運命の曲がり道
これは、ブランキャシアでのこと。
女王・アストリアスが失踪してから数日が経過した。
その間誰も女王の痕跡を見つけることは出来ず、冒険者たちはこぞって女王探索に乗り出していた。
「へえ、3つも……」
そんな中、アルケミスとアッシュは、王立図書館で調べ物をしていた。
「3つも?アルケミス、何見てんだ?」
アッシュがアルケミスの読んでいる本を覗いた。だがアルケミスはアッシュに気付いてないようで、また黙々と本を読み始めた。
「おーい、アルケミスー?」
肩を叩いて、初めてアルケミスがアッシュに気付いた。
「ん?ああ、アッシュか」
「アッシュか、じゃねえって。クリスもメルヴィナも買い出し行ってんだから、精霊人で声かけるの俺しかいねえだろ」
「ごめん、没頭してて。どうかした?」
「いや、「3つも」なんて言うから、何かと思って」
「……そんなこと言った?」
「言ってましたが」
アッシュの言葉を聞き、アルケミスがぱちくりとまばたきした。どうも記憶にないらしい。
「……いや、それはいいよ。んで?3つって、何がだ?」
しびれを切らしてアッシュが聞いた。何も気にしていないように、アルケミスが答えた。
「これ。王家に伝わる、禁断の魔法のこと。国家創建の時に使ったトップシークレットで、その代の王は必ず習得しなきゃいけないんだって。それが、3つ」
アルケミスが文献を見せてきた。古い文献のようで、ところどころ文字がかすれていた。
「へえ……それ、どんな魔法なんだ?」
「さあ……細かいことは書いてないけど、名前だけなら……えーっと……ナントカ、コレ、夢」
「いや、なんだよそれ」
「読めないんだもん。詠唱も特に書いてないし……」
「いやいや、アルケミスが読めない魔法なんてないだろ」
「今初めて出会ったよ。うーん……古い字なのは分かるんだけど、読み方がさっぱり分からない。アッシュなら分かる?」
「いや、さあ……」
2人で首を傾げた。慮生だなんて聞いたことがなかった。人が少なくなり、日が傾いても、2人は閲覧室で首を傾げていた。
一方その頃。
「いやー、ナリ!手伝わせて悪いな!」
「ううん、これも仕事だし!」
ダンバーとナリは、2人で馬車に荷物を積み込んでいた。
ケルベロスアイは******討伐の為、イゲタ洞窟に向かう準備を進めていた。フィーネとブレインは先に酒場に向かい、情報を集めていた。
「食料に、水に、砥石……ポーションと、あと何がいるかな?」
「太いロープだな!これがあれば、少し道に迷った時でも問題ない!あとは松明だな!」
「ロープと松明かー……松明足りなさそうだし、買ってくるよ!」
「おう、頼むぜ!」
ダンバーが笑って財布をナリに投げ渡した。ナリが小走りで雑貨屋の方に向かった、その時。
「《運命変転》ッ!」
鋭い、冷静な声がナリの耳に届いた。聞き覚えのある声だ、なんて言っていられない。なにせ、先程会話した人物の声なのだから。
ナリが気付いた時には、盾を構えたダンバーが目の前で矢を弾き返していた。珍しく慌てた顔で、冷や汗が流れていた。矢はちょうどナリの心臓のところに向かって飛んできていた。
「ダンバー!?今のは……」
「ナリ、警戒を強めろ!」
有無を言わさない雰囲気だ。周りを見ると、数十人の人々がナリとダンバーを取り囲んでいた。全員手練のようで、様々な武器を構えていた。
「この人達は……」
「さあな。ただ、いきなり攻撃して殺そうとしてくるなんて、よっぽど常識知らずらしいな!お前ら何者だ!?」
ダンバーが怒った口調で叫んだ。だが彼らは何も答えなかった。
「おい、聞いてんのかお前ら!矢を放ったのはどこのどいつだぁ!?あん!?」
やはり誰も答えない。皆うつろな目をして、ダンバーの方を見つめている。
「なんだよこいつら……話聞いてんのか?」
「なんだか、聞いてなさそうだよね……ねえ!ちょっと、何か私たちに御用で――」
「意志は決定された」
突然、彼らのうちの一人が話し始めた。クロスボウを手にしたその男は、矢を携え、構えた。気持ちのこもっていない、機械のような声だった。
「イゲタ洞窟に向かう冒険者は、全て排除せよ」
何かを読み上げるように、男が言った。他の者達も、ぶつくさと「排除せよ」と唱えている。
「はあ!?なんだよそれ!意志!?お前ら、誰かの差し金か!?******か!?」
ダンバーが聞くが、誰も答えない。「排除せよ」の一点張りだ。
「違うよ、前評判だと**は仲間がいないはず……意志って、もしかして、ウィル=フレンドシップ様?」
「意志と友情の塔の主だからってか!?そうするとこいつら、下僕どもか!?」
その言葉にすら誰も反応しない。じりじりとダンバーとナリを囲み、追い詰めていく。
「そうじゃないかな……見たのは初めてだけど……」
「俺もだよ!建国記念日にですら主人についていかずに引きこもってる奴らが、なんでこんな町の中心部に……!」
「そもそも、あそこって試練、受けられたの?塔の扉を開けたらすぐ追い返されるって、聞いたけど……」
