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にゃんと奇妙な人生か!  作者: 朝那月貴
小さな少年の武器屋
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小さな少年の武器屋

「――自分では、あまりこの世界での昔のことは覚えていないんだ。死に際のことぐらいしかまともに」


 朝日は自分の過去を眞昼に説明した後に、そう言った。


「眞昼がさっき言った、ブランキャシアで起きたことはよく覚えてる。師匠にしごかれて、いつも武器を作ってた」


「……それで、武器を作り続けてた訳?つがねで覚えたことも全部忘れて……」


 眞昼が恐る恐る聞いた。彼女の顔はすっかり青ざめて、朝日の話を信じきっていた。


「僕はニケであって、朝日じゃない。トビーだった時は、トビーの意識でニケの記憶を思い出したんだけど……今は、朝日の意識じゃないんだ。トビーの僕が、朝日を受け継いでる」


「じゃあ……朝日はどこにいるの?」


 眞昼の必死な目が朝日を見つめた。軽蔑はしても兄弟の絆はあったのだろう。朝日は眞昼の兄弟愛に切なくなり、「分からない」と伝えた。


「本当の津金澤朝日がどこにいるのかは分からないんだ。僕は今、彼の体を借りて生活しているだけに過ぎない」


「……そんな……じゃあ、もう朝日とは……」


「多分……僕がここにいる限り、眞昼は本当のお兄ちゃんには会えない」


 それを聞いた眞昼は口に手を当て、嗚咽した。その涙を見るだけで、朝日は胸が痛くなった。

 だが、眞昼がしばらく泣いた後、彼女は涙を拭い、腫れぼったい目で決意したように言った。


「でも……今ウチの前にいる朝日も朝日。そうなんでしょ?」


「え?ま、まあ……本当の朝日じゃないけど……」


「「朝日」っていう存在が、わたし達の目の前にいる……それだけでいいよ。本当の朝日がなんて考えているのか、もうわたし達には分からないけど……トビーの意志を受け継いだ朝日が、バラバラなわたし達を繋いでくれた。そんな朝日を……今更、朝日じゃないからと追い出す義理なんてない。わたし達は、朝日を受け入れる」


「眞昼……」


 朝日の安心したような声に、眞昼はフッと笑った。


「つがねの技術を受け継いだ上で継がなかった朝日と、つがねの技術を知らないで継ごうとする朝日……両極端。なんだか、兄貴が出来なかった人生を、朝日が辿っているみたいな感じ」


「前の朝日が出来なかった、人生……?」


 朝日がそう呟いた、その時。


「に……に、兄ちゃん!」


 後ろから若々しくフレッシュな声が聞こえてきた。振り向くと、ジャージ姿の夕也だった。

 朝日は前の日のことを思い出し、自然と身構えた。だが眞昼の「あんた、それ……」という言葉で、朝日はやっと、夕也が外に出た理由が分かった。夕也の手には、白い紙が2枚あった。


「こっ、これ……兄ちゃんの代わりに描いたから!」


 夕也がそう言って押し付けたのは、「剣と盾」「精霊使いの杖」というタイトルの絵だった。それらはどちらも精巧で、どの場所にどの部品があるか、というのがとても分かりやすい設計図だった。少し手直しをすれば、亥李と詩乃に申し分ない武器になる。

 夕也は恥ずかしいのか、耳が赤かった。彼は足早に自分の部屋へ戻ろうとしていた。


「まっ……待って!夕也!」


 呼び止め、夕也が振り向いた。その目に朝日はやはり怯えながらも、ニッコリと笑みを作った。


「ありがとう……よく出来てるよ、これ。僕には思い浮かばなかった」


 夕也はそれを聞いて、ぷいとそっぽを向いた。


「これで俺の方が上になったな」


 夕也の声が震えていた。眞昼が声をかける隙もなく、夕也は1階に降り、自分の部屋の扉を勢いよく閉めた。朝日は夕也が泣いていた気がして、首を傾げた。


「ああ……ウチも考えたんだ。はい、これ」


 眞昼からも設計図を貰い、朝日はワクワクしながらそれをじっくり見始めた。そんな朝日を見て、眞昼が笑った。


「やっぱ、両極端だけど似てるよ。朝日」


「え?誰と?」


「兄貴と。設計図を見て喜んだり、鉄を打つのに真剣な表情で取り組んだり……好きなところは変わらないじゃん」


「僕と前の朝日が、似てる……」


 朝日がそう呟いた、その時。


「ただいま。あ、朝日兄!」


 階下から明るい声が聞こえてきた。夜のように真っ黒なロングヘアが、とことこと階段を駆け上がってくる。


「これ、昨日言ってた設計図!鉄の打ち方、ちゃんと教えてよね!」


 得意げに話す夜宵が持ってきたのは、前の日に頼んだ「グローブとブーツ」「魔術師の杖」の設計図だった。夕也と同じように、分かりやすい指示が書かれていた。そのどちらにも、サインのように小人のマークが書かれていた。小人はサンタクロースのような帽子を被り、「yeah」と小さく吹き出しに書いてあった。


