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にゃんと奇妙な人生か!  作者: 朝那月貴
千の真珠、湖の鍵、失われた女王
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失われた女王

 一方、その頃。


「やっぱ、いねぇよな……」


 亥李が、とある歩道橋の上で首を傾げた。


(立花なら、もしかしたらヒョロっと帰ってきてるかもって思ったけど……やっぱいねぇよな。やっぱりあの日、時の回廊ごと消えちまったのか……?)


 歩道橋の下を、スポーツカーが勢いよく走り抜けた。

 ブォン、とエンジンの音が道路に反響した。


(参華が山の中行くって言うから、もしかしたら覚えてるのかもって思って聞いてみたが……なんで行くのか、よく分かってないみたいだったんだよな。

 結局、立花とベルのことを覚えてるのは、俺しかいないのか……?)


 溜息をつき、月島家へ踵を返した。


(じゃ、手がかりゼロってことじゃねえか……はぁ……絶対なんか言われるな。せめて、ソルンボル出身のベルがいてくれたらよ、何かが分かって――)


 とぼとぼと進むその足が、ふっと止まった。


「……なんで、アイツいたんだ?」


 思わず口に出た。


 幸い、歩道橋には誰もいない。

 亥李は構わず、ブツブツと考えを口に出しつつ、円を描くように歩き出した。


「いや、それは立花が言ってたな。魔法の力を先輩から貰ったって。確か……幸野満咲だったか?ナリの元同級生で……」


 車の通る音、ブツブツと呟く亥李を遠巻きに見るカップルの目線。

 それら全てが、亥李の世界から消えていった。


「なんでそいつは、あんな鏡を持ってたんだ?たまたま手に入れた可能性はあるが……

 それを後輩にやる意味が分からないし、どうにも幸野満咲は、鏡に魔法の力が……「鬼」の力が宿ってることを、知ってるみたいだ。だから立花に渡したんだろうしな。復讐を目論んでた立花に。

 だから、多分……転生者なんだろうな。「鬼」のことを知ってるって、ソルンボルにいないと分からないし……」


 そこまで言って、はたと気付いた。


「なんで……幸野満咲は、立花が復讐したがってたって知ってたんだ?

 今までの推理からして……多分、幸野満咲は転生者なんだろうな。でも、だからって……復讐しようとしてたかなんて、見ただけじゃ分からないだろ?俺だって……当事者の参華だって、知らなかった。立花が言わなかったみたいだしな。

 でも、幸野満咲は……知ってた。だから渡した。転生者だからじゃない……何か、カラクリがあるはずだ」


 フラフラと歩く。遠くに見える駅前の広場に、陽炎が見えた。


「というか……そもそも、いつのタイミングでベルを鏡に封じたんだ?ベルは確か、勝負に負けて鏡に封じ込められて、「鬼」になったんだよな?

 で、女王が失踪したって分かった日に、俺らが鬼宿しのベルの討伐依頼を受けたから……女王が失踪したって分かってから、俺らがこっちに帰ってくるまでの3日間の間に、幸野満咲になった奴はベルを倒したんだよな?

 いや、でも、「ベルを倒した」なんて受付嬢から聞いてねぇし……もしかして、こっちに帰ってくるギリギリでベルを倒したのか?」


 推理ゲームを解くように、新しい謎に新しい答えを当てはめていく。

 元々の頭の良さが発揮されていくようで、なんだか悔しかった。


「結構、タイミングいいんだよな。少しでも早ければ、他の人……特に冒険者に知られてたかもしれない。少しでも遅ければ、こっちに来るタイミングに間に合わないかもしれない……

 それに、俺らが排除せよ軍団に妨害されてた間ってことだよな?もしそれが無かったら、一体どうやって隠し通す気で――」


 そこまで呟いて、歩みを止めた。


 急に、周りの世界の色が飛び込んできた。

 親子連れが遠巻きに亥李を見ているのが分かった。


「…………行くか」


 夏の暑さに負けないほど、顔が赤くなっていた。


 ポケットに入れていたスマートフォンを確認し、月島家の方へ向かった。


(ブランキャシア最後の日……あの、排除せよ軍団が襲ってきた日。

 本当に、あのタイミングでベルを倒したとするならば……イゲタ洞窟に行く奴を排除するというのが、ベルに近付かせることではなく、幸野満咲の前の奴を見せない為だとするならば……そして、排除せよ軍団が、本当にウィル=フレンドシップ様の下僕だとするならば……

 ウィル=フレンドシップ様が隠そうとしてた、幸野満咲の前の奴の正体って……)


 階段を一段ずつ降りる。その度に、推測が止まらなかった。


「……ま、邪推か」


 だが、それをケロッと手放した。

 自分の考えが真実だとは、とても考えられない。


(ま、ちげーだろ。俺の推理なんて当てになんねーし……帰るか)


 そう思いつつ、亥李は月島家へと歩みを進めた。



 一方、その頃。


 山の中で千里、参華と別れたナリは、偽有と戦ったあの山道にまでやって来た。


「この山は……いつ来ても、不思議なことばかりだにゃ」


 獣人族の尻尾が、ゆらゆらと揺れた。


(奏太の時も、立花の時も、偽物の時も……この山だと、必ず変な世界に連れていかれて、そこで戦って、終わったぐらいに変な声が聞こえて……気が付くと、皆忘れてる。なんなんだろ、一体)


 昔にあったことを思い出そうとすると、いつも同じ疑問に当たった。

 それは、今も同じだった。


(私は……何か、夢でも見てたのかな。私が知ってることが、実は夢の話で……本当は、皆が覚えてることが現実なのかな)


 そう考え始めると、段々と自分の記憶に自信がなくなってくる。


 だから、ナリはいつも気にしないフリをした。


(いや……こんなに色々と覚えているのに、夢の話だとか、私の覚えてることが現実じゃないとか、有り得ないでしょ。多分、きっと……皆が、何かを忘れてて……)


 そこまで考えて、ナリははたと気付いた。


「……あれ?今回の赤い人形の騒動……皆覚えてるにゃ?」


 今までの騒動では、ナリ以外の全員の記憶が無くなっていた。


 だが今回の騒動は、関わった人物は誰もが覚えていた。偽有を倒した直後に零が覚えていたので、間違いない。


(なんで……?今までの事件と、何が違うんだろう?)


