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にゃんと奇妙な人生か!  作者: 朝那月貴
只、狼は優しくありたかった
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優しい狩人

今回、一部の表現に不快感を伴う可能性があります。

その場合、当該表現から読み飛ばすなど各自で自衛してください。

 ナリは参華達に頼み、パンフレットを一部持ち帰ることにした。三人と別れ、パラパラとパンフレットをめくる。前に凛から貰ったものを見た時と違うところはなく、普通のパンフレットのようだった。


(式神……?そんなのを作り出す魔法なんてあったっけ?魔法使わなかったからよく分からないや。零か千里当たりに聞かないと……それにしても、三人とも昔の自分だったって言ってたよね。なんでわざわざそんな姿に……?)


 悶々と考えながら、家の方へ歩いていく。時刻は夕方の十六時前。まだ日は沈みそうになかった。


 ナリが家の近くの十字路まで辿り着くと、家の前に零が居た。ちょうど大学から帰ってきたようで、額の汗を手で拭っていた。


「あ、零――」


 ナリが遠くから声をかけようとした、その時。

 

 追い出されるようにして、優人が家から出てきた。手には何も持っておらず、ジャージ姿のまま、髪も寝癖がついていた。彼の弱々しい視線が、零の方に向かう。零がすぐに顔色を変えたように、ナリには見えた。


「…………どうも」


 零が朝のように、ぶっきらぼうに声をかけた。そのまま目線を外し、月島家の扉の方へ向かっていく。

 優人は零を困ったように見つめていたが、やはり何も言わないまま、零を目で追っていた。


(優人さん、やっぱり何も言わない……二人の関係は?本当に、ただの「昔の知り合い」なのかな?)


 ナリは角に隠れ、様子を伺っていた。零が鍵を開け、扉に手をかける。だが何か考え込んでいるのか、彼はしばらく扉を開けなかった。優人が不思議そうに零を見つめていた。

 そして、零は何かを心に決めたかのように、鍵を強く握りしめた。ジャリン、と鍵と鍵が当たる音が聞こえた。


「……あの」


 ナリには見せない冷たい顔が、優人の方を向いた。


「十さんは……なんで引っ越してきたんですか」


 優人が面を食らったような顔をした。零は黙ったまま、優人が次に言い出す言葉を待っていた。

 だが、優人は何も言い出さない。ヒグラシの鳴き声だけが、長い沈黙を破ってくれた。ナリは気まずいと思いつつも、その空気感に入っていける自信が無く、そのまま見守ることしか出来なかった。


 三、四分程経ったであろう頃。痺れを切らしたのか、零はもう一度鍵を握りしめた。


「やっぱり良いです。それじゃ」


 零はそう言って、家の中に入っていった。優人はどこかに出かけるようだったが、彼は何もしないまま、その場で固まっていた。


(な、何だったんだろう、今の……でも、零がやっと「どうも」以外を言ったのはいい事、なのかな)


 ナリはそう考えつつ、亥李に言われたことを思い出していた。


「零のこと、心配なんだろ?心配になるのが長続きすると、ただただ自分がキツイだけだぜ。自分を信じて、行動に移す!心配事が消えないとしても、何か事態は好転する!そういうもんよ!」


 亥李のその言葉は、妙にナリの中に残っているような気がした。ナリは優人の方に歩き寄りながら、自分を鼓舞するように拳を胸に当てた。


「あの!優人さん!」


 弾んだ声で声をかけた。優人が驚きの顔でナリを見るのがよく見えた。


(亥李……私、零を助けたい。私、優人さんと零の関係が分かれば、零を助けるヒントになる気がするんだ。本当かなんて分からない。でも、やってみたら何か事態が好転する。そうでしょ?亥李!)


 優人に自分の考えを悟られないように、ゆっくりと深呼吸した。そして、間を置いて、ナリは聞いた。


「優人さん。川峰創……って、知ってますか?」


 川峰創。その単語を聞いて、優人の肩が跳ね上がった。それに構わず、ナリは続けた。

 

「零は、川峰創……の、関係者なんです。普段はあんなに冷たい人じゃない。なんで、優人さんをそこまで嫌っているのか、私には分からないけど……もしかしたらその理由が、川峰創さんに関係することかもしれないんです。だから、もし、川峰創さんと何か関わりがあれば、教えて欲しいんです。そうしたら、零も優人さんも、普通に話せるように――」


