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にゃんと奇妙な人生か!  作者: 朝那月貴
只、狼は優しくありたかった
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只、狼は優しくありたかった

 半年ぶりにちゃんと見るその顔は、零のことを恐れているような、信じられないとでも言いたげな顔だった。


 あの時よりも老けていた。あまり食事をとっていないのか、頬は痩せていた。彼は零が何を話すのか、様子を窺っているようだった。かつての明るく傲慢な優人の面影はあまり感じられなかった。だが、それでもこの人は十優人だと感じさせる面影があると、零は思った。


「十さん。俺の名前は、月島零です。でもそれは今の名前。昔の名前は、川峰創です。俺は自殺して、異世界転生して、帰ってきたんですよ」


「……そんな……そんなの、信じられるわけ……」


「……十さん、あなたが教えてくれたカレー屋、美味しかったですよ。スパイスがよく効いてて、かなり辛めで俺は好きでした。創の時の三月に行ったから、季節限定の桜エビのスープカレーがあって、とても美味しかった。この半年で無くなったかと思ってたんですが、今でもあるんですね。今度ナリと行こうと思ってます」


「そ、そんなの……まぐれに決まって……」


「あと、十さんのお母さん。いい加減、誕生日プレゼント渡したらどうですか?毎年毎年買っては「恥ずかしい」って渡さないの、もったいないですよ。今年の三月、渡したんですか?」


 その言葉を聞いて、優人は沈黙した。零はその様子を見て、ふうとため息をついた。


「どうです?これで信じてもらえましたか?」


「い、いや……あの、女の子いただろ。あの子は?従妹なんじゃないのか?」


「従妹?」


 零が思わず怪訝な顔をしてしまったので、優人が怯えた表情になった。「いや、こっちの問題です」と声をかけ、扉の外にいるナリに向け声を張った。


「ナリー!従妹ってどういうことだよ?」


「え、あ、その、なんというか……」


 獣人族の姿になっているナリが、扉を少し開けた。彼女の苦笑いが隙間から見える。引っ越し初日に人間の姿だった彼女の、今の獣の耳と尻尾を見て、優人はまた、信じられないといった顔をした。


「優人さんと誠子さんに関係性を話すのに、とっさに思いついたっていうか……ご、ごめんにゃ!零!」


「いやまあ、俺のこと庇ってくれてたみたいだしいいけどよ……せめて教えてくれよな?」


「う、うん、分かったにゃ」


 ナリはそう言って扉を閉めた。零が優人の方に向き直ると、優人は何かを責められているような顔をした。


「……今の彼女、さっき案内した猫に似ていた。彼女も転生しているのか?信じるしかないかもしれない。お前の言葉を」


「そうですか?よかった、信じてくれなかったらどうしようかと……」


「……目的はなんだ。転生して、俺をここまで呼び出して、自分が川峰であると明かした、その目的は」


「目的、ですか」


 零は少し考え込むふりをした。本題に入るのだ。鼓動が速くなるのを感じた。


「俺達が転生した理由は分かりません。きっと、何かの理由があって、こうなっているんだろうけど……それはまだ分からない。でも、今ここに十さんを呼び出して、俺が創だって言ったのには、理由があります」


「……それは?」


「……十さん。なんで、そうなってしまったんですか」


 なるべく優人の顔を見ないようにして言った。見てしまったら、自分の決意が揺らぐような気がした。


「昔のあなたはそうじゃなかった。もっと明るくて、豪快で、人の事情を考えなくて……でも、今の十さんは全然違います。昔の十さんを今の十さんに押し付ける気はないけど、俺が死んでから、たった半年です。その間に、何があったんですか?」


 沈黙が続く。零が痺れを切らして声をかけようとした頃、優人がやっと、零れるような声を出した。


「……それを知ってるから、あの時、俺の前に現れたんじゃないのか?」


「え?」


 零が本当に知らないという声を出したからか、優人はヒュっと息を呑んだ。「ああ、いや!」と、薄い膜をピンセットで張り直すような気分で、零は言葉を紡いだ。


「あの、すみません、十さん。十さんを否定してる訳じゃなくて、その、単純な疑問なんですけど、あの時っていつのことですか?」


「……引っ越し前のこと、覚えてないのか?」


「引っ越し前?十さんのですか?」


「お前、俺の家の前に来ただろ。あの時俺のことを知っているから、来たんじゃないのか?」


「いや、あの、俺は十さんの家の方には……喜山の近くっていうのは知っていますけど、詳しい位置も知りませんし……うん?」


 首を傾げる零を見て、優人は何か考え込んでいる仕草をした。だが、すぐにそれをやめ、自身の手元を見つめて言った。


「いや、なんでもない。お前が何も知らないなら」


 優人はまるで、本当に何でもないような声で言った。表情は、どこか母親の誠子に似た不愛想な顔だった。


(本当になんでもないのか……?昔と今とじゃ、十さんと話す緊張の方向がまるで違う。表情も読めねえし……引っ越し前に、俺と会った?俺が会ったのはつい二日前だぞ……)


