第二十三話 自由と元総指揮官
「……こちらになります」
上位管理官であるクーヴァに案内された一室は、異様な気配を放っていた。
所々から異常な力の気配が感じられる。それは紛れもない特別な力、純粋奇跡。
神が与えた特別な力は、決して第三者に扱えるものではないはずだが、一体どういうつもりで純粋奇跡を集めているのだろうか。
「純粋奇跡から力を抽出しているのか?」
「それもありますが……最終的には、純粋奇跡そのものを輝石化する事を目指しています」
アリーシャの純潔聖域から神域の輝石を作り上げるように、劣化した力を生み出す技術が確立されていたのは知っていた。
しかし純粋奇跡そのものの力は、唯一無二のもの。当然、力を他の者に移植したり、輝石化する事など出来ないといったのが常識であった。
「そんな事ができんのか? 神そのものの力を、人が?」
「……未だ成功例はありません。しかしそれは、不可能という事ではないはずです」
そんな研究のために純粋奇跡を抜き取られちゃ、たまったもんじゃないな。
純粋奇跡持ちは、今となっては珍しい。年々宿す者の数は減っていっているという話だが、この一室を見ると減っているなどと言う話は信じがたい。
いや、純粋奇跡が唯一無二のものだとするのならば……。
「……純粋奇跡持ちが減っているのは、神の軌跡が乱獲しているからか?」
「純粋奇跡は遺伝的なものではありません。宿しやすい家系、引継ぎなどというのはないのですよ」
「はぁ? なにが言いたいの?」
「簡単に言えば突然変異なのです。そしてその変異は唯一無二のもの……例えば聖女の聖域は彼女が宿している限り、二つ目は生まれ得ない」
「……宿す者が死ねば、新たな者が宿して生まれてくる……?」
「それが私達の研究結果です。この世界に存在している限り、二つ目の純粋奇跡は生まれないのです」
「……ここの場所の様に、純粋奇跡だけを保管している場合は?」
「同じ事です。人の器などいらない、純粋奇跡が存在しているだけで……」
神の軌跡が純粋奇跡を奪い、このように保管しているから新たに宿す者が生まれてこないと言うのか。
つまり、純粋奇跡は減っていない。減っているように見えたのは、裏で神の軌跡が純粋奇跡を牛耳っているからか。
「まさか神の奇跡まで管理しようとしてたとはな。スケールがデケェな、元職場はよ」
「……貴方が知らないのが意外でした。幹部連中ならば、ほとんどの者が知っている常識でしょう?」
「興味なかったからな、今も興味はない。俺に興味があるのは、ミレイナの純粋奇跡だけだ」
ミレイナ……そう呟いたクーヴァは、何やら端末のような物を確認しながら歩き出した。
少し歩いた先で歩みを止める。その目の前には淡く輝く靄のような物が特殊な器の中に納められていた。
「……ミレイナ・ベルベケットの純粋奇跡は、こちらになります」
「ミレイナが純粋奇跡を宿していた場所は、概念的場所だったな? どう戻せばいい?」
「精神概念となりますので、輝石を用いれば可能です。注入でも、還元でも……しかし……」
「しかし、なんだ?」
「戻したからと言って、目が覚めるとは限りません。戻した事例もありませんし……治癒輝石で修復できないのが精神概念ですから……」
これがまた面倒な事に、ミレイナの純粋奇跡が宿っていた場所は精神概念箇所。
ルルゥの眼球やアリーシャの純潔とは違い、人体の神秘である箇所だ。単純に治癒の奇跡で修復する事ができない場所というのは、扱いが難しい。
「やるだけやるさ。戻すための輝石はあるんだろうな?」
「注入の単発奇跡なら、ございます……」
クーヴァから差し出された単発奇跡:注入を分捕り、懐にしまい込む。
ここにもう用はない。抜かれた純粋奇跡がそこら中にあるが、残念ながら俺は正義の味方ではない、興味がない。
あとは、クーヴァをどうするかだが。
「さてクーヴァ、お前の事はどうしような?」
「……純粋奇跡はお返ししたでしょう? 約束が……違うではありませんか」
「約束? 俺がいつ、お前と約束した? そんな記憶はないぞ」
