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にゃんと奇妙な人生か!  作者: 朝那月貴
千の真珠、湖の鍵、失われた女王
132/159

蜜蜂に導かれて

「――なるほどな」


 亥李が全員の報告を聞いて、ため息をついた。


 色々な場所に赴き、色々な人に尋ねたが、あまりよい情報は得られなかった。


 唯一、ナリを除いては。


「それで……明日の夕方に愛に会いに行けば、アストリアス様に会えるのよね?」


「愛に会いに行く……」


 一人うずくまって笑っている陽斗を無視し、参華が尋ねた。


「そうにゃ。どうするのか、分からないけど……あの感じは、アストリアス様の居場所を知ってるみたいだった」


「ねえねえ、その愛ちゃん?って、ナリちゃんの友達で、元々部活の先輩だったんだよね?ブランキャシアの時は、元冒険者の神官で……どうやって、アストリアス様の居場所を知ったの?」


 美波が、ナリの顔を覗き込むようにして聞いた。


「うーん……考えてたんだけど、やっぱりよく分からないんだにゃ。そもそも、誰がアストリアス様なのかって分からないと、居場所なんて分からなさそうだし……」


「分かるんだったら任せりゃいいんじゃないの?ねえねえ、そろそろゆーはん食べようよー」


 詩乃がソファの上で寝っ転がりながら言った。


「まあ、確かに分かるんだったら任せればいい話だけど……」


「そーだよ、参華。それよりほら、腹が減っては戦ができぬ!だよ。お腹すいたー。もう7時半だよー?」


「ま、それもそうだな。零ー!なんか作ってくれよー!」


 亥李がそう言って、キッチンでお茶を用意していた零に聞いた。


「いや、作んねえよ。多いんだし、そんなに急に言われても」


「じゃあ、花巻酒場は?たまにはあそこ行きたい」


 千里が抑揚のない声でそう言った。

 恐らく、腹が減ったせいで感情的に言えないのだろう。


「いいんじゃない?行こうよ、せっかくだしさ」


「いいねいいねー!たまにはガツンとビール飲みますか!」


「参華はいつもでしょ」


 陽斗と参華が陽気な会話をしつつ、玄関へと向かった。

 他のメンバーも、続々と玄関へと向かう。


「なあ、ナリ」


 ただ一人、亥李だけは立ち止まって、ナリに声をかけていた。

 真剣そうな顔だった。


「うん、何だにゃ?」


「いや……話聞いててよ、アストリアス様も転生者なんじゃね?と思って」


「え?そうなのかにゃ?」


「いやほら、ええっと……」


 そこで、亥李が言葉に詰まった。


 あれ、とナリが首を傾げる。亥李は困ったような顔をして、言葉を濁していた。


「えーっと……亥李?」


「ああ、悪いな。ほら、アストリアス様っていつもドレスとか着てただろ?そんなんだと目立つし、何よりこっちの文化に慣れなくて困ると思うんだよ。氷結の女王の時みたく」


 絞り出したにしては流暢に、亥李は嘘の理由を話し始めた。


「ああ……確かに、氷結の女王は、こっちに慣れてなくて環境を変えようとしてたにゃ」


「だろ?でも、アストリアス様は、赤い人形を出したりはしても、環境をブランキャシアに合わせようとはしてない。赤い人形は、ブランキャシアには居なかったしな」


「確かににゃ」


「つまり、アストリアス様は、元々こっちの人間……すなわち、転生者だと俺は考えてる。

 だから、こっちに帰ってきて、俺達みたいに別の人間に転生した。そして、元々こっちの人間だから、環境に慣れる必要が無かった。どうだ?それっぽくないか?」


 亥李はそう言いつつ、手を顎に当てた。


「確かに……しっくりくるにゃ。氷結の女王みたいな、環境ごと変える事件も無かったし」


「だろ?他にもしっくりきた事件が、前にもあって……」


 亥李が、賛同してくれたナリにキラキラとした目を向けた、その時。


「亥李ー!ナリー!もぅ行っちゃうよー!」


 玄関の外で、詩乃の叫び声が聞こえた。

 ほんのり苛立ちが混じっている声だった。


「時間切れか。じゃナリ、行こうぜ」


「え?ああ、にゃあ」


 二人で示し合わせたように頷き、リビングを出た。


 後ろを振り返ると、誰もいないリビングは閑散としていた。寂しい雰囲気を醸し出していた。


(亥李の言ってた「他にもしっくりきた事件」って、なんだったんだろう。ベルの事件とか?うーん、でも亥李、いや皆は、あの事件のことは……じゃあ、なんだったんだろう?)


 そう疑問に思いつつ、外に出た。


 外には仲間達が皆待っていた。


 ナリのように納得いかない表情の人間は一人もいない。

 むしろ、早く酒が飲みたくてウキウキしている参華のように、テンションが高い人の方が多かった。


(うーん……まあ、とりあえず気にしなくていっか……)


