「赤」の弱点
「まず……ナリは、どんなことが知りたいの?」
参華は冷静を装ってそう言ったが、隣にいる朝日には参華がどう見ても楽しそうに見えた。ナリは真剣な目で答えた。
「えっと……零がアッシュだった頃、これは嫌だとか、こういう人が嫌いだったとか、そういう話、聞いた?」
「ほほう、これは意外な出発点で……」
「え?な、なにが?」
「気にしなくていいわよ。「嫌い」から攻めるのも悪くないわよね。うんうん」
「嫌いから攻める?うん……うん?」
本当に困惑していそうなナリの顔が朝日には面白く見えてしまい、思わず吹き出してしまった。ナリが余計に混乱して首を傾げるのを見て、朝日は「すみません、つい」と詫びを入れた。
「それで、そうね……零は最初から、詩乃みたいなパッションって感じの女の子苦手だったわね。あとは、主張が激しかったり、自己中心的だったり……あれ?なんで詩乃嫌われなかったんだろう」
「詩乃は真剣な時はすごく真剣だからじゃないかな?意外と繊細だし、優しいし」
「そうね。零が詩乃に対して嫌がってるのは見たことないわね……あ、あとはお酒。お酒を大量に飲む女の子は苦手ね。飲んでだる絡みしたりとか……」
「お酒を……」
「大量に飲む……」
自然と、ナリと朝日の目線が参華に向かった。
「……い、いや違うわよ!?絡んだりとかしないし!私一人で高揚してその後寝てるだけだし!」
「亥李とよく一緒に飲んでるよね。その時とかは――」
「絡み酒してないからね!?お酒勝手に注いだりとか……あ、そ、そう!零はお酒強要する女の子は特に苦手よ!」
論点をずらすように参華がまくしたてた。二人がその話に食い付いたように頷いたのを見て、参華はふうとため息をついた。
「零は昔から、お酒をコップに勝手に注いだりとか、勝手に頼んだりとか、そういう女の子は本当に嫌ってたわね。その子がたとえどんなに可愛くても、飲まないって決めてる、の一点張り。あんまりやり出すと怒ったりして……ナリ、そういうことしちゃダメよ?」
「そんなことしないよ!怒るって、どんな風に?」
「どんな風に?うーん……「嫌だって言ってるのになんで止めないんだ」みたいな感じだったかしら。零……アッシュって混血種で、青白くて綺麗でしょ?だから逆に女の子たちがビビっちゃって……」
ナリは頭の中で、そんな風に話すアッシュを想像してみた。だがナリの中で、そんなアッシュは空想のように思えた。
「そんなこと……アッシュが言ったの?本当に?」
「本当よ。アッシュが入ってばっかりの時だったから、メルヴィナもアルケミスも驚いちゃって。普段、あの二人は大声出したからって驚かないのにね」
「そうなんだ……でも確かに、前に聞いたんだけど、零ってお酒嫌いって言ってた。絶対に飲まないようにしてるって」
ナリはそう言いつつ、その話をした時を思い出していた。線香花火の音が耳元で聞こえた気がした。
「…………俺は……昔、酒に溺れて死んだんだ」
絞り出すように呟いた言葉。それを思い出して、ナリはハッと気付いた。
(そういえば……零はそう言ってたけど、やっぱり、零がそんなことするなんて信じられない。自分から酒に手を出さないイメージ……本人が遠ざけてるって言ってるけど、それでも……)
ナリが考えてるのを他所に、参華は水の中にある氷を箸で取り出したり戻したりながら、独り言を呟いていた。
「お酒嫌いとは確かに言ってたけど、あいつ十九でしょ?いや、前は二十歳だったか……少なくとも、お酒を飲んでるようなところは見たことないわね。回復酒、結構回復するのにねえ。もったいないわ」
「回復酒は好き嫌いありますし、それを見越してジュースとか作ってますから、問題なかったんでしょう。僕も苦手でした」
朝日が口を挟んだ。彼が持っているカシスオレンジが横から差し込む太陽の光を反射する。もう日が傾いていた。
「そんなもんかしらねえ、千里……アルケミスも嫌いだって言ってたし。ナリ?」
「やっぱり零は……えっ、あ、何?」
考え事をしていたナリがびっくりしたような声を上げた。その反応を見て、参華はまたニヤニヤし始めた。
「やっぱり零は?ふっふっふ……「零は」の後に何が来るのかしら?」
「え?い、いや、特に何も……?」
零が自分にだけ話してくれたのだから、ここで言う訳にはいかない。ナリはそう思って誤魔化したが、参華には別の意味に取ったらしい。
「ふーん?そう言うなら気にしないけど……さて、私が知っているような零が嫌いな人はそんなものかしら……ねえ、ナリ?ひとつ聞きたいのだけれど……いいかしら?」
「う、うん。何?」
亥李が「ぐがっ」といびきをかいた。陽の光が彼の目元に当たり、少し煩わしそうにしていた。
「ナリはさ……どんな女の子になりたいって思っているの?」
「え?ど……どんな?なんで?」
