第二十二話 自由と本物の人外とは
人非ざる者となったジェラルミン・アロキューレ。
その力を見たのは初めてであったが、それは拍子抜けするほどであった。
人である事を否定する力なのだから、まさしく人外の力を持って向かって来るのかと思ったが、どこをどう見ても人の範疇ではないか。
姿形は人のそれ、言葉を発し理性を見せる。獣のように四足歩行で縦横無尽に駆け回っているが、そんな事は人間にも出来るだろう。
「ふふ……あはは、何やってんお前? サーカスでも目指してんのか?」
「何ガおかしい? 人ではナイ速度、この速度に人はツイテこれぬハズ」
「神の奇跡で強化されただけだろ、身体強化と何が違うってんだ?」
「人体の強化と、人外ヘノ超越は別物のハズ! 我ハ、人で在る事ヲ否定し、人を超越シタハズッ!!」
目は釣り上がり獣のよう。スピードも力も、気配も神力も上がっている。放たれる拳が纏う神力は、確かに人が持つ神力とは異なった気配を感じる。
ジェラルミンは確かに、先ほどの自分を超越したようだ。
しかし所詮は、人の器ではないか。
「人間ではないような人間。ただそれだけの事だろ」
「――――ヌッ!? ガァァァァァァ!?!?」
宙に舞うジェラルミンの片腕。極限まで神力を注ぎ込んだ王の刃は、軽々しくその腕を斬り飛ばした。
吹き出す鮮血は人の物とは思えないようなドス黒さ。しかし結局は血が通っている、肉体構造はまさに人のそれ。
「グウゥゥ……ワ、我! 痛みヲ知る者にアラズ!!」
「下らねぇ……痛みを忘れたからなんだってんだ? 痛みを否定しようが、人である事を否定しようがッ!!」
「ック!! き、貴様ァァァァ!!」
「お前が否定しているのは人の常識……ただの思い込みの否定じゃねぇか。この現実を否定できるかよ?」
残った片腕をも吹き飛ばされ、二度と己の腕で物を掴めなくなったジェラルミン。
痛みは感じていないし、失血多量で死ぬという事もなさそうではあるが、どこをどう見ても人ではないか。
目で物を見て音を耳で聞き取り、口から声を出し怒りで表情を歪ませる。ちょっとだけ薄気味悪い、ただの人間ではないか。
「人でないと言うのならば、腕の一本でも生やして見せろ。そもそも人の形を取っているのは何かの冗談か?」
「黙レ……だまれェェェェェェェ!!!」
「随分と冷静じゃないか? 怒りで我を失わず自制している。腕を失って、どうこの場を凌ごうかと思考しているじゃないか」
怒りを吐き出してはいるが冷静。人としての理性が、無暗矢鱈に行動しないように自制を掛けている。
ジェラルミンが思う人で非ざる者とは、人のような姿をし、人のように感情を持っているらしい。
人が作り出した奇跡なんてこんなものか。人が人である事を否定しようが、人以外の者になる事はできないという事だな。
「お前に教えてやるよ。人ではないという事の意味を――――器――――醒」
目に映らぬ、耳に聞こえぬ速度でジェラルミンに近づき、声を出す暇もなく驚く時間すら与えぬ。
ジェラルミンが気づいた時には、己の胸にサージェスの腕が差し込まれていた。
「ヌゥ!? バ、バカな……な、なんナノダ貴様ハッ!?!?」
「なんだ、ちゃんと心臓があるじゃねぇか。これを潰しても大丈夫なはずだよな? 人じゃない者が、心臓を潰した程度で死ぬはずがないもんな?」
「ナァッ!? よ、よせ……や、ヤメロぉぉぉぉぉおおお!!!」
グチャリと不快な音を出した後、サージェスは腕を引き抜いた。
一瞬ビクっと痙攣するジェラルミンの体は、心臓が潰されたのだから当たり前のように倒れて、その命を終わらせた。
こんなハズでは……と、最後まで人らしい後悔を口にしながら。
「……うわっ、なんだこの匂い……ははは、人じゃねぇみたいだな」
ケラケラと笑いながら、再び片腕を血で染めたサージェス。腰を抜かして慄いているクーヴァに、ゆっくりと近づいて行く。
クーヴァはガタガタと体を震わせ、足を動かし逃げるどころか、声を上げて許しを請う事も出来ない。
明らかに恐怖感情やその他もろもろの感情が、自制を振り切ってしまっていた。
「じょ、冗談じゃありませんっ!! こんな化け物だなんて聞いていないッ!!」
そう声を張り上げたのは、壁に激突し気を失っていたアライバルであった。
彼はかなり前から意識を取り戻していたのだが、人知を超えた戦いに参戦できるほどの力もなく、気を失った振りをしていたのだ。
元とはいえ実行官。その僅かな希望はクーヴァの心に火を灯し、若干でも冷静にさせる。
そして、その希望に縋るように大声を張り上げた。
「ア、アライバルッ!! 助けてください!」
「知るかッ!! 私はもう実行官ではない! こんな馬鹿げた事に付き合っていられるか!!」
必死の形相でアライバルは、戦場を離脱するべく駆け出す。
アライバルを追いかけてくれればとの思いも虚しく、サージェスは逃げたアライバルに目も向ける事なく、クーヴァに近づく。
「見てくれよクーヴァ。また汚れちまった……血だけは立派に人外だと思わないか?」
「ひぐッ!? ひぃぃっ!?」
アライバルにレグナントの血を拭った時と同じように、サージェスはクーヴァの服にジェラルミンのドス黒い血を拭う。
鼻を突く異臭が立ち込めるが、眉を顰める程度の余裕も持てなかった。
「わ、私を殺せば、他の実行官や指揮官が黙っていませんよ!?」
「へぇ~、じゃあお前を生かせば、神の軌跡は俺を放っておいてくれるのか?」
「も、もちろんです! 上には私の方から――――」
「――――驚きだな? あの頭脳明晰な管理官が、下らない嘘を吐く事しか考え付かないなんて」
ただ助かりたいだけの浅はかな考え。仮にも上位の管理官と呼ばれる男が、口にしたのは誰もが気づく下らない嘘。
しかしそれは仕方のない事だった。それほどまでに人は感情に支配される生き物なのだ。
それにいくら頭が良くても、圧倒的な武の前で知など無意味。手駒を失ったたった一つの知は、たった一つで完成している武には敵わない。
「その立派な頭で考えろよ? 俺が何を望んでここに来たのか、分かるだろ?」
「じゅ、純粋奇跡……ですか」
「そうだ。なんだ賢いじゃないか! お前を生かした意味、生かしている理由は分かるよな?」
「……それを教えれば、助けてくれると……?」
「さぁ、どうだろうな? ただ言っておくが、俺は人を殺すのが好きな狂人じゃない。俺はただ、邪魔する奴を排除しているだけだ」
クーヴァに残されている道は他になかった。ここでサージェスに抗っても、殺されるのは目に見えている。
もちろんサージェスの言う通りにしたところで、見逃されるとは限らない。
しかし時間が稼げる事だけは事実。それを瞬時に思考したクーヴァは、命を乞うような物言いでサージェスに答える。
「わ、分かりました! お探しの純粋奇跡はお返しします! だからっ!!」
「はいはい。ならさっさとしろよ? 早く風呂に入りたいんだからな」
ゆっくりと立ち上がったクーヴァは、俯いたまま歩き出す。
現実行官と元実行官の死体を恨めしそうに眺め、急かされるがままに純粋奇跡の保管場所へと急いだ。
しかしその二人は、サージェスすらも気が付かない。何者かが、二人の後を付けている事など。
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