 必死に、偽有との戦いの記憶を手繰り寄せた。


(……そうだ。今までは、最後の変な声が聞こえてたけど……今回は、聞こえなかった。アストリアス様が話して、何か言って、終わったんだ。確か……)


 あの時、アストリアスに言われたことを、頭の中で文字化していった。


「「もうバレちゃった。」そうだ、アストリアス様はそう言ってたにゃ。誰にバレたんだにゃ?その後……何が起きて、皆の記憶が保たれたんだにゃ?」


 足りないピースを補うように、必死に頭を働かせる。


 そのせいか、かけられた言葉に気が付くまで、時間がかかった。


「――ちゃん!ナリちゃん!」


 声に驚き、慌てて振り向いた。


 千里や参華の声ではない。明るく優しい声だ。


「愛……!?」


「久しぶり、ナリちゃん」


 そこには、文化祭で再会した、福島愛がいた。


 愛もまた転生者であり、時の回廊の事件の際は、自身の魔法を使って参華をサポートしていた。


「な、なんでここに?」


「えへへ、少し逃げてて……」


「逃げる?大丈夫かにゃ?」


「うん、大丈夫。相手は、私が誰かが分かってないみたいだしね」


 そう言って、愛は余裕そうに笑顔を浮かべた。


 ゆるふわなイメージのある彼女だが、どうやらかなり頭がいいらしい。


「それで……ちょっと聞こえたんだけど、アストリアス様、って?」


 まずい。咄嗟に、ナリはそう思った。


 ナリが呟いていたことは、誰にも聞かれたくなかった。

 もし誰かに聞かれてしまったら、「誰も覚えていない」とナリが思っていることを知られる気がした。


「ああ、えっと……」


「アストリアス様って、ブランキャシアの女王様?懐かしいねー、その名前。よく、うちの教会に来てたなぁ」


「うちの教会?えーっと……太陽神ティラーだったよね?愛が信仰してるのは」


 なんとか、話を逸らす方法を見つけた。

 ナリはそう思いつつ、愛が口を開くのを待った。


「うん。一応、太陽神ティラーの神官だったよ。魔法使いでもあったけど……弱っちくて、辞めちゃった」


 愛はそう言って、苦笑いを浮かべた。

 そのまま、愛は続けた。


「アストリアス様もよくいらしてたよ。私達転生者は皆こっちに来たけど、アストリアス様は今どうしてるのかな……一人で、精霊達と一緒にいるのかな」


 その言葉を聞いて、ナリは当初の目的を思い出した。


 仲間が頑張って探しているのに、自分が愛と話しているだけでは、仲間に顔向け出来ない。


「アストリアス様……今、こっちの世界にいるらしいんだにゃ。昨日、話しかけられて……私を探してって言われたんだにゃ。

 愛、アストリアス様のこととか、知ってるかにゃ?」


 ナリがそう言うと、愛は驚いた表情を浮かべた。

 しばらくして、愛は残念そうに首を振った。


「ううん。ごめんね、ナリちゃん。今知ったぐらいだし、ブランキャシアにいた時のこと以外は、何も……」


「ああ、うん。ごめんにゃ、変なこと聞いて……」


「でも……アストリアス様なんだよね」


 愛はそう言うと、手を口元に当て、悩み始めた。


「ナリちゃん。アストリアス様は、神出鬼没だよ。彼女にしか分からない魔法を覚えてて、それを何度も使ってるから。それでも、ナリちゃんは会いたいの?」


 なんで、そのことを知っているのか。


 愛から聞き出したかったが、ナリは愛のその目を見て、早く答えなければいけないように感じた。


「うん。明日までに見つけないと……アストリアス様は目的を達成して、全て終わらせるんだにゃ。どうするのか、まだよく分からないけど……」


 それを聞いて、愛の目がカッと見開いた。


 瞳孔が大きくなっていく。信じられないようだ。

 息が段々と荒くなっていく。何かを恐れるように、目をつぶる。


「あ、愛?」


 ナリが声をかけた。


「……うん」


 愛が、深く呼吸をした。


 何か、覚悟を決めたようだった。


「……ナリちゃん。アストリアスに、会いたい?」


「様」のない呼び方。


 いつにも増して、愛が本気なような気がした。


「うん。会いたいにゃ」


「……そっか」


 愛がそう呟いた。


 風が吹いた。愛の髪を、風が撫でた。


「明日の夕方、風ノ宮高校に来てよ。アストリアスに……会わせてあげる」

次回は8月19日、月曜日です。


今回の章「千の真珠、湖の鍵、失われた女王」は、グリム童話『蜜蜂の女王』をモチーフにしています。


次の金曜日(8月23日)に、番外編の幕間ラジオの質問を締め切ろうと思います。

最後の幕間ラジオなので、是非ご応募下さい!

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