「だって、私にこんなふうに聞きに来たってことは、そういうことでしょ?ふふふ……やっぱり美波や詩乃に洋服とか頼むのかしら?」
「よ、洋服?美波や詩乃に?」
「私には残念ながらあまりセンスはなくてね……どうも効率的になっちゃうというか。最近は特に余計なフリルとかは一切無しのものが多くて……可愛いって感じがよく分からないのよね」
「可愛い?えっと、確かに可愛い女の子にはなりたいかなーって思うけど……」
「いやいやナリ、零を落とすんだったらもっと高みを目指さなきゃだめよ!」
「零を落とす?高みを目指す?そ、そんな必要ある……?」
「あるわよ!可愛い女の子には、男の子を余裕で落とす力があるんだから!」
「ちょっと美波っぽいこと言ってる……」
「零はツンデレだけど、かなーりナリのこと好きよ……私の見聞によるとね。だから、脈はある!大丈夫!ナリは素直な子だし、ストレートに自分の心をぶつけなさい!」
テーブルの上に足を乗せ、勝ち誇ったように右手の人差し指を天井へ向け突き出した。厨房の方から「お客様ー、テーブルの上に足を乗せるのはおやめ下さーい」という、可愛らしい若い女性の声が聞こえた。
「え?す、好き?」
「そうよ!ナリが零のことを思うように、零もナリのことが……!」
「あ、あの、参華?」
「ん?なにかしら?」
ナリが少し困ったように笑って、参華に聞いた。
「私……零が苦しんでいたり、辛いと思っているのを、昨日初めて見て。私が知らない零を知れば、そんな零を助けられるかなって思って、今日ここに来たんだけど……それって、私が零のこと、思ってるの?」
参華が一瞬にして固まった。口をパクパクさせ、やっとの思いで言葉を紡ぐ。厨房からまた「お客様ー」と声がかかっが、今の参華にはあまり聞こえてなかったようだった。
「…………告白したいから零の全てを知りたい、んじゃなくて?」
「い、いやいやいや!そんなこと思ってないよ……!」
顔を真っ赤にしているナリと、言葉も出ない様子の参華。二人を見て、朝日はテーブルを叩いて顔を伏せ、静かに笑っていた。叩く振動で亥李が「ふがっ」と声を上げた。
「…………なんてこった……え?じゃあなんで来たの?」
厨房からまた声が聞こえた。少し苛立っている様子だったが、またしてもその声は参華に届いていなかった。
「あの、実は……」
ナリはことの粗筋を参華に伝えた。参華はそれを聞いて、手を叩いて笑った。
「あっははははは!なんだ、そういうことか!早とちりして損したわ、あははは!」
「まあ、知りたいことは知れたし、私としては良かったんだけど……つまり、押しが強かったり、お酒を無理矢理飲ませたりする人が苦手なんだよね。あのさ、参華?」
「何?あー、超おもしろ……」
「あの、えっと……零が私のこと好きって、本当……?」
少し照れながらナリが話した。参華はその様子を見て、少し考えた後、ナリの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「わわ!ど、どうしたの……?」
「別に?参華お姉さんは応援してるだけよ。ナリ、答えは直接本人に聞きなさい。私の憶測より本人の意見の方が正しいから」
「ええ?そ、それってどういうこと……?」
ナリが首を傾げた、その時。
「ふわあああ、マジでうっせえ……あれ?なんでナリがここに居るんだ?」
眠い目をこすり、亥李が目を覚ました。一つ伸びをすると、近くにあったビールの残りを飲み干した。
「確か、朝日の所に調整に行って、その後炎天下歩いて三人で飲みに……今どういう状況だ?これ。なんで参華笑ってんだ?」
朝日に聞くと、朝日が笑いを堪え「かくかくしかじか」と口で言った。「いやそれじゃ分かんねえよ」と亥李が突っ込みを入れたところで、ナリが横から説明に入った。
「まるまるうまうま。ふんふん、なるほどな。ナリ」
亥李がナリの方を向いた。ナリの背筋が自然と伸びた。
「大丈夫だって。自分を信じろ!」
「い、いやいや、私告白するんじゃなくて……!」
「ちげーよ。零のこと、心配なんだろ?心配になるのが長続きすると、ただただ自分がキツイだけだぜ。自分を信じて、行動に移す!心配事が消えないとしても、何か事態は好転する!そういうもんよ!」
「そ、そうなのかな……」
「そうよ、ナリ!」
ナリの頭上から参華が大声を上げた。
「自分を信じなさい、ナリ。零が信じたナリを信じるの。そうすれば、きっとナリの思いは――」
そこまで言いかけた、その時。
「あの!お客様!」
参華に負けない声を張り上げ、若い女性の店員が怒鳴った。彼女は目を吊り上げたまま、伝票をテーブルに叩きつけた。
「テーブルから下りてください!あと、そろそろお会計お願いします!飲み放題そろそろ終わりますよ!」
