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にゃんと奇妙な人生か!  作者: 朝那月貴
只、狼は優しくありたかった
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憧憬と、恐れの思い出

今回話が重いので、クイズの答えとクイズを先にやります。


前回のクイズの答えは【②衣装製作が上手なこと】でした。アクアの衣装の技術は高く、詩乃はずっとその点に憧れていました。間違えた方は是非最初から読み直してくださいね。


さて、今回のクイズはこちら!


【志学亥李の昔の姿、去間空の名前の由来は?

①「去間」は過去、「空」は空を飛びたい気持ちから

②「去間」は親元を去ること、「空」は空を飛びたい気持ちから

③「去間」は過去、「空」は画数が少なく書きやすいから

④「去間」は親元を去ること、「空」は画数が少なく書きやすいから

※ヒント 答えは本編にありません】

 川峰創のアルバイト先の先輩。それが、十優人だった。


 優人は創の二歳年上だった。山風町にあるファミリーレストランのバイトリーダーだった優人は、アルバイトをやり始めた創に丁寧に仕事を教えてくれた。


 後輩に優しく、笑顔の耐えず、仕事が出来て、都会のことをなんでも知っている、憧れの先輩。それが、最初の印象だった。


 創は大学に入った春、田舎町から山風町に引っ越してきた。彼の中で、かの有名な川鞍大学に入ること、そして都会に暮らすことは、夢の一つだった。


 その為か、優人の都会の話には、創は何にも替えがたい価値があるように思えた。


 あの駅に行くと他の駅に行けるから便利だけど、駅構内で迷うから注意するべし。

 あの駅の駅ビルにあるカレー屋は美味いから、都会に来たなら是非食べるべし。

 あの駅には十メートル歩くと有名なチェーンのカフェがあって、目印にならないから待ち合わせには注意すべし。


 そんな話を聞かされる度、創はその駅に行くことが、その話をすることが、都会に出てきた証であるかのように思えた。


 大学生活は大変だった。

 アルバイトの仕事は目まぐるしく大変だった。

 優人から教えてもらった駅で迷って大変だった。


 だが彼の中の強い憧れが、創の疲弊を吹き飛ばし、体を動かしていた。憧れこそ、創の原動力だった。


 そうして時は過ぎ、大学二年生の十二月。創は二十歳になった。


「二十歳の誕生日、おめでとう!川峰!」


 優人はアルバイト先で、満面の笑みで祝ってくれた。


 アルバイトが終わった後、都会での飲み方など知らないであろうと、優人が行きつけの飲み屋だという場所に連れて行ってくれた。そこで創は初めて、自分があまり飲めない体質だということを知った。


「十さん、そろそろ俺、切り上げますから……」


 アルコール度数の少ないサワーを遠ざけ、創は苦笑いを浮かべた。優人の目の前には、空のビールのジョッキが沢山並べられていた。


「ええ?いやいや、まだまだ飲めるだろ?」


「いや、あの、結構ボーっとしてきたんで……」


「いやいや、駄目だろ川峰!いいか?都会ではな、上司より先に飲み終わったら駄目なんだよ!ハハハ、そうと決まれば……そうだ!ハイボールなんてどうだ?飲んでなかったよな?一回くらい飲んどけよ!」


 笑顔で注文をタブレットに入力する優人。十さんが言うのだから間違いないと、創は何も疑わなかった。



 そこから、どこまで飲んだのかは覚えていない。

 創が気が付いたのは、深夜三時の自分の家の中だった。


 立ち上がると、目眩がしてとても歩けなかった。

 千鳥足でなんとか辿り着いたのは、トイレ。気持ち悪くて仕方がなかった。


 次の日は朝からトイレとベッドを往復した。二日酔いだった。

 とても外には出られなかった。トイレの中で、創の両親が土曜日に晩酌していたのを思い出した。


(そういえば……二人とも、酒飲む時は次の日が休みの日にしてた……あまり酒を飲む人達じゃ無かったな。酒の飲み方なんて、全く知らなかった……)


 両親とは帰省する時以外連絡をしていなかった。今更、酒の飲み方を教えて欲しい等と相談出来なかった。


 友人は居たが、何か相談出来るほどの仲ではなかった。彼女は居なかった。そもそも、アルバイトに打ち込んでいた創には、アルバイト先以外に話す人が少なかった。そのアルバイト先で一番話しやすかったのは、優人だった。


 体調が回復した後、創は優人に相談した。酒を飲み過ぎて、二日酔いで一日動けなかったと。


 優人は笑い飛ばした。


「いやいや。それは創が弱いからだって。都会の飲み方に慣れとかないと、いつかアルハラな上司に当たったら辛いぞ〜?今飲んでおいて耐性をつけて、強くなっておかなきゃ!」


 憧れの先輩の優人が言った。創は、十さんがそう言うならと、自分を励ました。


 創は優人から飲み会の誘いを受けた時、断らないと決めた。

 だが、何杯飲んでも一向に強くならない。飲み会の次の日には、立ち上がることが困難な日もあった。

 もしかしたらと、創は一度、優人の誘いを断ったことがあった。優人は眉をひそめた。


「今日は飲まない?いやいや、それは無いだろ。いいか?都会ではな、上司が飲めって言ったら飲むって決まってんだよ。で、俺が川峰の上司。何が言いたいか分かるよな?」


 そして最後には、最初にアルバイトの仕事内容を説明した時と同じ笑顔で、優人はこう言った。


「ほら、俺と話そうぜ?なんか嫌なことがあったら聞くからさ!お前さ、酔った時にいつもより話してくれるじゃん?俺はもっと、そういう川峰と話したいんだよなー。あ、そうだ、あの店が嫌なら別の店行くか?」


