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にゃんと奇妙な人生か!  作者: 朝那月貴
赤き人形達の舞踏会
125/159

インタビュー

 次の日。


「ね、ねえ……ほんとに行くの?」


 キャスケットを目深に被り直しながら、ナリが尋ねた。


「おう。だって、気になるだろ?お前の父さんの幸せ」


 先を行く零が、楽しそうな声で言った。


 結局、ナリは「ユウ」という架空の人物に成り代わり、父親に会いに行くことになった。


 その仕掛け人は零なのだが、彼は何の不安もないような顔で、前を歩いていた。


「ねえ……さっきから、何見てるの?空見てたって、うちには着かないよ?」


 零は定期的に、空を見上げながら歩いていた。


 雲の形でも確認するかのようにして、空を見上げ、その後に前を向く。

 その行為を、零は繰り返していた。


「ん?ああ、気にすんなって。俺が迷っても、お前が家に連れてってくれるだろ?」


「まあ、場所分かるからいいけど……なんで、うちの場所分かるの?何も教えてないのにさ、曲がるところでちゃんと曲がって――」


「あ、あそこか?」


 ナリの声を遮り、零が確認するような声で尋ねた。


 零が指差した先には、やはり山門有の家があった。


「うん、うち……なんで分かったの?凄いね、魔法?」


「いやー……まあ……」


 歯切れ悪く、零が答えた。


 零はまた空を見上げ、そのまま玄関の扉に目線を下ろしていた。


 ナリもその通りに目線を動かすが、何も異変は無い。

 空には、魚の形の雲が浮かんでいた。


(うん?零には何が見えてるんだろ……魔法、何か使ってたっけ?うーん、いや、行く時は何も使ってなかったはず……私には見えない魔法か何かがあるのかな?私、魔法得意じゃないからなー……)


 ナリが零の顔を見て悩んでいると、零はその目線に気付き、優しく笑った。


「さっき言ったろ?気にしなくていいって。それに、ほら、お前の出番だぜ」


「出番?なんのこと?」


「ほら」


 零がインターホンを指さした。

「押しなよ」と、零の口が動いた。


 それを見た途端に、急に胸がザワザワし始めた。


「え、い、いや、零が押すべきなんじゃないの?今日、私は零の助手っていう設定で……」


「それはそれ、これはこれ。お前、今まで帰って来れてなかったのに、「ただいま」も言わないでどうすんだよ?」


「そ、それは、そうだけど……」


 そっと、手を伸ばした。


 10センチメートルも離れていない距離が、なぜだかとても遠く感じられた。


 手が震えた。

 まだ、父親とは仲直り出来ていないのだ。

 それなのに、今更別人として帰ってきては、父親に申し訳が立たない。


「ナリ」


 無意識に集中していたのか、零の呼びかけで、人間の姿では存在しない毛が逆立った気がした。


「わっ!う、うん、なに?」


「自信持てよ。大丈夫、何かあっても俺がついてる」


 零はそう言って、優しく笑った。


「自分を信じて、行動に移す!心配事が消えないとしても、何か事態は好転する!そういうもんよ!」


 前に、亥李が自信満々にそう言っていたのを思い出した。


(言ってること、ほとんど同じなんだけど……零の方が、信じられる、気がする)


