マコちゃん
マコちゃんはカルピスウォーターを慣れた手つきでナリの前に置いた。
コップが机の上に置かれた音どころか、氷が揺れる音すらしない。先程の凛の手は震えていたが、マコちゃんはそうではないようだった。
「何か、ご不明・ご不安な点がございましたら、遠慮なく私にお申し付けください」
マコちゃんが深々と頭を下げた。ニッコリと笑うその雄姿は、本物のメイドというよりは執事のようだった。
「あの……なんでマコちゃん……マコさん?はここでメイドに?」
思わず零が敬語になって話しかけた。
「ふむ……新境地、といったところでしょうか」
「新境地?」
マコちゃんは零にそう聞かれ「私事ではございますが」と言い、片手を胸に、もう片方を腰に当てて、深々と頭を下げた。
「元々、ただ鍛えるのが趣味なだけの人間でした。運動部に入ってはいましたが、運動部で求められるのは「美」ではなく成績でしたので、あまり好みではありませんでした。そんな時、友人からミスコンへの誘いがあったのです」
「ああ……優勝したんですっけ。おめでとうございます」
なんであなたが優勝したんですか、とは聞かなかった。
「ありがとうございます。ミスコンに備えて、沢山トレーニングを積みました……世の美しい女性にあって私に無いものを徹底的に洗い出し、鍛え上げ、美を追求しました。厳しい鍛錬ではありましたが、こうして結果を得られて、私は嬉しいと思っています」
「そ、それは……すごいね」
ナリが気を遣うような声で相槌を打った。
「そのようなお褒めのお言葉、とても嬉しく思います。そのミスコンに出る過程で、クラスメイトから「出し物をメイド喫茶にしないか」と言われまして。最初は、ミスコンへの修行だと思い、メイドさんになることを決意したのですが……いざ練習してみると、これがなかなか面白いのです。私のことを面白がってご指名くださるお客様も多くて。充実した学園生活を送らせていただいております」
マコちゃんは物腰柔らかな喋り方で、礼儀正しくそう言った。
「ああ、失礼いたしました。私のことばかり話しては、お客様が楽しくありませんね」
「いやいやいや、すごく楽しいよ!マコちゃんのお話、すごく面白いし……もっと聞きたい!」
ナリがそう言うと、マコちゃんは微笑んだ。ちょっと可愛い笑顔だった。
「そのようなもったいないお言葉、ありがとうございます。では……何か、お聞きになりたいことなどございますか?」
「あ、じゃあ……クラスメイトから見て、凛ってどんな奴だ?俺の妹なんだ」
零の口からそれを聞くと、マコちゃんはしまったという顔をして、先程のポーズのまま30度に折れ曲がって礼をした。
「大変失礼いたしました。リンさんのお兄様であったとは!気付くことが出来ず申し訳ありません」
「いやいや、気にしなくていいって。俺と凛、あんまり似てないし」
実際、性格以外はそこまで似てはいない。
「お心遣い、感謝いたします。リンさんは授業中で発言が多いという訳ではありませんが、一目置かれている存在だと思います。天然で可愛い……と、表現するのが適切でしょうか。誰とでも打ち解け、私とも気軽に話してくれます」
零が満更でもない様子で「そうだろう、そうだろう」と頷いた。マコちゃんはその様子を見て、ニッコリと笑い、話を続けた。
「リンさんは普段から明るく、ハキハキとした話し方で、普段から、お名前の通り凛として振る舞っておられます。決断力に優れていて、私達が迷った時にも道を差し伸べてくれる方です。例えば今回の文化祭も……いえ、これ以上はお兄様のお時間を頂戴するだけですね」
「気にしなくていいのに。私達、時間はいくらでも大丈夫だし」
「気にしてくださーい。はーい、ストップストップー」
マコちゃんの後ろから、凛の声が聞こえた。見ると、口をへの字に曲げた凛が、制服姿に着替えていた。
「誠くん……じゃなくて、マコちゃん。3時なのでシフト交代でーす。後ろ詰まってまーす」
「ああ、ごめん。つい時間を忘れて、お兄様とお話してしまったよ」
「お兄様?兄貴のこと?兄貴はそんな様付けされるような人じゃないよ」
「いやいや、凛さんのお兄さんなのだから、お兄様でしょう」
マコちゃんは凛と談笑した後、ナリと零の方を向いた。
「私のお話ばかりで、とてもつまらないお喋りとなってしまいましたが……私としては、とても楽しかったです。また、いつでも遊びに来てください」
先程のポーズで、また深々と頭を下げた。
