あなたの為の戦い
ナリは偽有の手を掴んだまま、しばらく動かなかった。
「ねえ、離してにゃ。じゃないと!」
偽有はその状態のまま、片足で飛び上がり、ナリの顔に向かって、もう片方の足で蹴りかかった。
「こんな風に、すぐに抵抗されちゃうにゃ!」
ナリは咄嗟に手でガードしようとしたが、間に合わない。
ナリの頬に偽有の足が当たり、ナリは軽く吹っ飛んだ。
「ナリ!!」
零が叫んだ。目でナリの姿を追う。
ナリは少し遠いところまで飛ばされたものの、すぐに立ち上がろうとしていた。
「まずは偽物、お前からだにゃ!《有無創生》!」
すぐさま偽有が、ナリに向かって突進してきた。
ナリがそれを見て、手で顔の周りをガードした。だがそれにも構わず、偽有は攻撃の手を緩めなかった。
「にゃははは!《有為転変》!」
拳が6回飛んできた。それをガードして受け止めていたナリだったが、最後の偽有の左足の攻撃に、よろけて体制を崩した。
「どんっどん行くにゃ!《有象無象》!」
そのまま偽有が、左足の力を利用して一回転し、その回転の力で重力をかけて、ナリに向かって右手を振るった。その拳はナリの頭に直撃していた。
「うにゃっ……!」
頭を抑えていた。クラクラしてマトモに立てないのだろう。目をつぶったまま、膝を立ててじっとしていた。
「ナリ!早くそいつを壊せ!じゃないとお前がやられちまうだろ!?」
零が叫んだ。その言葉に促されるまま、ナリは目を開き、偽有に向かって拳を振るった。
「《朝有紅……》」
ナリが技名を唱えかけた、その時。
急に、ナリの動きが止まった。顔は引きつり、技名のその先は出てこなかった。
そのまま、ナリは拳を収めた。
「ナリ!迷ってないでいい加減決めろって!俺と一緒にあいつを壊すのか!それとも、あいつを壊さないのか!偽物は放っておいても復活するんだ!なら、この場は壊しても問題ないだろ!?」
零がまた叫んだ。だが、その言葉がナリに届いたのかどうか、零には分からなかった。
「あぁ、もう!《魔力魔撃》!」
痺れを切らして、零は偽有に向かって剣を振るった。
白いオーラが偽有に届きそうなところで、偽有はするりとそれを躱した。
「にゃっはっはー!当たると思ったら大間違い!この有の体は軽くてしなやか!だから、簡単に避けられるんだにゃ!当てられるものなら当ててみるにゃー!」
「当ててやるよ!だから少し待ってろ!」
零は煽ってくる偽有に向かってそう怒鳴った。するといつの間にか、零の頭上に赤く燃えたぎる火球が現れた。
その火球は、零の手の動きに合わせ、偽有の方へ向かっていった。
偽有が避けてもそれは追尾していった。逃がさない、 とでも言わんばかりに。
「《火球火炎》か……にゃら!」
ぴょんぴょん飛び跳ねるかのように避けていた偽有が、急に飛び跳ねるのをやめ、身構えた。
「《朝有紅顔》!」
偽有がそう叫ぶと、偽有の右手に白いオーラが宿っていった。そしてそのまま、偽有は火球に向かってその拳を突き出した。
拳と火球の衝突。偽有の拳の大きさよりも何倍も大きい火球が、拳の纏うオーラと勢いに気圧されていた。
そして、ついに偽有は火球にアッパーを喰らわせ、火球はどこか結界の天井へ飛んでいった。
「にゃっつつ!ちょっと指が壊れちゃったにゃーん。流石に、火球を止めるのには無理があったか……」
偽有が右手をブラブラと動かしつつ言った。
確かに、偽有の右手の中指、薬指、小指がすっかり無くなっていた。
切断された指からは血は流れず、代わりに焦げた後のような黒い何かが、切断面の周りに付着していた。
「これじゃお前は壊せねえのか。俺の偽物は、俺が一太刀当てただけで壊れたのに……」
零はそう言いつつ、右手に白い結晶体を作り出した。
正八面体の形をしており、手に収まるくらいの小さな結晶体だった。くるくると自転しつつ、結晶体は周りから冷気を集めていた。
「そりゃそうだにゃーん。私以外の「赤」は、攻撃を受けたら一瞬で消えるほど脆いもん。でも、私は「赤」の中でも特別。私は、ちょっと程度なら壊れないにゃ!」
そう言いつつ、偽有は魔法を唱えている零に向かって右の拳を振り上げた。
「右手の威力はほぼ無くなったけど!まだまだ、いけるにゃ!」
偽有の突撃に合わせ、零が結晶体を偽有の方向へかざした。
それと同時に、偽有が右手で零に殴り掛かった。だがその勢いを利用して、偽有は右足を軸に一回転し、左足を高く上げた。
「《子虚烏有》!……って、あにゃ?」
偽有が素っ頓狂な声を上げた。
それもそのはずだ。《子虚烏有》は不意を突く攻撃だったはずだが、その攻撃を当てようとした場所には、零の左肩ではなく、先程の結晶体があったからだ。
「読めてんだよ、ナリとの付き合いの長さ舐めんじゃねえ!《氷風白煙》!」
