風ノ宮高校文化祭
「おーい、ナリー?どこにいるんだー?」
ナリが我に返ったのは、零が道路に出て声をかけたその時だった。
「はっ!零、ここだにゃー!」
「ん?ああ、屋根の上か。ちょっと話したいことがあるから、降りてきてくれるか?」
「分かったにゃ!」
屋根伝いに低い方へと降りていき、隣の十家の郵便ポストの上から道路に降りた。
零の案内で家の中に入る。現在、14時を回ろうとしていた。
「高くて降りられないー、とか言われるかと思ったけど、よかった、ちゃんと降りられたんだな」
「失礼にゃ!普段からバトルの時はあれくらい高いところまで飛ぶし、第一、降りられないのは子猫の時だけにゃ!」
「そうか?そもそもナリは子猫の時がなかったと思うんだが……」
そう言われて、ナリは確かにと思った。
なんとなく、ナリは子猫時代も過ごしたような気分になっていた。
「ま、いいや。ナリ、今日風ノ宮高校の文化祭なんだけど、どうする?一緒に行くか?」
風ノ宮高校の文化祭。山門有が通っていた高校の、文化祭。
8月頃、凛がパンフレットとチケットをくれた。
当初は「1ヶ月後だ」という実感はなかったが、最近になって、その存在の輪郭がはっきりしてきた。
それも、最近ナリの周りに現れ始めた「赤い靴を履いた生前の自分達の姿」が原因だった。
彼らは式神のような存在で、攻撃すると消えてしまう性質があった。
これまで、零、亥李、参華、朝日の生前の姿が現れた。
そのどれも、依り代は風ノ宮高校文化祭のパンフレットやチケットだった。まるで、何者かに招かれているかのように。
「凛が何してるのかは気になるし、この前現れた川峰創を倒した時に、チケットが出てきただろ?罠かもしれねえけど、気になるんだよな。ただ……」
零が気まづそうに、ナリを見た。
「お前、あまり行きたくはないだろ?行くなら人間の姿になるし、その姿で昔の級友に会うかもしれないし……無理しなくていいぞ?俺が様子見てくるから――」
「行くにゃ」
ナリは零の目を見つめ、ハッキリと宣言した。
「そうなのか?でも……」
ナリは覚悟を決めたように、《異形》し人間の姿になった。
心配そうに言葉を続けようとする零を、ナリが目で制す。
「私だって、あれは何なのかは気になる。零の言う通り、罠かもしれないけど……あれが表沙汰になったら、まずいと思うんだ。死んだ人間が踊ってるなんて、皆びっくりして混乱しちゃうし……
それに、私自身が行きたいんだ。私が死んだ後の風ノ宮高がどうなったのか、知りたい。零、行かせて!」
「ナリがいいならいいけど……無理すんなよ?」
零はそう言って、パンフレットやチケットの準備をし始めた。
ナリも部屋に帰って準備をし始める。キャスケットを深くかぶり、顔を帽子のつばで隠した。
(行くんだ。行って、確かめるんだ。あの、赤い靴の奴らの真相を……そして、満咲のことを!)
パンフレットを固く握りしめた。玄関先に出て、固くブーツの紐を結ぶ。
玄関には、ナリの決意を褒め称えるように、日差しがナリを照らしていた。
風ノ宮高校に向かう道中、保護者であろう夫婦や、受験生と思われる3人組を見かけた。
「ねえねえ、まずどこ行く?」
「とりあえず吹部だろ?あとは……」
「いやいや、最初は3Dのカフェだろ!次は1Aのコスプレ喫茶で……」
男子2人、女子1人の3人組が、ナリと零の前を歩いていた。彼らは信号待ちの最中、楽しそうに会話していた。
「ねえ、これ、山門有だよね?」
3人のうち女子が、電信柱の貼り紙を指差した。
信号待ちで一緒になったナリが、ピクっと反応した。
零が少し、気遣うような目でこちらを見た。
零もナリも、3人組が何を言うか、黙って様子を伺うことにした。3人組は、その貼り紙を覗き込むように見ていた。
「山門有?って、誰?」
「ほら、あれだよ。1年前の11月に行方不明になったっていう、高二の人」
「風ノ宮高校の生徒だよな?確か」
「先輩じゃん!やべ、あれとかこれとか言っちまったよ」
「大丈夫、私達が入学する頃にはもう卒業してるから……バレやしないって!」
女の子の言葉に、ナリが気まづそうな顔をした。
「山門有、探しています。家出した時にいなくなりました。心当たりのある方はこちらの連絡先まで……連絡先、山門有の父、山門剛、だって」
「そのお父さん、町中でよく見るよね。すごーく疲れた顔して、ぼーっと貼り紙貼ってるの」
「ああ、見た見た。あの人歩くの遅くて、よく転んだり人にぶつかったりするだろ?もう諦めたらいいのになー」