 自分が今まで憧れ、信じてきたもの。それが揺らいだような気がした。

 だが、それでも優人が憧れなのには変わりなかった。優人の話す都会の話。それに近付きたい自分がまだ存在するのを、創は自覚していた。



 そのようにして日々を過ごした、ニヶ月後。創は春休みを迎えた。


 春休みということもあり、アルバイトを増やす機会は大いにあった。だが、創はどうも気乗りせず、結果土日の昼だけにシフトを入れた。


「なあ川峰、どうして仕事入れてくれないんだ?春休みって結構客入るんだぜ?」


「はは、どうも疲れが出たみたいで……」


 創は苦笑いを浮かべた。疲れが出た原因くらい、創にも分かっていた。


「そうか?もっとシフト入れてくれると、俺が楽なんだけどな〜。いや、無理に増やせって訳じゃないからな?」


 何かを期待するかのように優人が創を見た。笑顔が顔に張り付いて、創は表情を崩せなかった。創は死ぬその時まで、アルバイトを辞められなかった。


 シフトに入ると、図ったように優人がいた。

 優人がいると必ず酒屋に誘われ、毎回同じ文言で酒を飲まされた。

 酒を止めようとすると優人に止められ、必ず飲んだ記憶が無くなっていた。

 気が付くと家にいて、吐き気を催してトイレへと向かった。

 そんな日の次の日は、外に出られるような状態ではなかった。


 ベッドの上から動けない時、決まって創は、アルバイトでの優人との会話を思い出そうとしていた。

 だが、どうしても思い出せなかった。一日一日が、ぼんやりとぼやけていく感覚だった。

 何時に起き、何を食べ、何をしに出かけ、いつアルバイトに行って、優人と何を話し、何の注文を受け、いつアルバイトを終えて、どこの店に行き、何の酒を飲むか。その全てが、遠い国で起きた出来事のように思えた。


 ぼんやりとした感覚は元気な時でも続き、アルバイトで注文を間違えたり、皿を割ったりすることはしょっちゅうだった。


 頭痛も酷くなり、体調が悪い日が増えてきた。眠れないことも多く、病院で睡眠薬を処方してもらったが、その副作用か、それとも彼が何か病気にかかっているのか、一日中頭がぼんやりすることが増えた。

 

 なんとかしたかった。

 少しでもいいから、痛みも頭のぼんやりも和らげたい。創の中でそれは、かつての憧れに代わる原動力になっていた。昔覚えた憧れは、どこかに消えてしまった。


 誰にも相談できないまま、救いを求めるように酒に手を伸ばした。飲むと、頭の痛みもぼやけも消えたような気がした。 

 その代わりなのか、美味しさは感じられなくなった。だがそれでも、痛みが無くなるのを求めて、酒を飲んだ。


「酒を飲めばなんとか症状が安らぐ」


 そう考えた時、創は不思議と落ち着くような、緊張するような、恐ろしいような、そんな気がした。



 だが、酒を飲む度、自分の中にある恐怖心が膨れ上がっていくのが分かった。


 自分がこうなってしまった原因である酒への恐怖心。それだけではない。酒をこれほど飲むに至った十優人への恐怖心。それが、心の中で溢れんばかりに高まっていった。


 酒を飲みたい。

 酒が怖い。


 創は、自分の心が二つに分かれてくっつかなくなったような気がした。

 自殺を考えたのは、その時だった。


 心臓は二つに割れない。だというのに、心は二つに分かれてしまった。一日の疲労が癒えないまま増していく。何もしないで寝たいというのに、頭の痛みが「酒を飲め」と叱ってくる。


 創は、自分の人生をやり直したかった。


 都会なんかに憧れるんじゃなかった。酒を飲む時親に相談すればよかった。嫌だと優人に言えればよかった。


 助けても言えない自分が、創は大嫌いだった。



 用意したのは、大量の睡眠薬と水。白い封筒に遺書と書き、親へ「親不孝な息子でごめんなさい」と綴った。


 睡眠薬を飲み、水で無理矢理口の中に詰め込んだ。三百は軽く超えた。水を何度も何度も口にし、持ちうる全ての睡眠薬を飲み込んだ。


 そして最後に、食道のあたりの違和感を水で流し込んだ。ごっくんという音が、静かな部屋に響いた。


「…………美味い」


 その時だった。水が、ただの水道水が、極上の味に思えたのは。


 香りは柑橘類の香りがして、口当たりがよく、口に入れるとその匂いが広がり、ほんのりと甘みがあった。心地よい冷たさで喉元を通り抜け、その後口の中で柑橘類の香りが広がった。するするとしていて、いくらでも飲みたいような味だった。頭痛がどこかに消えていく感覚がした。


「美味い……美味い……美味い…………っ」


 酒の味を感じなくなって、何十日も経っていた。こんなに何かを美味いと思ったのは久しぶりだった。

 ただ、それだけだった。不意に涙がポロポロと流れ落ちた。


 川峰創の記憶は、そこで途切れた。

次回は11月28日です。

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