第十七話 自由と人心掌握
エミレアの母であるミレイナの病室に足を運んだ俺達は、今後の事を話し合っていた。
先日と同じようにミレイナの中身を探ってみたが、状況は特に変わっていない。
俺の予想が正しければ、ミレイナはお払い箱として近い内に放り出されてしまうだろう。
「――――分かった。じゃあ、いつも見てくれている先生を呼んでくるね」
「ああ」
エミレアが病室を出て行ったのを見送った俺は、死角になっている場所に潜みエミレアの帰りを待つ事にした。
もし仮に聖典騎士などを伴ってきた場合は、面倒になる前に不意打ち的な行動で片を付ける予定だった。
待つこと数分、俺の勘繰りは杞憂に終わり、エミレアと壮年の男性がミレイナの病室にやって来た。
――
―
「――――……ふむ」
やって来た男がミレイナに向け奇跡を放ち、何かを調べているようだ。
単純に、ミレイナの状態を調べている……フリをしているのだろう。その後は簡単な治癒の奇跡を起こし、ゆっくりとエミレアに向き直り言葉を発した。
「問題ありません。その内に目を覚まして、元気になるはずです」
「……本当ですか? 私の目には、母の容体は悪くなっていっているように見えるのですが……」
エミレアがおかしのではなく、普通に見たら誰もがそう思うだろう。
五体満足で健康だった人が、入院してからというもの日に日にやつれていき、仕舞には昏睡状態になったのだから。
どこをどう見て、どう考えたら問題ないとの言葉が出てくるのか。
「今は治癒の奇跡の影響で、眠りについているだけです。神の奇跡を信じていれば、必ず良くなりますよ」
「……そうですか。具体的にいつですか? 神の奇跡と言うのなら、そのくらいは分かりますよね? そもそもそんな時間が掛かる奇跡が、神の力だとでも言うのですか?」
「エミレアさん、神の奇跡を疑う事は神への冒涜ですよ? いつ良くなるのか、どれほどの時間が掛かるのかは……神のみぞ知るのです」
これが神の奇跡に頼ってきた、現在の人類だ。医療に対する知識などはなく、医療従事者と素人の人体に対する知識の深さは差ほど変わらない。
遥か昔は、人の叡智が人を病から救い、怪我を癒して見せたらしい。
そんな医療行為は、神の奇跡に頼り続けた事によって瞬く間に衰退していった。
知識などなくとも神の奇跡は簡単に病を打ち消し、医者などいなくとも神の奇跡は一瞬で傷を塞ぐのだから。
皮肉なものだ。人は神を求め、神を知れば知るほど、近づけば近づくほど退化していく。
「――――神の聖典が何をしているかなんて興味はなかったけど、当たり前のように裏の顔があったか」
男を逃がさないように、扉の前に陣取り男に声を掛けた。
特に気配は消していなかったのだが、一瞬ビクりと肩を上げた男の様子を見るに、俺が隠れているとは全く思っていなかったようだ。
男は振り向くと、動揺しながらも疑問を呈してきた。
「あ、あなたは誰です? ここは関係者以外立ち入り禁止ですよ?」
「あっそうなの? まぁ~じゃあエミレアの未来の旦那って事で」
「……すぐそういう事を言うんだから……」
「げ、現時点での身内の方の立ち入りしか認めていません! お引き取り下さい!」
まずはコイツが今回の件に関わっているかどうかを見極める。神の軌跡の息が掛かっている組織とはいえ、そこで働いている者の大半は表の人間だ。
まぁ間違いなく黒だろう。ミレイナの状態はあまりにも異質、いくらなんでもその違和感に気づかないはずがない。
「――――管理官」
「――――っ!?」
顔を引きつらせた男をみて確信する。コイツは裏の人間で、管理官という立場にある神の軌跡の幹部だ。
コイツの顔は実は見た事があった。うろ覚えだったが、間違いではないようだ。
「なんだっけ? チョリーッスみたいな名前だよな?」
「……イヨリスだ。何者だ、お前?」
「あ~、仮面を被ってたから分からないか? 俺は結構外していた方なんだけどな」
「か、仮面……? おま……いえ、貴方はまさか……」
何か勘違いしたのか、イヨリスの雰囲気が厳かなものになった気がする。
恐らく現実行官だとでも勘繰ったのであろう。違っていたのならそれでいいが、万が一にも本当に実行官である可能性のため敬語に変えたか。
