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にゃんと奇妙な人生か!  作者: 朝那月貴
千の真珠、湖の鍵、失われた女王
136/159

暗転

 話は終わり、その場はお開きとなった。


 愛はまた《刹那疾走(テレポート)》でその場を後にした。満咲に見つからないよう、消えては現れるのを繰り返すらしい。


「魔力は……多分、どうにかなると思うから。心配しなくても大丈夫だよ、ナリちゃん」


 愛は去り際にそう言った。


「どうにかなるって、どうするつもりなんだろうな」


 亥李はその様子を思い出しながら、通学ゾーンを歩いていた。


 時刻は午後9時を回っていた。


 車通りはない。道路の中心を歩いても、咎める者はいなかった。


「元々、魔力が多い体質なのかもしれないけど……分からない。そうだとしても、魔力はいつか使い果たすはずだし」


「千里でも分からないんじゃ、もう誰も分からないわね……」


 参華がそう言って、欠伸をする千里を見つめた。


「大丈夫?千里、眠い?」


 陽斗がそう尋ねた。千里が「まあ」と眠そうに答える。


「こんな時間に夕飯も食べてないなんて、今まであったこと無かったし……ふぁあ……」


「無理しなくていいんだよー?健康児千里クン」


 詩乃がそう言ってからかった。

 千里はムッとした顔を見せたが、だからといって何か反論するという訳でもなく、ただ欠伸をしていた。


「まあ、実際腹は減ったしな。どっかで食べてくか?」


 零がスマートフォンで検索し始めた。飲食店の情報を集めたサイトを見ているようだ。


「じゃあ!じゃあ花坂酒場にしよう!」


「参華ちゃん、絶対ビール飲みたいだけでしょ……」


 美波が苦笑いを浮かべた。花坂酒場に行くのは嫌らしい。


「つーかよ、俺達ってこれで解散していいのか?このまま食べて解散したら、緊急事態の時に対応出来ないんじゃねえか?」


「確かに。愛さんが「何かあったらナリに連絡する」って言った以上……分かれて行動するのは良くないかもね」


 亥李と陽斗がうんうんと頷いた。


「あー……じゃ、うち来るか?」


 提案しておきながら、零が嫌な顔をした。


「え!?零んち!?行く行く!めるは、2階のベッドね!」


「いやリビングで寝ろよ。俺とナリ以外に6人も泊めるスペース無いんだし」


「いいじゃんケチ!どうせ誰も使わないんだし!」


「まあ、実際……零くんに泊めてもらうのが1番いいかな?広くて、私達以外に誰もいないし」


「じゃ零、夕飯の準備よろしくな!あー、楽楽」


「いやいやいや!俺の負担デカすぎねえ!?」


「俺達も手伝うよ、零」


「いや陽斗、そこは最初から手伝ってくれよ!8人分なんて、ほとんど作ったことねぇんだけど!?」


「まあまあ、私達もちゃんと頑張るから……ね?零くん」


「そーよそーよ。で、零!冷蔵庫、どのくらい空いて――」


「却下」


「ちょっと!まだ私何も言ってないんだけど!?」


「誰が作るのでもいいから早く行こうよ。ふぁあ……眠い」


 仲間達がワイワイとはしゃぎながら、月島家へと向かう。


 だがナリだけは、その気持ちになれなかった。


(皆、楽しそうだけど……なんだろう、この嫌な感じ。愛が色々話してくれたお陰で、真相は見えてきた。満咲の正体も……でも)


 周りの声が遠くなっていく。ナリの心の中に、何か重いものが沈んでいくような気がした。


(まだ、全部は見えてない。愛も、知ってることは全部言ってくれたし……もう、満咲に聞くしか分からないかもしれない。なんだろう、その部分に対して、すごく嫌な予感が……)


 ナリは静かに黙り込み、口を歪ませた。


 世界の命運を変えてしまうような、そんな予感だ。


「ナリちゃん、どうしたの?大丈夫?」


 そうこうしているうちに、美波から声がかけられた。

 先頭集団から外れ、浮かない顔をするナリを、心配しているらしい。


「ああ、ううん!なんでもない!うちに行くんだよね?」


 ナリは慌てて、作り笑顔を浮かべた。


「うん、そうだけど……ナリちゃん、無理しちゃダメだよ?愛ちゃんの話、辛かったよね。遠慮せず話してくれていいんだよ?」


「大丈夫、美波!にゃはは、それじゃあ行こう?」


 そう言って、何も無かったかのように、小走りで先頭集団へと合流しに行った。


(いや……気のせいでしょ、きっと。失踪した女王様が転生者で、しかも満咲だったことよりも、重大なことなんて……無いよ、きっと)