「くっ……では、取引しませんか?」
「取引?」
先ほどから何やら考え込んでいる様子のクーヴァであったが、よもや取引とは。
自ら何かを差し出さなければ逃げられないと踏んだようだ。何かを失う覚悟をしなければ、この場を脱する事はできないと。
完璧に強者と弱者の構図。弱者は何かを失うが、強者は何も失う事なく何かが手に入る。
「私は上位管理官です。この意味がお分かりでしょう?」
「……クーヴァ。まどろっこしいのは嫌いなんだ。次に言い含んだら……殺す」
「か、神の軌跡の情報! 高ランクの輝石を貴方に横流しします! 私が管理している情報もっ!」
「……死にたいようだな」
呆れた。まどろっこしいのは嫌いだと言ったはずなのに、何の情報で何の輝石なのか、具体的な事が何も分からない。
面倒だ、始末してしまおうと――――思った時だった。
「ま、待って下さいッ! ディ、ディセティア・アンバーハート!! アリスレア・トラックス!!」
クーヴァの口から出て来た人名を聞き、クーヴァに向けていた腕は殺すのを躊躇った。
二人ともに聞き覚えがありすぎる名。流石に捨て置く事ができず、殺気を消してクーヴァに問いかけた。
「……今なんて言った?」
「で、ですから……実行官序列二位、ディセティア・アンバーハート……」
「ティアの事はどうでもいい! もう一人の事だ!!」
サージェスの突然の怒号に目を見開くクーヴァ。
神の軌跡でサージェスと関りがあった、数少ない者達の名を出したのは、深い意味などなく無意識の叫びだったのだ。
しかしサージェスは興味を示した。それならばとクーヴァは時間を稼ぐように、言葉を間違えないようにと答え始める。
「元総指揮官、アリスレア・トラックス……」
「なぜその名を出した? 何をお前は知っている? 誰から聞いた!!」
「うっぐ……し、調べたのです! 貴方が組織を抜けてから……」
確かに俺とアリスレアには接点がある。しかし知っている者はごく少数、指揮官に一人か二人と言ったところのはずだ。
何が目的で調べたのだ、この男は。
「……答えろ。何を調べた? 何が分かった?」
「あ、貴方が組織を抜けてから、貴方の関係者を探りました。アリスレア元総指揮官の事はそこで……私の推測になりますが、随分と親しい仲だったのではないかと……」
クーヴァは嘘を吐いてはいないようだ。その賢い頭から弾き出した推測で、俺とアリスレアの関係を見出したのか。
情報が漏れた訳でも証拠があった訳でもないと。別にバレた所で、何がどうなる訳でもないが。
「それで? アリスレアの名前を出して、どういうつもりだ?」
「……そ、それは……その……アリスレア様の事を調べていた時に……疑問点が、ありまして……こ、これも推測なのですが……」
歯切れが悪い。どうやらアリスレアの名は切羽詰まって出した命乞いだったようだ。
今だって必死に考えて言葉を紡いでいる様子。言葉にしながら、俺と交渉できるカードを探しているようだ。
下らない。俺が知らないアリスレアの情報を、推測しかできないクーヴァが知っているはずがない。
――――そう、思っていたのだが。
「す、推測になりますが……もしかしたら、なのですが……――――アリスレア様を殺した人物に、心当たりが……」
「なっ……んだと?」
それは予想外の言葉だった。
アリスレア・トラックス。元、神の軌跡のトップで、俺の育ての親であり、俺が――――世界で唯一、尊敬している先生だ。
その先生は、すでに亡くなっている。周りは事故や老衰だと言うが、俺は何者かに殺されたと考えていた。
それと同じ考えをクーヴァは持ったと言う。俺より遥かに頭がよく、遥かに多くの情報を得られるであろう立場にいる上位管理官が。
これは殺せなくなった。もっと情報を聞き出そうと、クーヴァに近づいた時だった。
後ろから一筋の閃光が走り――――胸に大穴を開けたクーヴァが、呆気なく事切れたのは。
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