「……サンタクロース?」


「違うよ。小人。サインとして書いたの。ほら、小人の靴屋って童話あるでしょ?貧乏な靴屋が靴1足分の皮の素材しか買えなくて、それを机の上に置いておいたら小人が作ったって話。設計図描いてたらそれみたいだなーって思って」


「それみたい?」


 眞昼が尋ねると、夜宵は意地悪っぽく笑った。


「眞昼姉、夕也、私が朝日兄を陰ながら手伝うの。朝日兄は恩返しで、私達がして欲しいことをする。眞昼姉、そうなんでしょ?夕也から聞いたよ。眞昼姉は海に行く、夕也は正々堂々と勝負する、私は鉄の打ち方を教えてもらう。皆が願っていたことを、朝日兄がやってくれる。服よりもいい恩返しだよね」


 夜宵がそう笑うのを見て、朝日と眞昼も微笑んだ。7歳離れた妹が、朝日にとっては可愛らしかった。

 夜宵はそれだけ言うと、「それじゃあ部屋にいるね」と手を振り、階段をかけ降りていった。


「……にぃにとは呼ばれないのか」


「え?にぃに?」


 眞昼が笑いながら聞き返した。そして言った。


「呼ばないでしょ。もう反抗期拗らせただけの子供じゃないんだし。もう皆大人だよ。朝日のお陰で」


 眞昼のその微笑みを見て、朝日は眞昼に微笑み返した。



 設計図を貰ってから、3日が過ぎた。

 その間僕は夜宵に武器の作り方を教え、夕也と競争して鉄を打った。2人とも飲み込みが早く、僕なんてすぐに追い抜かされた。

 店内はケルベロスアイと精霊人で大賑わいだった。騒がしい店内に向けて、僕は言った。


「皆さん、落ち着いてください。今日は武器が出来たので、皆さんにお渡しします」


「おっ、マジか!」


 零が嬉しそうにカウンターに手を着いた。僕は奥からそれぞれの新しい武器を取り出し、全員に持たせた。自信作だ。

 剣や斧、槍は前よりも鋭く、盾は前より重く尖ったものにした。グローブとブーツにはナリの体の形に合うようにし、杖はしなやかな枝を使った。ロザリオには金をあしらった。

 そしてそれぞれの中心に、武器の所有者が持ってきたピアリデイ・ストーンを埋め込んだ。剣は柄の部分に、斧と槍は柄の先端に、盾やグローブ、ブーツはそれぞれの中心に、杖は宝石が目立つよう先端に、そしてロザリオには十字の飾りとして。遠くから見ても目立つそれは、様々な色に光り輝いていた。集めてもらった光の色だ。


「わぁ!綺麗……!」


「凄いわね、これ!全部オリジナルなの?」


 参華に尋ねられ、僕は頷いた。


「ええ。兄弟に手伝ってもらいましたが……名前も決めてあります」


「お!なんて名前なんだ?クライシス?」


「違います。それは……」


 全員がドキドキしているのがすぐ分かる。その期待に応えるように、僕は武器を指さし、大声で名前を言った。


「精霊人のアッシュの剣とケルベロスアイのブレインの斧は、サンライズコレクション。

 精霊人のクリスとケルベロスアイのフィーネのロザリオは、サンリフレクトコレクション。

 ケルベロスアイのダンバーの剣と盾、精霊人のメルヴィナの杖は、レッドサンセットコレクション。

 ケルベロスアイのナリのグローブとブーツ、精霊人のアルケミスの杖は、ダークフルムーンコレクションです」


「……かっこいい……!」

 

 ナリが呟く。それを皮切りにして全員が歓声を上げた。気に入って貰えたようで、何よりだ。苦労した甲斐があったというものだ。

 一番工面したのはデザインだった。3人が持ってきたデザイン案を元に作ったのだが、そのどれもが武器としては扱いづらそうで、少し変更させてもらった。結果、サンライズは岩を、サンリフレクトは水を、レッドサンセットは炎を、ダークフルムーンは風を象った模様を持ち手に描いたことで納得してもらった。

