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にゃんと奇妙な人生か!  作者: 朝那月貴
千の真珠、湖の鍵、失われた女王
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幸福と、愛情の思い出Ⅰ

「山川和葉!私は、お前に復讐することだけを生きがいにして生きてきた。今日、ここでお前を殺して……全て、終わらせてやる!」


 満咲は、剣先を愛に向けた。

 どす黒い瘴気に包まれたような目は、どこか狂気的なものを感じさせた。


「……ゆり」


 だが愛だけは、満咲に億さずに、真っ直ぐ彼女の目を見つめていた。


「さっきから、ゆりだなんだって……何よ、それ。私はお前が何と呼ぼうと関係ない!お前を殺せば、全て……!」


「ゆりは、あなたの本当の名前だよ、アストリアス。山川ゆり。それが、あなたの本当の名前。付けられなかった、本当の名前」


「そうやって、いつまでも母親面して!母親として、何かした事あるの!?何も無いでしょう!?黙って私に殺されなさい!」


「ごめんね、ゆり。殺される訳にはいかないの。あなたの為に」


「やっぱり母親面……そういう態度、大嫌いなのよ!」


 満咲が涙声で叫んだ。

 剣を持つ手が、わなわなと震えていた。


「自分が母親だと思うのなら!私を、ちゃんと産んでよ!なんで殺したの!?母親だなんて、なんで名乗れると思ってるの!?

 お前なんて大嫌い。私を宿しながら産むことも出来ず、育てることも出来ず!それなのにいざとなったら母親面して!お前なんて、この世で一番大嫌いッ!!」


 そして、満咲はそのまま剣を振りかぶった。


「……ごめんね、ゆり」


 剣を見て、愛は避けようともしなかった。

 目を瞑り、ロザリオを持つ手に力を込めている。


「ちょっ……!」

「危ない!愛ちゃん!」


 咄嗟に助けようとしたのは、千里と美波だった。


 千里は《水晶堅盾(クリスタルシールド)》を、美波は《軽減防御(プロテクション)》を繰り出そうとしていたらしい。


 だが愛は、二人の助けを全くものともせず、逆に、急にその二人の腕を掴んだ。


「えっ、な、何……!?」

「わっ!きゅ、急にどうし――」


 そのまま、愛は二人の腕を引き寄せた。


「――《刹那疾走(テレポート)》ッ!」


 力の限り、愛が叫んだ。


 すると、全員の体がひし形の集合体になって、足元からバラバラと崩れ始めた。


 どこかに向かっているようだ。情報がひし形になって、別の場所へと送られている。


「逃げるな!臆病者!」


 満咲が大声で怒鳴った。必死の形相だった。


 そのまま、満咲は剣を振り下ろした。

 ひし形が完全に消えてしまう前に、剣先を当てて殺すつもりであるようだ。


「ごめんね、ゆり。どこまでも、私は逃げる」


 だが、遅い。


 満咲が剣を振り下ろした先には、ただ広い地面のみが広がっていた。


 愛含め仲間全員が、どこかに消えてしまっていた。


「…………本当に許さない、山川和葉」


 女王らしからぬ言葉を、満咲は悔しそうに呟いた。


 そしてその瞬間、満咲もまたどこかに消えてしまった。


 一瞬の出来事で、何の魔法を使ったのかも分からなかった。

 そこにあったものが忽然と消える。そのような感覚だ。


 誰もいない校庭に、一陣の風が吹いた。



 場所は少し変わり、風ノ宮高校のとある教室。


「うわぁ!」

「うおっ!?」


 ナリ達はその場所に突然飛ばされ、空中に放り出された。


 次々と上に積み重なっていく。一番下にいた亥李が「お、重い……」と呟いた。


「ごめんね、皆。急に魔法で飛ばしちゃって……」


 他の仲間とは違ってきちんと着地した愛が、心配そうにナリ達の顔を覗き込んだ。


「ほんとだよ。急に腕掴んできたと思ったら、僕達の魔力使ってさ。もうすっからかんだよ」


「た、助けるのは良いんだけどね……もう、起き上がれないかも……」


 千里と美波が、ぐったりとして床に倒れていた。


 二人はあの瞬間、愛に魔力を吸い取られていたらしい。愛含め三人全員分の魔力を使って、九人を移動させたのだ。


「ごめんね、千里くん、美波さん。詩乃ちゃんでも良かったんだけど、とにかく魔力が欲しくて……」


「僕、初対面なんだけど。酷くない?福島愛」


「私もそうなんだけど……あれ?名乗ってたっけ?」


 美波がそう言って、首を傾げた。


 実際、陽斗、千里、美波の三人は、愛に会ったことがない。


「名乗られてなくても、知ってましたよ。私……ナリちゃん達のこと、ずっと追いかけてましたから」


「追いかけてた?そうなのかにゃ?」


「うん。皆さんと一緒に色々な事件を解決してたの、知ってたよ。ナリちゃんの活躍、凄いからね」


「そうは言っても……俺達は初対面だし、少し説明して欲しいんだけど、いいかな?君の名前や……なんでアストリアス様の居場所を知っていたのか。そして、なんでアストリアス様が君を殺そうとしていたのか、をね」