 零はそう思ったが、優人が口を開いたのを見て、なんとか表情には出さないようにして、すぐに話を聞く態度に戻った。


「……お前は……俺が、お前が死んだ前と今で、全然違うと思ってるのか」


「……そこに立っているナリから、ODしたって聞きました。死のうとしてたって……昔のあなたは、そんなことするような人じゃなかった。むしろ、他人の死に興味がない感じでした。なのに、どうして……」


 その零の言葉を聞いて、優人は驚いたような表情をした。それにつられ、零も目を点にした。


「……なんで、そんな顔するんですか。今日の昼のことですよ?なんでそんな、初耳みたいな顔……」


「……俺は、薬を飲んで……そんなこと、しようとしてたのか?」


 零は言葉が出なかった。優人の後ろから、LEDの光が漏れている。信じられなくて、思わずナリが優人の様子を見ているのだろう。


「……そうか……今日の昼のことが、何一つ思い出せなかったんだ。ありがとう、川峰。そうか……」


 何かを納得しているのか、それともショックを無理矢理飲み込もうとしているのか。優人はうなだれて、自分の足元を見つめていた。その姿が、零は何よりも印象深かった。


「…………昔の俺と今の俺じゃ、何も変わりはしない。成長なんてしていない、むしろ退化したんだ。昔も今も、ずっと……俺は、屑野郎なんだよ」


「変わらない……?昔と今とで、ですか?」


 これから言う言葉を一つ一つ確かめるように、優人は口をボソボソと動かした。そして、零の顔を見ないようにして、言った。


「昔の俺は、お前からどう見えた?屑以外の何者ても無かっただろう……擁護出来るような奴じゃない。お前を苦しめて、お前を追い込んで、それにすら気付かなかった……そういう奴だ」


「それ……は…………」


「今だってそうだ。今更お前のことを後悔して、被害者のように振舞って、死を望んでもそれが怖くて死ねない。今だって、ほら。お前にこうやって言い訳して、もういいですよ十さんって、お前に言われるのを待ってる。俺はずっと、不器用で言葉が足りなくて、誰かのことも考えられない、ただの屑野郎だったんだ。だから、お前に何も言えないまま、お前を殺したんだ」


 優人が零の方を向いた。その頬には、冷たい雨のような涙が静かに流れていた。


「俺は、ただ……ただ、お前に優しくありたかったんだよ」


 その言葉が、零の背中にずっしりとのしかかったような気がした。彼の顔は、昔見た張り付いた笑顔でも、怯えたような顔でもなかった。優人は、緊張の糸が切れたように泣いていた。彼のそんな顔、見たことが無かった。

 優人は袖で涙を拭い、続けた。


「初めて会った時から、俺はずっと……お前と仲良くなりたいと思っていた。もっと話して、もっと遊んで、もっと一緒に居て……お前にとって「優しい人」になりたかった。がむしゃらだった。分からないままに話しかけた。酒を勧めたのも、その時「お前ともっと仲良くなりたい」と言ったのも本心だったんだ。お前が酒を飲むと饒舌になると分かってからは、お前は酒が好きなんだと本気で信じた。お前がそれで苦しんでいるとも知らずに俺は、もっともっともっとと!」


「十さん……」


「お前の葬式に行った時……俺は初めて知った。お前が自殺したこと。そして、俺が原因だということ……死んだことが信じられなかったのに、お前の祭壇を見て、もういないんだって思ったよ。俺がお前を、殺したんだと」


 言葉が何も出てこなくて、零は目を逸らした。優人はそれに構わず続けた。


「それ以来だ……お前の声が聞こえるようになった。どうして俺を殺したんですかって、どうして気付いてくれなかったんですかって、俺の耳元で囁いて……死んだはずの声が聞こえたって言ったら、病院に行けって言われたよ。他の人は誰も、お前の死因に俺が関わっていることを知らない。だから、なぜか精神を病んでしまったで片付けられて、被害者みたいに扱われて、いつしか俺もそう思うようになって……だから、現れたんだろう?俺の前に」


