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にゃんと奇妙な人生か!  作者: 朝那月貴
赤き人形達の舞踏会
126/159

本物 vs. 偽物

 その日の夜。

 タイムリミットまで、あと24時間。


「来たんだ」


 偽有は、ナリと零の姿を見て嘲笑った。


 偽有がいたのは、有が転落した崖の前だった。

 そこにいるということは、何となく、ナリは分かっていた。


「昨日までメソメソ泣いてたのに。お父さんのこと、もう見捨てるの?かわいそうだね」


「見捨てる訳じゃないにゃ」


 被っていたキャスケットを取り、崖の下に投げ捨てた。

 零が少し遠くから、固唾を飲んで見守っていた。


「お父さんは、偽物の私を見て……前を向いた。あの日のように……自分にとって良い日常を壊して、成長しようとしてた」


「だから、その成長を妨げるって?自分の為に?酷いね。親不孝者」

 

「違う。お父さんが前を向こうとしてるのに、それが偽物だって、後から知ったら……お父さんは、もう二度と前を向けなくなるかもしれない。

 お父さんはこれから辛くなるかもしれないけど、この偽物の幸せが長く続く方が……お父さんは、辛い思いをする」


「あくまで、お父さんの為に……ってね。さすが私。他人の幸せを優先する癖に、他人に辛い思いを強要するんだね」


「そうだよ。私は、そういう人間だ。真実を知る辛さよりも、今まで築いてきた幸せが偽物だった辛さの方が……辛いんだ、絶対」


 ナリがそう言うと、偽有は「あーあ」と残念そうに呟いた。


「地獄だと分かった上で突き進む、そういうところ。大嫌いだって、言ってたよ。マスター」


 偽有は呆れたような表情を浮かべ、《異形》で獣人族の姿に変身した。


「やっぱ、すげぇ似てんな……」


 零が、ナリに聞こえない程度の声で静かに呟いた。


「で?どうするの?私を倒したところで、私は復活するよ。魔力源が(つい)えない限り」


「言わない。言ったら、マスターっていうのに邪魔されそうだし」


「ま、確かにね。マスターは全知全能の神じゃない。言わなきゃ、何も分からないね。じゃ、何しに来たの?まさか、お話しに来た訳じゃないでしょ?」


 ナリはそれを聞いて、一つ深呼吸をした。

 そして、偽有を睨みつけ、言った。


「決着をつけに来た。私とあんたの、一対一で」


 空気が変わったような、そんな気がした。

 ナリと偽有の髪を、風がなびかせていた。


「お、おい!ナリ!俺とお前であいつと戦うんじゃ……!?」


 後ろから、零が慌てたような声で聞いた。

 彼の右手には、既に武器が握られていた。


「ありがとう、零。でも……私、自分の力で勝ちたいんだ。だから……ごめん。見守ってて。私のこと」


 そう言って、ナリは《異形》で獣人族の姿に変身した。

 偽有との違いはほとんど分からない程、2人は似ていた。


「あの時使った結界、出すにゃ。そこで、決着をつけるにゃ。私の存在と、お父さんの幸せを賭けて」


「にゃははははは!そう来なくっちゃ!山門有!」


 この状況を楽しんでいるのか、偽有は今までに無いほどに高笑いをした。


「《道半ばの(ラプソディ・フォア・)狂詩曲(トラベラー)》!お前を奪って、私がお前になってやる!」


 偽有がありったけの思いで叫んだ。

 その瞬間、ナリと偽有の足元に、白い魔法陣が浮かび上がった。


 それは右回りに、くるくると回転し始めた。

 次第に回転が速くなり、点滅し始める。

 そして、その回転に伴って、魔法陣は大きく広がっていった。


「待っててね、零!もうすぐで、私は零の隣にいられる!」


 偽有はそう言って、嬉しそうに零に手を振った。


「そうかよ。ナリ!」


 だが、それをものともせずに、零はナリに自信たっぷりの目を向けた。


「俺はお前のこと、信じてるからな!お前も、自分のこと信じてやれよ!帰ってきた時、お前がお前じゃなかったら……許さねえからな!」


 叱咤激励するような形で、零が叫んだ。


「……うん!」


 涙が出そうなのを必死に堪えて、ナリは頷いた。


(私には……帰るべき場所がある。必要としてくれる大切な仲間がいる。私のことを忘れて、前を向いて欲しい人がいる)


 魔法陣がキラリと光った。

 世界が眩い光に包まれていく。

 視界が白に染まっていく。


「だから、勝つんだにゃ……絶対に!」


 ナリがそう叫んだ時、世界は白い空間へと変貌していた。



 その世界は、一言で表すのならば「白」だった。


 どこまでも続く白い壁。六角形で構成される白い床。

 天井にはドームが形成されており、それも白かった。


「どう?この世界。つまらないでしょ?」

 