「そのはずだ!だから、何かしないと試練を受けられないはずだが……こいつら、全員その「何か」をしたって言うのか!?そんな風に見えねえけど……!」
「そこまでして、何を求めて試練を受けたのかな……」
「ナリ!考えてるところ悪いが、もう時間切れだ!」
ダンバーが声を荒げた。実際、もうすでに1メートルくらいの近さに彼らが迫ってきていた。
「ナリ!俺の後ろ、離れるなよ!」
「え!?ど、どうするつもり!?」
「一か八か……《絶対命中》!」
ダンバーが、盾のラインに沿って剣を投げた。その剣は先程のクロスボウの男に命中し、彼の右手に剣が突き刺さった。
その剣に向かって、ダンバーが全力で走り始めた。ナリも後を追う。剣を回収しつつ、ダンバーとナリは包囲網を突破した。
「排除せよ軍団、追ってきてるか!?」
「来てる!走っては来ないけど……分散して追い詰めるみたい!」
後ろを見ると、彼らは「排除せよ」と口を動かしながら、2人に迫ってきていた。
何人かが脇道に逸れたのが見えた。どうも挟撃するらしい。
「よし!このままフィーネとブレインの所まで走るぞ!4人になって体制を整える!」
「了解!でも、なんでウィル=フレンドシップ様の下僕が……!?」
「分かんねえ!仮にウィル=フレンドシップ様だとして、なんで俺達を殺そうとするんだ!?依頼を止めたいなら受付嬢通じて止めればいいじゃねえか!なんで三賢者ともあろう方が……!」
「**討伐がいけないのかな?それとも、何か別の理由が――」
ナリがそこまで言いかけた、その時。
ドンと、地面が揺れた。
いや、揺れてはいない。揺れたような気がした。
地響きのような音がして、視界が揺れた。
「……地震?ねえ、ダンバー……」
ナリが立ち止まり、ダンバーを見た。
だが、ダンバーどころか、誰もいない。
往来の激しい広場のはずだが、誰もいない。
何も音がしない。
舞い落ちる木の葉さえ、フリーズしたように止まっていた。
「……ダンバー?」
声が響く。誰もいない。
ナリが石畳を踏む音も、何かに吸われて消えてしまった。
「え?な、何これ……ダンバー!皆!どこ行っちゃったの!?」
膝から下に力が入らなかった。
座り込んでも、立ち上がれない。先程まで感じられなかった頭痛が、急に酷くなってきた。
「ダンバー!フィーネ!ブレイン!クリス!メル!アルケミス!アッシュ!」
力の限り叫ぶ。だが、誰も聞いていない。
「皆!ねえ、皆!どこ行っちゃったの……ねえ!」
涙がとめどなく溢れてくる。体が震えて、声がうまく出せなくなる。だがそれでも、ナリは叫んだ。
「皆!いるなら返事して!急にどこ行っちゃったの!?ねえ、誰か!」
叫ぶ力が底を尽きたのか、それとも何か別の理由なのか。
ナリは気が付く間もなく、気を失った。
そして、次に目が覚めた時には、体が猫になってしまっていた。
時間は飛び、現在。
「……にゃっ!?」
ナリはハッと目を覚ました。辺りを見回してみると、普段いる場所よりも高い場所にいた。太陽が直接照りつけ、黒い毛が光を吸収して暑い。
「こ、ここは……屋根の上?」
どうも月島家の上らしい。零が育てていた向日葵のプランターが遠くに見える。向日葵はもう9月の太陽の力を受け取れるほど、元気ではなかった。
どうも状況から察するに、ナリは《異形》で猫の姿になり、寝ていたようだった。
「えーっと、最後は……食器片付けてたんだ。にゃら、「夢遊病」かにゃ……」
「夢遊病」は2日に一度に6時間ほど発生するようになった。慣れてはきたが、まだ驚く部分も多い。
(そういえば……食器片付けてた時に思い出したけど、ブランキャシアでの思い出の中で、イゲタ洞窟に行こうとしてたよね。あれって……鬼宿しのベル討伐だよね?)
心の中で尋ねる。
鬼宿しのベル。
オニヤドシノベル。
なんだか言い慣れない言葉になってしまった。
(鬼宿しのベル……皆に聞いても、覚えてないって言ってた。思い出の中でも、「鬼宿しのベル」って単語の部分だけ、皆の声があまり聞こえなかったし……)
顔も声も、思い出そうにも細かく思い出せない。
異空間で戦い、大切なことを話した気もするが……そのことを覚えているのはナリだけだ。
(もし、彼が私の想像の中だけの存在だとしたら……?)
仮にそうだとしたら、周りの態度にも納得がいく。
だが、自分の経験した過去を疑う訳にもいかなかった。
「自分**頼るもんが***んだ。誰も自分の**が***って**してくんねぇんだよ。周りの奴も、誰も……頼れるもんは**だけ。その時、***どうするんだぁ?」
大切だったはずの言葉が、おぼろげになってゆく。
ナリは零に声をかけられるまで、その言葉を思い出そうとしていた。
お久しぶりです!朝那月貴です。
やっと受験から解放されました。
というわけで、今週から毎週金曜日22時に連載再開します!
次回は3月22日です。
前回のクイズの答えは【①朝日→千里→ナリ】でした。
死んだのは同じ1年間なのに、ブランキャシアに来た順は年単位で異なります。なぜなのかは、これからをお楽しみに。