メイド喫茶へようこそ♪
「あ!ナリちゃん!久しぶり!」
愛がナリを見てニッコリと笑い、手を振った。
「ナリ」という名前に、幾人かがナリと愛の方を振り向いた。
ゾワッと視線を感じ、ナリは慌てて愛に耳打ちした。
「あ、愛!ナリって呼ぶのは、ちょっと……」
「ああ、ごめんね!ええと……」
「ゆ、ユウで」
「うん!ユウちゃん!」
愛は少しぎこちなさそうに、ナリのことを呼んだ。
こちらを見ていた人の視線が、別の所に向いた。
ふう、とナリが安堵の息をついた。
「それで、ユウちゃん!メイド喫茶、見に来たの?入って入って!今ならアイちゃん、指名出来るよ?」
いたずらっぽく愛が笑った。そのまま、ナリと零にメニュー表を見せた。
「なあ……メイド喫茶だったのか?凛からカフェって聞いてたんだが……」
「カフェ?ふふふ、メイドさんになるとは確かにパンフレットに書いてないけど……凛ちゃん、人に言うの恥ずかしかったんですね。凛ちゃんのお兄さん、ですよね?」
「ああ、月島零だ。前の名前は川峰創」
「ふふ、前にも会いましたよね。その時は話す暇はなかったけど……福島愛です。よろしくお願いします」
愛と零が挨拶したあと、愛が「メニュー、見てください!」と2人に勧めた。
メニューをナリと零の2人で覗き込む。
上から順に「リンちゃん」「アイちゃん」「マコちゃん」と続いていた。その隣には、それぞれの説明が一言書いてあった。
「リンちゃんは恥ずかしがり屋のツンデレさん!ちょっとぎこちないのもまた魅力です!彼女はあなたにデレるかな?」
「アイちゃんは包容力が魅力のゆるふわ系ガール!優しく物腰柔らかな対応は、あなたをズキュンとさせちゃうかも?」
「マコちゃんは元気いっぱいと礼儀正しさを両立させているのが魅力!実は意外と筋肉質なのもポイント!ミス風ノ宮に出場します!」
2人がそれぞれ読み終わった後、愛が「マコちゃんね?」と付け足した。
「このメニュー書いてる段階では、まだ出場することだけしか決まってなかったんだけど……優勝したんだよ!初めての方にオススメ!あ、私でもいいよ!」
「私って……この、アイちゃんか?」
零が尋ねると、愛は胸を張って答えた。
「そう!私、ご指名NO.2なんです!ふふふ、是非いかがですか?」
「いや、知り合いだし遠慮しとく。普通のメニューないのか?」
「普通のメニューは、中に入れば分かりますよ!ご指名料は200円!是非お入りください!」
愛がニコニコと教室の中へと案内する。
ナリと零は顔を合わせ「せっかくだし」と中に入った。
中はファンシーな内装で、3Dというバルーンが窓際にでかでかとあった。
教室の机が全部で7個あり、そのまわりに2個ずつ教室の椅子があった。それぞれの机にはレースのテーブルクロスが敷かれ、その上に小さな透明の花瓶があり、薔薇が1輪生けられていた。
愛はそのまま、2人を窓際の席へ案内してくれた。
「ご注文をお願いします!」
「えっと……じゃあ、アイスティーとチーズケーキにしようかな!」
「俺は……コーラで」
「はーい!ご指名、誰にしますか?」
「なあ、この1番人気のリンちゃんってさあ……俺の妹?」
零がメニューを指さして言った。困惑しているようだった。
「ふふふ、呼んで確かめてみます?リンちゃん、すっごく可愛いですよ!」
「まあ……じゃあ、リンで」
「はーい!リンちゃーん!ご指名でーす!」
愛がリンちゃんを呼びに、バックヤードに戻っていった。
しばらくした後。リンちゃんが、たじたじとこちらに向かってきた。
他の席の他校の男子生徒が、鼻の下を伸ばしていた。零がその生徒を目で窘める。ナリはリンちゃんに目が釘付けになっていた。
ゴシックロリータなメイド服を着て、白いカチューシャを身につけ、恥ずかしそうに1歩ずつ前に進むメイド。
黒く長いポニーテールが、黒を基調としたメイド服とよくマッチしていた。
その黒さに合わせ、赤いリボンタイを身につけていた。その赤がメイド服のチャームポイントとなり、リンちゃんに可愛らしさをプラスしていた。
黒いニーハイを履いており、スラッと見える足は、遠目から見てもかなり細かった。
靴は上履きだったが、逆に高校生らしい初々しさが感じられ、可愛さを際立たせていた。
リンちゃんは、月島凛だった。
「おっ……お飲み物を……ご用意、しました……っ」
リボンタイに負けずとも劣らないほど、顔が真っ赤だった。震える手で飲み物を2人の前に置いた。
「凛!よう、おつかれ」
「あ、兄貴……なんで来ちゃったの……!」
「なんでって、凛が来てくれって言ったからだけど」
凛はそれを聞いて、頭を抱えだした。何も言い返せなかったらしい。