 ナリがそこまで言いかけた、その瞬間。


「…………っ!」


 優人は血相を変え、家に走り去ってしまった。それはまるで逃げ帰ったかのようで、バタン、と勢いよく扉が閉まった。ナリは呆気にとられたまま、その光景を見ていた。


「――あっ、ゆ、優人さん!?」


 遅れて声をかけるが、返事は無い。その場に一人残されたナリは、呆然と立ち尽くしていた。ヒグラシの鳴き声はもう止み、辺りは嫌になるほど静かだった。


(どうしよう……今の、本当に良かったのかな……い、いや、少なくとも行動に移せただけでも良いと思う。そう思うことにしよう)


 そう思いつつ、ナリは家の扉を開けた。冷房を付けっぱなしにしていたからか、少し肌寒かった。


「ただいまー。れーい!」


 零に外の出来事を悟られないよう、明るい声を上げた。零は洗面所にいるようで、水が流れる音が聞こえた。


(とりあえず、零だ。零の方が話しやすいし、優人さんとの関係が知れるチャンスだ)


 また、深く息を吸った。いつも接している零だから、大丈夫だ。ナリはそう、自分の緊張をほぐしていた。


「ん?お、おかえり。どこ行ってたんだ?」


 零が優しい笑顔で洗面所から出てきた。いつもと変わらない、明るい零だ。


「どこ?えっと……ちょっとね。それよりさ、零は大丈夫?」


 零への嘘がまた増えた。ナリは胸のチクリとした痛みを感じていた。


「ん?俺?いや、大丈夫だけど……どうしたんだ?」


「いや、その……」


 また、亥李のあの言葉が思い起こされた。零が「どうした?」と優しく笑う。優しいその声や表情が、より一層ナリを躊躇わせた。だがその躊躇いも振り切り、彼女は零の目をまっすぐ見た。


「零!」


「お、おう、なんだ?」


「ねえ、優人さんと何があったの?」


 零の表情が固まった。彼の口から乾いた笑みが零れた。


「ゆ、ゆ……優人さん?って、十さんか?なんでだ?」


「知ってるよ、零。優人さんと話す時、誰と話す時よりも冷たい顔してるって……前、詩乃のことあまり好きじゃないって言ってたことがあるけど、詩乃と話す時の方が、よっぽど生き生きしてる。川峰創の時の知り合いなんでしょ?何があったの?」


「いや……それは……」


「零……このまま睨み合ってたら、辛いだけだよ。優人さんからしたら、初めて会った人に突然嫌われてる訳だし……優人さんのこと、なんでそんなに嫌いなの?」


 困っているような、心配しているような目で、ナリが零を見つめた。零はたじろぎ、半歩ずつ後ろに下がっていった。


「零!ねえ、一回さ、優人さんと話してみよう?零が思っているほど、悪い人じゃないのかもしれない。話したら分かりあえて――」


「そんなことあるか!!」


 零が強い剣幕で怒鳴った。ナリの肩がビクッと震えた。


「ナリはあいつの本性を知らないからそう言えるんだ!俺だって最初は優しくて良い人だと思ってた!でもあの人は……!」


 そこまで言って、零は気付いた。まるで猫の毛が逆立つように、ナリが鳥肌を立て、怯えた表情で零を見ていたのを。


「い……や、その……」


 零から笑みが消えた。誤魔化そうとしているのか、それとも何か別のものを見ているのか、零はフラフラと体をよろめかせ、ナリと焦点が合わなかった。


 零の顔がどんどん血の気が無くなっていく。零の様子を見て冷静になり、ナリは何か声をかけようかと思ったが、何も思いつかないまま、少しずつ青ざめていく零をただ呆然と眺めていた。なだめようとした手が宙で固まっていた。


「…………っ!!」


 弦が弾けたかのように、零は部屋の中に逃げ帰ってしまった。ガチャン、と大きな音が家の中に鳴り響いた。


「れ…………零!」


 慌ててナリが扉の前で呼びかけたが、返事は無い。家がしんと静まりかえった。


(零……い、まのは……)


 ナリは「零」以外の言葉もかけられないまま、零の部屋の扉をただ眺めていた。何時間経っても零は扉を開けてこなかった。

 夕飯の時間になり、ナリは零を呼び出そうかと考えたが、やはり何も言葉が思いつかず、結局一人で買い物に行き、夕食を作った。零の好きなカレーライスにしたが、ナリが起きている間は、ずっと部屋から出てこなかった。



