毒の戦い
「ああ……もう!今日は本当に特殊な毒ばかりだ!どいつもこいつも私の計画を狂わせやがって!なんですかその魔法は!神官だったのに知りませんでしたよ、そんな魔法!その、ホーリーなんちゃらとかいうやつは!」
安寿が顔を真っ赤にさせて言った。その様子が、美波には面白くてたまらなかった。
「神官魔法レベル4、初期中の初期に習う魔法だよ?上達したいなら基礎からしっかり、ね。特に、あなたネクロマンサーなんだから!」
「キーッ!あなた達、全員あの神官を殲滅しなさい!《思考支配》!」
安寿が杖を乱暴に振った。生きている信者達が、美波に向かって襲いかかろうとしていた。
「10人なら全然大丈夫にゃ!《肉体烈火》、《狼牙人手》!」
ナリが美波の前に現れ、そう叫んだ。筋肉がくっきりと見え、手の甲には鋭い角が生えた。そして、ナリは手を床につけ、なるべく体を下に下げるように足を伸ばした。
「さあさあ、「草原の勇者」と呼ばれた獣人族独自の技……を、私が我流で取得し改変した、「有七種技」の1つ目をとくとご覧あれにゃ!」
ナリは静かに深呼吸をして、心を落ち着かせた。そして。
「獣人技!《有象無象》ッ!!」
ナリがそう叫び、拳を床に思いっきりぶつけ、足とその振動で飛び上がった。
信者達がナリのいた場所に来た辺りで、ナリが空中で体制を整え、両腕を引き、集中するように口から息を吸った。そして、それを吐いた瞬間に目を見開き、右足でバランスを取りながら左足で1人、空中で1回転し、重力をかけて拳で1人、倒れた人の上に立ち両の拳で2人倒した。倒れた人達はしばらくすると起き上がってきたが、ナリはその間も、同じことを繰り返し、最後に2つ殴っていった。
「な、ナリちゃん、大丈夫!?」
「はあ……はあ……大丈夫にゃ!これで全員殴ったかにゃ?」
「うん……でも、まだ起き上がってくるよ!とりあえず……《緑光回復》!」
美波がロザリオをナリに向けて掲げた。緑色の光が足から頭までナリを包み込み、ナリの息が整っていった。
「わざわざ回復しなくても良かったのにゃ。これ、スタミナ使うだけだしにゃ」
「気になるからいいの。それより、もっかいくるよ!私も手伝うから、ナリちゃんは1人1人丁寧に倒して!」
「りょーかいにゃ!さてさて、次々いくよ!獣人技2つ目!《有為転変》ッ!!」
「こっちも!《太陽神拳》!」
ナリはどしっと足を広げて構え、近付いてくる信者に向けて、右手、左手、右手と6回同じ人物に殴りつけた。そして最後、その信者が倒れると、2人襲いかかってきたのを左足で蹴り飛ばした。
「我が神ティラー、私に力を……!」
そして美波はロザリオを構え、目を瞑った。すると、美波の頭の真上に魔法陣が出来上がり、そこから大きな拳が現れた。その拳は太陽のように明るく、白くて光の輪が手首に取り付けられていた。その拳が具現化すると、美波は目を開き、ナリに殴られた信者の後ろから、蹴り飛ばした後のナリに向かってナイフを持って襲いかかってきた信者を、上から殴りつけた。
「のわっ!……って、あにゃ?美波がやったのかにゃ?」
「そうだよ!私、こう見えて攻撃魔法もそこそこあるんだから!ねえ、安寿さん?」
美波が安寿の方を見た。美波の上から魔法陣と拳が「シュウ」と音を立てて消え、その様子を見た安寿が美波を睨みつけた。
「《太陽神拳》……神様の拳を一瞬だけ具現化して殴るっていう、ちょっとアグレッシブな魔法で……自分が信仰している神様の名前によって魔法の名前も変わる、ちょっと珍しい魔法なの。あなたにとってその名前は誰かしら?」
「……ホワ」
「ホワイト様?でもいないんでしょ?」
「……だー、もう!分かりましたよ、私もやればいいんでしょう!?いきますよ、《腐敗神拳》!」
そう叫んで、安寿は美波と同じように魔法陣から拳を召喚した。真っ黒で紫の線が入った服の女性の拳が、美波に向かって向かってきた。
「美波!」
「大丈夫!ナリちゃんは信者の人を殴ってて!」
美波はもう一度「《太陽神拳》!」と唱えた。そして、美波の召喚した拳と、安寿の召喚した拳が激突した。それはとてつもない衝撃でぶつかり、火花が散った。信者の数人が衝撃で吹き飛び、ナリや信者は驚きでその激突を見ていた。
「あれ……俺、今……」
ナリは、神官の1人がそう呟いたのを聞いた。が、それよりも衝突音が鳴り響き、美波と安寿が叫びながら話していたので、ナリはそちらに目を向けた。
「ラグザバスって……腐敗の女神と呼ばれている、毒と病を司る、邪悪な疫病の死神、だよね?本当に毒が好きなんだ……ホワイト様なんて、この世界には居ないんだね!」