 自分を誤魔化すように、ナリは笑った。


 まだ9月であるはずだが、辺りには虫の鳴き声も、人の声も、車の音も、室外機の音も、街灯が電気を使う小さな音でさえも、聞こえなかった。



 次の日。


 昨日の夜の無音は、まだ続いていた。


「なんだか、薄気味悪いよな……ここまで何も環境音がないと」


 零が皿を洗いながら言った。皿を指で擦る音が、やけに響いた。


「それで……今日はどうするの?福島愛でも探しに行く?」


 千里がスパゲティを食べながら言った。ミートソースで、チーズをふんだんにかけている。


「いや、愛さんを探しに行ったら、満咲さんにバレちゃうでしょ」


「じゃあ、逆に満咲を探してみるか?」


 亥李がそう言ってフォークを周りに向けた。

 美波が「もう、汚いよ」と嫌そうな顔をした。


「いーんじゃない?満咲を探して、先制攻撃して」


「このまま、攻撃されるのを待つより……こっちから仕掛けた方がいいかもしれないわね」


 詩乃と参華が頷いた。


「確か……家、知ってるんだよね?ナリは」


 陽斗がナリにそう聞いた。ナリは頷き、答えた。


「うん。いるかどうかは分からないけど……行ってみる価値はあると思うにゃ」


 尻尾をフリフリと揺らし、ナリは熱そうなミートソースを食べた。

 息を吹きかけて熱を冷ます姿を見て、美波が「可愛い!ナリちゃん!」と笑った。


「じゃ、家行ってみるんでいいか?食べたら出発するぜ」


「あ、おい零!俺の仕事を取るなよ!」


「知るかよ。ほら、食べ終わったら皿持ってこいよー」


 零は呆れた声を出し、皿を洗う仕事に戻った。


(うん……これでいいんだよな。なんかこう、嫌な予感がするんだけど……いや、何もしないよりはマシだろ)


 零はそう思いつつ、仲間から渡された食器を水につけた。


 水の音、食べる音、食器を洗う音、話し声。


 やはり、零達が発する音以外は、何も聞こえなかった。



 満咲の家の前にやってきた。


「千里、なんで見上げてるの?」


 ナリがそう尋ねても、千里は答えない。


「気になるんだろ、あんだけ凄けりゃ。放っといても大丈夫じゃねえか?」


 零がそう言って、上を見上げた。零にも何か見えるものがあるらしい。


「うーん、そういうものなのかな……あ、千里!次、右を曲がって――」


「真っ直ぐ行って二軒目。でしょ?猫」


 千里はそう言って、ナリよりも先に進んだ。正解だ。


「凄いわね。魔力検知の問題なの?」


「ううん。参華ちゃんも、見れば分かるよ。ほら」


 曲がり角を曲がり、美波が指を指す方向を見る。


 その家には、確かに「幸野」というプレートが掲げられていた。


 だがそれよりも、2階だ。禍々しいオーラが、はっきりと見えた。


 黒と紫が入り交じったような、気味の悪い色だった。外から窓の中を覗こうとしても、何も原因は分からなかった。


「にゃっ!?ちょ、な、何あれ……!」


 思わず叫んだ。《異形》で獣人族の姿になり、臨戦態勢をとる。


「あんなの、見たことない……《刹那疾走(テレポート)》!」


 千里が杖の先を2階へ向けた。だが、魔法陣は広がっても、何も起こらない。


「なんで……あそこに、行けない……!?」


「なあ、あれって止めた方が良い奴か!?」


 亥李はそう叫び、インターホンを鳴らした。だが、誰も出てこない。

 慌てて扉を開けようとした。だが、鍵が厳重にかかっている。


「クソっ、これじゃ止めようが……」


「あそこって、多分満咲の部屋だよな!?昨日愛を見つけたから、それで何かを――」


 零が急に口を噤んだ。冷や汗が彼の額から流れた。


「まさか……「全て終わらせる」って、本当に、世界を……!?」


 推測の域を出ない、非常識な答えだ。

 だが、今は誰もが、それを信じていた。


「じゃ、じゃあ!早く、満咲を探して、止めないと……!」


 ナリはそう言って、周りを見回した。

 他の仲間達も、昨日出会った顔を見つけようと、目を凝らしている。


「こっちよ」


 ふと、そんな声が聞こえた気がした。


 満咲の声だった。


「みさ、み、満咲ッ!」


 ナリが慌てて声の方に走り出した。


「あっ、おい!ナリ!」


 零達も慌てて、ナリを追いかける。


 走っていくうちに、やがて広い道路に出た。人通りも多く、満咲の顔などすぐに埋もれてしまう。


「うわっ!?なんで今日だけこんな人が多いんだ!?普段は全然人がいないのに……!?」


「これじゃ、満咲が居たとしても、そこまで追いかけるなんて無理よ!?」


「こう、こうなったら……《異形》!」


 驚いている亥李と参華を横目に、ナリが唱えた。

 普段の獣人族の姿よりずっと小さい、猫の姿になる。


「これにゃら、人間の姿よりも前に行きやすいはずにゃ……!」


 そう言いつつ、目で満咲を探した。

 どこにもいない。先程の声は、幻聴だったのだろうか。


「有。私を探してるんでしょう?」


 いや、違う。今度ははっきりと聞こえた。

 道路の向こう側だ。一瞬、彼女の髪が見えた気がした。


「満咲ッ!」


 人間の足の合間を縫うように、横断歩道まで走る。


 ちょうど青信号だ。急いで、満咲の居たような位置まで走り抜ける。


 その時だった。


「さよならね。有」


 満咲の声が、確かにそう聞こえたような気がした。


 横断歩道の先に、彼女がいる。彼女はナリを見て、楽しそうに嘲笑う。


「ナリッ!!」


 零の声が聞こえた。何事かと後ろを振り返ろうとする。


 その視界に、白い光が見えた。


 視界を埋め尽くすほどの、真っ白な光。突如として聞こえてきた、青い車のタイヤの音。


 点滅する青信号。

 駆け寄ろうとする零の姿。

 青い車のタイヤ。


(……え?)


 一瞬、何もかもが見えなくなった。


「ナリ!ナリ!!ナ――」


 必死そうな零の涙声が、酷く遠くなっていく。


(…………え?)


 何も見えない。何も聞こえない。何も分からない。


 空中にいるような感覚だけが、ナリの頼れる感覚だった。


 だが、それですら、もう危うい。


 そしてナリは、何者でも無くなった。

「千の真珠、湖の鍵、失われた女王」編終了です。

次回はちょっと真面目に構想考えたいので、2週間後です。


というわけで、次回は9月27日です。


幕間ラジオ→

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