この勘違いは好都合だが、別に本当の事を言っても構わないか。
「お前は保守派か? 強硬派か?」
「わ、私は強硬派です。というか、ほとんどの管理官が強硬派なのはご存知でしょう?」
「あらら~そうなの? 困ったなぁ」
「そ、それで……ここには何用で……?」
訳が分からないといった表情のエミレアと、どこかビクビクしているイヨリス。
特に口出ししようとはしてこないエミレアを横目に、俺はイヨリスに告げる。
「返してもらおうと思ってな――――ミレイナの純粋奇跡を」
二人が息を飲んだのが分かった。特にエミレアの方は大層驚いたようで、目を見開き俺の目を見つめていた。
イヨリスの方は、俺の事を神の軌跡の関係者だと完全に悟ったのか、諦めたかのように事実を肯定し始めた。
「……返すとは、どういう事ですか? 貴方も我々が何をしているのかはご存じのはず」
「言葉通りの意味だ。ミレイナから吸い上げた純粋奇跡は返してもらう」
神の聖典の裏の顔は、純粋奇跡を持つ者からその力を奪い取る事。
ルルゥのように認識している者もいれば、己が純粋奇跡を宿している事を知らない者も大勢いるのだ
それを利用し無償の善意をバラまき、やって来た純粋奇跡持ちを拘束し、上手い事その力を搾取するのを目的とした偽善組織。
純粋奇跡を持たない者からしてみれば、無料で健康診断を受けられるのだから良い事なのだろう。
しかしその実、やっている事は純粋奇跡持ちを探すだたの偽善行為。効率は悪いかもしれないが、神の聖典の善意は世界中に広がり行動しやすくなる。
「そんな話は聞いていません。上に確認致しますので、お待ち頂いても宜しいですか?」
「宜しくねぇよ。奪った奇跡をどこで管理している? さっさと教えろ」
ルルゥのように眼球などの人体に奇跡が宿る者ならば、奪われても命は助かるだろう。臓器となれば話は別だが。
問題はミレイナの様に目には見えない場所に……分かりやすく言えば魂などに宿っている者の場合は、奪われれば死に繋がる。
ミレイナの中身が空っぽだったはずだ。彼女は意識、感情、総じて魂を抜き取られてしまっている。
「い、いかに実行官と言えど、管理官が携わっている事に首を突っ込むな!! 管理局から正式に実行局に抗議を入れるぞ!?」
「入れたきゃ入れれば? 俺には関係ない。元、実行官だからな」
その言葉にいよいよ驚きを見せたイヨリス。頭のいい管理官なのだから、瞬時に俺が言っている事の意味を理解したのだろう。
裏切り者の実行官の存在。神の軌跡実働部隊、実行官序列三位、喚び醒ます者。
「サ、サージェス……コールマン!?!? お、お前が、何故ここに!?」
「人助けだよ、俺は悪いお兄さんはやめたんだ……ってことだから――――目醒めろ恐怖」
「――――ヒッ……ハ、ハハ……な、なに……何を……ヒィッ!?」
恐怖に引きつるイヨリスを嘲笑う。恐怖による心の支配は、いとも容易くイヨリスの膝を折らせた。
一歩近づくたびに後ずさるイヨリス、壁際に追い詰められいよいよ逃げ場がなくなった。
壊れないように加減した感情操作。意識を失い逃げる事も、思考を放棄し喚く事も出来ない。
「答えろ。ミレイナの純粋奇跡はどこにある?」
「い、いう! いうから!! いうから助けてくれ!! お願いだ、言うからやめてくれぇ!!!」
肉体的苦痛の拷問に耐える者は多くとも、精神的苦痛に耐えられる者は少ない。
精神崩壊を防ぐため、人は無意識にリミッターを設けている。逃げるための道を選択できるように出来ている。
ならばそのリミッターを無視されれば、逃げ道を塞がれればどうなるか。崩壊寸前で繋ぎ止められればどうなるか。
自ら請うしかない。己の意思で、己の感情で、己の声で願い求めるしかない。
やはりこれは人心掌握か。人の心を意のままに……しかしそう思うと、俺を慕って傍にいてくれる者達は、俺が掌握してしまっただけなのだろうな。
……それでいい。どんな形であれ依存してくれているのであれば。
俺はもう、失いたくないのだから。
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