第二十六話 自由とラストナンバー
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「――――くそッ!! このままでは、私も……!!」
神の聖典で、本物の人外であるサージェス・コールマンから逃げ失せたアライバルは、人目の付かない裏路地を直走っていた。
サージェスが追って来ないのが救いだが、敵前逃亡したと組織にバレれば命はない。
恐らくであるが、サージェスはクーヴァも殺すだろう。そうなればアライバルが逃げた事を知る者は誰もいなくなる。
しかし出兵の記録が組織には残っているため、このまま帰る事はできなかった。
「少しだけ……少しだけ身を隠しましょう」
いくら目撃者がいないとしても、サージェス消すためにクーヴァの命令で動いていた身。クーヴァは死んだのに、自分だけが即座に帰還したらどう思われるか。
そのため少し帰還するのを遅らせ、命からがらサージェスから逃げ果せたという言い訳が必要だった。
「一週間……いいえ、三日もあれば――――」
「――――はぁぁぁいストォーーーップ!!」
アライバルの逃げ道を塞ぐように立ちはだかった、怪しい仮面を付けた男。
長身ではあるが、細長くヒョロヒョロとした体型。高級そうな衣服を纏っているためか、スタイルは良さそうには見える。
「よっす~アライバルちゃん! お久しぶりやねぇ!!」
「カ、カリキュス……ですか?」
「そうだよぉ? なによアライバルちゃん、忘れちゃったの?」
軽薄そうな喋り、雰囲気、そして仮面。神の軌跡の裏関係者であれば、恐らく誰もが知っているほどの有名人。
顔や声は聞いた事がない者でも、噂くらいは聞いた事があるはずだ。
実行官、序列十三位。カリキュス・コキュートス。
実行官を狩る実行官として有名で、そこから言われ始めるようになったもう一つの姿が。
「処刑官……カリキュス・コキュートス……」
「おやおやぁ? 俺っちは今、君の上官だと思うけどなぁ? 呼び捨てかい?」
「し、失礼しました。カリキュス様……」
「なぁ~んてね! かまへんかまへん」
なぜ処刑官がここにいる? 序列一位と違って、自主的に動く存在ではない。
つまり命令されてここにいる。まさか……もうバレたのかとアライバルは冷や汗を流す。
「カ、カリキュス様……なぜここに?」
「ん~? 決まってっしょ! 指揮官からの命令だよ~ん」
「命令……ですか?」
息を飲むアライバル。もし自分の事を処刑しに来たのだとしたら、序列落ちした自分に抗える存在ではない。
目を付けられた者で逃げられた者はいない。それが組織内で囁かれている噂だった。
「そそっ! 元序列三位の抹殺に~、いよいよ俺っちが選ばれちゃったわけ」
「な、なるほど……サージェス・コールマンの」
ホッとするアライバル。どうやらカリキュスの獲物はアライバルではなく、サージェスのようだ。
ではサージェスの情報を渡し、庇護下に入らせてもらおうと画策するアライバルだったが、次に耳に入った言葉は思いもよらぬものだった。
「あ、あと君もね! 逃げちゃだめでしょ~アライバルちゃん」
「は……な、なぜ……そんな事を」
「あはっ? 知らないと思った? 結構前にクーヴァちゃんから連絡が来ててね! でまぁ援軍のつもりで来たんだけど……君、なんでこんな所にいるの?」
「そ、それは……」
クーヴァは、サージェスとジェラルミンが戦闘を行っている最中に、通信を行っていたのだ。
サージェス・コールマンの襲撃、援軍求むとそれだけではあったが、腰が重かった指揮官を動かすには十分であった。
遅れてやって来た援軍であるカリキュスが最初に見つけたのは、クーヴァと一緒にいるはずの元実行官の姿。
誰が見ても、サージェスから逃げ出した敗走兵。
「わ、私にできる事はなにもなくてッ!!」
「うんうん、分かるよぉ? でもね――――そんなの関係ねぇんだよ」
「――――ッ!?!? クソッ!! 奇跡・王嵐ッ!!」
突如として変わるカリキュスの雰囲気。肌を刺すような殺気に、元実行官としての反応で体が動き出す。
逃げられないと悟ったアライバルが、死に物狂いで奇跡を放つも。
「なっはははは! 頑張るねぇ……――――第十三位奇跡・無帰」
カリキュスが奇跡を起こすと、何事もなかったかのように姿を消した王の嵐。
「なッ!? クッッソがぁぁぁぁ――――」
「――――はいはい、さようなら~」
カリキュスが手に持っていた短剣がアライバルの心臓に突き刺さると、軽々しくその命を終わらせた。
人を殺すのに、大仰な武器も奇跡も必要ない。人は奇跡を起こせなくなれば、小さなナイフにすら勝つ事ができないのだから。
もし起こした奇跡が無に帰されたら、実行官であっても成す術なし。
「楽しみだねぇ~サージェスちゃん。まぁ、一筋縄ではいかないだろうし……のんびり行きますかぁ」
その力を持った処刑官が、サージェスとぶつかるまで、あと僅か。
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