 亥李と零は、ただの仲間であり、友達であるはずだ。

 そこに、差異は無いはずだ。


 だが零の方が、どこか嬉しい気がした。


「ありがとう、零。いく、よ」


「おう」


 ナリがインターホンに触れ、そっと呟いた。


「ただい……あ、いや」


 仄かに笑を零し、ナリは静かにインターホンを押した。


「はい」


 すぐに父親が出た。一気に緊張が高まった。


「あ、すみません、昨晩お電話しました、川鞍新聞の月島と申しますー」


 緊張で話せなくなったナリの代わりに、零が応えた。


「ああ、少々お待ちください」


 少し強ばった口調で、インターホンが切れた。


「言わなくて良かったのか?ただいまって」


 零が気遣う声で聞いた。


 だが、零の予想とは違い、ナリは吹っ切れたような、何か覚悟を決めたような顔で、言った。


「うん。ただいまって、言うべきなのは……猫のナリ(わたし)じゃなくて、人間の有(むかしのわたし)だから」


「ナリ……お前……」


 零が少し驚いた顔で、ナリを見つめた。


 その続きを零が話そうと口を開いたところで、丁度、有の父親が玄関から現れた。


「おまたせしました。暑いし、中にどうぞ」


 文化祭で会った時よりも、父親は朗らかな顔をしていた。娘が見つかったからだろう。


(……やっぱり、私は……)


 決意が揺らぐのが分かった。だが、昨日の夜に零が言ったことは、どう足掻いても事実だった。


(……迷うな、私。ここには、お父さんの幸せを知りに来たんだ。自分を信じて、行動に移すんだ。そしたら、きっと……)


 頬をパンパンと鳴らし、前を見た。そして、不安そうな顔をしている零に続いて、中に入った。



 有が生きていた頃のように、家の中は綺麗にされていた。

 

 父親の催促で、ダイニングにある椅子に座る。

 可愛らしいテーブルクロスが、ダイニングにかけられていた。


「娘は、丁度今出かけてて……少し、待っていただかないといけないんだけど……」


「いえ、大丈夫です。お父さんに話を聞きたいので」


「ぼくでいいのかい?なら、少し待っていて。お茶、持ってくるから」


 父親はそう言って、キッチンの方へ居なくなった。


 余裕があるようで、少し感情が表情から読み取れるようになっていた。


「……まじか……」


 父親の姿を見て、零がぼそっと呟いた。


「どうしたの?」


 父親に聞こえないよう、小声で尋ねた。


「いや……前に偽物が現れた時、ちょっとな……それを思い出して……」


「大丈夫?なんの事言ってた?」


「いや、後で言うよ」


 零がそう言ったところで、父親が紅茶とカップを持ってやってきた。


「おまたせ。ぼくに聞きたいことって、何かな」


 紅茶を煎れ、二人にカップを差し出した。


 ティーパックで煎れたウバの紅茶だったが、スッキリとしていて優しい匂いと味がした。


「君達、文化祭の時に会ったよね。川鞍大の人だったんだ。OBなのかな?」


「ええ、まあ。俺は違いますけど、こっちの人はOGですよ」


 零がナリを指さした。

 ナリは黙って頷き、キャスケットを深く被り直した。


「それでは、取材を」と言って、零はメモ帳を取り出した。。


「まず……俺達も見てましたけど、有さんとの再会、おめでとうございます。とても感動的なシーンで、思わず涙が流れました。今、どのようなお気持ちですか?」


 いけしゃあしゃあと嘘を吐く、とナリは心の中でツッコミを入れた。

 それにも気付かず、二人は取材を進めていった。


「そうだね……10ヶ月も居なかったから。凄く、嬉しくて……見つかって良かったって気持ちと、生きていて良かったって気持ちかな」


「ありがとうございます。再会した時、お父さんは娘さんに、何と声をかけましたか?」


「とても心配したんだ、おかえり、と……会ったらまず最初に、おかえりと言ってあげたかったんだ。きっと、有はその言葉をずっと待っていたから」


 胸に、グサリとナイフを刺された気分だった。


 また、キャスケットを深く被り直した。父親に今の顔を見せたくなかった。


「……きっと、有さんもその言葉を聞いて、喜んだと思います」


 零が、ナリに向かって聞かせるように言った。


 そのまま、彼は取材を続けた。


「さて、次に……有さんと再会して、今……一緒に、どのようにして過ごしていきたいですか?」


「うん、そうだね……一緒に旅行に行きたいかな。妻が亡くなってからは、全く行けていなかったから」


「なるほど……奥様は、いつ頃……?」


「14年くらい前かな。そこから、有にはずっと苦労かけて……別れてしまった日も、迷惑なことで有と喧嘩してしまって。まだ、それについて何も話していないんだけどね。話しづらくて」


