第二十話 自由と聖域と神域
「お久しぶりですね、サージェス・コールマン様」
「久しぶりだなアリーシャ。相変わらず腹黒い事をやっているようで何よりだ」
「腹黒い……ですか? そんな事はありません、私のお腹は真っ白ですよ? 見てみますか?」
ポンポンと腹を擦る仕草を見せるアリーシャ。腹の色素の話なんかしていないのは分かっている癖に、無駄に整った容姿のせいで言葉に含まれる色気が半端ない。
コイツとは、神の軌跡に関わる前からの知り合いだ。知り合いといっても関係性的に言えば、施す者と施される者だっただけだが。
あの作られた笑顔を見ていると虫唾が走る。今すぐにでもその顔を歪ませ、奪われる者の気持ちを教えてやりたい所だ。
「ここで何をしている? アリーシャ」
「たまたま巡礼に来ていただけですよ。もう引き上げますが、貴方様が来ていると聞きまして、お顔を見に参りました」
「そうか。俺は見たくなかったけどな? よく俺の前に顔を出せたもんだ。俺は言ったよな? 次に会った時は――――殺すと」
輝石:王刃で作り上げた一振りの奇跡を、アリーシャに飛ばす。
天魔を容易く葬った時よりも数段上の神力を込めて放った王刃は、一直線にアリーシャの元へ飛んでいき――――呆気なく弾けた。
「サージェス様、ビックリするので止めて下さい」
「そりゃ悪かったな? お前が死ぬまで続けるが、許してくれるか? その慈悲で包み込み、なんでも許すんだろ? 聖女様」
気にも留めていない態度。人を簡単に終わらせる凶刃をぶつけられたのに、驚く事も、鬱陶しい小虫を払う程度の動きもなし。
生半可な結界では防げないほどの奇跡だったと言うのに、アリーシャは一歩も動かず、眉一つ顰めずに防いで見せた。
このアリーシャという女が持つ力、それはかなりやっかいである。
純粋奇跡:純潔聖域。単純に守るという事だけを見れば、序列奇跡:拒絶すらも凌駕する絶対的な守護領域。
それが宿るのはアリーシャの純潔。つまりコイツを犯せば力を失う訳だが、色々な意味でガードが固いんだよねぇ。
「神もお許しになる事でしょうし、私ももちろん許しますよ? そんなお遊びに、怒ったりしません」
「お遊び、ですか。流石ですね、処女乙女は」
小さく笑うアリーシャは感情豊かに見える。表面だけ見れば、まさに聖女と呼ばれる天使の微笑みなのだろう。
裏で見せるのは醜悪な笑み。どれほどの人間がコイツの本性に気づいているのかは分からないが。
「次に俺と関わる事があれば、容赦はしない。大切な命を奪われたくないのなら、二度と俺の前に現れるな」
「奪われる前に、奪いますよ? 私は…………貴方様のソレも、何れ」
「……消えろ、てめぇの面はこれ以上見たくねぇ」
「はぁ、嫌われたものですね――――ではクーヴァ様、私はアハムカイトに戻ります。後の事はお願いしますね」
クーヴァにそう告げ、アリーシャは去って行った。
アリーシャが現れた時、数人ではあるが命が残っている聖典騎士がいた。それを知っていたはずなのに、あの女は一目もくれなかった。
そういう女だ。聖女なんて笑えてしまう。自分にとって価値のある者にしか興味がなく、奪うだけで与える事をしない強欲聖女。
ただどんなに偽善者であろうが、俺には関係ない事だった。勝手にやってくれと、俺に関わらないのならどうでもいいと。
でもアリーシャは気づいていた。それを知っている奴は数人の指揮官だけだと思っていたし、知られた場合は葬ってきた。
先生に言われていたから――――俺の純粋奇跡は誰にも知られるなと。
これで捨て置けなくなった。いつか消さなければならないな、アリーシャ・フレイヤレス。
「そんで、クーヴァさんよ? どうすんだ、頼みの聖女様も行っちまったぞ?」
「あの方は戦力に数えていません。ちゃんと用意しているので、大丈夫ですよ」
不敵に笑うクーヴァを睨みつけていると、アリーシャが去って行った方向から数人の足音が聞こえてきた。
そこから感じる気配、圧、存在感が普通の者ではないと告げていた。
「懲りもせずに実行官か。隠し玉の輝石でもあるのかと思ったが、拍子抜けだぜ」
「いつまでそんな口が利けますかね? 貴方の強さは序列輝石:覚醒によるもの。それが分かれば問題ありません」
あまり時間は掛けたくないのだが、イヨリスが死んだ以上はクーヴァに聞かなければならない。
それには現れた三人の実行官が邪魔だ……いや、確かコイツらは序列落ちして、今は実行官じゃないんだったか?