 優人が今まで抱えていた興奮が、零にも伝わってくるようだった。優人は責め立てるように、言葉が早くなっていった。


「お前は違うと。俺を殺したんだと。罪を償えと。そう言いに俺の家の前に来たんだろう?死んだって知ってる奴が俺の前に来て、俺は外に出るのが怖くなった。引っ越しが早くなったのはそれのせいだ。今のお前に会ったのは偶然だし、俺だってそんなのと会うとは思ってなかった。でも……これだけは言える。ずっと前に、俺は謝るべきだったんだ」


 声が震えていた。両手を組み、祈るように額に当てた。


「川峰。本当に……本当に申し訳ないことをした。死んでも償いきれないような罪だ。優しくありたかったなんていうのは、ただの言い訳だ。俺は……ただの、屑野郎なんだよ。ごめんな。ごめんなさい……」


 優人の涙が、とどまるところを知らなかった。

 零はなんと言えばいいか、分からなかった。優人が何を思って行動してきたのか、やっと分かった気がした。


「…………十さん」


 長い沈黙を破り、零は言った。優人が零を見る。彼の顔は涙で醜く歪んでいた。


「俺は「もういいですよ十さん」なんて言えないし、もっと罪を償えとも言えない。でも、俺が自殺してしまったせいで……俺は、十さんを殺そうとしていたんです。本当に、ごめんなさい」


「そ、そんな……お前は悪くなんてない!俺が、全部……!」


「いえ。もしあなたが死んでしまっていたのなら、俺はあなたのように後悔すると思います。それに、俺は優人さんの本当の思いに気付かなくて、優人さんのことを悪人扱いして、見てはいけないものか何かだと思ってた。お互い様なんですよ。十さん……あなただけが悪いなんて、俺は言えない。俺もあなたも、同罪。だから、それで、終わりにしましょう」


「終わり……?」


「もう、昔のことを引っ張るのはやめにしましょう。俺は月島零としての人生がある。あなたはまだまだ長い人生を生きる。その中で何年か一緒に過ごした奴のことで後ろばかり向いて……前を向いて歩く方法を忘れちゃったなんて、辛いだけですよ」


 辛いだけだ。ナリの言ったその言葉を思い出しつつ、零は続けた。


「十さん……初めて優人さんと会って、話を聞いて……俺は、十さんのような人になりたいと思ってたんです。流行に乗ってて、なんでも知ってて、朗らかに笑って、優しくて……その思いはいつの間にかどこかに消えてしまったけど、俺は今でも、あの時の優人さんのこと、そう思ってます。優しかったんですよ。優しくなれるんですよ。あなたなら大丈夫なんですよ。だから、もう……川峰創という呪縛から、自由になってください」


 優人は零の顔を見たまま、口をあんぐりと開け、ぽかんとしていた。涙が口の中に流れ込んでいくのも、気にしていないようだった。

 だが、やがてその口がへの字になり、大声をあげて泣き始めた。


 零がその肩を抱いた。零もまた何かから解放されたような気がして、涙が溢れた。



 涙が渇くころには、もう十一時を過ぎていた。


 零と優人が一緒になって部屋から出てきたとき、ナリはどこか安心した気持ちになった。優人を零と二人で見送る。彼の顔はどこか晴れ晴れとしていた。


「猫……悪かったな。悪く言って……」


「い、いや、大丈夫ですにゃ。二人がちゃんと話し合えたみたいで、本当に良かったにゃ……」


「ああ。ナリのお陰だよ。それじゃあ十さん、さよ――」


 零が手を振りかけた、その時。


「お、お……お前は!!」


 優人が突然、ナリと零の後ろを見て、怯えた表情で叫んだ。驚いて二人が見ると、そこには、存在しえないはずの、川峰創がいた。


「お前は……あの時、俺の家の前に来た!」


 優人が叫ぶ。その創は死んだ時に着ていた服だったが、ただ一つ、彼の足元で輝く赤い靴だけが違っていた。彼は軽快にヒップホップを踊っていた。


「な……なんだよ、あいつ!」


 零がそう言いつつ《魔源収納(マナシェルター)》から剣を取り出した。白いオーラを剣に纏い、大振りに横に振り、創向けて回転し突撃した。


「《魔力魔撃(エナジー)》!」


 零の一撃で、創は煙のように消えていった。


「な、なんだったんだあいつは……俺!?なんで、俺が……!?」


 零が剣を仕舞いながらそう呟いた。優人も信じられないといった顔をしている。


「あれは……」


 煙の中に、何か消えていないものがあった。ナリが近づいて拾い上げる。それは、ナリにとってなじみ深いものだった。


「これって……!」


 それは、風ノ宮高校の文化祭の招待チケットだった。二枚、まるでナリと零に宛てられたようだった。


(まただ……亥李たちと会ったあの三人と同じ。文化祭で、何が起きるっていうの……!?)