 父親はそう言って、苦笑いを浮かべた。


 胸に刺さったナイフが、胸の奥まで入り込んだような気分だった。


「……あの」


 思わず、声が出た。


 零が「なっ、ゆ、ユウ……!」と呼び止めるのも、ナリには届かなかった。


 父親が不思議そうな目でナリを見つめた。


「迷惑、じゃ、ないと思います」


 キャスケットのつばで目を隠した。

 自分が本当の娘だなんて、知られたくなかった。


「私は、その娘さんじゃないけど……迷惑じゃない、と思います。だって、娘さんのことを思って言ったことが、喧嘩になったんですよね?娘さんも、それを理解してるから……迷惑じゃ、ないと思います」


 息を継ぐように、言葉を紡いだ。


 自分でも、何を言っているのか、なんでこんなことを言うのか、分からなくなっていた。


 父親の驚くような目。当然だ。

 まるで、喧嘩を見てきたかのような発言に、驚いているのだ。


 だが、一度言った以上、止まらなくなってしまっていた。


「ずっと、娘さんは……探してくれていたことに感謝も出来ず、あの日のことも謝れず……後悔、してたと思います。謝りたいと、思ってると思います」


 自分の胸の内を必死に堪えて、言った。


「ありがとう、お嬢さん」


 少し、父親の目を見た。泣きそうな顔をしていた。


「ぼくも……ずっと、謝りたいと思っていた。でも、今普通に過ごしている有を見ていると、言えなくてね。嬉しさと……変わって欲しくない日常に、水を挟みたくなくて」


 優しい声だ。14年間、ずっと聞きたかった声だ。


「でも……きっと、現実から目を背けたままじゃ、よくないと思うんだ。それこそ、あの日有が出ていった日と、何も変わっていない」


 父親の目に、涙が溜まっていた。

 そして、何かを思い出すように、優しく笑みを浮かべた。


「文化祭の日、君は言ったよね。そこに娘さんがいなくても、行くんですかって。ぼくは、たとえ現実が辛いものであったとしても、諦めないと決めていた。僅かな可能性でさえ追い続けると決めていた。だから……」


 父親は涙を手で拭い、言った。


「有に、謝ろうと思うよ」


 目に溢れる涙を、ナリは必死にキャスケットで隠した。

 

「教えてくれて、ありがとう。現実から目を背けていたら、あの日と何も変わらないね。話し合って……ぼくらの未来を、決めなきゃいけないね」


 父親の言葉が、身に染みるようだった。


「ありがとう……ござい、ました」


 ナリはそう言って立ち上がり、廊下を駆け抜けた。


「あっ、おい!すいません、今日はありがとうございました。また後日、お礼にお伺いしますので!失礼します!」


 零が父親に謝る声が、遠くに聞こえた。


(ごめん……ごめん、お父さん……!)


 涙を木の板の隙間に落とし、外に出た。

 もはや、キャスケットでは涙は隠せなくなっていた。



「おい!ナリ!」


 家の外で、零がナリを呼び止めた。

 お互い、息を切らしていた。


「……ごめん」


「お前、父さんに何も言わずに行きやがって……お前の父さん、優しいから怒ってなかったけど……」


「どうしようも、なくて」


 まだ涙が止まらない。

 背を向けていても、零には気付かれているだろう。


「……偽物は、人間を魔力源の器にしたって言ってた。今、お前の父さんを見てて……あの人がそうだって、確信した。多分、あれを続けてたら、何か影響があると思う」


「……そっか」


 必死に涙を拭った。


 現実がどうであれ、父親は前を向いた。

 それが、本当の現実ではないとしても。


「零。決めたよ。ありがとう、甘えさせてくれて」


「おう。結局、どうする?」


「うん」


 目尻が赤いことも、充血しているのも気にせずに、後ろにいる零を見つめた。


 そして、ナリは決意を言葉に乗せ、言った。


「自分の最後くらい、自分で決める」

次週は課題が溜まっているのでおやすみします。

次回は7月19日です。

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