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にゃんと奇妙な人生か!  作者: 朝那月貴
只、狼は優しくありたかった
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私の知らない零

 十誠子の無愛想な顔が、ナリと零に迫った。その隣では、優人の持つカステラの箱がじりじりと迫ってきている。ナリは困惑しながらも、そのカステラを受け取った。


「あ、ありがとうございます……私、隣の家に住んでいるナリと言います。こっちが家主の月島零で――」


 そう言って零を見たが、零は何も言わないまま、ただ口をパクパクと動かしていた。顔は青ざめていた。

 一刻も早く家に帰った方がいいと、ナリは確信した。


「――あ、よ、よろしくお願いします!」


「あなたは家主じゃないんですか?妹さん?」


 誠子が何食わぬ顔で聞いてくる。実は飼い猫で、などと口が裂けても言えなかった。


「いや、妹じゃなくて……そう!従妹!従妹です!」


「あらそう。お二人以外に居ないの?」


 誠子はあまり興味が無い様子だった。ナリは安堵のため息をつき、説明した。


「実は、今……えっと、私が遊びに来たら零の両親が海外旅行中で……」


「そうなのね。二人きりで大変ね」


 誠子はそう言って、隣にいた息子の優人を見た。ナリの嘘には気付いていないようだった。

 彼はカステラを渡した後、玄関の扉越しにナリ達を見ていた。どう見ても零より年上だったが、その様子はまるで怖がりな子供のようだった。


「息子は……最近、家からあまり出ないようになってしまって。半年前くらいから、急に人と話すのが苦手になったんです。大学にもあまり行かなくなってしまって……この引越しが良い機会になればいいですが……」


「そ、そうなんですね……川鞍大学ですか?知り合いに結構その大学の人が多いんです。零もそこの大学に通ってて」


「そうです。そこの四年生です。単位は取りきったらしいのですが……」


 誠子は困ったように言葉を零した。だがその顔を見ると、本当に困っているのかよく分からないほど無表情だった。威圧感のある顔だった。


 ナリはその誠子の顔から逃げるように、チラリと零の方を見た。やはり顔が青くなっている。


「大丈夫ですか?零さん。真っ青ですけど」


 誠子も彼を見ていたのか、眉をピクリとも動かさずに尋ねた。零はやっと声を発したが、唇の震えのせいか、ナリにはほとんど聞き取れなかった。


「え、えっと……カステラありがとうございました!すみません、零が体調悪いみたいで……今後もよろしくお願いします!」


 ナリが愛想良く笑みを浮かべ、零の背中を押した。零の背中が震えているのが、ナリはすぐに分かった。


「ええ。お大事になさってください」


 誠子はそれだけ言って、扉の中に入っていった。あまり心配はしていなさそうに見えた。ナリが見ていない間に、優人はもう家の中に入っていたようだった。


 誠子が扉をガチャンと閉めたところで、ナリはやっと零に声をかけた。もう家の前まで来ていた。


「零!ねえ、零ってば!大丈夫?」


 ナリが声をかけると、零はやっと我に返った。自身の背中に手を当てていたナリを見ると、零は慌ててナリから離れた。


「な、ナリ……もしかして、俺のフォローしてくれたのか……?」


「あ、えっと、まあ、うん……零、具合悪そうにしてたから」


 多少嘘はついたけど、とは言わなかった。今の零に、その言葉を聞ける余裕は無い気がした。


「ねえ、十さん?と知り合いだったんだよね?大丈夫?」


 零が鍵を取り出し、扉を開けた。彼はニッコリと、作ったような笑みを浮かべた。


「ありがとな。でも、大丈夫だから。ちょっとびっくりしただけだから、ナリは気にしないでくれ」


 そう言って彼は、中に入っていった。零が無理をしているのは、ナリにはすぐに分かった。


「れ、零!そんなこと言っても、あんなに辛そうな顔してたら心配するよ!ねえ、零!」


 ナリも扉の中に入る。だが零は何事も無かったように、夕飯の材料の用意をし始めていた。クリームシチューのようだった。


(零……そんなこと言われても、余計心配になるだけだよ……)


 ナリはそう思いつつも、夕飯の手伝いに参加した。暖かく美味しそうなシチューが出来上がったが、ナリはあまり喉に通らなかった。



 次の日。


「それじゃあ、行ってくるから。留守番はよろしく」


「にゃあ……行ってらっしゃいにゃ」


 零が大学に行くのを、ナリは玄関先で見送っていた。零は鮮やかな赤いパーカーを着ていて、彼にとても似合っていた。

 昨日のことを聞こうとも思ったが、零があまりにも普通に過ごしているので、ナリはあまり問いただせなかった。ぎこちない笑顔のまま、ナリは零を見送っていた。


 零が扉を開けると、目の前に優人がいた。レジ袋を持っていたが、中身はナリには分からなかった。優人は零を見ると、怯えたような目をした。


「……どうも」


 零はぶっきらぼうにそう呟いた。すぐに彼は赤いフードを被り、優人とは逆の方向に去っていった。駅の方角では無かったが、零は迷わずそちらに向かっていった。


(どう見ても、いつもの零じゃない……!)