 次の日。


 家でこれほど緊張した雰囲気になっているのは初めてだった。ナリが八時頃起きてくると、もう零は居なかった。机の上にメモが置いてあり、角張った文字で「大学に行く」と書いてあった。昨日残しておいたカレーライスは食べたようで安心したが、やはりナリの心には不安が残っていた。


(零……大丈夫だったのかな……)


 不安に思いながら掃除機をかける。今日も日差しが強かったが、とても日向ぼっこをする気分ではなかった。時々風が強く吹いて、落ちてしまった葉が吹き飛ばされていた。


(私……昨日、自分に自信を持てば何か上手くいくって思って、色々やったけど……本当に、あれで良かったのかな……)


 昨日の夜の苦痛に満ちた零の顔を思い出した。ナリにはどうしても、その答えが「良くなかった」にしかならなかった。


(どうすれば良かったんだろう。川峰創と優人さんの関係を何も知らない私が……どうすれば零のあの苦しそうな姿から苦しみを無くせるのかな)


 一階のリビングに掃除機をかけ始めた。部屋には確かにゴミがあるはずだが、ナリの目にはあまりないように見えた。時々胸が重くなるような痛みを感じた。


 ふと、窓の外に目線をやった。半畳ぐらいの窓がキッチンの方にあり、隣の十家の窓が見えた。ちょうど優人の部屋のようで、優人の顔が見えた。やつれた顔で、ビニール袋とコップを手に持っていた。


(ちょうど優人さんが……昨日の朝持ってたビニール袋かな)


 優人がゆっくりと机の上にそれらを置き、ビニール袋の中に手を入れ、何か取りだした。よく見ると、それは錠剤の包装のようだった。何の薬なのかは分からなかった。優人は机に白い封筒を置き、椅子に座った。


(薬?優人さん、病気なの?確かにいつもより顔色が悪そう……)


 ナリが掃除機の電源を切り、その様子を見ていた。優人の様子が、なんとなく気になった。


 優人は包装を手慣れたように開け、薬を取りだした。一つ、二つ、三つ、四つ……


(……薬って、あんなに飲むものだっけ。いや、私風邪ぐらいしか引いたことないから分からないんだけど……シートにある薬全部飲んだりする?十二錠も?)


 優人は処方箋に手を入れ、更に薬を出し始めた。空のシートが積み上がっていく。手の中に収まった十二錠を、水で一気に流し込んでいた。


(今は……三枚重なってるから、三十六錠?)


 そこでナリは思い出した。遠い記憶、家庭科の授業で習った言葉。適量以上の薬を飲むこと。オーバードーズ、通称OD。

 量が多いと最悪の場合死亡する。優人は更に飲もうと薬を取りだしていた。


 頭より体が先に動いていた。窓を開け、サッシに足をかける。機動力を上げるために《異形化》でさっと猫の姿になり、優人のいる部屋の窓の前へ駆け出した。


「ダメッ!!」


 自分が猫であることも忘れ、必死の形相で叫んだ。ピクっと優人が反応する。


「ねこ…………?」


 薬を飲むのを止め、優人が窓を開けた。思い詰めたような表情が、少しずつ和らいでいく。優人は優しく、ナリの頭を撫でた。


「お前……止めようとしたのか?」


 ナリは神妙な面持ちで優人を黙って見つめていた。彼の撫でる速度がゆっくりになっていく。それと同時に、彼の目には涙が溜まっていった。


「おかしいよなあ……さっきまですげえ死にたかったのに、今はお前をずっと撫でていたいよ……止めようとしたんだな。俺とは大違いだな……」


 そこまで言って、優人は嗚咽し始めた。

 薬は優人の手で握りつぶされてしまっていた。


 ナリはどうしたら良いか分からず、目の前で泣き崩れた男を見ていた。

 ただ、どうやら止めることが出来たらしいという安堵感と、未だ残っている緊張感が、ナリの中で代わる代わる現れていた。

狩人は命を奪うものでしょう?


次回は8月28日てす。


前回の答えは【②美波が状況を整理しているのを陽斗が発見したから】でした。美波は転生した日に大学でノートに状況をまとめていました。間違えた方は是非最初から読んでくださいね。


さて、今回のクイズはこちら!


【スノー・ベアーズ・クイーン編でのボスキャラ、氷結の女王。彼女は一度ある人物に敗北しており、そのことをずっと恨みに思っています。さて、その人物とは一体誰?

①女王アストリアス

②先王バレアデス

③三賢者の一人ホープ・ドリーム

④ケルベロスアイ】

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