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第十九話 自由と懐かしき顔ぶれ

 





 聖典騎士がゴロゴロと転がる横で、イヨリスは顔を引き攣らせたまま何かを探っていた。


 純粋奇跡の管理場所。それはイヨリスも知らない事だが、虱潰しに探すには広すぎる教会のため、調べた方が早いと言う結論に至っていた。



「い、一応目星はつきました……」


「嘘じゃないだろうな? 嘘だったら、分かってるよな?」


「う、嘘じゃない! ここには入退室の記録しかないが、明らかに異質な記録の部屋がある! 少なくとも、何か特別があるのは確実だ!」


「ならいい。さっさと案内してもらおうか」



 イヨリスを小突き行動を促す。苦い顔をしながらも足を動かし始めたイヨリス、しかしその足の動きには怖れがなかった。


 腐っても管理官(アドミン)という訳か。こんな状況になったにも関わらず、更なる策を巡らせるとは大したものである。


 まぁコイツは、俺が気づいていないとでも思っているのだろうが、バレバレだ。どこへ連れて行くつもりなのか分からないが、大人しくついて行くつもりだ。


 コソコソと行動出来るとは思っていない。ならばいっその事、イヨリスの策を利用して事態を一気に最終段階まで進めてしまえばいいだけだ。



 ――

 ―



 黙ってイヨリスについて歩くこと少し、いよいよ開けたフロアにやってきた。


 随分と時間が掛かったように思う。どうやらイヨリスは態と遠回りをして、時間を稼いでいたようだ。


 その時間で向こうの準備が整ったのだろうか? 俺の目の前には整然と並んでいる多数の聖典騎士の姿があった。



「――――これはどういう事だ? イヨリス?」


「ククク……ハッハハハハ!! 馬鹿がッ! 騙されているとも知らずノコノコと付いて来やがって! お前はここで終わりだ!!」


「う~ん雑魚っぽい発言。馬鹿はお前じゃないのか?」


「な、なんだと!? この状況でどう考えたら――――」

「――――ハイハイご苦労さん、さようなら」



 胸を刃で貫かれたイヨリスが崩れ落ちる。生み出された王刃は容易くイヨリスから生気を奪い取った。


 まだ生きてはいるが、このままにしておけば絶命する。イヨリスを助けたいのであれば、すぐさま動き出さなければならないのだが、騎士達に動きは見られなかった。



「いいのか? コイツは仲間なんだろ? このままだと死ぬぞ?」


「…………」



 このような重傷でも、奇跡を起こせば瞬時に回復するだろう。それを行えるほどの輝石は、この教会には沢山あるはずだ。


 しかし死んでしまえば話は別。現在、人を蘇生させる奇跡は確認されていない。


 騎士達はピクリとも動かない。イヨリスはもって数分と言ったところだ。



「――――それを生かす価値はありませんね」



 騎士達の奥、一段高くなっている場所から声が放たれた。


 上位管理官(トップアドミン)がこの場を仕切っているのは分かっていたが、まさかコイツと再会する事になるとは思わなかった。


 随分と懐かしい気がする。それほど期間は開いていないはずだが、どこか纏う雰囲気が変わったような気がするな。



「クーヴァ、久しぶりだな?」


「お久しぶりです、サージェス・コールマン」



 神の軌跡で俺の退職届を受け取った人物、管理官クーヴァの姿がそこにあった。


 別にコイツが特別と偉い訳ではない。あの日たまたま、一番最初に目に入った上位管理官がクーヴァだったと言うだけの話。


 まぁ待ち構えていた様子だから、指揮官(ディレクト)から命令を受けて動いていたのだと思うが。



「こんなに早く再開できるとは思ってなかったぞ?」


「私もです。貴方が中央諸国にいるという情報を聞いて、この神の聖典に身を寄せたのですが、まさかこんなにも早く会えるとは」


「……なんだそれ? お前は俺のストーカーか?」


「似たようなものですかね? いつまでも指揮官(ディレクト)は貴方の抹殺に全力を注がないので、痺れを切らした私が動いたのですから」



 意外にも指揮官(ディレクト)達は俺を消す事に消極的らしい。まぁそれこそ強硬派と保守派と言う考えの違う派閥が存在するせいだと思うが。


 本当に放っておいて欲しい。なんで退職した元職場の人間にストーカーされなきゃいけないんだ。



「あの時、所持している輝石は全て手放したはずですよね?」


「そうだが? お前に全部くれてやっただろ」


「あんな光景を見せられて信じられるとでも? 実力不足の序列落ち、レグナントとアライバルが相手だったとはいえ、あんな圧倒的に倒せるはずがない」


「アイツら序列落ちしたのか? 一席空けてやったってのに、逆に弾かれるとはな」



 単純な実力で位が与えられる訳じゃないが、明確な理由が出来たせいで列席から外されたか。


 誰より誰が上だとか強いとか、そんな噂は飛び交っているが、実際にぶつかって競う事はない実行官(エクス)