「まあな。1年前だろ?生きてたとしても、1年間父親に連絡無しって、家出でも父親に対して冷淡だよな。あんだけ毎日探してる父親を放置して、自分の好き勝手してるなんて」
信号が青になった。前の3人が、信号を渡っていく。
ナリはとても、前を歩けなかった。
「…………大丈夫か?」
零が心配そうに顔を覗き込んだ。ナリの強ばった顔が、少し緩んだ。
「大丈夫だよ。ごめん、心配かけて」
「あいつら、有が行方不明だからって好き放題言いやがって。俺が一つ、あいつらに何か言ってこようか?」
「いいよ。あの子たちは文化祭楽しみにしてるんだから、水を差しちゃったら悪いし。それに……事実だった。家出して、死んじゃって、1年間父親に何の連絡もしてない」
「それは……仕方ないだろ。ナリは悪くねえって」
「ううん、私のせいだよ。何度も考えるんだ。あの日、私が家出さえしなければ……また、お父さんと会えたのに、って」
ナリが俯き、横断歩道を渡る。だが途中で振り返り、彼女は零に向け作り笑いを浮かべた。
「でもさ!私があの時家出しなかったら、零や皆には会えなかったし!いいこともあったんだよ?」
ナリはそう言って「にゃはは」と笑った。
(また、無理して笑ってんな……)
先を行くナリを、零は心配そうに見つめていた。
(前は、旅行の時だった。旅行で、金が無いから水着とか買えないって言ったら、我儘言ってごめんって……今と同じ、笑顔だった)
ナリは震えた声で、何かを歌っている。少し音が外れていた。
(今から行くのは、有の高校だ。凛達に今のナリの人間の姿を見せるのは初めてで、もしかしたら死んでるのがバレるかもしれない。本当に、ナリを連れてきて良かったのか……?)
零が考え込んでいると、ナリが大声を上げた。
「零ー!早くしないと置いてくよー!」
「……ああ、今行く!」
零が心配しているのを見て、ナリは明るく振る舞っているのだろう。
零はなるべく普段通りにするようにして、学校へ向かった。
2人はその後、風ノ宮高校の前までやってきた。
校門にはバルーンのアーチが飾られ、その下に受付があった。保護者や受験生、外部の者、彼らを迎えに来た内部生で賑わっていた。
「おお!これが風ノ宮高の文化祭かー!」
零がノリノリで受付に向かった。笑顔でチラシを受け取っている。
(すごく緊張する……でも、ビクビクしてばかりじゃいられない。あの分身達の真実を、そして満咲を、見つけるんだ!)
ナリが軽くガッツポーズを取った。そして、零と同じテントで、受付を済ませた。
「まず、どこ行きたい?俺は凛のいる3年D組に行きたいんだけどさ」
「うん、私もそこで大丈夫!行こう!」
校舎の中に入り、階段を登った。3年生の教室は3階にあった。
階段を上ると、目の前にG組が見えた。そこから左を見ると、G組からA組までが並んでいた。
どこも賑わっており、人で看板があまり見えなかった。
G組ではお化け屋敷をしているらしく「ぎゃー!」と悲鳴が度々聞こえた。
「カップル限定!限定スイーツ」を売っていたのがF組のカフェで、隣のE組は体力測定をしていた。
その隣にあるのが、D組のカフェだった。
「いーらっしゃいませー!あなた好みのメイドさんに会える、3年D組メイド喫茶!ぜひお立ち寄りくださーい!」
「……メイド喫茶?」
ナリと零の声が重なった。アンティーク調のメイド服を来た女の子が、プラカードを持って客引きをしていた。
「今ならなんと!ご指名NO.1のリンちゃんとお話出来ますよー!NO.2のアイちゃんも、皆さんのことをお待ちしておりまーす!NO.3のマコちゃんは、なんと先程のミス風ノ宮に選ばれたあの子です!ぜひお立ち寄りくださーい!」
彼女の持つプラカードには、ポップ調で「3Dメイド喫茶!!」と書かれていた。もう片方の手には、メニューが書かれた紙があった。
「いかがですかー!NO.2のアイちゃん、取られちゃいますよー!ふふ、いかがですかー!」
そのアイちゃんの名札を、客引きの彼女が付けていた。
ナリはその顔を知っていた。福島愛だ。
「あ……愛!?久しぶり!」
「あ!ナリちゃん!久しぶり!」
ナリが近寄って声をかけると、愛はナリを見てニッコリと笑い、手を振った。
次回は3月29日です。
追記
ごめんなさい、次回を22日にしてました。
それじゃ0秒投稿ですね。大変申し訳ありません。
今回の章「赤き人形達の舞踏会」は、童話『あかいくつ』をモデルにしています。
前回の章「只、狼は優しくありたかった」の幕間ラジオの方は、出来次第投稿します。投稿したらこちらでお知らせします。いや内容は決めたんですけどやる気が(以下略)