オカ研部長の占い
美知留は恥ずかしそうに、顔を赤らめた。
ただ自己紹介しただけだが、彼女には超えがたいハードルらしい。
声は可愛らしい見た目に反して綺麗で、カナリアを彷彿とさせた。
「部長、言ったじゃん。文化祭なんだし、名前だけでいいって。本名言っちゃったら、SNSトラブルやらストーカー被害やらに遭うって」
凛のその言葉を聞き、美知留から「あっ……!」と声が出た。高音で、息を飲むような声だった。
「はあ……沢山練習したのに……」
やれやれと、凛が肩を竦めた。
「ご、ごご、ごめん、凛……」
「いいよ。部長がこうなることくらい予想つくし」
「う、うう……」
少し悔しそうな顔で、美知留が唸った。
「で、部長。改めて、こっちが私の兄貴の月島零。その、えー……大学の友達?のユウさん」
凛が零とナリをそれぞれ手で示した。
2人とも「よろしく」と美知留に声をかける。美知留はそれだけでもびくっと体を強ばらせていた。
「それで、かるーく紹介。部長が得意としてるのは、水晶を使った占い。気になることがあったら聞いてみるといいよ、教えてくれるから。くくく、カップルなら相性占いとかもやってるけど、どう?」
凛がからかうように零を見て笑った。
零がしかめっ面で「やんねーよ」と返す。その間にも、美知留は水晶の準備をしていた。
「すごい、本格的……」
ナリが呟くと、美知留はニコッと笑った。まだ緊張しているらしい。
「ユウさん、ちょっと待ってみてください。部長はね、オカルト方面になると急にガラッと性格変わるんで」
凛がそう言うので、待ってみることにした。
美知留はお香をたき、それを持ってナリと零の周りをぐるぐると回ると、席に着いた。
そしてそのまま、水晶を覗き込んだ。先程と水晶は全く変わらないようにナリは見えたが、美知留にはどうも違うように見えたらしい。
「凛のお兄さん、あなた……あんまり素直じゃないでしょ」
人が変わるとは、本当のようだ。
先程までカナリアみたいな高い声を出していたが、今はカラスのような低い声で、零を見てニヤリとしている。
零もナリも、思わずのけぞってしまった。
「い、いや……」
「その反応、すでに素直じゃないよ。あなたは素直じゃないけど、プライドが高い訳でもない。だから、皆に好かれる。でもね」
先程の緊張が吹き飛んだのか、はっきりとした声で美知留が話してくる。2人とも、その話に聞き入ってしまった。
「これから、あなたが素直にならないと、助けられない人がやってくる。あなたがその人を助ける為には、素直な心を伝えなきゃいけないんだけど……恥ずかしがり屋なあなたには中々難しい。でも、その人の目を見ると、自然と湧き上がってくる感情があるはず。それを伝えれば、大丈夫」
美知留はそう言って、また水晶玉を覗き込んだ。
「あと……お兄さん、甘い食べ物、かなり好きでしょ。太っちゃうと健康に悪いから、気をつけて」
零がそれを聞いて、首を傾げた。
「いや、甘い物はそんなに好きでは……俺、好きなのカレーだし」
零がそう抗議したが、美知留は「素直じゃない」と受け取ったらしい。
「次に、ユウさん」
美知留がナリの方を向いた。
緊張した顔のナリに、零が「あんま当たらないから安心しろ」とアイコンタクトする。
ナリはそれを見て、苦笑いを浮かべた。
「ユウさんは……隠し事があって、その隠し事を隠す為に嘘をついてる。そうでしょ」
ドキリとした。
ナリにはその心当たりがあった。
「その秘密の内容は、誰も分からない。だって、ユウさんが誰にも言ってないからね。私にも、家族にも、友達にも、恋人にも……勿論、お兄さんにも」
零がこちらを見た。
零に対して「そんなことない」と言える勇気は、ナリにはなかった。
ナリは黙って、美知留の前にある水晶玉を見た。
先程と変わらず、ナリには普通の水晶玉に見えた。
「これから、ユウさんはその秘密を明かすかどうか、重大な選択を迫られる。そのどちらを選んだとしても、ユウさんは辛い結末を迎えると思う。ユウさんは強いから、ある程度は耐えられるけど……無理って時が必ず来る。その時は、周りの人を頼って」
今のナリにとって、正直、占いの真偽などどうでも良かった。
(私が……辛い結末を迎える?秘密を明かすかどうかで?私の秘密なんて、転生したことと、あと――)
ナリが横で考えていると、零がその考えを遮るように美知留に聞いた。
「秘密を明かすって、周りの奴全員に言うのか?それ、ユウじゃなくても辛いと思うんだが……」
「そこまでは、私には分からない。でも、ユウさんは、1人でも全世界の人でも、誰かに明かせば必ず辛さを味わうことになる。お兄さんも気をつけて。ユウさんは、意見を言わずに身を引くタイプだから」
零はそれを聞いて「確かに」と頷いた。
何か思い当たる節でもあったらしい。だが、それを詮索する余裕はナリには無かった。
「それで、あと……」
美知留が話し始めて、ナリはハッと我に返った。
「ユウさんは、一度これって決めたら絶対に変えないところがあるから、気をつけて。周りが言っても聞かないから。やり遂げたらやっと周りの話を聞いてくれるけど……それまで、ユウさん自身が相談する時以外、全然話聞いてくれないから。お兄さんは、ちゃんと話すんだよ」