彼女は烈火のように怒り、レジスターの方に向かっていった。参華はしおらしくなり、静かに「ご、ごちそうさまでーす」と申し訳なさそうに呟いて、テーブルから下りた。
その後、三人は会計を済ませ、店を出た。もう西日が差し込んでいた。
「いやー、結構飲んだわねー。今何時ぐらい?」
「午後四時ですね。最近時間の進みが早い気がします」
「あー、それ分かるわ。最近よく気ぃ失うから、あんまり時間の恩恵を味わってないっつーか……」
亥李のその言葉を聞き、ナリは頷いて言った。
「千里が言ってる「夢遊病」だね。今日は何もないみたいで良かった――」
その時だ。言いかけたナリの視界の先に、別の参華、亥李、朝日がいたのは。
思わず自分が一緒に店から出てきた三人を見る。三人は有り得ないものを見ているような目をしていた。
もう一度、新たに現れた三人を見た。別の方の三人は仲がいいという訳でもないようで、話している様子は無かった。
よく見ると、それはナリのよく知る三人ではなかった。若いOL、男子高校生、小さな男の子。身長や姿が違うというのにも関わらず、その三人は、ナリが一瞬参華達に見間違うほど、よく似ていた。
ナリの知る三人を見ると、別の三人の方は思い思いに踊り始めた。OLはバレエダンスのようなもの、男子高校生は体を横に動かす簡易なもの、小さな男の子は体全体を動かしてクルクル回るものを踊っていた。全員、妙に鮮やかな赤い靴を履いていた。
ナリが驚くやいなや、ナリと一緒に店を出てきた方の参華と亥李がとてつもない速さでその三人に走り寄った。手にはそれぞれの武器が握られていた。そして。
「《透明軌道》!」
「《華の大輪華》!」
二人が技名を叫びながら、お互いに逆方向から同時に薙ぎ払った。踊っていた三人はすぐに消えてしまった。あの鮮やかな赤い靴も消え、何事も無かったかのように居なくなってしまった。
「い、今のは……!?」
朝日はまだ有り得ないと言いたげな顔をしていた。隣のナリは気持ちの整理もつかないまま、心配になって声をかけた。
「朝日、今のは……」
「分かりません。でも、今のは……何度だって見たことがある。あの小さい子は、かつての僕です」
その言葉を聞いて、ナリが「えっ!?」と声を上げた。武器をしまった亥李と参華も、ナリ達の方を向いた。
「あのクソみたいなツラした高校生は昔の俺だよ。はあ……なんでこんな所に。もうとっくに葬儀もあげたのによ」
「全くだわ。あのOLは昔の私だけど……魂の私達がここに居るのに、一体なぜこんな所に?それに、これ……」
二人は苛立ちと困惑を隠しきれないまま、三人が踊っていた方を見た。三人がいた場所には、それぞれに何かの紙切れが置いてあった。参華がそのうちの一つを拾い、そのまま内容を読み上げた。
「風ノ宮高校文化祭パンフレット、9月18日と19日開催……今週の土日ね。なんでそれをあいつらが?なんでこれだけ残ったのかしら……」
参華が言った、風ノ宮高校文化祭。ナリはその言葉に聞き覚えがあった。
「うーん……考えられるのは、式神、のようなものでしょうか。使い魔となって主人の指示に従う……何か依代を必要とすると、聞いたことがあります。攻撃すると消えましたし、そのパンフレットを依代にしていたのでしょうか?でも、そんなに枚数が手に入るようなものでも無いでしょうし、踊らせるだけってなんだかおかしくありませんか?うーん……」
朝日が冷静に分析する中、ナリは参華の方に慌てて近付き、落ちていた他のパンフレットを手に取った。間違いなく、風ノ宮高校の文化祭のパンフレットだ。
「なあ、ナリ。風ノ宮高校って、お前の……」
「うん。私が元々いた学校」
それを聞いた亥李が、探偵のように手を顎に当て、考え始めた。そんな中、ナリの中で、青春時代が頭の中で思い起こされた。だがその楽しかった思い出とは他所に、ナリの頭は困惑でいっぱいだった。
(今の、一体何なの?人間の姿をしていたのに、人間じゃなかった。確実に……三人の昔の姿に化けるってのも変だ。式神?なんで、風ノ宮のパンフレットを?踊らせるのが目的?そんな訳ない。一体誰が、何の為に……)
パンフレットに怪しいところは見つからなかった。逆に、ナリはそれがとても恐ろしかった。
次回は7月28日です。
前回の答えは【④灰】でした。髪の色にアッシュグレーがありますし、アッシュくんは多分そんな髪の色をしていたから名付けられたのでしょう。間違えた方は是非最初から読んでくださいね。
さて、今回のクイズはこちら!
【日下部陽斗と土屋美波が出会ったのは、大学の中でした。さて、なぜ二人はお互いに素性が分かったのでしょう?
①美波が混乱しているところを陽斗が発見したから
②美波が状況を整理しているのを陽斗が発見したから
③美波が隣で「転生」と呟いていたのを陽斗が聞いたから
④美波が講義内容が分からずに困っているのを陽斗が助けたから】