ているに過ぎません。

 あなたの夢はあなただけ。他の人の夢はその人だけ。

 主人公と脇役は違います。

 同じ夢を見ていても、あなたが主人公として夢を見ているのであれば、あなた以外の全ては脇役なのです」


 主人公。その言葉で、少し思い出した。


「運命ってなぁ残酷だ。そう思わねぇか?主人公さんよ」


 声が頭から消えかけている、か細くも力強い声。

 鬼宿しのベルだ。


 そうだ。あの人は、よく私に向かって言っていた。「主人公」と。


 もしかして、ベルがあの時言っていた、「いつか分かる時が来る」って……


「ええ。鬼宿しのベルは、気付いていましたよ。自分は、絶対に主人公になれないと」


 私が考えていることを見抜いたかのように、ホープ=ドリームが答えた。


 思わず毛が逆立ってしまう。けれど、三賢者……しかも精霊であるのなら、それも可能だと思ってしまう自分もいる。


「彼は、脇役に留まるはずだった。私によって作られた人形(わきやく)たる彼に、主役が与えられることは絶対にない。彼はそれを分かっていました。彼には、彼の世界などありませんでした」


「そんな……そんなのって、ないですよ!ベルだって、私と変わらない、一人の人間で……!」


「いいえ。彼は、私の作った人形です。あなたは、彼を人間として見ているかもしれませんが……彼は、ただの私の操り人形ですよ」


 ホープ=ドリームは手に止まった蝶を見てそう言った。

 その蝶は、飛べなくなったらしい。羽を広げたまま、ゆらりゆらりと地面に落ちて、消えてしまった。


「あなたも、そうです。あなたは主役でありながら、脇役でもある。あなたは、あなたの世界では主人公ですが……他の人の世界では、私の操り人形(わきやく)なのです」


「え?ど……どういう、ことですか?」


「そう混乱せずとも、これは簡単な話です。あなたの世界は、あなたの魂が人形に入った世界。他の人の世界は、他の人の魂が人形に入った世界。魂が入った人形が、主人公です。

 逆に、魂の入っていない人形は、私の操る人形へと変わるのです。たとえ、その人形が他の世界で、主人公であったとしても」


 鼓動の音が、どんどん大きくなってくる。


 気をつけないと、すぐに倒れてしまいそうだった。

 頭がフラフラして、視界がぼやけていく。


「私達三姉妹は、先程も言った通り……若くして死んだ人達を助ける為に、ソルンボルという世界を作り上げました。輪廻転生へと向かう魂をすくい上げ、こちらに引っ張ってきたのです」


 ホープ=ドリームの声が、とうとうと頭の中に響いた。


「その時、用意したのは……世界観、魂が入り込む人形、魂が入り込むことの無い私の操り人形、そして……主人公それぞれに固有な世界です」


 ホープ=ドリームの顔が、ぼんやりと視界に写った。


 何も話せない。過呼吸になっていく。


 震える腕を爪が食い込むほど掴みながら、立っているのが精一杯だった。


「世界の真実を知られない為に……そして、夢というものの性質上、その構造が得意であったが為に。私達は、一人一人の魂に合わせて、その人の為の世界(ゆめ)を作り上げました。

 そして、その人の世界で、その人が行動したように……他の人の世界で、私が操り人形を操ったのです。それが、「主人公でありながら脇役」という真実の正体です」


 私の世界で、私の魂以外のもの全ては、操り人形である。


 私の身体も、隣にいる人も、私が見ているもの全てが、夢で出来た操り人形。


 魂があるのは、私の世界では私だけ。


 ホープ=ドリームは、そういうことを言っていたのだ。

 そう言っているだなんて、理解したくもなかった。


「たとえば……あなたの大切な友人に、川峰創がいますね。ソルンボルにいた時はアッシュと、今は零と呼び、あなたは慕っている。ですが」


 聞きたくない。その話の続きを聞いたら、理解したら、全て壊れてしまう気がする。


「あなたの世界に、彼はいない。いるのは、彼の世界で彼が行ったことを模倣する、私の操り人形です。魂のない綿の塊です。

 そしてそれは、あなたも同じ。彼の世界に、あなたはいない。いるのは、あなたの世界であなたを模倣する、私の操り人形です」


 それはつまり、どんなに零に会いたくても、私は私である限り、絶対に会えないということじゃないか。


「私は……零には、会えないんですか?」


「彼の人形になら、会えます。あなたが意味している言葉とは、違うでしょうが」


 この精霊は、分かった上でそれを言うのか。


 精霊は気まぐれでイタズラ好きというのを、今更思い出した。

 この機械的な精霊でさえ、その例に漏れないらしい。


「そもそも「皆が同じものを見ているから同じ世界にいる」という考え方がおかしいのです。これが夢の世界であるかどうかと、その考え方が芽生えることは関わりありません。

 現実世界だってそうでしょう?見ているものが同じだからって、あなたと他人が同じ世界にいると思う理由はなんですか?」


 上手く言い返せない。実際、確かにそうだと思ってしまう自分もいる。


 ここまで正論が辛いものだとは、今まで思ってもいなかった。


「いやっ……で、でも」


 なんとか声を絞り出した。そうでもしないと、ホープ=ドリームに、言葉で殺されそうな気がした。


「私が見ているのは、夢の世界なんですよね?ソルンボルも、ソルンボルに地続きな()()現実世界も……なら、今は無理でも、いつか目覚めた時は、零に会えるってことですよね?きっと、そういうことですよね!?」


