道半ばの狂詩曲
空には夕闇が広がってきていた。月島家を出て真っ直ぐ歩くと、偽有は零の方を向いた。
「まだ、役者が揃うのに時間がかかりそうだね」
その声は、やはりナリそっくりだった。
(ナリの奴、何してんだ……?自分の偽物なんて、早く壊した方がいいだろ。自分の存在を奪ってしまうなら、尚更……なんであいつは嫌がるんだ?)
後ろにある玄関の扉は、中々開かなかった。1秒1秒が、零には長く感じられた。
「お前……目的はなんだ。なんでお前は、ナリに成り代わろうとするんだ?」
沈黙に耐えかねて、零が尋ねた。
偽有はそれを聞いて、指を顎に当て、首を傾げた。
「うーん……それが私の使命だから、かな」
「使命?成り代わるのが、か?」
「そうだよ。私だけじゃなくて、他の人……零が壊した、川峰創の人形なんかもそう。私達は、生まれた時からその人に成り代わることだけを目的として、生きてきた」
(そう聞くと、なんだか虚しい存在だな)
零はそう思いつつ、さらに偽有に聞いた。
「そうすると、お前らを使役する奴がいるはずだろ。そいつはなんて名前だ?」
「それは教えられないよ。ごめんね、零」
「謝るなよ、本物っぽくて寒気がする。何の魔法を使って動かしているんだ?何の為にそいつはお前らを使役している?」
「質問、多いね……《式神作成》と、《人形操作》。使い魔の魔法としては普通でしょ?」
その2つの魔法は、千里、すなわちアルケミスも覚えていた。
使い魔を使役する魔法の中では一般的で、魔術師なら誰でも取得しているものだった。
だが。
「……本当に、それだけか?」
それだけにしては、随分と式神の数が多かった。
普通の魔術師ならば、犬くらいの大きさの式神を1つ作り出し、それを使役するだけで、自身の魔力を使い果たすはずだ。
だからこそ、山門有、川峰創……仲間達のかつての姿を操作するのには、1体につき1人分以上の莫大な魔力が必要なはずだった。
だが今回は、数が多い上に人間の姿の式神で、それら全てを使役し、その上で自由に話させている。人間業には見えなかった。
偽有は零の様子を見ると、ニヤリと嫌味な笑みを浮かべた。
「流石、零。山門有に成り代わる上での一番の障害だって、マスターが言ってたけど……本当だったね」
「そりゃどうも。何か他の魔法を使っているのか?」
「《魔源収納》」
その言葉を聞いて、零は目を丸くした。
その目を見て、偽有は口角を上げ、高笑いした。
「にゃっははははは!その、なんで?って顔!最ッ高!」
「《魔源収納》って……俺達が武器とか仕舞ってる錐体のあれだろ!?なんで、それが今……!」
「にゃははは!あのね、零は知らないかもしれないけど……毒りんご事件の時の、毒島安寿!あいつがね?教会のステンドグラスに、魔力を貯めてたんだ。その応用!分からない?」
うざったらしい顔を、偽有が浮かべていた。
ナリは絶対にしない顔だと、零は思った。
「……分かんねえよ」
「分かんない?分かんないのかにゃ?なら、教えてあげようかにゃ!にゃっはは!零でも分からにゃいなんて、これはこの先私が成り代わっても分からないんじゃないかにゃー?心配だにゃー?」
偽有と言えども有の顔をしているはずだが、なぜだか零は、それでもその顔を斬りたくなった。
「《魔源収納》は、具現化しやすくする為にあの四角錐の形にしているだけで!本来は、中に物を収納する為の魔法!何の入れ物に入れるかは関係ない!だから、マスターは入れ物を決めた!人間にね!」
「にん……人間!?そんなこと、出来るのか!?」
「出来るとも!何も知らない人間に、少しずつ魔力を注ぎ込み……人間の形をした魔力源を作り上げた!そして、その魔力源を、私とマスターだけが引き出せるようにした!マスターは私を作り、私は他の人形を作り……まさに、私は連鎖を作り上げたんだ!」
偽有は両手を広げ、くるくると回った。
「私は式神でありながら!式神を使役する立場にいる!だから私は特別なんだ!私だけがこんなにスラスラ話すことが出来るんだ!もしも、私を根源から破壊したいのなら……その魔力源を壊すことだね!そうじゃないと、マスターが私をまた作り出しちゃうから!」
にゃははは、と偽有は笑った。
「なんで、わざわざそんな役目を、ナリの偽物が……!」
「答えは単純!ナリを陥れる為だ!現状、ナリと零、君達だけが――」
偽有が興奮気味にそう語った、その時。
偽有が突如として固まった。口も開いたまま、直立不動になった。
(なんだ……?なんで急に、あいつ止まったんだ?)
零が警戒を高めつつ、剣先を偽有に向けた。
しばらくその状態でいた偽有だったが、突然、口をパクパクと動かし、ブツブツと何かを唱え始めた。
「パスワード……承認。プログラム変更。プログラム変更承認。保存しました。プログラムモード終了。設定画面に戻ります。設定画面を終了します」
それを言ったかと思えば、急に偽有の口角が上がり、先程のようにお茶目な笑顔を浮かべた。
「ごめんにゃ!マスターから、それは言っちゃ駄目だって言われちゃったにゃ!あと、なんで使役するかも秘密だって!いやー残念だったね、零!」
頭をかきながら、偽有が言った。
(なんだよなんだよなんだよ……!あいつ、何を言おうとした!?マスターって奴は、俺達を監視しているのか!?《監視人形》じゃ、こんな長い会話全ては聞き取れない!どこで?どうやって?マスターは一体、何者なんだよ……!)
