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にゃんと奇妙な人生か!  作者: 朝那月貴
只、狼は優しくありたかった
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優人

「優しい人に、なりたかったんだ」


 溶けるように涙を浮かべ、優人はナリの頭を撫で続けた。ナリは不安に思いつつも、優人にされるがままになっていた。


「誰も止めてくれなかった。誰も止められなかった。だから、おれは……」


 口調に覇気がなかった。ぼんやりとしていて、たまに聞き取れないこともあった。彼は「止める」という言葉で何か思い出してしまうのか、また独り嗚咽し始めた。


(ODしてるんだし……救急車でも呼ぼうかな?でも、誠子さん居ないみたいだから、迷惑になるし……今猫の姿から変わるのは、ちょっと酷かもしれない。一体どうしたのかな。こうしていれば、優人さんも少し落ち着くかな……)


 ナリはそう思いつつ、静かに泣いている優人の手元に近寄った。ナリは優しく、スリスリと自分の頭を彼の手にこすり付けた。


「全部、おれのせいなのに……どこか自分で、願ってたんだ。違うんだって」


 優人が顔を上げた。目はひどく腫れ、ボタボタと大粒の涙を零した。


「ひどい話だよな。おれは、全部、願ったのに……おれは、何も、誰にも……」


 優人が近寄ってきたナリの頭を撫で回した。乱雑な撫で方で、ナリの頭が優人の手に揺らされていたが、ナリはそれを言及する気にもならなかった。


「……おれは……生きていたら、いけなかったんだ」


 涙声で彼が呟いた。ナリは黙って、撫でるのを止めた優人をじっと見つめていた。彼の涙は、いつまでも止まらなかった。


「誰にでも、優しくなりたかった。でも、そんなこと、できなくて……むしろ、みんなを傷つけた。あのときだって、そう……おれは、何も考えないで……」


 そこで彼が言い淀んだ。ナリは静かに優人の目を見つめていた。すると、突然優人が激昂し、机を拳で叩いた。ナリの地面が揺れる。ナリは慌てて立ち上がり、窓際で様子を見ることにした。


「そうだ!おれは生きていたらいけなかったんだ!あの時あいつじゃなくておれが死ねばよかったんだ!なんで生きた!なんで殺した!あいつはもっと生きるべきだった!あいつは若くて未来もあった!なのにおれはどうだ!最初から何も無かったじゃないか!才能も夢も未来も、何もかも…………!!」


 一息で言ったからだろうか、彼はその続きを言う前に、咳き込んでしまった。それが止むと、彼はポツリと、静かに呟いた。


「…………知らなかった……なんて、言い訳して……そんなんだからあいつが死んだって、誰かの声が聞こえてくる……この口が、優しい言葉をかけられれば、あんなことには……」


「あんなことには」「あいつが死んだ」「あいつの代わりに死ねばよかった」

 優人はその言葉を度々口の中で唱えていた。


(あいつ……あんなこと……何があったんだろう。優人さんをここまで苦しめる「あいつ」って、一体……?)


 ナリはもう少し、優人のそばに居ることにした。ナリの背中に冷たい風が当たる。優人もナリも、家の窓を閉め忘れていた。だが、二人はそれを気にしていなかった。


「…………死ねって言ったか?」


 嗚咽していた優人が突然、そう言って顔を上げた。ナリのことを睨みつけてくる。突然の事で困惑していると、優人は声を荒立て、ナリに怒鳴り散らした。


「おい!!お前、死ねって言っただろ!おい!」


(そんなこと、言ってない!誰かに死んで欲しいなんて、今まで一度も…………!)


 心の声で答えた。だが当然、優人にその声は届かなかった。優人は怒鳴りながらも涙を流し、震える手を机に叩きつけ、怒りを収めようとしていた。


「お前も……!お前も死ねって思ってんだろ!おれが死ねば全部上手くいくって思ってんだろ!あいつみたいに、あいつが言ったみたいに、お前が死ねばよかったって思ってんだろ!」


 声を枯らし、目の前で鬼の形相で怒鳴る優人が、ナリは怖くて仕方なかった。眉間に大きなしわを寄せ、目は血走り、歯ぎしりをして、必死の形相でナリを睨みつけてくる。その目からは、大粒の涙がボタボタと流れ落ちていた。


「なんか言えよこのクズねこ!さっきみたいに……死ねって言ってみろよ!このゴミが!クズが!」


 突然立ち上がり、優人は机の上のものを全て下に落とし始めた。薬の袋やペンの束、本やCDが机から落ちていく。中にはヒビが入ったものもあった。

 そして優人はまだ机の上にあったものの中から、ナリに向かって、ポスト型の貯金箱を投げつけてきた。慌ててそれを避ける。月島家と十家の間に入ったようだ。あまり中身は入っていないようだったが、それでも猫のナリには十分致命傷を与えるものだった。


「死ねよ……さっさと、お前が…………っ」


 その途端、優人が言葉に詰まった。ナリは怖さと困惑で、どう優人を見ればいいか分からなくなっていた。


「お前が……お前が…………」


 優人がゆっくりと後ずさった。彼の後ろには、青い布団カバーが掛けられたベッドがあった。彼はそれに倒れるように寝転がった。


「…………ごめん……嫌だったよな……こんなんだから、おれは……ごめんなさい」


 優人が顔を手で隠し、やや過呼吸気味に涙を流した。ナリも彼のそばに近寄った。どうもナリには気付いて居ないようで、彼は独り呟いた。


「おれなんて、最初からこの世界に居なければよかった……そうすれば、全部上手くいったのに。あいつだって……()()だって、死ななかったのに……」


 川峰。ナリの頭の中で、その名前はある人物に繋がった。


(川峰……もしかして、さっきから言っている「あいつ」って、川峰創……!?)


