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にゃんと奇妙な人生か!  作者: 朝那月貴
赤き人形達の舞踏会
121/159

醜くて、罪を重ねた思い出Ⅰ

 ナリはしばらく経っても、零の胸元から離れようとしなかった。


 嗚咽が止まらなかった。今まで溜めていた気持ちが、零の前で吐き出されていく気がした。


 そして、九時になった頃。


 ナリは一口水を飲んだ。やっと、心が落ち着いてきた。


「大丈夫か?ナリ」


 心配そうに零が見つめる。

 ナリが泣きついていても、零は文句一つも言わずにナリを撫でていた。零の優しさが、心に沁みた。


「うん、大丈夫だにゃ」


 身体中の水分が、涙で流れていったような気分だ。

 水をもう一口飲む。水を飲む度に、頭の痛みが取れていく気がした。


「……零。お願いが、あるんだけどにゃ」


 零が優しい笑顔で「ん?」と尋ねた。


 怖い。

 零のことを信頼していない訳じゃない。

 むしろ、零はナリの中で一番信頼出来る人物だ。


 だが、今まで誰にも知らせなかった秘密を打ち明けるのが、とても怖い。


 どんな反応をされるのか。なんと言われるか。

 それを考えるだけで身の毛がよだつ。


「ついてきて欲しいんだにゃ。多分、これを見せないと、始まらないから……」


 だが、自分の過去を零に伝えなければ、どうして今悩んでいるのか、説明がつかなかった。


「ついていくって、どこにだよ?結構もう遅いし……」


「大丈夫だにゃ。むしろ、夜遅いと人がいないから、好都合なんだにゃ」


 ナリは《異形》で人間の姿になった。

 そして、覚悟を決め、零に言った。


「着いてきて欲しいんだ。私の、お墓に」



 今から行くのはね。山の中なんだ。


 私のお墓。私が去年の11月、死んだ場所。


 今まで、誰にも話したこと、無いんだ。もしこれを話してしまったら……私はお父さんの夢を、壊すことになる。


 でも、今は……話さなきゃいけないと思うんだ。

 言わないと、私がなんでこんなに悩んでいるのか、分からないもんね。零から見て。


 いや……もしかしたら、本当は誰かに話したかったのかもしれない。誰かに話して、辛い思いを軽くしたかったのかもしれない。


 そんなこと、許されないような罪なのにさ。


 誰かに話を聞いてもらって、罪を軽くして、許してもらうなんて……おこがましい罪。


 なんにせよ……私は、零に甘えたいんだ。


 弱っちくて笑っちゃう、よね。

 笑わない?零、本当に優しいんだね……


 それじゃあ、前置きもこのくらいにして……

 話すね。私の物語。


 私の、醜くて、罪を重ねた思い出。


 前に、お母さんの話した時のこと、覚えてる?

