ネコ、帰還
晴れ渡る空。アスファルトに響くセミの鳴き声。立ち上がる陽炎。よくある夏の日のことだった。
(どうしてこうなっちゃったかなぁ……)
そんな中、彼女は天を仰ぎ、ため息をついた。
彼女の前の名前は、山門有。17歳、風ノ宮高校2年生。山風町で生まれ育った。性格は明るく、友達も多かった。彼女は、いわば青春を謳歌していた。
だが、その年の秋。落ち葉が積もる頃、有は崖から転落し、命を落とした。
そして、気が付くと彼女は、白い大輪の百合、カサブランカの花が揺れる草原に立っていた。人間のように二足歩行なのは変わらないが、黒の猫耳に、先が白い黒の尻尾を携えていた。人間の動きとは違う動きによろめいてしまう。その状況を理解するのに、しばらく時間がかかった。
周りには誰もいなかった。遠くに西洋風の城が見えた。明らかに、山風町どころか日本の光景ではなかった。やがて有は、それがいわゆる「異世界転生」だと気付いた。
「これって……最近皆が学校で読んでた小説にある、異世界転生……?」
目を白黒させるしか、他になかった。ゆらゆらと自分の尻尾が揺れたのを感じた。
「ううん……喜んでいいのか嘆けばいいのか……前世の怨嗟、ってやつなのかな……とりあえず、ここ、どこだろう?」
有はとりあえず、遠くに見える城を目指した。その道中で見つけた村には、有と同じように、獣の耳と尻尾を持つ小柄な人間達がいた。有のことを知る者は誰も居なかったが、有はその村の住民に親切にしてもらった。
そこで有は、この世界のことを教えてもらった。住民は何も知らない有を不審に思いながらも、「記憶喪失」と片付けて、多くのことを教えてくれた。
この世界は、ソルンボルと呼ばれる世界であること。
ソルンボルには地続きに3つの国があり、有が今居る場所は、ソルンボルの中で最も巨大な王国、ブランキャシア王国であること。
ソルンボルに存在する人類の中で、有のような姿をした人類を「獣人族」と呼ぶこと。
そして、有は獣人族が《異形》と呼ばれる能力を持つことを、住民達に実践で教えてもらった。獣の姿、人間の姿、獣人族の姿と、魔力と呼ばれる力を消費して変身するその姿が、有には美しく見えた。
「コツは……自分に決められた《異形》の姿を想像することだな。おめぇの場合は白黒の猫。人間状態は、今のおめぇ……獣人族の姿から耳と尻尾取って身長増やした姿だな。その3つの姿を、状況によって使い分けるのが重要なんだ」
有に《異形》を教えた男の獣人族は、一通り教えた後にそう言った。
「状況?どんなですか?」
「んー……例えば、獣の姿は隠密とか向いてるな。人間の姿は、まあ集団の中に混じりやすい。で、獣人族の姿は一番力が強い。俺らは魔法を使うのにあんま向いてねぇから、冒険者の戦いなら己の体!これ1つよ」
「冒険者の、戦い……」
その後、彼は有に冒険者についても教えてくれた。
冒険者は、ブランキャシアで最も流行っている職業で、自分達の目的の為にチームを組み、ダンジョンの踏破や宝物の奪取、謎の解明などを行う、ロマン溢れるとされる職業だった。
例えば、ソルンボル全域に生息する、火や水・氷などの属性に分類される精霊の解明。例えば、ダンジョンに眠る宝物の発掘。例えば、更なる強さを求める為の敵の討伐。
自分達で決めた目的に向け、自分の魔法や武器で闘う者達。「自由」を体言化したかのような職業、それが冒険者だった。
ナリは彼の話を聞き、その職業に憧れた。異世界ならではのロマンが、その職業には詰まっていた。
「そ、それって……どこでなれますか!?」
「んー、この辺じゃギルドはねぇしなあ……ブランキャシア城下町に行くしかないな。でっけえギルドがあって、名前とチームを登録すれば冒険者に……って、嬢ちゃん、どこ行くんだ!?」
住民が見た時には、もう有は遠くに見える城に向かって走っていた。
「ありがとうございます!助かりましたー!」
「そう焦るなって嬢ちゃん!おーい!」
住民が引き止めるのも叶わず、有は期待を胸に、ブランキャシア城下町へと走っていった。
そして、有が辿り着いたブランキャシア城下町のギルドで、有は自分を「ナリ」と名乗った。そのまま、数ある冒険者の職業の中から、拳と脚だけで闘う拳闘士を選び、ナリは「ケルベロスアイ」というチームに入った。
人間の剣士、ダンバー。ドワーフの斧戦士、ブレイン。チームの中で唯一ナリと同じ性の、エルフの神官、フィーネ。
その3人と共に、ナリは未知なる宝を求めて、ダンジョンに入った。ケルベロスアイの中で、ナリは牽制役として役立った。
時々、獣人族が編み出した戦い方を求め、獣人族の村に向かうことがあった。だがそれ以外は、ダンジョンに向かうかブランキャシア城下町で作戦を練るかのどちらかで、充実した日々を送っていた。
だが、ある日。
ダンジョンに入る直前、ナリの意識は途切れた。そして、気が付くとナリは、ナリが「山門有」として生きていた世界……すなわち、現実の世界に帰ってきていた。
だが、その姿は可憐な少女であったナリの姿ではなかった。それは、黒猫そのものだった。
そして、現在に至る。
「にゃんでこうにゃっちゃったかにゃあ……」
ナリはブロック塀の上で天を仰ぎ、そう呟いた。
はじめましての方ははじめまして、お久しぶりですの方はお久しぶりです。朝那月貴と申します。毎週月曜日と金曜日の22時に投稿します。よろしくお願いします。