 猫が新品のベッドの上で考え込んでいるのも気にせず、優人は独り、言葉を続けた。


「川峰……ごめんなさい。おれがあの時、止めればよかった。そうしたら、お前は死なずに済んだかもしれないのに……おれが居たせいで、おれが優しくなれなかったせいで……」


 優人の息が、寝る時のゆったりとした息に戻ってきた。彼はぼんやりとした口調で、呟いた。


「死んで、罪をつぐなうから……生きていたら、いけないから……優しくなれなくて、ごめんなさい……」


 何かスイッチでも切れたのだろうか。優人はそのまま、寝息を立て始めた。薬が効いたらしい。


「……よ……かった、のかにゃ……」


 ナリはやっと、ずっと思っていたその言葉を口に出すことが出来た。時間は一、二時間ほどしか経っていないはずだが、ナリには優人との時間が、一日にも一週間にも思えた。


(寝ているから、ひとまず安心出来るかな……今のうちに、家に帰ろう)


 ナリは静かに《異形化》し、獣人族の姿に戻った。なぎ倒されたものを、優人が起きないよう慎重に元に戻していく。その中で、優人が薬を入れていたビニール袋に下敷きになって、白い封筒が置かれていた。


(そういえば優人さん、こんな封筒用意してたんだっけ……開けるのは気が引けるけど、糊付けもしてないし、あとで戻しておけば……)


 そう思いつつ、ナリは封筒の表面が見えるよう裏返した。大きく「遺書」と書かれていた。


「……いしょ……」


 思わず声に出てしまった。優人が寝ているのを確かめ、そっと中身を取り出した。


「十優人は、今日この日、死にます。

 短い人生だったけど、もうこんな思いを味わいたくありません。

 優しくなれない自分と、優しくありたい自分でせめぎ合って、結果人を殺してしまった。

 死んでも償えないほどの罪を犯しました。生きているのが辛くなりました。

 だから、死にます。母さん、今まで苦労をかけたのに、こんな結果になってしまってごめんなさい。

 川峰。ずっと、おれのことを許していなかったんだろう。だから、おれの前に現れた。

 ずっと謝りたかった。でも、おれがいくら謝っても、死んだお前には届かない。だから、川峰。おれの死で、おれの罪を償わせてくれ。」


 遺書には、このようなことが書いてあった。

 ナリはそれを読んでいくうちに、胃がキリキリと痛むのを感じた。


(…………なんと、言えばいいか……)


 優人の方を見た。ぐっすり寝ているようだが、ナリは彼の目元が、涙で濡れているような気がした。


(優人さんが川峰創と関係があることは分かってた。でも、まさか、殺したなんて……だから、川峰創のことを話したら、あんなに青ざめてたんだ。「おれの前に現れた」って……幻覚でも見たんだろうな)


 窓から外に出て、家と家の間に入ってしまった貯金箱を拾い上げた。机の上にそれを置くと、ナリは自身の家の窓から、中に入った。


(優人さん……あなたの「ごめんなさい」は、言えるんだよ。零が川峰創である以上、あなたのその言葉は伝わるんだよ。謝れなかったって後悔して……届かない「ごめんなさい」を抱え込むのは、本当に辛いんだ。その辛さを、私は知ってるんだよ)


 窓を閉め、くたびれた掃除機を定位置に戻した。


(優人さん。川峰創は今、ここにいるんだ。私がなんとかしてみせる。私が、優人さんと零が話せる機会を作ってみせる)


 部屋の中で、ナリは零の顔を思い出した。それは、昨日の夜零が見せた苦しみの表情ではなく、ナリを見て楽しそうに笑う、優しい顔のいつもの零だった。


(きっとそれが、零と優人さんの苦しみを一緒に無くせる方法だ。二人を助けるんだ。言いたくても言えない辛さを味わうのは、私だけで十分なんだ)


 昨日の、亥李の言葉を思い出した。自分を鼓舞するように、ナリは自分の両頬を叩いた。


「自分を信じるんだ!頑張るんだ!ナリ!」


 他に誰も居ない部屋で、ナリは拳を握りしめた。時刻は午後一時。零が帰ってくるまで、あと四時間だった。

前回補足し忘れましたが、優人の部屋に突入したのは午前十一時くらいです。


前回の答えは【②先王バレアデス】でした。100年前、王家のしきたりとして太陽神ティラーを信仰していた先王は、氷結の女王を見事討ち果たし、コオニユ洞窟に閉じ込めていました。同じく太陽神ティラーの信者である美波を見て、氷結の女王はそのことを想起しています。間違えた方は是非最初から読み直してくださいね。


さて、今回のクイズはこちら!


【この中で消えてしまったのは誰?

①虎前千里

②相沢詩乃

③遠谷参華

④《検閲により削除されました》】

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