 仲間達の表情を見て、ナリはニコッと笑った。


「お待たせにゃー!」


「ナリ、《異形》した方がいいんじゃないか?」


「あ、確かに。《異形》!」


 零に指摘され、ナリは獣人族から人間の姿に変身した。


 鍵をかけ、全員で駅の方へと向かう。


「はー!疲れたしビールは飲みたいわよねー!」


「いいなー、めるも飲みたーい……」


「ダメだよ、未成年でしょ?」


「成人はしてますー。回復酒はオッケーだったのに、こっちだとなー……」


 参華や陽斗、詩乃を中心に、話が進む。話題はアストリアスの話題から、食事の話題へと変わっていった。


「なあ、ナリ」


 そんな中、零が隣にいたナリに、優しい声で声をかけた。


「うん?何?」


「なあ、亥李と何話してたんだ?」


「ああ、アストリアス様が転生してるかもって……まあ、ただの推測だけどね。どうしたの?」


 ナリがそう言うと、零はパッと目を逸らした。

 夜だからか、表情が見づらい。耳がほんのり赤い気がした。


「いや、なんでもない」


「にゃあ?そうなの?」


「なんでもねーよ!なあ、千里!あのさ……」


 誤魔化すように、小走りで前にいた千里に話しかけに行ってしまった。


 声が、少し上ずっているような気がした。


「ええ?零?」


「うふふ……ツンデレさん、だもんね」


 隣で一部始終を見ていた美波が、ニコニコと笑っている。


「美波ー……どういうこと?」


「うん?気にしなくてもいいよ、ナリちゃん。恥ずかしいだけなんだよ、零くんは」


「そうなのかな……」


「そういうもの!くまるんみたいで、本当に可愛いよね」


 ニコニコと笑う美波の表情も、ナリはよく分からなかった。


 結局、色々と分からないまま、ナリは仲間と共に花巻酒場に入っていった。



 次の日。


 夕方になり、ナリは仲間達と共に、風ノ宮高校へと向かった。


「へー……ナリの学校って、こんな感じなんだ」


「な。俺の高校より新しめで、いいな」


 詩乃と亥李が、校舎を見て呟いた。


 二人共、転生する前は高校生だったからか、ナリの高校にはやはり興味があるらしい。


「いや、結構古めだったと思うけど……」


「ねえ、そんなことよりさ。僕達入っていいの?」


 千里がそう言って、校庭の方を指さした。


 校庭には誰もいなかった。というよりむしろ、高校に誰もいないような雰囲気があった。


「さあ……止める人もいないんじゃない?」


 参華が辺りを見回した。実際、警備員等は校門の近くにはいない。


「ねえ、おかしいよね……今日は平日だし、まだ夕方だよ?部活だってあるだろうし……先生だっているはずだよね」


「そのはずだね。でも……誰もいない。誰かがいる気配がない」


 美波と陽斗の声が強ばっていた。緊張が表情から伝わってくる。


「それなら入り放題じゃん!ほら、愛が待ってるんでしょ?いこーよいこーよ!」


「詩乃、少しは警戒しろよ。なあ、本当に入るのか?ナリ」


 零がナリに聞いた。入るのを少し躊躇っているようだ。


「……うん。入る。愛が知ってるって、言った以上……このゲームに勝つ為に、愛に賭けるしかない」


 ナリが緊張した面持ちで、門をくぐった。


 校舎はしんと静まり返っていた。

 楽しそうな笑い声も、部活の声も、先生達の談笑も、何も聞こえない。


 教室の明かりはついていたが、誰もいないようだ。


「なーんで、誰もいないんだろ……」


 詩乃が校舎を横目に呟いた。


 誰も、その言葉に答えない。

 誰もいない高校のせいで、余計に緊張が増していた。


 仲間達が砂を踏む音だけが、辺りに聞こえていた。


 無言のまま、校舎に沿って歩く。ジャリジャリという音だけが響いた。


 臭いものには蓋をするように、校舎の方を見ないで歩いた。


 目的は、愛を見つけることだ。校舎に誰もいない謎を解き明かすことではない。


 全員がその思いで、目で愛を探した。


「あ、あれって……」


 しばらくして、参華が声を上げた。


 指を指す方を見る。校庭の真ん中に、人影が見えた。


「あれ、さっきまであそこに人なんていたっけ?」


 陽斗がその人影を指さした。確かに、先程は誰もいなかった。


「とにかく、だよ。目的は達成したでしょ」


 千里が走り出した。それに続けて、全員が人影に寄る。


 なるべく、校舎から離れていたかった。


「愛ー!」


 ナリが手を振り駆け寄った。


 だが。


「あら……福島愛を探していたの?」


 違う声だ。愛とは違って、優しさの欠片もない、妖しい声。


 思わず急ブレーキで止まった。


 愛よりも髪の毛が長く、黒い。

 端正な顔立ちで、鋭い切れ目は美しさを際立たせると同時に、ある種の威厳を放っていた。


「そう……私も、彼女を探していたのよ。でも残念。彼女、居ないのね。この辺りにいると思ったんだけど」


「お、お前は……!」


 零が呟いた。零はその姿を、見たことがあった。


「幸野、満咲……!」


 ナリと零の声が重なった。


 仲間の中に、波紋が広がった。

「幸野満咲が誰か分からない」という声から「なんでここにいるのか」という声まで、多種多様だった。


 そんな中。


「お前……お前が、幸野満咲なのか……?」


 亥李が、震えた声で尋ねた。


「そ、そうだよ。私の同級生で……」


「じゃあ、お前が……!」


 亥李がそう言って、満咲を指差した。


「お前が、アストリアスなのか!?」


 全員の身体が、ビクッと動いた。


 頭の上から足の爪まで、電撃に似た衝撃が走った。


「えっ……?」


 思わず、ナリの口から出た。全員の視線が、満咲に向かっていく。


 しばらくの沈黙が、静まり返った高校に走った。


 満咲の口から、次に何の発言が出るのか、全員が固唾を飲んで見守っていた。


「……あら」


 満咲がやっと言葉を発したのは、何時間も経ったかのような時間が流れた後のことだった。


「なんで分かったの?志学亥李」


 満咲はそう言って、妖艶な笑みを浮かべた。

次回は8月23日、金曜日です。


次回の投稿日にて、番外編の幕間ラジオの質問を締め切らせていただきます!

もし何かありましたら、ドシドシ送ってください!

宛先は私のX(旧twitter)のDMかリプライ、前回の幕間ラジオのコメントにお願いします!

ご応募お待ちしております!

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