 自然と、語感が強くなってしまった。


 普段は、戦っている時以外はこんな声は出ない。それほどまでに、私は必死だってことなんだろうか。


 人形の身体越しでしか、魂の言いたいことを知ることが出来ない自分が、情けなかった。


「ふむ……なるほど」


 珍しい。ホープ=ドリームが狼狽えた。


 そのまま、私の意見が正しくあれば、とても良かった。


 だけれどやっぱり、刃は鋭くて刃こぼれを知らない。


 すぐに調子を取り戻して、ホープ=ドリームは言った。


「あなたは、今まで見た夢の全てを、覚えているのですか?」


「い……いや……」


「はっきりと言っておきます。あなたが夢から覚めるということは、あなたが輪廻転生の円環へと戻るということ。

 それはすなわち、あなたの中で止まっていた現実世界の時間を、再び進めるということです。何百年と彷徨う忘却の彼方へと、あなた達を送り出すということです」


「……え?」


 いやだ。もう、もう何も聞きたくない。


 目の前が真っ暗闇に染まっていく。

 耳に聞こえる僅かな環境音ですら、耳障りな雑音に聞こえる。

 手の感覚も、綿の詰まった私の腕も、消えてしまったような気がした。


 もう、感じるものは何も信じられなかった。


「今のあなた達の姿は……あなた達の魂の精神年齢に近い人形を私が選び出し、主人公に仕立てあげたに過ぎません。本当は、次あなた達が転生するその姿は、誰にも分からない。なにせ、早くても百年は先の話ですから」


 私の世界にいるのは、私の魂だけ。


 私の身体も、ホープ=ドリームが選び抜いた操り人形に過ぎない。


 じゃあ、私はどこまでが私なの?


「あなたは、前世のことを覚えていないでしょう?それと同じように……あなたは、零のことも、仲間のことも、夢の世界で過ごした全てのことを忘れて、次の転生を待つのです」


 私は、このまま生きてもこのまま死んでも、零に会えないの?


「勘違いしているようなので、訂正しておきますが……夢の世界ということは、実在しない世界だということ。

 つまり、あなたは現実世界に、何の影響も与えていないのです。仲間達と出会うことも、鍵本立花の復讐を止めたことも、山門有の死体を見つけたことも、全てが最初から存在しなかった。あなたは甘美な夢を見て、忘却の波に沈むのです」


 私は、何の為に生きてきたの?


 どんなに私が頑張っても、それは無かったことになる。


 私は大切な家族にも、大切な人にも、誰にも手が届かない世界で、独りで夢を終える。


 そして私は、その記憶も全て忘れて、次の転生を待つ。


 じゃあ、それじゃあ、私は今まで、ずっと無意味で虚無で無価値な人生を、過ごしてきたということじゃないか。


 山門有として生きてきた人生も、ナリとして生きてきた人生も。


 何もかも、無駄だったじゃないか。


「これを覗いてみてください。きっとそれで、私が言った全てが分かるでしょう」


 私がもう真っ直ぐ前も向けないのも無視して、ホープ=ドリームは一匹の蝶をこちらに寄越した。


 蝶は私の前まで来ると、結晶へと姿を変えた。

 中に、何かが写っている。アスファルトが、遠目でも見えた。


「それは、今の現実世界。あなたは、今が9月の下旬だと思っていますが……本当は、まだ7月16日なのです」


「……時間の進み方も、違うんですか……?」


「あなたの夢の中で何ヶ月過ごしていようと、現実のあなたは、まだ6時間か7時間寝ているだけでしょう?それと同じことです。あなたの過ごしてきた夢は、実在しない無駄な世界なのですよ」


 もう、私は、真実を受け入れるしかないのかな。


 これが夢であれば良かった。今まで、これは夢なのかなと何度も思った。


 けれども現実は、これは夢は夢でも、最悪の悪夢だった。


 結晶に向かって這うように近寄り、しがみついて中を覗く。


 もはや、全てを知ってしまった方が、中途半端に知っているよりも、楽なのかもしれない。


「哀れなものです、有。あなたがそうやって、全てを疑い、絶望するのは」


 ホープ=ドリームが、ボソリと呟いた。


「それ……嘘、ですよね」


「おや」


 ホープ=ドリームは、そう言って、反吐が出るような笑顔を浮かべた。


「失礼。私、感情は無いんです」


 人間を、動く人形だと思ってる癖に。

Et arma et Verva vulnerant.


次回は10月11日です。


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