「レグナントにアライバル、久しぶりだな? 序列落ちしたんだって? 可哀そうに」
「……サージェス・コールマン……!!」
「貴方のお陰で、悠々自適な実行員生活をさせて頂いていますよ」
殺気を隠そうともしていないレグナントと、皮肉っぽい笑みを浮かべているアライバル。
二人の隣には仮面を付けた実行官、要注意人物はコイツだけだな。レグナントとアライバルは序列落ちしたのなら、序列輝石は回収されたはず。
「これが対策か? 序列落ちした雑魚と、たった一人の実行官。舐められたもんだなぁクーヴァ?」
「これを見ても、そう言えますか?」
クーヴァは懐から一つの輝石を取り出した。一体なんの輝石なのかは触れてみない事には分からないが、輝きだけは神の領域を物語っていた。
ランク:神。その圧倒的な力は王の力すら霞んでしまう。
しかしそれを扱える者は多くはない。王の奇跡を起こせただけで凄い事、少なくともクーヴァには起こせるほどの神力はない。
「単発輝石:神域。ご存じでしょう?」
「……なるほど。アリーシャの聖域から作った訳か」
神の領域を作り出し、その支配下におく奇跡。奇跡を起こした者以外の、神ランク以下の輝石を使用不能にする強力な奇跡だ。
神域の中では、たとえ神ランクの輝石であろうとも縛り上げられる。純粋な力関係として、押し返す力より押さえ付ける力の方が強い。
その絶対的関係性を覆すには、圧倒的な神力をもって押し返すか、もしくは――――
「これをジェラルミンに……」
クーヴァはそう言うと、仮面を被って黙り続けている者に輝石:神域を手渡した。
レグナントとアライバルも神域の奇跡は起こせるだろうが、神域の中では術者以外の者の奇跡が使えなくなる。
序列輝石を失った二人が神域を作り上げても、大した戦力にならないという考えか。
「ならなんで序列落ちを連れて来たんだよ、経費の無駄遣いだぞ」
「二人がどうしても貴方に復讐したいと言うもので……ご安心を、上に稟議は通しましたから」
管理官らしい手の回しよう、これだから組織勤めってのは。
しかし復讐と言われてもな。そっちが勝手にぶつかってきたから、跳ね返しただけの事なんだが……逆恨みもいいところだ。
「――――奇跡・神域」
クーヴァとの下らない会話を遮るように、ジェラルミンが奇跡を起こした。
広がる不可視の領域。この領域の中では基本的に輝石が使えなくなる。
俺の所持している王刃はランク:王。この領域内では王刃は使用できない。
「ジェラルミン・アロキューレ……だったよな? 序列は……なんぼだっけ」
「八位のはず。しかしどうでもいい事のはず」
「ははっ! 序列八位と序列落ち、随分と立派な戦力だな? クーヴァさんよ」
位が戦力を物語る訳ではないし、今この領域内ではジェラルミンは最強だ。
ジェラルミンは唯一、神域に影響されずに奇跡を起こせる。神域の発動に大きな神力を注いでいるため、そういう意味では影響されていると言えるが。
「愚かな。この状況下で、それだけの口が利けるのは流石ですが……終わりですよ」
「序列輝石:覚醒ですら使えないはず。それ即ち、お前に勝ち目はないという事のはず」
まぁ普通は使えないだろう、それが輝石の絶対的な関係性。
ただ神域とは、使えないのではなく、使えないように押さえ込んでいるだけ。同じランク:神の奇跡であれば、圧倒的な神力で押し返す事は可能。
かなり厳しいが、不可能ではない。まぁそもそも俺の奇跡には関係ないが。
「――――ッガフッッ………ガ……ア……ァァ……――――」
油断大敵。奇跡を起こせないはずの俺を甘く見た三人とクーヴァは、目の前で何が起こったのかが理解できない。
神域に囚われていたはずのサージェスは、瞬きをした瞬間には姿が消え、次の瞬間その姿はすぐ近くにあった。
理解不能な光景。人智を超えた動き。それはまさに人ならざる者の力、神の奇跡。
サージェスの右腕は、寡黙な男であるレグナント・ウォリアーの心臓を貫き、彼を永遠の沈黙へと誘っていた。
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