「……ええ、居ませんよ!何もかも!信じれるのはラグザバス様しかいない!ホワイト様も、ホワイト教も、全部虚構です!私にはラグザバス様しか居ない!彼女こそが……私から毒を抜き、毒を与える能力を与えた真の女神です!」
「ああそう……でもその女神、魔物の神様だよ?死を与えるとかなんとか」
「分かっていますよ!でも……彼女だけが、私を救ってくれるのです!」
「……あなたが、他の人間の神……たとえば、私と同じ太陽神ティラーを信仰していたら、どうなっていたのかな……」
「知りませんよ!さあ、私も戦いますからかかっていらっしゃい!ほら、あなた達も!《思考支配》!」
安寿が、魔法陣と拳が消えた後に信者達に向かって杖を振った。ナリは数歩前に走って避けたので特に問題なかったが、信者達はその魔法が具現化した小さな紫の光の珠が弾けたのに当たり、安寿の前に整列した。
(ん?もしかして……あの《思考支配》ってやつ……)
ナリはそう思いつつ、1回跳んで美波の前へと出た。もう一度屈む。
「美波、私はなんとかして先に信者の人達を倒すから、美波は安寿の相手してて!後で追いつくにゃ!」
「了解、ナリちゃん!」
ナリが、近くにあった椅子の背もたれの上に乗り、重みで後ろに倒れていく椅子を蹴って、信者に近い椅子へと移動した。
その間にも、信者達は近くにあった石の床の破片を掴み、それを投げたり、それで切りかかろうとしてきた。その破片がナリの顔に切り傷を作ったが、ナリはそれに怯えることなく、椅子を蹴って近付いた。
「はあ……はあ……いくにゃ!獣人技!《有為転変》派生系!」
ナリがそう叫び、椅子の背もたれを両足で蹴って勢いをつけ、1番近い信者に突進した。ぶつかった衝撃で体制を整えたナリが、傷が広がったのも構わず、6回近くの信者に、左足で蹴り飛ばした。しかしその場所は、安寿の目の前だった。
「今です!《病原拡散》!」
安寿に近付いてしまったナリに向け、安寿が杖を振った。すると……
「……!?……ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ……」
ナリの体は急に青くなり、ナリは屈んだまま咳をし始めた。
(な、なんで……なんで急に、病気にかかったみたいな……体が、すごく重く……)
「ナリちゃん!ええと……《緑光回復》!」
美波が体力の回復魔法を唱えたのだが、その隙を安寿は見逃さなかった。
「信者達!襲いかかりなさい!《思考支配》!」
信者達が襲いかかった。ナリへ回復魔法を届けることは出来たが、美波が後ろに下がっても攻撃は止むことなく、信者達の破片の攻撃を美波はもろに受けてしまった。
「うぐっ……」
「み、美波っ……!」
先程受けた傷が治り、ナリが信者達に向かって突進した。信者達はよろめき、ナリはその場で苦しみながらもなんとか膝をついた。
「ナリちゃん!」
「美波は……自分の……回復を……っ!」
ナリは、体が重くて自分が思うように立てないことが分かっていた。
「あら、どうしましたか?猫のお嬢さん。苦しいですねえ、ウイルスがどんどん体の中を蝕んでますねえ。なんででしょう。美波さんが魔法を撃ってくれないからでしょうか?
可哀想に。こんなに頑張っているのに、美波さんは病気を回復する魔法すら放ってくれないなんて。神官魔法の基礎中の基礎ですよぉ?」
安寿が煽るように美波を見た。美波は苦い顔をして、
「……《病原回復》!」
と叫んだ。ナリの体から病気の影が無くなり、ナリは息を整えながら立ち上がった。
「なんだ、知ってるじゃないですか。もしかして、今思い出したとか、そういう訳では無いでしょう?」
「……ええそうよ、今思い出した。ごめん、ナリちゃん。遅れてしまって」
「……はあ……いいにゃ、美波。それより早く、美波の回復……」
「そんなこと、させる訳ないでしょう!《毒霧拡散》!」
ナリの言葉を安寿が遮り、美波に向けて紫の霧を霧散させた。
「!美波っ!」
ナリが美波を左手で押した。
「ゲホッ、ゲホッ……今度は一体……!?」
そして、ナリはその毒を吸ってしまった。
ナリの目は突然として視力を失い、毒の霧は瞳を真っ赤に染め上げた。
「ナリちゃん!!」
「仲間思いですねぇ。その霧は、ダメージを与えつつ、一定時間視力を奪うという、ラグザバス様の魔法の中でもトップクラスに強い魔法です。回復魔法じゃどうにもなりませんよ。さあ、どうしますか?太陽神の神官さん!」
安寿がまた、ニヤリと笑った。
この話の異世界単語はとあるTRPGをモデルにしています。次回は5月7日です。