 心臓の拍動の早まりを感じた。文化祭まであと三日を切っていた。



 これは……俺は、夢でも見ているのか?


「十さん、前言ってたカレー屋、今度行きませんか?」


 俺がいる。まだちゃんとバイトしていた頃だ。


「お!いいぜ、お前カレー好きだったもんな!」


「いやー、話を聞いてて美味しそうだったんで行ったんですけど、それが本当に美味くて!期間限定研究したいんで、付き合ってもらえます?」


「気付いたか……期間限定カレーの禁断の美味さに……!」


「はい!あ、酒はなしで!ランチで行きましょう!」


「はっはっは、昼から飲まねーよバーカ!よし!お前の分、半分おごってやる!」


「よし!ゴチになりまーす!」


 このくらい、軽快で楽しく会話が出来ていたら。いつしか、話をすることも恐れるようになってしまっていた。


 何も知らず、何も気付かず、俺を追い詰めていた。十さんはそう言った。

 でもそれは俺だって同じだった。何も知らずに被害者の顔をして、悪者だと決めつけて十さんを追い詰めていた。


 これじゃあ一体、どちらが悪者なのか。俺は、十さんが「優しくありたかった」と思っていたなんて、知らなかったんだ。


「殺された奴も、殺した奴を殺そうとしてるのかもな……」


 月島零として転生し直したことに、これほど意味を感じた日はなかった。生きて言えることは、なかったかもしれない。



「……はっ!?」


 零が目覚めたのは、深夜二時だった。物音か何かで起きたようだ。


「なんだ、まだ真夜中か……」


 目覚まし時計で時間を確認し、もう一度寝直そうとする。その時、丁度右の手のひらにすっぽり収まるようにして、なにかふわふわした感触が当たった。


「ふにゃあ?」


 聞き慣れた声がする。見ると、そこには猫の姿のナリが、香箱を作って寝ていた。


「うおおお!?ナリ!?なんでここに!?」


 零は慌ててのけぞった。ナリは一つあくびをして、零の方を向いた。


「あにゃ?零?にゃんでって……たまには、一緒に寝てもいいじゃんかにゃ」


「いやいやいや、お前の部屋あるだろ!」


「うーん……今日は私がそうしたいんだにゃ……」


 眠そうな声が聞こえてきたかと思うと、ナリはそのまま寝てしまった。


(いやいやいや……今日は私がそうしたいって、俺の気も知らねえで……!)


 真っ赤になる耳を布団で隠し、目を瞑った。興奮で眠れる気がしなかった。


「グルグルグルグル……」


 無意識なのか、寝ながらナリは喉を鳴らし始めた。それを聞くと、自然と心が落ち着くような気がした。


(……ま、いっか)


 近くにナリがいる。そう思うと、零はどこか安心した気持ちになった。

 その声を聞いているうちに、零はいつの間にか、また眠りについた。

零編【只、狼は優しくありたかった】終了です。そして今年最後の投稿です。

次回は2024年3月9日、受験を絶対終わらせて帰って来ます!応援よろしくお願いします。



《追記》

12月の時点では予定になかったので考慮しませんでしたが、国公立後期まで受けることになりました。

なので投稿日を3月15日にすることにしました。

本当にごめんなさい!小論文頑張ってきます!



前回のクイズの答えは【①幸野満咲】でした。満咲はナリの元同級生ですが、ナリの前に突然現れたと思えば、来訪しても常にいない、謎の多い人物です。なぜ彼女の名前が登場するのかは、これからをお楽しみに。


さて、今回のクイズはこちら!最後になります。これまでお付き合いいただき誠にありがとうございました。


【ナリ(山門有)、千里(若木健人)、朝日(金子翼刃)の3人のうち、ソルンボルに来た順番で正しいのはどれ?

(古い方が左、新しい方が右に来るよう矢印で示してます)

①朝日→千里→ナリ

②千里→朝日→ナリ

③ナリ→朝日→千里

④ナリ→千里→朝日

⑤千里→ナリ→朝日

⑥千里→朝日→ナリ】

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