「いやいや!私も零も、すごく楽しかったよ!ね、零!」
「ああ。また遊びに来るよ」
ナリと零がそう言うと、マコちゃんは「ありがたく存じます」と言い、バックヤードへ戻っていった。
その足取りは優雅で、モデルウォークを彷彿とさせた。
「で、お・に・い・さ・ま?可愛い凛ちゃんとの約束、ちゃんと覚えてんの?」
お兄様、のところをわざとらしく区切って、凛は眉間に皺を寄せ言った。
「約束?えっと……そんなのしたか?」
「零!ほら、オカ研の話……」
ナリが補足すると、零は「ああ!」と小さく叫んだ。覚えていなかったようだ。
凛がその様子を見て、ムスッと頬を膨らませていた。
「ごめん凛、忘れてた。で、オカ研、今から行くか?」
「そろそろ閉場時間なんで、早く行きたいんですけどー。先出てるからね」
凛はそう言い、教室の扉へ向かっていった。
「まったく……誠くんとずっと話してるから……」
ぼそっと呟きつつ。
「……そう言われてるけど?お兄様」
ナリがニヤニヤと笑みを浮かべ、からかうように聞いた。
だが零はそのからかいを物ともせず、逆に自慢げに答えた。
「可愛いだろ?うちの妹」
(いや、零は創なんだから、実の妹ではないでしょ)
ナリは心の中でそうツッコミつつ、てきとうに「うんそうだね」と答えた。
零はそれを聞いて、満足気に教室から出ていった。
出口で待っていた凛と共に、オカ研の教室に向かった。
「あ、ここ、ここ。ここが、オカ研占い屋」
部室棟の2階の端。追いやられたのかと思うほど3年D組の教室から遠い場所に、オカ研の教室があった。
ネームプレートには、所々途切れた文字で「オカルト研究部」と書かれていた。
部室の扉の窓は紫色の布で覆われ、中の様子は分からなかった。
入口も同じ色のカーテンで囲いを作っており、オカルトらしさが醸し出ていた。
その入口の隣に、受付があった。誰もいなかった。
血で書いたのかと思うくらい鮮明な赤で、受付に「占い屋」と書いてある。当然の事ながら、客は誰もいなかった。
「あのー……本当に、ここ?いや、ここじゃなかったら逆にどこだよって話だけど……」
「そうですよー、ユウさん。ザ・オカ研! って感じでしょ?」
実際、オカ研らしさは雰囲気だけで分かる。
「いや、そうだけど……客、全然いないな……」
「まあ、パンフレットにも小さくしか書いてないからね。見つけづらいし」
パンフレットを見ると、他の部活の出し物の紹介の中に、ねじ込むようにして「オカ研占い屋」とだけ書いてあった。
「よし、入ろうか!」
「いやいやいや凛!本当に入るのか?」
「あったりまえでしょー、ここまで来たんだし。部長ー!」
凛が中に声をかけながら、受付を素通りして、中に入っていった。
ナリと零も後に続く。
中に入ると、入口や扉と同じ色の布を使った仕切りで区切られていた。
窓も同じ布で覆われている。晴れているのに太陽の光が感じられない部室だった。
「部長!お客さん、連れてきたよ」
凛が、窓側に座っている人に声をかけた。
その人は、生徒かどうかも怪しかった。
顔や姿は年相応だが、紫色のフードを目深に被るその人は、生徒と言うよりは不審者だった。
上履きを見て、やっと生徒だと認識できるほど、制服がコートに隠れていた。
「…………うん」
緊張しているのか、か細い声でその人が答えた。声からどうも女性らしい。
「はーい、じゃ兄貴とユウさんはこっちに座ってー」
彼女の前にある席を凛が指さした。4つの机を合わせた、簡素な席だった。
廊下側にナリと零が、窓側に彼女と凛が座った。
「あ、あ、あの……」
「大丈夫!練習通りでいいんだって。それに私の兄貴だし、失敗しても気にしなくてもいいって」
凛が彼女の肩を揉んだ。彼女は深呼吸し、フードを取った。
彼女はお下げを垂らし、丸メガネを掛けていた。顔を見ると頬にそばかすがあった。
決して美人とは言えないが、可愛らしい見た目をしていた。
「え、えっと……才島美知留です。今日、初めてのお客さんで、緊張してて……よ、よろしくお願いします」
顔を真っ赤にして、下を向きながらそう言った。とても「部長」の肩書きを持っているとは思えないほど、頼りなさそうにモジモジしていた。
次回は4月12日です。
前回と今回出てきたマコちゃん(高橋誠)、才島美知留さんは、これからほぼ出てきません。美知留さんだけ「オカ研部長」の肩書きが出てくる(かもしれない)くらいです。
なので、あまり気にしなくて大丈夫です。