震える手を無理矢理握りしめ、剣を構えた。
零の額に冷や汗が流れていた。
「にゃはは、ちょっと怖がってる?いつも冷静な、あの零がにゃ?」
見下すような目で、偽有が嘲笑を浮かべた。
「じゃ、マスターのことが気になってるみたいだし、ヒントをあげよう。人間を入れ物にして魔力を貯められるようにするのにも、沢山の魔力が要るんだ。それと……なんで、皆の昔の姿、知ってるんだろうね?にゃはは!一体誰か分かったかにゃ?」
(一体誰か、って言われても……普通の魔術師よりも魔力を持ってて、昔の俺達の姿を知ってる奴、ってことか?益々分かんねえよ、そんなの……!)
頭の中が混乱してきた。目の前では偽有が、斬りたくなるような笑顔を浮かべていた。
「さて、やっと役者がそろったにゃ」
偽有が零の奥を見て言った。後ろを振り向くと、もう既に疲れているような、本物のナリがいた。
「ナリ、大丈夫か?」
偽有に対する怒りを必死に押さえつけ、零はナリに優しく声をかけた。
「零……ちょっと、怒ってるかにゃ?遅くなってごめんにゃ」
「いや、違うんだ。偽物と色々話してただけで、お前に怒ってる訳じゃねえから」
零はもはや怒りをむき出しにして、偽有に剣先を向けた。
「もう、斬っていいよな?さっきからお前と話してて、斬りたくて斬りたくて仕方なかった。その口が塞がるまで……何度でも壊してやる」
「にゃはは、こっわ。でも、今ここで剣を振り回してたら、危ないでしょ?だから1つ、魔法を使ってあげよう」
偽有は笑みを浮かべ、地面に手をついた。
「《****》」
偽有が何を唱えたのか、零は聞き取れなかった。
もはや、別の言語で話しかけられた気分だ。意味も発音も、何一つ分からなかった。
「……ああ。これじゃ、零も偽物も何言ってるか分からないね。よし」
優しい声で、偽有がもう一度唱えた。
「《道半ばの狂詩曲》」
偽有がそう唱えた瞬間、周りの風景がぼんやり滲んできた。滲んだ風景は混ざり合い、溶けていく。沢山の絵の具を混ぜて、1つの色を合成する感覚だ。
そのまま1つになると、シュン、という音と共に縮み、野球のボールほどの小さな球になった。
少し待っていると、内側から段々と、白い光が漏れ始めた。連続した六角形の模様が見えた。
そしてそれが、偽有の手元を離れ、拡大した。
ナリや零のいる場所の奥へ、インクを広げるかのように広がっていった。
それが広がるにつれ、周りにあったはずの家や扉、階段などは全て消えていた。代わりに、六角形で出来た白い球体の世界には、ナリ、零、偽有だけが存在していた。
「完成だよ。私達だけしかいない、私達の為だけの闘技場。《異形》!」
偽有がそう唱えると、偽有の姿は眩い光を放ち、みるみる変化していった。そして、ナリと零が次に見た時には、頭に猫の耳が、尻から長い尻尾が生えていた。
その姿はやはり、ナリの獣人族の姿そっくりだった。
「これで、いつでも大丈夫だにゃ。零」
「ありがとよ、ナリの偽物。これでいつでもお前を壊せる」
偽有と零が構えた。お互い《肉体烈火》を唱え、剣と拳が白いオーラを纏った。
零の後ろにいるナリは、その様子を、怯えた表情で見ていた。
(ナリの奴、まだ躊躇ってんのか……?)
零はそう思いつつも、偽有の方へ走った。それを見てか、それとも偶然か、偽有も同時に走り始める。
「《魔力魔撃》ッ!」
「《朝有紅顔》ッ!」
拳と剣が、火花を散らした。
「ナリの技使うなよ、偽物!」
「そっちだって、山門有の顔を傷つけないでにゃ!」
少し離れて罵り合う。この掛け合いのテンポの良さも、まるでナリと零の会話のようだった。
(くそ、俺の偽物の時より調子狂うんだよ!)
零はそう思いつつ、剣を握る力の向きを変えた。剣に埋め込まれたピアリデイ・ストーンが赤い光を反射し、剣が纏っていた白いオーラが赤く変化した。
「《魔力魔撃=炎》!」
剣に炎の模様が写し出された。そのまま、零は大振りに剣を横に振った。
「にゃっははー!《有無創生》!」
それを偽有は軽く避けると、そのまま零の体に向かって突撃した。咄嗟のことで、零は体制を崩し、そのまま尻餅を着きそうになった。
「うおっ!?」
「そのまま行くにゃー!《有為転変》!」
剣で隠れている零の顔に向かって、筋肉が肥大した拳が飛んできた。《筋肉烈火》の効果だ。
(やばっ……!)
零はそう思い、目をつぶった。その時だ。
「駄目ッ!」
ナリの声が、零の後ろから聞こえた。
目を開けると、ナリが偽有の両手の拳を掴んでいた。
零の胸ぐらに偽有の拳が届くまで、あと数センチ程だった。
「戦うのなら戦うって、分かりやすくして欲しいにゃ。偽物」
偽有がニヤリと笑った。偽物の部分を、わざとらしく強調して言いながら。
「零を傷つけるのだけは、駄目……!」
ナリが力みながら偽有に言った。
「あれは駄目、これも駄目、それも駄目……それなら、何が駄目じゃないの?」
偽有の質問に、ナリは答えなかった。
まだ、何が駄目ではないのか、自分でも分からない様子だった。
次回は5月17日です。
今回は「昔の話で聞いたような気がするな?」という単語がチラホラあります。もし暇だったら探してみてください。
ヒントは、毒りんご事件、山風町の笛吹き、ネバーランドの姫君です。