零が偽有に向かって、勝ち誇ったように叫んだ。偽有はガードする間もなく、その結晶体に左足を叩きつけた。
パリィン、 という結晶体の割れる音と同時に、偽有の左足がブチッともげた。膝から下はそのまま灰と化して消え、断面はやはり焦げたように黒いすすのようなものが付いていた。
偽有は必死に立ち上がろうとしていたが、左足と右手の指が無くなってしまったのは、やはり影響が大きかったようで、中々立ち上がることが出来なかった。
「にゃっ……た、立てない……!」
残った右手の指と、左手、右足を使って立ち上がろうとして、バランスを崩してすぐに座り込む、 というのを繰り返していた。
「よし……もうこれで抵抗出来ないだろ」
「にゃはは、そうかもね……それで?どうするの?」
「決まってんだろ。お前を壊す」
零が冷たい声で言った。まるで、人形を捨てるかのような目で。
零は剣を上に掲げると、ガッと目を見開いた。剣を白いオーラが包んでいた。
「一つ聞く。お前、魔力源があるから何度でも復活するって言ってただろ。どのぐらいの時間で復活するんだ?」
「さあ?今まで復活したことないから分かんないにゃ。1日かかるかもしれないし、1時間で終わるかもしれない。ま、少なくとも一つ言えることは……正直時間なんてどうでもいい、って思ってることかにゃ」
にゃはは、 と偽有が乾いた笑顔を浮かべた。
「よし分かった。もう、ナリの前に姿を現すんじゃねえぞ!《魔力魔撃》!」
零が偽有に剣を振りかざした、その時。
「駄目っ!零!」
剣が止められた。
本物のナリが、剣を両手で掴んでいた。彼女の手から、血が一滴垂れた。
「ナリ!?何してんだよ!早くその手を放せ!」
「ごめん、零……私の為に戦ってくれてたんでしょ?本当に……ごめん……」
「な、なんでナリが謝んだよ……悪いのは偽物のあいつだろ!?あれさえ壊せば、お前の存在が脅かされることは――」
「ごめん!それが、出来ないの!」
ナリが涙声で叫んだ。
驚いて、零は剣を振りかざすのをやめた。
ナリの手から剣が離れる。彼女の手のひらは、血が滲んでいた。
偽有は、面白いものを見物するかのように、ニヤニヤとその光景を見つめていた。
「考えたんだ……偽物を壊せば、どうなるのかって。確かに、私の存在が奪われることは無くなる。私は今まで通り、零と一緒に、自由で楽しい転生生活を送ることが出来る。でも!」
ナリが膝から崩れた。目にはいっぱいの涙が溜まっていた。
「そうしたら……お父さんに、本当は去年に娘は死んでたんだって、伝えることになる……!今、偽物を本物だと思い込んで、やっと一緒に暮らせるって、喜んでるお父さんにだよ!?そんなの、嫌だ……!」
「ナリ……言ってること分かってんのか?お前にとって、自分の存在よりも、父親の喜びの方が重要なのか?」
「重要だよ!!」
ナリの叫び声に、零は思わずのけぞった。
「私は、お父さんに、幸せになってもらいたい……!なのに、今私が偽物を壊したら、お父さんの幸せを私が奪うことになる!もう、二度と……お父さんを責めるようなことはしないって、決めたんだ!
だって!私が死んだあの台風の日!私はお父さんを、酷い言葉で責め立てたんだもん!」
ナリの息遣いが荒くなった。過呼吸気味に、ナリは涙を流していた。
「あの日だって、お父さんを責めてた!お父さんが、私のこと気遣ってたことも知らずに……責めて、喧嘩して、大雨の中出て行って!そのまま行方不明になって、家にお父さんだけ残して……10か月経っても、お父さんは私のこと探し続けてたんだ。つまり、その間ずっと、私はお父さんを責め続けて、自分に縛り付けて、前を歩けないようにしてたんだよ……「生きてるかもしれない」っていう、かりそめの希望だけ見せ続けてさ!
今、やっとお父さんは私を見つけたんだ。今までずっと探してきて、苦しんで、誰からも共感されなくて、諦めろって言われて……そんな生活が、今までの人生が報われた、今この瞬間に!誰が、水を差すの?今まで私が苦しめてた分、今度は、私が……!」
息が詰まったのか、ナリはその後の言葉を継がず、涙を流していた。えずいていた。
(ナリ……)
零は静かに、ナリの背中をさすっていた。そうしておかないと、ナリが孤独を深めてしまうような気がした。
空気が重かった。零は何も言えなかった。
その空気感を破るかのように、偽有が言葉を発した。
「今日のところはこれで失礼するにゃ。ふう、危ないところだった……今度はそっちが会いに来てよにゃ。酷い目に遭った……」
よく見ると、偽有はやっとの思いで立ち上がることに成功していた。
偽有がパチンと指を鳴らすと、零とナリは、月島家の前に戻ってきていた。
次回は5月24日ですが、忙しかったり体調不良だったりした場合25日になります。X(twitter)で確認してください。