 ナリの目の前には、肩をすくめる偽有がいた。


「木も、地形も、崖も、有の死体も、零も、町も……全部、この世界には存在しない。あるのは、白い空間だけ。どう?」


「つまらない、というか……怖いにゃ。何も無いのが」


 ナリがそう言うと、偽有は手を叩いて笑い始めた。


「な、何がおかしいんだにゃ……!?」


 ナリが構えた。

 手に装備されたグローブを、強く握りしめた。


「いやいや、ごめん。マスターとは違う意見でさ」


「マスターとは違う意見……?マスターも、ここに来たことがあるのかにゃ?」


「いや、無い筈だよ。でも、マスターは……こういう空間のことを、つまらないと言った。虚無だと言った。()()は、怖いって言って……面白い違いだよね」


 偽有は笑って、構えた。

 手にはやはり、ナリと同じダークフルムーンコレクションが装備されていた。


「さて、じゃあ……お喋りもこれくらいにして、始めようか?」


 同じ構えで、同じように呼吸をした。


「《筋肉烈火(マッスルハッスル)》ッ!」


 2人の声が揃った。

 腕と足の筋肉が増大する。そのまま、ナリは右の拳を突き出した。


「《朝有紅顔》!」


 だが、手応えがない。

 見ると、右の拳は、同じく偽有により突き出された右の拳と激突していた。


「読めちゃうんだよ。()()の攻撃なんか!」


 偽有はニヤリと笑い、右足でそのままナリの脇腹に蹴りかかった。


「むしろ、私の方が!()()に出せない技を使ってるんだよ!《子虚烏有》!」


 すんでのところで、右足をかわした。


 そのままバク転し、距離をとる。偽有は挑発するように、手を動かした。


(今までで一番、やりにくい相手かも……!)


 ナリはそう思いつつ、深呼吸をして乱れた息を整えた。そして、そのまま偽有の元へ駆け寄り、右手を突き出した。


「《有為転変》ッ!」


 右の拳がヒットしたのと同時に、左手を突き出した。そのまま、計6回殴る為に、また右手を前につきだす。


「にゃっ……!」

「ざーんねんでした、()()さん」


 だが、その行動すら読まれていた。


 引こうとした左腕を偽有に掴まれ、すぐにそのまま右手も掴まれた。

 身動きが全く取れない。ナリ同様、握力が強いようだ。


「山門有の技って、拳を使った技や頭突きが多いんだよねぇ。それって、絶対的な自信があるってことでしょ?拳が使えない状況なんて、起こりえないっていう、さぁ!」


 偽有が膝でナリの顎を蹴った。

 強烈な痛みが、顔周りを襲う。顎のところには、既に赤く傷跡が残ってしまっていた。


「ほらほらほらほら!早くしないと、もうやられちゃうよ!」


 そう言って、偽有がナリに頭突きをした。

 頭がクラクラする。だが、痛みに耐えている時間など、ナリにはない。


「う……《有無創生》!」


 頭突かれた勢いを利用して、1歩下がった。

 そしてそのまま、ナリの身動きを縛っている偽有の腹部に向かって、思い切り頭から突進した。

 

 思わず、偽有が手を離した。


 その隙に離れ、傷ついたところを手で拭った。


 血は出ていない。ヒリヒリするような痛みが、傷跡に残っていた。


「思った以上に……つまらないね。あんなに意気込んでた癖に」


 長い髪をサッと払い除け、偽有は呆れたように呟いた。


「私に勝負を挑んで、簡単に勝てると思った?大間違いだよ、山門有。私が、模倣物(やまかどなり)である以上……行動も思考も、全部筒抜け。分かる?

 あなたに私は、壊せない」


 したたかな口調で、偽有が言った。


「あなたに、あの人形は壊せないでしょう?」

 

 つい先日聞いた満咲の声が、脳裏に蘇った。


 妖艶かつ神秘的で、それ故に恐ろしく感じる声だった。

 

「壊せないものなんて、あるもんかにゃ。お前が模倣なら……模倣物には真似出来ない「本物たる所以(ゆえん)」が、あるはずにゃ!それが、お前を壊す突破口だにゃ!」


 真っ直ぐに指を指し、宣言した。


(どんな些細なことでもいい!見つけるんだ!本物の有は、私なんだ!)


 闘志がみなぎってくるのを感じる。


 状況は絶望的でも、今はその闘志だけが、希望に感じられた。


「…………大嫌いなんだよね。そういう、嘘吐きなところ」


 人形は、静かに残念そうな声で呟いた。

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