「そ、そうかな……そんなつもりはないけど……」
「あとね、ユウさんは苦手なものに苦手だって蓋をしてるけど、本当は大得意な可能性あるよ。一回やってみる価値あるかも。あと――」
美知留の声が早くなってきた。ヒートアップしているらしい。
その時。
「はい!ストップ!」
凛が手を叩いた。
美知留はそれを聞き、ビクッと体を震わせた。
「部長!そろそろ時間だよ」
凛が時計を指さした。美知留が占い始めて10分くらい経過していた。
美知留を見ると、ふぅーっと息を吐いていた。
風船から空気が抜けたかのようだった。
「時間?まだ、閉園時間じゃないが……」
「部長の時間。部長ってば、一度話すと止まらなくなるんだよね。それを止めるために、今回は10分って決めてたの。じゃなきゃ回転率悪いじゃん。あと、部長が話し過ぎて疲れちゃうし」
美知留は上を向いて、溜め込んでいた息を吐き出していた。魂でも抜けたかのようだ。
「ふしゅー……」
「あ、あの……美知留さん、大丈夫?」
ナリが聞くと、美知留はその体制のまま「うん」と答えた。どう見ても大丈夫ではなさそうだが、大丈夫らしい。
「よし、じゃあ凛の様子も見れたし、帰るか。ユウ」
零が立ち上がった。ナリもそれを見て立ち上がる。
(満咲は居なかったけど……まあ、もう学校にいる理由もないよね。じゃあなんで、あの赤い靴の奴らはチケットとかパンフレットを……)
ナリはそう思いつつ、凛と美知留に向かって「今日はありがとう」と微笑んだ。
「ええー、いいんですよー。兄貴のこと、よろしくお願いしますね」
「よろしく……?あ、うん!お見送りするね!」
凛がからかった意味が、ナリには分からなかったらしい。
「いや、お見送りって、兄貴の方がするべきなんじゃ……」
「まあ、するけどよ。凛、帰る時は気をつけるんだぞ」
「はいはい。んじゃ、またねー」
手を振る凛を背に、2人で出口へと向かっていく。
「あ、ゆ、ユウさん!」
カナリアのような声だ。振り向くと、立ち上がった美知留がナリを真っ直ぐ見つめていた。
「どんな選択をしたって、あなたは後悔する。辛い思いをする。こんなことしなきゃ良かったって思う。でも!ユウさんのしたこと、間違ってないから!だから、ユウさんは、自分に自信を持って!自分を見失っちゃダメだよ!」
そこまで言うと、美知留は「ふしゅー」と間の抜けた声を出した。限界が来たらしい。凛が椅子を勧めていた。
「うん、美知留さん、ありがとう!」
そうは言いつつも、ナリはその言葉の意味があまり分かっていなかった。
だが深く考えず、とりあえず2人は渡り廊下を渡り、教室棟へ戻っていった。
教室棟の方に戻ると、他校の高校生や保護者、受験生達で、廊下がとても賑わっていた。
「次どこいくー?私はね……」
「そろそろ、ユカちゃんの発表の……」
「お母さん、書道部の展示だって!行こう!」
どうやら何かの演目が終わり、その客層が流れてきたらしい。
「うわわわ!凄い人!」
「ユウ、俺にちゃんと着いてこいよ!」
零が先に行ってしまった。ナリも慌てて追いかけるが、すぐに人の中に零が埋もれてしまった。
「あ、ちょっと、零!やば、早く追いかけないと……!」
階段の方に向かった筈だが、零の姿が見つからない。
声をかけようにも、他の客の声が被さって零には聞こえないようだ。
「すみませーん!通りまーす!」
ナリが声を上げるが、興奮している客には届いていないらしい。
(ええい、ままよ……!)
ナリはそう思いつつ、無理矢理間をぬって通った。
その時だ。
「うわっ!」
不意に、誰かとぶつかった。
ナリは思わず尻もちを着いた。
周りの目が、こちらを向いた。
「……ごめんなさい、大丈夫かな?」
四十代後半くらいの男性の声が、ナリの耳に届いた。
「ごめんなさい!私、前ちゃんと見てなくて――」
顔を上げる。ナリは言葉を失った。
以前よりも増えた白髪。やつれた顔。痩せ細った体。
ところどころ、生前の有と似ている。
いや、有が彼と似ていた。
「怪我、無いならいいんだけど」
その優しい声を、ナリは忘れたことがなかった。
(お父さん……!)
山門有のネームプレートを、彼は首から下げていた。
彼は山門剛。有の父親だった。
次回は4月19日です。
本編で書けなかったので、軽く補足します。
凛と美知留は、入学した時からの仲良し。
クラスで、出席番号順で隣でした。
(才島と月島で五十音順だと、一列ずれて隣くらいになる)
話してみたら2人とも全然違う性格で、気が合ったので仲良しに。
オカ研を美知留が継ぐと決意した際、人が足りなくて部の存続が危ぶまれたので、凛に入部を頼みました。
ちょうど凛が女子バスケ部の人間関係に嫌気がさしたところだったので、これを快諾。
今、オカ研はこの2人で運営しています。
ちなみに、凛がかたくなに美知留を「部長」と呼ぶのは、少しでも部長らしさを美知留に持って欲しいからです。(呼びやすい、とかもあるとは思うけど)