 先日、明確に格付けがされてしまった。実行官(エクス)に劣る実行官(エクス)、それも今は組織外にいる者に劣ったのだ。



「あの二人には可哀そうな事をしました。貴方が輝石を隠し持っているなんて」


「仮にも実行官(エクス)だったんだ、そのくらいの予測は付けていたはずだぞ? その上で油断なく挑み、負けた。ただそれだけの事だろ?」


「情報に誤りがありましてね。アレだけは持っていないと思っていたのですよ」


「……アレ?」


「惚けても無駄です。返してもらいましょうか? そのランク:神の序列輝石――――覚醒を」



 実行官(エクス)に与えられる強力な輝石。神の軌跡が造り出した人造輝石を序列輝石と呼称し、使いこなせる者に与えられてきた。


 その奇跡は強力であり、使いこなせる者は畏敬の念を込められ二つ名で呼ばれるようになった。


 序列輝石:覚醒を与えられた俺は、喚び醒ます者と呼ばれていた。眠りについている、本来の力を喚び醒まし己に覚えさせる力。


 ……とは言ったものの、序列輝石はあまり使った記憶はないんだが。



「持ってねぇよ、執務室に置いてきたっての」


「嘘を吐かないで下さい。新たに任命された序列三位の者がお怒りですよ? 俺様の序列輝石がねぇ! と、騒いでいるようです」


「持ってないもんは持ってない。てかそんな事はどうでもいいんだよ、さっさとミレイナの純粋奇跡を返せ」



 持っていようがいまいが、コイツらにこれ以上なにかを渡すつもりは毛頭ない。


 向かって来ると言うのなら潰す、俺から奪うと言うのなら……殺す。



「――――ッグ……なんですかその顔は? この状況で、勝ち目があるとでも思っているですか?」


「この状況って……聖典騎士なんざ何人集めようが俺には勝てないぞ?」


「さぁ、どうでしょうね? 仕方ありません、輝石は死体から回収しましょう……――――行けッ!! サージェスを殺せッ!!」



 身動き一つとらなかった聖典騎士たちが、クーヴァの一言で機敏に動き出す。


 数の暴力に頼らず、攻める者、守る者、補助する者と役割を完璧にこなしている。動きだけなら完璧に統率された一個小隊、それは守備隊の上をいくだろう。



「俺を殺すと言うなら……殺す――――王の名のもとに、殺せ」



 奪わせない、奪うのは俺だ。それが命であっても物であっても、人であっても。


 俺から何かを奪うと言うのなら、許さない。



「なんだこれ? これでどうして俺に勝てると思ったんだ、クーヴァ?」


「…………」



 数瞬のち、目の前には聖典騎士の死体が積み上がっていた。少し目を逸らせば、先ほどまでは生きていたはずのイヨリスの命も消えていた。


 俺は一歩も動いてない、少し腕を上げただけ。それだけで人の命は簡単に消えてしまう。


 そんな世界だ。そしてそれは、簡単に失ってしまうという事でもあった。



「いつの間に王ランクの輝石を手に入れたかは知りませんが、聖典騎士を蹴散らした程度で良い気にならないで頂けますか?」


「余裕じゃないか。でもお前のその油断が、どういう結果を(もたら)したのか忘れたのか?」



 クーヴァの余裕は変わらなかった。この程度で取り乱す訳もないし、策がこれだけだとも思ってはいないが。


 クーヴァが現れ俺を殺すと宣言した以上、面倒な事だが実行官(エクス)を用意したのだろう。未だにその姿は見えないが。


 代わりに、とても澄んだ美声がクーヴァの奥から聞こえてきた。



「――――嘆かわしい事です。こんな再会になるとは思ってもいませんでした」



 クーヴァの影から現れた女。神々しい白い法衣を纏った、如何にも聖職者といった風貌の女が、ゆっくりと姿を見せた。


 正直、驚いた。ここは確かに神の聖典だが、総本山からあまり動かないはずの女が現れたのだから。



「これはこれは驚いた。なんでこんな所にいるんだ? ――――偽善聖女、アリーシャ・フレイヤレス様よ」


「相変わらず酷い物いいですね、サージェス様。偽善なんて、心外です」



 アリーシャ・フレイヤレス。


 神の軌跡特務部隊、特別官(エクストラ)。神の聖典のトップに君臨する女。


 通称、【聖女】。分け隔てなく慈愛を注ぎ、無償の善意を振り撒く女神のような女。


 しかし俺は知っている。その腹の内は欲に塗れ、善意など欠片も持っていないクソ女だという事を。


お読み頂き、ありがとうございます

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