蜜蜂に導かれて
「――なるほどな」
亥李が全員の報告を聞いて、ため息をついた。
色々な場所に赴き、色々な人に尋ねたが、あまりよい情報は得られなかった。
唯一、ナリを除いては。
「それで……明日の夕方に愛に会いに行けば、アストリアス様に会えるのよね?」
「愛に会いに行く……」
一人うずくまって笑っている陽斗を無視し、参華が尋ねた。
「そうにゃ。どうするのか、分からないけど……あの感じは、アストリアス様の居場所を知ってるみたいだった」
「ねえねえ、その愛ちゃん?って、ナリちゃんの友達で、元々部活の先輩だったんだよね?ブランキャシアの時は、元冒険者の神官で……どうやって、アストリアス様の居場所を知ったの?」
美波が、ナリの顔を覗き込むようにして聞いた。
「うーん……考えてたんだけど、やっぱりよく分からないんだにゃ。そもそも、誰がアストリアス様なのかって分からないと、居場所なんて分からなさそうだし……」
「分かるんだったら任せりゃいいんじゃないの?ねえねえ、そろそろゆーはん食べようよー」
詩乃がソファの上で寝っ転がりながら言った。
「まあ、確かに分かるんだったら任せればいい話だけど……」
「そーだよ、参華。それよりほら、腹が減っては戦ができぬ!だよ。お腹すいたー。もう7時半だよー?」
「ま、それもそうだな。零ー!なんか作ってくれよー!」
亥李がそう言って、キッチンでお茶を用意していた零に聞いた。
「いや、作んねえよ。多いんだし、そんなに急に言われても」
「じゃあ、花巻酒場は?たまにはあそこ行きたい」
千里が抑揚のない声でそう言った。
恐らく、腹が減ったせいで感情的に言えないのだろう。
「いいんじゃない?行こうよ、せっかくだしさ」
「いいねいいねー!たまにはガツンとビール飲みますか!」
「参華はいつもでしょ」
陽斗と参華が陽気な会話をしつつ、玄関へと向かった。
他のメンバーも、続々と玄関へと向かう。
「なあ、ナリ」
ただ一人、亥李だけは立ち止まって、ナリに声をかけていた。
真剣そうな顔だった。
「うん、何だにゃ?」
「いや……話聞いててよ、アストリアス様も転生者なんじゃね?と思って」
「え?そうなのかにゃ?」
「いやほら、ええっと……」
そこで、亥李が言葉に詰まった。
あれ、とナリが首を傾げる。亥李は困ったような顔をして、言葉を濁していた。
「えーっと……亥李?」
「ああ、悪いな。ほら、アストリアス様っていつもドレスとか着てただろ?そんなんだと目立つし、何よりこっちの文化に慣れなくて困ると思うんだよ。氷結の女王の時みたく」
絞り出したにしては流暢に、亥李は嘘の理由を話し始めた。
「ああ……確かに、氷結の女王は、こっちに慣れてなくて環境を変えようとしてたにゃ」
「だろ?でも、アストリアス様は、赤い人形を出したりはしても、環境をブランキャシアに合わせようとはしてない。赤い人形は、ブランキャシアには居なかったしな」
「確かににゃ」
「つまり、アストリアス様は、元々こっちの人間……すなわち、転生者だと俺は考えてる。
だから、こっちに帰ってきて、俺達みたいに別の人間に転生した。そして、元々こっちの人間だから、環境に慣れる必要が無かった。どうだ?それっぽくないか?」
亥李はそう言いつつ、手を顎に当てた。
「確かに……しっくりくるにゃ。氷結の女王みたいな、環境ごと変える事件も無かったし」
「だろ?他にもしっくりきた事件が、前にもあって……」
亥李が、賛同してくれたナリにキラキラとした目を向けた、その時。
「亥李ー!ナリー!もぅ行っちゃうよー!」
玄関の外で、詩乃の叫び声が聞こえた。
ほんのり苛立ちが混じっている声だった。
「時間切れか。じゃナリ、行こうぜ」
「え?ああ、にゃあ」
二人で示し合わせたように頷き、リビングを出た。
後ろを振り返ると、誰もいないリビングは閑散としていた。寂しい雰囲気を醸し出していた。
(亥李の言ってた「他にもしっくりきた事件」って、なんだったんだろう。ベルの事件とか?うーん、でも亥李、いや皆は、あの事件のことは……じゃあ、なんだったんだろう?)