「はっ、早くそれ飲んで早く帰ってよね!おっ、おお、お客さん待たせちゃってるから!」
「いやいや、俺達来たばっかだし。こいつのチーズケーキ、まだ来てないし」
それを聞いて、凛はまたさらに顔を真っ赤にしていった。そしてすぐにバックヤードに戻った。チーズケーキの準備をしているようだ。
「やば、俺の妹おもしろ」
そんな様子を見て、零が楽しそうに呟いた。
「お兄さんとしてそれでいいの……?」
「いいんだって。本人が望んでやってることだし」
楽しそうに笑う零をよそに、凛がチーズケーキを持ってきた。何故か笑っている零を訝しみつつ、凛はナリの目の前にチーズケーキを置いた。
「お待たせいたしました、チーズケーキです……ん?」
凛がナリの顔をまじまじと見つめだした。ナリが冷や汗をかき、目を逸らした。
「え、えっと……何か?」
「お姉さん、兄貴の彼女?」
「ええ!?い、いや、今日は零……くんに、誘われて……」
ナリがしどろもどろで説明したが、凛は何かまだ納得いかないところがあったらしい。まだ見ている。
「凛、前にサークルの友達が来てたって、話しただろ?彼女じゃないって言ったけど……その人だ。来たそうだったから、連れてきたんだ」
すかさず零が助け舟を出した。それを聞き、凛は納得したらしい。
「へー、ほー、へえー……あの時の?」
むしろニヤニヤと2人のことを見ている。
「な、なんだよ」
「いや?随分仲がいいご様子で?」
零がそれを聞き、少し慌てた様子で「ほ、ほら、食べるから、あっち行ってくれ」と頼んだ。
「はーい。くくく、からかうネタ見つけちゃった」
凛がニコニコと笑って、バックヤードに下がった。零がそれを見て、恥ずかしそうにコーラを飲み始めた。
「ありがとう、零。多分、私が有に似てるから、凛は怪しんでたんじゃないかな……」
「いや、それはいいんだけど……なんだかこう、墓穴を掘ってしまったような……」
2人がそうして話しつつ食べていると、しばらくして凛が現れた。先程よりも緊張は解けているようだった。
「兄貴、お話しに来たよ」
「いや、来なくていいけど」
「ええ?兄貴がご指名してくれたから来たんだよ?可愛い凛ちゃん指名して放置とか、凛ちゃん泣いちゃうよ?」
いたずらっぽく凛が笑った。零もその様子を見て追い返せないようだった。
「後でさ、時間ある?せっかくだしオカ研来てよ。部長が占いやってくれるから」
「部長がって、凛はやらないのか?」
「やらないやらない。私元々人数合わせだし、そんなこと出来ないって。ま、当たるかどうかはさておき、面白いからさ。見に行こうよ」
「へえ……なら行こうかな。ナ……ユウ、お前も行くか?」
「うん!行く!楽しそう!あ、そうだ、凛ちゃん、気になることがあるんだけど……」
「気になること?って、なんですか?」
「あの……」
ナリがメニュー表の「マコちゃん」を指さした。記憶を辿りつつ、疑惑の目を凛に向けた。
「ミスコンで優勝したマコちゃんって、もしかして……マコト、ちゃん?」
「あ、そうそう!ミスコンで優勝した、あのマコトなんですよ。呼びましょうか?」
「あ、うん、せっかくだし……」
「はーい。あ、他にご注文は?」
「あ、なら、カルピスを……」
ナリがそう言うと、凛は「はーい」と言って、またバックヤードに下がっていった。
「ナリ、マコちゃんのこと、知ってるのか?」
零が声を潜めて言った。
「い、いや、まあ……見てれば分かるよ。そうか、同じクラスだったんだ……」
ナリが苦笑いを浮かべた。何事かと思って零が見ていると、バックヤードから、メイド服の人が出てきた。
だが、その子は凛とは全く違った印象だった。
長身でガタイがよいマコちゃんには、凛と同じメイド服でもパツパツだった。
特に胸筋が服越しに見えるほど鍛え上げられ、その姿はまさしく「肉体美」だった。
白いカチューシャを身につけていたが、マコちゃんの爽やかで短い髪には、可愛さを足してくれはしなかった。むしろ、クールな印象を与えていた。
凛とは違い、青いリボンタイを身につけていた。それがマコちゃんの礼儀正しさを強調していた。
スカートは短くて膝上になり、膝から下は素足が見えていた。その足もかなり鍛え上げられ、アキレス腱に至ってはアスリートと見間違うほど太かった。
黒いくるぶしソックスに上履きを履いており、そこには「高橋誠」と角張った字で書かれていた。
マコちゃんは美しい足取りでこちらに向かってきた。
「お待たせ致しました。こちら、カルピスです」
マコちゃんは礼儀正しく、カルピスウォーターをナリの前に置いた。ナリは分かってはいたが、零は唖然とマコちゃんを見ていた。
どう見ても男だった。
次回は4月5日です。
しばらく文化祭を楽しむナリと零をお楽しみください。