 ピアリデイ・ストーンも、武器に馴染むようにそれぞれの色で光り輝いている。よく見ると、同じ場所で集めた光も少しずつ違うようだ。


「ねえ!このピアリデイ・ストーンってさ……何を集めてたの?」


 しばらくじっくりと見ていると、ナリがカウンターに手を来て聞いてきた。


「え?いや、光と説明して――」


「本当に光だったの?私には、なんというか……」


 ナリはそこで言い淀んでしまった。それで僕は、参華に言われていたことを思い出した。


「ねえ……朝日。あんた、光じゃなくて何を集めたの?」

「それと、眞昼さんと一緒に海に行った方がいいと思うわよ。それじゃ」


 参華の言葉に従って海に行こうと言ったら、眞昼は喜んでいた。僕は何故だろうかと不思議に思っていたが、特に気にしてはいなかった。

 亥李も同じようなことを言っていた。そしてその後、夕也が僕を殴ることなく近寄ってきた。ライバルとして、だ。

 何故その時に聞かなかったのだろうか。その言葉はそういう事だったのかと、僕はやっと理解した。そして全員に向け聞いた。


「あの……皆さん、僕の兄弟に何かしました?」


 僕がそう言うと、半分が首を傾げ、半分が目を逸らした。その反応で、何を集めていたのかすぐに分かった。

 僕は知らない間に、自分で兄弟達を変えていたのか。


「知らないならいいんです」


 僕はそう笑って、会計の作業に入ることにした。


 しばらくして、零が払う番になった。彼がカウンターに2人分の代金を置くと、彼は言った。


「なあ……お前、前の朝日のこと、知ってるか?」


「……え?」


 彼からその名前が出てくるとは思わなかった。僕は気になって尋ねた。


「いえ……あまり。なんでそんなこと聞くんですか?」


「いや……なんとなく。昔の朝日は、今のお前と違って全然鉄が打てなかったらしいぜ。誰にも言えなかったって」


「鉄が、打てない……?」


 眞昼や夕也から聞いていた話とは随分違う話だった。それが本当だとすると、彼は随分期待外れな人間だったと分かる。


「そう……だったんですね……」


「らしいぜ。じゃ、武器ありがとな!」


 そう言って零とナリは店から出ていった。次に払う美波が「朝日くん?」と顔を覗いてくる。僕はそれに構わず、ただ帰っていった2人のことを見つめていた。


「ありがとな。俺の出来なかった人生を歩いてくれて」


 それは白昼夢のように、僕の隣で聞こえてきた。僕の声だった。

 ふと、夜宵が小人の靴屋の話をしていたのを思い出す。僕は眞昼達が小人と聞いて、少し違うように思っていたが、その違和感の正体が分からなかった。

 だが、今なら分かる。きっと僕の中で僕を動かしていたのは、今の人生を歩みたかった彼の心だったのだと。


「……いや。小人は僕か」


 僕も、津金澤朝日のような人生を歩みたかった。

 眞昼が似ていると言ったのは、きっとそういう部分なのだろう。


「ねえ、朝日くん?小人って何の話?」


「ああ、いえ。なんでもありません」


 僕は誤魔化しの笑みを作り、他の人の会計を終わらせていった。



 全ての会計が終わり、全員が店から出ていった夕方。朝日が休憩しに立ち上がると、眞昼が階段を上がってきた。


「お疲れ」


「ありがとう」


 眞昼からコーヒーの缶を渡された。アイスコーヒーだった。


「ねえ、今だから聞くんだけど……いい?」


「ん?何?」


 眞昼がコーヒーを飲みつつ、緊張した面持ちで聞いた。


「朝日は、なんで武器を作ってるの?」


 思わず眞昼を見た。眞昼の真剣な眼差しが朝日を見る。

 朝日はそれを見て、フッと笑った。そして宣言するように言った。


「僕が武器を作るのは、皆の思いを背負っているからだよ」

【お知らせ】

誠に勝手ながら、しばらく休載させて頂きます。

理由としましては、人生最大の受験に向け、真面目に勉強していきたいからです。週に2回の投稿を続けて来ましたが、小説を続けていては勉強が滞ると判断し、休載を決意しました。

受験が終わった頃、また帰ってきます。本編はここでしばらく止まりますが、たまに番外編を書こうと思っているので、そちらは是非ご覧下さい。

それでは長きに渡る連載にお付き合い頂き、誠にありがとうございました。今後とも「にゃんと奇妙な人生か!」をよろしくお願いします。


朝那月貴

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