そう疑問に思いつつ、外に出た。
外には仲間達が皆待っていた。
ナリのように納得いかない表情の人間は一人もいない。
むしろ、早く酒が飲みたくてウキウキしている参華のように、テンションが高い人の方が多かった。
(うーん……まあ、とりあえず気にしなくていっか……)
仲間達の表情を見て、ナリはニコッと笑った。
「お待たせにゃー!」
「ナリ、《異形》した方がいいんじゃないか?」
「あ、確かに。《異形》!」
零に指摘され、ナリは獣人族から人間の姿に変身した。
鍵をかけ、全員で駅の方へと向かう。
「はー!疲れたしビールは飲みたいわよねー!」
「いいなー、めるも飲みたーい……」
「ダメだよ、未成年でしょ?」
「成人はしてますー。回復酒はオッケーだったのに、こっちだとなー……」
参華や陽斗、詩乃を中心に、話が進む。話題はアストリアスの話題から、食事の話題へと変わっていった。
「なあ、ナリ」
そんな中、零が隣にいたナリに、優しい声で声をかけた。
「うん?何?」
「なあ、亥李と何話してたんだ?」
「ああ、アストリアス様が転生してるかもって……まあ、ただの推測だけどね。どうしたの?」
ナリがそう言うと、零はパッと目を逸らした。
夜だからか、表情が見づらい。耳がほんのり赤い気がした。
「いや、なんでもない」
「にゃあ?そうなの?」
「なんでもねーよ!なあ、千里!あのさ……」
誤魔化すように、小走りで前にいた千里に話しかけに行ってしまった。
声が、少し上ずっているような気がした。
「ええ?零?」
「うふふ……ツンデレさん、だもんね」
隣で一部始終を見ていた美波が、ニコニコと笑っている。
「美波ー……どういうこと?」
「うん?気にしなくてもいいよ、ナリちゃん。恥ずかしいだけなんだよ、零くんは」
「そうなのかな……」
「そういうもの!くまるんみたいで、本当に可愛いよね」
ニコニコと笑う美波の表情も、ナリはよく分からなかった。
結局、色々と分からないまま、ナリは仲間と共に花巻酒場に入っていった。
次の日。
夕方になり、ナリは仲間達と共に、風ノ宮高校へと向かった。
「へー……ナリの学校って、こんな感じなんだ」
「な。俺の高校より新しめで、いいな」
詩乃と亥李が、校舎を見て呟いた。
二人共、転生する前は高校生だったからか、ナリの高校にはやはり興味があるらしい。
「いや、結構古めだったと思うけど……」
「ねえ、そんなことよりさ。僕達入っていいの?」
千里がそう言って、校庭の方を指さした。
校庭には誰もいなかった。というよりむしろ、高校に誰もいないような雰囲気があった。
「さあ……止める人もいないんじゃない?」
参華が辺りを見回した。実際、警備員等は校門の近くにはいない。
「ねえ、おかしいよね……今日は平日だし、まだ夕方だよ?部活だってあるだろうし……先生だっているはずだよね」
「そのはずだね。でも……誰もいない。誰かがいる気配がない」
美波と陽斗の声が強ばっていた。緊張が表情から伝わってくる。
「それなら入り放題じゃん!ほら、愛が待ってるんでしょ?いこーよいこーよ!」
「詩乃、少しは警戒しろよ。なあ、本当に入るのか?ナリ」
零がナリに聞いた。入るのを少し躊躇っているようだ。
「……うん。入る。愛が知ってるって、言った以上……このゲームに勝つ為に、愛に賭けるしかない」
ナリが緊張した面持ちで、門をくぐった。
校舎はしんと静まり返っていた。
楽しそうな笑い声も、部活の声も、先生達の談笑も、何も聞こえない。
教室の明かりはついていたが、誰もいないようだ。
「なーんで、誰もいないんだろ……」
詩乃が校舎を横目に呟いた。
誰も、その言葉に答えない。
誰もいない高校のせいで、余計に緊張が増していた。
仲間達が砂を踏む音だけが、辺りに聞こえていた。
無言のまま、校舎に沿って歩く。ジャリジャリという音だけが響いた。
臭いものには蓋をするように、校舎の方を見ないで歩いた。
目的は、愛を見つけることだ。校舎に誰もいない謎を解き明かすことではない。
全員がその思いで、目で愛を探した。
「あ、あれって……」
しばらくして、参華が声を上げた。
指を指す方を見る。校庭の真ん中に、人影が見えた。
「あれ、さっきまであそこに人なんていたっけ?」
陽斗がその人影を指さした。確かに、先程は誰もいなかった。
「とにかく、だよ。目的は達成したでしょ」
千里が走り出した。それに続けて、全員が人影に寄る。
なるべく、校舎から離れていたかった。
「愛ー!」
ナリが手を振り駆け寄った。
だが。
「あら……福島愛を探していたの?」
違う声だ。愛とは違って、優しさの欠片もない、妖しい声。
思わず急ブレーキで止まった。
愛よりも髪の毛が長く、黒い。
端正な顔立ちで、鋭い切れ目は美しさを際立たせると同時に、ある種の威厳を放っていた。
「そう……私も、彼女を探していたのよ。でも残念。彼女、居ないのね。この辺りにいると思ったんだけど」
「お、お前は……!」
零が呟いた。零はその姿を、見たことがあった。
「幸野、満咲……!」
ナリと零の声が重なった。
仲間の中に、波紋が広がった。
「幸野満咲が誰か分からない」という声から「なんでここにいるのか」という声まで、多種多様だった。
そんな中。
「お前……お前が、幸野満咲なのか……?」
亥李が、震えた声で尋ねた。
「そ、そうだよ。私の同級生で……」
「じゃあ、お前が……!」
亥李がそう言って、満咲を指差した。
「お前が、アストリアスなのか!?」
全員の身体が、ビクッと動いた。
頭の上から足の爪まで、電撃に似た衝撃が走った。
「えっ……?」
思わず、ナリの口から出た。全員の視線が、満咲に向かっていく。
しばらくの沈黙が、静まり返った高校に走った。
満咲の口から、次に何の発言が出るのか、全員が固唾を飲んで見守っていた。
「……あら」
満咲がやっと言葉を発したのは、何時間も経ったかのような時間が流れた後のことだった。
「なんで分かったの?志学亥李」
満咲はそう言って、妖艶な笑みを浮かべた。
次回は8月23日、金曜日です。
次回の投稿日にて、番外編の幕間ラジオの質問を締め切らせていただきます!
もし何かありましたら、ドシドシ送ってください!
宛先は私のX(旧twitter)のDMかリプライ、前回の幕間ラジオのコメントにお願いします!
ご応募お待ちしております!