 ナリは慌てて《異形》で獣人族の姿から人間の姿になると、優人に走って近付いた。


「ゆ、優人さん!」


 ナリが近づいてきたのに驚いたのか、優人は何も言わずに家に入ってしまった。ナリはその背中を、目で追いかけていた。


(あの袋、一体……とにかく、優人さんが川峰創に何かしら関わってるのは間違いないと思う。なんとか出来ないかな……)


 ナリは考えを巡らせながら、家の中に入っていった。扉を閉めたナリの視界に、白いカサブランカが飛び込む。そのカサブランカはかつて参華がくれたもので、少し先の方が枯れかけていた。


「そうだ……参華。クリスだった参華なら、何か分かるかもしれない。私よりも付き合いが長いし、私の知らない零を知って――」


 そこまで言いかけて、ナリははっと気付いた。


(私が知ってる零って……いつも楽しそうで、私のこと気遣ってくれてた。私のことからかったり、心配してくれたり……でも、今の零は辛そうで、苦しそう。あんな零は初めて見た。私の知らない零だった)


 ナリがカサブランカの花弁の先に触れた。花びらは元気もなく垂れていた。


(零のこと、参華の方が知ってるかもって、思っちゃった……勝手に、私の方が……って、あれ?)


 枯れている部分を破り取った。枯れていてあまり美しいものでは無かった。ナリはそれをゴミ箱に捨て、お気に入りのブーツを履き直した。


(なんで、参華の方が零のこと知ってたら駄目なんだろう……いや、駄目なんじゃなくて、なんというか……嫌だ?あれ?なんで嫌なんだろう……)


 鍵を取り、扉を開けた。気持ちいい涼しさだったが、ナリには少し肌寒く感じられた。


(ええっと……とりあえず、花巻酒場に行こう。零を助けるヒントになるかもしれない)


 鍵をかけ、ナリは花巻酒場へ向かった。その間も、ナリは今まで考えたこともない悩みに悶々としていた。



 花巻酒場の近くまでやってきた。飲み屋が多い通りだからか、昼間のこの時間は人が少なかった。


「えっと……花巻酒場、一人で行くの初めてだなあ……確か、この通りの右側に……」


 ナリはキョロキョロと辺りを見回した。だが、店名を見ても、花巻という文字すら見つからない。


「……ええっと……あれ?この辺りに……うんと……あれ?こっちだっけ……?」


 ナリが脇道に入ろうとすると、視界の端で、ナリの近くにある店に人が入るのが見えた。それは、参華や亥李のようだった。


「あ、参華!亥李!」


 ナリが目線を動かした時には、もう二人は店の中に入っていった。目線を上げて店名を見ると、そこは花巻酒場だった。


「あ、花巻酒場!なんだ、二人とも今来たところ――」


 ナリが扉を開けた。ウィンドウチャイムが高らかに鳴り響いた。

 中を見ると、参華と亥李、朝日がテーブルで飲んでいた。空のジョッキが参華の周りに大量に置かれていた。


「あれ?ナリー!珍しいじゃん一人で、どうしたの?」


 参華が笑顔でナリの方に振り向いた。手にはジョッキがあり、それを飲み干して「お姉さん!おかわりー!」と店員に向かって話していた。

 亥李は酔い潰れたようで、いびきをかいて寝ている。朝日は手にカシスオレンジを持っていた。少し顔が赤みがかっていた。


「ん?あれ?」


 ナリは思わず、扉の方と参華達を交互に見た。先程参華達が入った時は、何も音が鳴らなかった。それに、今飲み始めたとは思えないような雰囲気だった。


「ん?ナリ、どうかしたの?何か用?」


「精霊人のクリス。ケルベロスアイのナリ、今日来る予定だったんですか?知りませんでしたよ。だとしたら遅刻ですね、今三時だし」


 参華と朝日がナリに話しかけた。


「え?遅刻?いや、来る予定はなかったけど……朝日がいるって珍しいね。酒飲めるの?それに、さっき居なかったよね」


「居なかった?僕は二時から居ますけど……ケルベロスアイのナリ、幻覚でも見てるんですか?」


「え?2時から?いやでもさっき……」


「2時から飲んでるから、亥李が寝てんのよ。ほら見なさいよ、この幸せそうな寝顔」


 参華が笑って亥李の肩をつついた。亥李は「ふふ……この素材があれば……」と寝言を呟いていた。


「あ……あれ?うーん、まあ気のせいかな……さっき、参華と亥李がこのお店に来るのを見た気がしたんだけど……」


「気のせいじゃない?二時にこの辺りに居たなら話は別だけど、そうじゃないみたいだし。それで、ナリ一人でどうしたの?ここ来る時、いつも零か美波と一緒よね。零は店の中に入ってこないけど」


 ナリは予想が当たったと思った。もしかして参華なら、自分の知らない零を知っているかもしれない。

 ナリは参華の隣の席に座り、参華の方へ体ごと向いた。そして、酔っ払っている彼女の目をはっきりと見つめた。


「参華……お願いがあるんだ。参華が知ってる零のこと、教えて欲しい。私が知らない零のこと……参華なら、知ってると思うんだ」


 ナリの真剣な眼差しを見て、参華は驚いた。だが彼女の真剣さは冗談では無いというのを、参華は知っていた。

 参華は新たに運ばれたジョッキを置き、店員に水を頼んだ。そして、ナリに向かって言った。


「いいわよ。ナリが知らない零のことなんて、あまり無いでしょうけど……教えてあげる。何に困ってるのか、何に気付いたのか、なんとなく予想はついたし。私、ナリのこと応援してるから!」


 参華がニヤニヤと笑って言った。ナリの顔がぱっと輝いた。

この章は赤ずきんをモデルにしています。

次回は6月28日の22時です。

にゃんラジ→https://ncode.syosetu.com/n1889ha/13/


前回のクイズの答えは【①やまかどなり】でした。ナリという読み方は中々特殊ですが、由来は「どんな才能の子にも有れる」という願いからです。間違えた人は是非最初から読んでくださいね。


さて、今回のクイズはこちら!


【ナリと同居している月島零の前の名前はアッシュ、その前は川峰創でした。さて、アッシュとは次のうちどれを指す言葉でしょう?

①炭

②スズ(錫)

③炎

④灰】

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