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にゃんと奇妙な人生か!  作者: 朝那月貴
赤き人形達の舞踏会
124/159

揺らぎ

「私は、大罪を犯したんだ」


 ナリは自分の墓場を見て、静かに呟いた。


「これで……きっと、分かったんじゃないかな。私は、お父さんに幸せになって欲しいんだ。今まで、私が叶えられなかった分まで、あの偽物と……」


「でも、あの偽物を野放しにしてたら、お前の存在だって乗っ取られちまうだろ?」


 零のその言葉を聞いて、ナリは押し黙ってしまった。


「……ナリ。ここに、お前の死体がある以上……お前が死んだ事実は、偽物がいようが変わらない。そうじゃないか?」


 零の気遣うような声が、ナリの耳に届いた。


「私の死体が見つかったら、その事実が真実になるけど……でもね。私の死体は、見つからないよ」


「見つからないっつったって、いつかは……!」


「当然、いつかは、見つかるかもしれないけど……少なくとも今は、お父さんの幸せを優先したいんだ」


 ナリはそこで一呼吸置くと、震えた声で続けた。


「偽物を壊すことと、私の死体が見つかること……そのどちらも、お父さんの幸せを奪うのであれば……少しでも長く、お父さんには幸せになって欲しい」


 零はそれを聞いて、なんとも言えない顔をしていた。


(そうだよ。お父さんの幸せが続くのが、時間の問題なら……少しでも長く、お父さんには……)


 ナリの心の中で、諦念が渦を巻いていた。


 父親の為に、自分の命を差し出すこと。

 自分の存在を犠牲に、父親を幸せにすること。


 それは、ナリにとって造作もないことのように思えた。


「なあ……ナリ。一つ、聞いていいか?」


 零の言葉で、ナリは我に返った。


「あ、うん。何?」


「お前の考える「お父さんの幸せ」って……具体的に、どんなのだ?」


「え?」


 ナリはどぎまぎして零を見つめた。


 そんなこと、当たり前過ぎて考えたこともなかった。


「お父さんは、私と一緒にちゃんと暮らそうとしてた。だから……私が見つかって、家族と一緒に暮らすことが、お父さんの幸せだよ」


「でも、本当は死んでるんだろ?家族、全員」


 身も蓋もない言葉だったが、実際それが真実だった。


「今、有だと思ってる奴が偽物で、本物は死んでいたって知るのと……これから先、なんかのタイミングで有の死体が見つかって、今までのは偽物だったって知るの、どっちが幸せなんだろうな」


 零の言葉が、ナリの頭の中で反響した。


(え?どっちも……変わらないんじゃ、ないの?)


 頭の中が混乱する。

 時間以外、何も変わらないじゃないか。


 頭の上の疑問符が見えたのか、零は「ああ、いや」と説明を加えた。


「俺だったら……なんだけど、俺なら、偽物だって分かるのなら、早めがいいと思った」

 

 零はそう言いつつ、困ったように眉をしかめた。


「十さんと一緒に過ごしてた時とかもそうだけど……俺は、十さんのこといい人だって思った期間が長かったから、あんな風に酒を飲ませるって気付いて、かなりショック受けたんだ。まあ、十さんはただ不器用なだけだったなんだけどな」


 零はそのまま、優しい笑顔を作り、ナリに見せた。


「幸せなことって……長く続けば続くほど、裏切られた時に辛いと思うんだよな」


 ハッとした。


 父親に自分の死を伝えることは、零の言う「裏切り」に近い気がした。


(お父さんを今裏切って、これからお父さんが辛い時間を減らすか……いつバレるか分からないけど、今のお父さんの幸せを優先するか……?)


 自分の意志がグラグラと揺らぐのが分かった。


 ナリが自分の死体を放っておいたならば、「山門有の死」が父親に知られないかどうかは賭けになる。


(いつか分からないその時を、運命に任せてしまったら……お父さんは、本物(わたし)のいない世界で、幸せになるのかな)