 零が、最初に「恩返し」って言った時。本音じゃ無かったんだっけ?にゃはは。


 あの時の花火は、もう二度と忘れないよ……


 お母さんはね。私が3歳の時に、交通事故で亡くなったんだ。


 優しくて、笑顔が素敵なお母さんだった。


 お母さんが笑うだけで、家族の雰囲気が華やいだ。


 そんなお母さんがね。私が産まれる前から飼ってたのが、猫のノエル。


 知り合いから譲り受けたんだって。12月24日生まれだから、ノエル。今の私みたいな、ハチワレの和猫なんだけどね。


 ノエルはほとんど外には出さなかった。でも、彼女は外が好きでさ。

 よく窓から外を見たり、玄関の扉が開いたら出ようとしたり。出れないかなーって、様子伺うんだよね。それがまた、可愛くて。


 だからね。あの日も、ノエルは外に出ようとした。


 その日は、うちは慌ただしくてさ。


 お父さんのお弁当にお母さんがてんやわんや。私の着替えにお母さんがてんやわんや。


 私がご飯って言ったタイミングと、お父さんが「弁当まだか」って聞いたタイミングが重なった時は、流石のお母さんも疲れた顔してた。


 その時に、ノエルが外に出た。私が保育園に行こうと先に外に出たら、横をするりと抜けて。


「ノエル!」って私が叫んで、お母さんがそれに気付いた。


 お母さんは慌てて外に出て、ノエルを探しに行ったんだ。


 朝、8時くらいだったかな。うち……一軒家なんだけど、目の前の道の交通量が、結構多くてさ。


 ノエルを抱き抱えた瞬間に、銀の車にはねられた。

 二人とも、ほとんど即死だった。


 その後どうなったかは、あんまり覚えてないんだ。

 なにせ……まだ、ちっちゃかったから。


 覚えてるのは、病院でお母さんの亡骸を見たことと、葬式で色んな人がお母さんを見て泣いてたこと。

 何が何だか分からないまま、四十九日が過ぎていった。


 お母さんのお墓と、ノエルのお墓は、隣にしたんだ。

 お母さん、ノエルのこと、大好きだったから。伯父さんが、そうした方がいいって。


 伯父さんはね、お母さんのお兄さんなんだ。

 そして、山の中の寺のお坊さんでもあるんだ。


 山風町から見ると……山を登って、隣の山の中腹まで降ったら、お寺が見えてくるかな。永音寺って言うんだけどね。


 そこに、お母さんとノエルのお墓があるんだ。


 私はお母さんとノエルが亡くなってから、しばらく伯父さんの所で過ごしてた。中学卒業まで。


 山の中から学校に通う為に、毎日山を降りては登ってたからね。大変だったけど……辛くはなかった。

 麓には友達がいたし、お寺にはお母さんとノエルがいるから。結構、それで鍛えられたのかも。


 その間に、お父さんが何をしていたのか……そして、なんで私が伯父さんの所に預けられたのか。詳しくは、知らなかったんだ。


 だからね。一緒に暮らしたかったんだ。お父さんと。


 普段から、笑みもほとんど零さないお父さんだったけど……それでも、私はお父さんが好きだったんだ。


 あの、お母さんとノエルが生きていた頃の、昔の家族が好きだからかな。お父さんは、家族のことを考える上で、かけがえのないピースだと思った。

 家族はバラバラになっちゃったけど、それでもまた、一緒に暮らせたら……って思った。


 高校生になる時に、伯父さんにお願いしてさ。お父さんの了承も得たってことで、私は前の家に戻ってきたんだ。


 まず驚いたのは……家の中の匂いがキツかったこと。


 すえた匂い、って言うのかな。酸っぱくて、苦い匂い。それが人間からするって気付いて、凄く驚いた。


 うちの中はゴミが散乱してた。部屋の床がちょっとしか見えなくて、足の踏み場に困るほど。


 一番多かったのはビールの缶かな。忘れようとしてたんだね。お母さんを失った悲しみ、それごと。


 その中に、うずくまるようにしてお父さんがいた。


 最初、それがお父さんだって気付かなかった。伯父さんが「(たけし)義兄(にい)さん」って呼んで、初めて気付いたくらい。


 風呂にほとんど入ってなかったんだろうね。体が土色に覆われてて……頬がこけてて、やつれた顔してた。あんまり食べてないんだなって、すぐに分かった。


 伯父さんの呼びかけで、お父さんはやっと、私達が来たことに気付いたんだ。目の焦点は合わなかった。


「久しぶりだね、有」


 しわがれた声でそう言って、お父さんは無理矢理笑みを作った。

 見てるだけで辛かった。


 後で伯父さんから聞いたんだけど……お父さんは、お母さんが亡くなってから、仕事も何も手につかなかったんだって。

 仕事でのミスが増えて、取引先から怒鳴られる日々が増えて……お父さんは、仕事を辞めた。


 規則正しい日々から、転落して……お父さんは、家から出なくなった。


 貯金と遺族年金で、10年近くを生きてきたんだ。

 一人ぼっちで……お母さんを失った悲しみを、忘れようとしながら。


 お父さんは、私の頭から足までじっくりと見て、言ったんだ。ほんのり、目に涙が溜まってた。


「大きくなったな、有」


 見捨てられなかったんだ。お父さんのこと。


 最初はお父さんと暮らしたいってだけで、何にも考えずに家に帰ってきた。


 でも、お父さんを見て……本当にお父さんがお母さんを愛してたってこと、すぐに分かった。


 10年経っても傷が癒えないお父さんが、可哀想で仕方なかった。

 

 でもさ。それでも頑張って、私を気遣ってくれたんだ。

 見捨てて伯父さんの家に帰るほど、私は薄情じゃいられなかった。


 伯父さんが「やめろ」って言うのも無視してさ。私は、お父さんと一緒に住むことにした。


 前に、「介護みたいなことしてた」って、美波に言ったんだ。それだよ。


 私は、高校に通いながら……お父さんの身の回りのお世話をしてた。


 どうしても、見捨てられなかった。



 ナリの背中を、冷たい月の光が照らしていた。


 零は今までの話を聞いて、全く言葉が出なかった。


「……ビックリ、しちゃった?」


 ナリが心配そうに、零の方を見て尋ねた。


「驚きはしたけど……ナリ。大丈夫か?」


「大丈夫って?」


「お前の過去の話だろ。辛い話、思い出させて……悪かった」


 零が落ち込んで言うと、ナリは「ううん」と言って、ほのかに笑った。


「後悔ばかりの人生だと……涙も出てこないんだよ」


 ナリは前を向き、歩き始めた。その歩みは、まるで孤独に歩いているように見えた。


「あの時は……辛い、って思ったけどさ。自分で決めた道だもん。自分で決めて、自分で犯した罪なんだ。言い訳はしないよ」


 なんとか彼女に追いつきたかった。

 だが、いつもなら歩調を合わせてくれるナリは、今日に限って歩みが早い。


 彼女の背中に、手が届きそうになかった。


「なあ、ナリ。今から行くの、お前の墓だって言ってたよな。その……お前の母さんの墓の中に、お前の墓があるのか?」


 ナリを繋ぎ止めようと、零は言葉を紡いだ。


「ううん。山の中って言ったけど……私のお墓は、お母さんのお墓のある山の隣の山。山風町に近い方、って言えばいいかな。私が自転車で山の中を漕いで、崖から落ちて……まだ、その場所にある」


 ナリはそう言って、一呼吸置いた。そして言った。


「誰も知らない……誰も弔わない、秘密の場所だよ」

次回は6月14日です。

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