 陽斗が起き上がり、近くの椅子に座った。

 肘をつき顎に手を当て話を聞くその姿は、まるで講義を真剣に受けている大学生のようだった。


「はい。ナリちゃんにも、お話しないとね」


 千里と美波を除く他の面々も、次々と椅子に座った。


 まるで、授業を受けている高校生だ。


「私の名前は、福島愛。その前は太陽神ティラーの神官、プライヤ」


 そう言って、愛は教壇に立った。

 その光景は、高校生達の授業風景にも、糾弾されている裁判にも見えた。


「そして最初は、山川和葉。山門有ちゃんの、元先輩で……アストリアスの、山川ゆりの母親です」


 愛はそう言って、静かに話し始めた。



 私の妊娠が分かったのは、高校二年生の二月のことでした。


 その時付き合っていたのが、同い年のサッカー部のエース。彼の子でした。


 私は、最初妊娠が分かった時……すごく、ビックリしました。

 気をつけていたつもりでしたから。


 でも、自分の中に子供がいるって分かって……なんだか、ほっこりしました。


 私が食事をしている時も、運動する時も、授業受ける時も、寝る時も、ずっと一緒だった。


 そしてこれからも、しばらくはずっと一緒。


 産んでからも、きっと一緒。


 そう思うと、生理が来ないってあの時焦ったのは……いい事だったのかもと、誇らしくなって。


 この子の為なら、私は高校生を辞めても構わない。


 私は、この子を産みたいと思いました。


 でも、家族は反対でした。


 うちの家族は、どうも……娘の幸せや孫の誕生よりも、世間体を気にするらしくて。


「そんなことするなんて、信じられない」

「山川の苗字を名乗っておきながらこれとは、もう同じ血が通った人間だとは思えない」

「近付かないでくれ、馬鹿が伝染(うつ)る」

「その子をおろさなければ絶縁する」


 そんなことを、言われました。


 でも、私は我儘で頑固だから。一度決めた幸せは、取り逃したくなかった。


 だから、彼に相談しました。彼なら、一緒に頑張ってくれるって、思ってたから。


 でも、彼の反応は、私の思惑とは全く違いました。


「遊びだと思ってやったんだから、そんな責任知らない」

「俺は親の責任なんて取りたくないから、お前が殺したきゃ殺せよ」


 彼はそう言って、軽蔑した目で私を見ました。


 極めつけには、こんなことも言いました。


「俺は、お前の子供なんて知らない。お前の子だろ、俺は何も責任なんて無いからな」


 流石に許せなくて。私から、彼とお別れしました。


 友達も皆離れていってしまって、私が頼れるのは私だけ。


 辛かったけど……それでも、産みたいって決めたから。


 私は、この子が頼る私を、信じることにしました。


 こっこりおばあちゃんに連絡して、お金の面は何とかしました。


 それからおばあちゃんから、色々なものを貰いました。おんぶ紐や、服や、ベビーカーや……


 私がつわりで辛い時も、助けてくれたのはおばあちゃんでした。


 おばあちゃんが作ってくれた、冬瓜の煮付け。

 今でもそれが大好きです。あの時はもう、何も食べられないって思ったから。


 そうやって過ごしていると……家族も、段々認めてくれるようになってきて。


 居場所だけですけど、私は家族から少しだけ、認めて貰えるようになりました。


 そうそう、妊娠中に名前も決めたんですよ。


 男の子なら、百太(ももた)。女の子なら、ゆり。


 家にカサブランカの花が来て、元気づけられて。

 それで、この名前を思いつきました。


 カサブランカのように大胆に。そして繊細で美しく、生きて欲しいと思ったから。


 私一人しか、親がいない分……この子には、幸せになって欲しかった。


 誰の手助けも、貰えないかもしれない。私が原因で、蔑まれるかもしれない。


 それでも、丈夫に強く生きて欲しかった。


 でも……結局、その願いは儚い夢に終わりました。


 出産日当日。出産予定日より二週間早い、高校三年生の四月のことでした。


 若い妊婦さんに理解のある、町の産婦人科に私は行きました。


 彼は、当然のように着いてきませんでした。

 おばあちゃんはついてきてくれましたけど、親はやっぱり無視。


「産みたいなら産めばいい、おろしたいならおろせばいい。私は知らない」っていう態度が、見え見えでした。


 でも、それでもやっぱり、産みたかったから。


 何度も「妊娠中絶」という言葉が頭をよぎったけど……それでも、諦めたくなかった。


 私の中にいた子に、会いたかったから。


 10ヶ月間、苦しいと思いながら頑張ってきて……ようやく、報われると思いました。


 必死に力を込めて、涙が何度も零れました。


 痛みで気を失って、痛みでまた意識が戻る。そんなことが、何度も続きました。


 光の見えないような、10時間が過ぎていきました。


 ようやく光明が見えたのは、深夜2時。


 何かが抜けたような、そんな気がしました。


 女の子でした。


「ありがとうございます」。助けてくれた人達全員に、そう言いたかった。


 けれど、そうは言えませんでした。


 お医者さんの、必死に何かをしている顔。

 看護師さんの、焦ったような声で私をゆする姿。


 私はそれで、すぐに分かりました。


 娘は、息をしていませんでした。

次回は8月31日、土曜日です。


幕間ラジオは、次回までに投稿します。多分。


冬瓜の煮付けの話は、母に聞いた話をそのまま使っています。

つわりが酷い時に、際立って美味しい食べ物らしいです。



【2024.8.26 追記】

計算を間違えました。山川和葉の妊娠が分かったのは、正しくは8月でした。失礼いたしました。


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