 今まで考えたことのなかった揺らぎが、ナリを襲った。


 冷や汗が、じっとりと背中に流れた。


「それに……これは、打算的な考えだけど……もし、いつか有の死が明らかになるなら、ナリの存在を優先してもいいんじゃねえかな」


 零は、ナリの顔を伺いながら、静かに言った。


「なあ、ナリ。改めて聞くけど……お前の父さんの幸せは、お前の存在よりも大事なのか?」


 咄嗟には、答えられなかった。


 父親の幸せは、自分か運命に委ねられている。


 今の段階ならば、父親に自分の死体は見つからないだろう。だが、それもいつまで保証されるものかは分からない。


 たまたまどこかの登山客が見つけることだって、あるはずだ。


 その時の父親の嘆きは、どんなものだろうか。


 今まで偽物が山門有の振りをしていて、本当はずっと前に亡くなっていたと知って、どんな風に思うのだろうか。


 それが、父親の幸せなのだろうか。


「…………分からないよ」


 ナリは、絞り出すように呟いた。


「私の思う幸せが……お父さんの幸せかなんて、分からないよ。考えれば考えるほど、いずれお父さんを不幸にしてしまうんじゃないかって、そう思って……零の言う通り……幸せな時間が長いほど、それが嘘だと知ると辛いのかもしれない。だとしたら、もう……お父さんの、幸せは……」


 声が震えた。


 静かな雨のように、涙が流れ落ちた。

 服の裾を両手で握りしめ、腕で涙を拭った。


(私が、死んでしまっている以上……運命が優しくしてくれない限り、お父さんは絶対に不幸になる。私の考えた「お父さんの幸せ」は、手に入れられなくなる)


 悔しかった。


 もし、自分が今でも「山門有」であったならば。

 ただ、行方不明になっていただけであったならば。


 父親の目の前に出てきて、偽物が偽物であることを証明すればいいだけだ。


 だが、それはどうしても出来ない。


(なんで、あの日……私は、死んでしまったんだろう……)


 後悔の痛みが、ナリを襲った。


「……なあ、ナリ」


 その様子を見てか、零が優しく声をかけた。


「「優人さんと、話せるかもしれないにゃ」。そう言ったのは、お前だろ?」


 声真似というにはかなり下手な風に、零が言った。


 ナリは、思わず顔を上げた。

 なぜ急にその話をしたのか、分からなかった。


「「少し、見えてくると思うんだにゃ。これからの、優人さんとの付き合い方」。そう言ったのも、お前だろ?」


「う、うん。優人さんの時に……」


 零はその言葉を聞いて、元気づけるようにニッコリと笑った。


「じゃあ、話してみようぜ。お前の父さんと」


「……え?な、なんて?」


「だから、話してみようぜ。お前の父さんと、今、娘のことをどう思ってるか」


 肝を抜かれた。


 そんな方法、ナリは思いつきもしなかった。


「い、いやいや、話したって……!」


「意味が無いってか?意味はあるだろ。父親の幸せが何かを知って、お前の決意が揺るぎないものになる」


「そうかもしれないけど……お父さんに、私が山門有の転生した姿だって、バレたらどうしようって話してたんだよ?そんなこと、本末転倒じゃ……」


「バレないように話せばいいんだよ。ほら、文化祭の時にバレなかっただろ?あんな感じで行けばいいんだよ」


「そ、そうは言ったって……!」


 焦るナリをよそに、零は楽しそうに笑った。


「大丈夫だって。今の状態だったら、自分の娘と似てる女が来ても、偽物かどうかなんて考えもしねぇって」


 そして、零はナリの両肩を掴み、顔をぐんと近付け、意を決したような、真剣な顔を見せた。


 少し、鼓動が早くなった。


「だからさ。少し、俺に恩返しさせてくれよ」


 そのまま、彼は優しく笑った。


「…………うん」


 それしか、言葉に出来なかった。


(え?えっと……え?な、なに、この感じ……)


 自分に芽生えた謎の感情が、ナリは上手く処理出来なかった。


(零は、さっき言ってたことしか言ってないよね?いつも通りの行動しかしてないよね?普段通り笑っただけだよね?)


 父親のこと同然に、零への感情に混乱が広がった。


「なん、で……?」


 思わず声に出た。


 そのセリフを止めようと、口を手で覆った。

 だが、滑り出した言葉は、やはり零には聞こえていたらしい。


「ああ、悪い!変に触っちまって……かっこつけようと思っちゃって……」


「い、いや、それは、全然……いいんだけど……」


「お、おう、そうか?そうだ、とりあえず明日の昼、お前の父親のところに――」


 零が事務的な話をし始めるが、ナリはあまり話を聞いていなかった。


 聞こえなかった、という方が正しいだろう。


(なんで、こんなに、顔が熱く――)


 そこから先、何を考えていたのか、どんな会話をして家に帰ったのか。


 ナリは、帰ってから何も思い出せなかった。

次回は7月5日です。

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